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2016年09月25日

『Growing Reed』なぜ作家にしてバーに立つのですか?

隙を見て更新!!

先週分です♪

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:島地勝彦さん ・ エッセイスト、バーマン
テーマ:なぜ作家にしてバーに立つのですか?

<オープニング>
80年代に雑誌『週刊プレイボーイ』の編集長に就任
雑誌業界では異例の100万部を売り上げた伝説の編集長として知られています。
現在、執筆活動の傍ら、ご自身がプロデュースするバーには、島地さんに話を聞いてほしいという大人の男女たちがこぞって集う場所になっているそうです。
今夜はそんな島地さんをお迎えして大人の楽しみについてじっくり伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして」
島「はじめまして」
岡「よろしくお願いします。かっこいいですね」
島「いえいえ」
岡「噂で、島地さん、かっこいい大人の、男のかっこよさ持っている人だっていうの、ずっと聞いていたんで」
島「いえいえ、わがままに生きてきただけで」
岡「アハハハ、わがままなんですか?」
島「わがままっていうか、自分が美しいな、おもしろいな、と思うこと以外やったことないですからね」
岡「へえ〜〜
島「集英社という会社に」
岡「うんうん、『週刊プレイボーイ』ですよね」
島「そうでございます」
岡「あれをもう100万部雑誌にまで成長させたっていう」
島「それはもうその時のスタッフが私と一丸となってね、まあ鬼のように働かせたんですよ、ほめごろしで」
岡「アハハハ、そうでしょうね。編集長として」
島「ただあの時期はみんな興奮したと思うし。私の人生、今75ですけど、41歳で編集長になって、あの時代がわたくしの人生のなかで真夏日でしたね」
岡「真夏日」
島「うん。みんなもそうだと思う、あの瞬間は」
岡「真夏日っていうのは、いっこの暑いエネルギッシュな時期というか」
島「そう、徹夜しても興奮してるって感じですかね」
岡「どうやって人を動かしていったんですか?男として」
島「それは、」
岡「当時おいくつぐらいですか?」
島「41です」
岡「41で編集長っていったら早いですよね」
島「サラリーマンの世界は才能があっても上の常務や社長がひっぱってくれないとだめなの。どんなに才能があっても。ね、まあいくらか運が良かった。私の才能を引いてくれた人がいた」
岡「ぼくらが『週刊プレイボーイ』をしっているのは。。。」
島「あなた今いくつですか?」
岡「ぼく35です」
島「35というのは、、、今の『プレイボーイ』でしょうね。私がつくっていた『プレイボーイ』は34年くらい前ですから」
岡「ちょうどぼくが1歳くらいの時ですね」
島「(笑)生れたときくらいかな」
岡「すごいなあ〜、すごい『プレイボーイ』有名にしたのも島地さんのチカラですから」
島「時代ですよ」
岡「どうやって率いていったんですか?かっこいい男としてなにを言っていったんですか?」
島「一言でいえば、この仕事に命がけでやって、本当に俺はもう才能あるなんて自分で思うくらい仕事したら、絶対女にもてるよ、といったの」
岡「(笑)やりぬいたら女にもてるよ、と(笑)」
島「そう。やっぱりね男はね、仕事に輝いている顔はね、異性はほっとかない、そういうもんですよ」
岡「う〜〜ん。島地さんは今もキラキラされていますけど、70超えていますよね?」
島「75です」
岡「75!」
島「とにかく人に会うこと。だから岡田さんは、35でしょ。40までは男の顔というのはね両親がつくった作品です。まだまだあなたのイケメンの顔は両親の作品なんです。しかし40過ぎると自分の作品になります」
岡「深い、深いなあ〜〜」
島「ね、そこからね本を読んだり人と会う。自語りするということがすごい重要。岡田さんがこれずっと連載して50歳ころまでやっていたら、もっともっといい顔になると思う。自分の顔。ね、今はまだまだ両親の作品」
岡「(笑)40から。。。40から自分の顔になる。深いなあ〜」←(前回の『an・an』“オカダのジショ”で言っていましたよね^^)
島「こういう顔になりたいなあ〜と思う顔になる」
岡「へえ〜〜〜」
島「それには本を読んで自分の時間を大切にすること。いろんな人に会うこと。私はエッセイを書き週末バーでね、伊勢丹のメンズ館の8階で小さなバーをやっているんです」
岡「サロン・ド・シマジ」
島「そうです。それでいろんな人に会う。私の本を読んだファンが全国からやってくる。その人たちと自語りして。これはすごい私にとって、若さの最大の栄養剤というかモチベーションになっているんじゃないですかね」
岡「サロンドシマジにはセレクトした男の道具みたいなのもあったり、全国から島地さんに悩み相談に来る人とか」
島「悩み相談は来ますけど、私は人生相談のコーナーがあるんです。バーでほかの人のいるところで個人的な悩みを聞くというのも失礼な感じなので、文章にして送ってくださいと。そうしたら優先的に答えますよと。私は、人生は民主主義よりも依怙贔屓(えこひいき)が文化を生むと思っているんです」
岡「あ〜〜、深いなあ〜、民主主義より依怙贔屓が文化を生む」
島「うむんです」
岡「あ〜〜」
島「いろいろこういう格言をコースターに書いて渡すわけです。これなんていいでしょう?」
岡「“浮気はばれると実刑はないが時効もない”」
島「そうです。だから絶対墓場まで持っていく秘密にしなくてはいけない」
岡「ハハハハ、ふ〜ん、死ぬまで言われるよ、と」
島「そうです。そこが大人か子供の差だね」
岡「213年の名言もありますよ。“男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる”」
島「あ〜」
岡「なかなかの名言ですね。」
島「最近ね、いろいろな人の意見きいたら、ここはこう直してくれ、と常連のお客がいうわけ」
岡「はい。なんですか?」
島「理解して別れるんじゃなくて、理解して我慢する、ってしてくれって。それが結婚でしょ」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「たくさん名言を残されている。“人生は冗談の連続である””迷ったら二つとも買え“」
島「うん。これは私が商人として考えたものです。もう編集者から商人&バーマンになったでしょ。商人と編集者というのは良く似てる」
岡「へえ〜〜」
島「『週刊プレイボーイ』を100万部にした最大の要因が三つあるとしたら、一つは美しいもの。グラピアに女優を裸にしたり。それから珍しいもの、珍しいはなし。それから一番最高はおもしろい話ですよ。特集記事。この3つは商人にも共通して。あの小さなスペースに私が愛用したえらんできた美しいもの、めずらしいもの、おもしろいものを見ると、必ず売れるんです。編集者と商人はよく似てる。そっくりだと思うな。商品は違っても精神は同じだと思います」
岡「今、バーマンと」
島「わたしはね、バーテンダーという言葉がきらいなんですよ。これはアメリカの英語なんですよ」
岡「バーマンは?」
島「これは英国です。というのはねバーテンダーを日本人はバーテンという。運転手さんを運ちゃんというようなもんでしょ。ちょっと蔑視してるのよ。バーマンはバーテンみたいに省略することが不可能なのよ、短いからね。短いけど迫力がある。付加価値と名誉と勲章をあげたいと思ってる。それで、物書きで、いいですか?バーマンをやっているのは私が世界中でひとりでしょ。反対にバーマンが作家になった人はいっぱいいますよ。それこそ村上春樹さんもそうだし」
岡「あ、村上春樹さんもそうなんですか」
島「あと有名なのは、半村良さん」
岡「バーマンって、なんだろう、全部知ってなくちゃいけないし、美学がないと」
島「そうです。美学っていうか、そんなきどったもんじゃないけども、人の喜びも悲しみも知ってなきゃね。カウンターっていうのは、なんていうかな〜、男っていうのはね、墓場と酒場で裁かれるんじゃないかと思うんだよ」
岡「(笑)アハハ、かっこいい〜〜、墓場と、もう一回いいですか?墓場と酒場で裁かれる」
島「死んで、ね、どれくらい墓に生きている人が通ってくるか。私は勿論岡田さんもそうですよ、無になっていくんだなあ〜。それを私は師匠今東光大僧正っているんです。上野寛永寺の霊園に墓があるんです。自分がデザインした墓が。そこにみんなが私のファンが寄ってくれる。いつも花がきれいに飾ってある。私が今先生の魅力をみんなに伝えてみんながお線香をあげにくる」
岡「う〜〜ん。裁かれるんですね」
島「バーでも酒の飲み方でわかるんです」
岡「そうですよね。かっこいい飲み方ってなんですか?」
島「まずね、絶対ストレートでのまないこと。理由はスコットランドのバーでは絶対にストレートではのみません。あれはジョン・ウェインがいけないんだと思うけど。あれを一気に飲む姿をみたおじいさんがかっこいいと真似をする。それをみたお父さんが真似をする。代々日本人はストレートに飲むのがかっこいいと。一つにはウイスキーが高価だったということもありますわね、山口瞳さんはエッセーで“おれはウイスキーを水で割るほど貧乏してない”と。それでガンで死んじゃった。開高健さんもそうだった。スコットランドの本当の実体をしらない。だからストレートに飲むのは日本人とアメリカ人だけですよ」
岡「バーカウンターは人生の勉強机だと。これタモリさんが“圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している”。これも珍しい、タモリさんが書くのも珍しいですけど。悪魔と天使が一緒にいると。今日ぼくに会って、僕を見て、おまえにこの言葉をあげる、といったら何を?」
島「ことばをあげるのは難しいけれど、さっき言ったように、この番組をあと20年くらいやったらいい。で、なかなかあなたこの番組いいと思うな。メンバーみたけど。養老さん、僕親しいけど。今のちゃんとした一流の人に短い時間だけど会う。それでね、興味もったらその人と二人で酒を呑むとかしたほうがいいと思います。これはよそいきのはなしだから本当の話できませんよ。公共放送だし」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

【島地さんが生み出した格言を引き続きお聞きしました】
岡「“万年筆を知らない大人はまだ子供である”。これはホントですか?」
島「ボールペンを使うのはクロネコヤマトの伝票かくくらいかな。万年筆は12、3本しか持ってませんが、一時凝って。夏目漱石と森鴎外が愛用してつかった100年前の万年筆を手に入れて。小さいからすぐにインクがなくなるんだけど。今度私の家に遊びに来たら見せてあげますよ。それが一番かな」
岡「歴史がちゃんとあるんですね」
島「もちろんです。私はものには物語がないと、たんなる物ですよ。物語がないものは生命が入ってないと思います。漱石と鴎外が同時代で使った万年筆を持っていると、なんとなくそれでかくとその世界に入った気持ちでゾーンにはいれるというか、だから使っているのよ。女房と万年筆は人に貸すなって」
岡「意味があるんですよね、万年筆」
島「万年筆ってかいているうちに自分の筆圧とか書き癖とかがちゃんと宿るんですね」
岡「う〜〜ん。魂が宿る」
島「だから新品をかったほうがいいよね。その100年前のものは珍しく未使用だったのよ。箱入りだった。やっぱり人間と、今日あなたと私が出会うでしょ、ものと人間も出会いなんですよ。そのとき借金しても買わなきゃだめだと思いましたよ」
岡「時計はどうですか?男も、万年筆もそうだけど、時計も持っとけ、みたいなのあるじゃないですか?」
島「正直いってね、時計と車は財力が回らなかったね。あまりにもシングルモルトと葉巻をインして限界を超えているから。私の趣味、考えからいくと煙になったり灰になったりおしっこになって東京湾に流れる、このはかなさが好き。岡田さんはお酒のむの?」
岡「のみます」
島「葉巻はやんないでしょ?葉巻やったほうがいいですよ」
岡「葉巻すすめられたのは初めて(笑)でも葉巻わかんないですよね〜」
島「私は柴田錬三郎先生からおそわった。シガレットの紙巻はやめましたね、うまさが全然違う。葉巻を吸う余裕というか時間が必要ですよ」
岡「香りや時間を楽しむために」
島「温泉付きバーはみんな今葉巻ありますから、バーはみんな吸いかた知っていますから、そういうところで教わるのもいいだろうし。私は一日いまでも5本吸っています。最低でも30万かかる。葉巻代ですよ。それだからこれだけ働いているの、75歳で。これが知る悲しみですよ。知る悲しみってね、知らない悲しみより上質なんです」
岡「ほぉ〜〜、深いですね、また」
島「旨いとおもって葉巻をのんで、シングルモルトを飲んで旨いと思ったら、もう他がのめなくなる。それを知る悲しみ。女性もそうでしょ、きっと。すごい女性に会ってそれにふられたら当分、ね、知る悲しみしったから立ち上がれない」
岡「どんどん名言がでてきますけど。“ひとりの時間を楽しくできない人間は二人の時間も楽しくできない”」
島「そうです」
岡「“まずやるべきことは人と笑顔で接する。練習なのでは無く一人の時間を楽しむ術を見つける”」
島「というのはね、人生うまれて良かったなあ〜と思うくらい楽しく時間をね、おもしろい本を読んでゾーンに入った時の感動は相当なもんですよ。これを知るか知らないかは重要。それと、やっぱりね、一人でいて寂しいなんて思うのはこれ子供ですよ。それは、一人の時、私はね、本を読んだり、申し訳ないけれどテレビはあんまり見ませんけれど、オペラ聞いたり。シングルモルトのんで葉巻をすう。もちろん原稿をかくのに忙しいですから書いたあとでね、その高揚感が満ち満ちているときにその興奮は最高だね。67まで普通のサラリーマンみたいなことやってました。普通はもう日向ぼっこして年金生活している。私はじっと待ってた。そうしたら全くしらない編集者がきてこういうもの書いてください、と寄ってきた。なにが言いたいかというと、大西社長からセレクトショップとバーマンをやってくれと」
岡「伊勢丹の社長ですね」
島「これ凄い人ですよ。インタビューしたことあります?」
岡「ないですね。」
島「いつでも紹介します」
岡「あ、ほんとですか、是非」
島「ほんとにほんとに。これは素敵な男。男が男に素敵だなあ〜と思うとね、なんでも言うこと聞いてやろうと思うのよ。それが依怙贔屓」

♪♪♪♪♪♪

島「普通一毛作で終わるの。いいですか、人生は。私は68から二毛作にはいったんです。全く組織からはずれて一人で働いて。稼いだもの全部つかって。浪費することの面白さっていうかね。人生の二毛作で。二毛作でもきっと真夏日がくるんじゃないかと思ってるんだ、もう一回くらいは。たった一人の孤独で原稿をかいている。今日もここにくるまでに一本書いたんですけど、今日のはなしも原稿にしようかな〜と思ってる。というのはあなたのファンはいっぱいいるし、あなたのおチカラをお借りして」
岡「いやいや、すごいですね。じゃあ、ちょっと難しいかもしんないですけど、最後にかっこいい大人をめざす、僕も含めてですけども、すべてのリスナーの皆さんに言葉をあげるとしたら」
島「それは私の大好きな言葉で、アンリ・ド・レニエという19世紀終わりのフランスの詩人がいるんですが、その人の言葉で『まことの賢人は砂上に家を建つる人なり』って書いているんだよ。これは何を意味しているかというと、人生というのは蜃気楼だと思うよ。だから素敵な蜃気楼を見て俺は人生楽しかったなあ〜と死ねるかどうか。それは美味しい酒をのむ。イイ女に恋する。すべて。いい仕事をすることも含めて。まあ、ふっと振り返れば蜃気楼なのよ。残んない。なにもないから。むなしいんだけどその瞬間、ね、全身全霊一分でも一秒でもどれだけエンジョイしているかですよ。今日は私は岡田さんに会ってエンジョイしている。それができるかどうか。そして40からが自分の作品なんですから。そこに履歴書以上にはいっていますから。
秘密も悪いことをやったこともいいことをやったことも全部皺一本には記憶されているんじゃないですか。それが表情にあらわれ、相手に対する印象とかあると思う。私が今先生に頂いた字で『遊戯三昧』“ゆげざんまい”と読むんですよ。仏教語では。それは遊びの中にこそ真実がある、という言葉です。私のバーに来ればその本物の先生の墨で書いた字が飾ってあります。その遊戯三昧がわかるかどうかっていうのは、やっぱり最終コーナーかな。私は28か9でその字をもらったんですよ。今わからなくても将来これがわかれ、と。そうしたらお前の人生も本物になるぞと言われたの。やっとほんの少し遊戯三昧の遊戯(ゆげ)が最近少しわかってきたかな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜、なんかやっぱりかっこいい大人のかたでしたね〜
なんかぼくも格言をいえるようになりたいな、っていうね(笑)
やっぱり40からですけどね。40から、やっぱり島地さんは親にもらった顔ではなくて自分のやっぱり生き様が出るね、顔が出来るって言ってますけどね。
痺れますよね。
男はね、やっぱりこういうの聞くと何かやっぱり、いい言葉きくと痺れるんですけどね。
う〜〜ん、是非ね、ふたりでしっぽりこう飲みながら、ほんとのことをね、今日は教えてくれないって言ってましたから。
また聞きたいなあ〜と思うし。
なんかやっぱり、う〜〜ん、いい言葉は豊かですよね、生きる上でなんか人生の深さとかも感じるし。
う〜〜ん、なんか物に物語があるとかというのも、やっぱり本当の楽しみ方のひとつだと思うし。
なんかものだけじゃなくていろんなものに物語があって、ってそういうものを感じようとする人の心っていうのがね、何よりも大事だったりするのもあるし。
“遊戯三昧”とかいて“ゆげざんまい”と読む、ゆげざんまいを知るというのが人生の目標のひとつだというふうに言ってましたけど。
しりたいなあ〜、遊戯三昧。
伊勢丹メンズ館8階ですね〜、サロン・ド・シマジ。
ちょっとお話しを聞きにね、行ってみたいと思いました。

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くんが大好きな大人の男。
バーテンではなく、バーマンなのか〜。
そのあたりからして、なかなかにこだわりの強い方と思われますね。
ちょっと気難しい感じもあるのかななんて思ったりもして。
でも、岡田くんのことはなんとなく気に入っていらっしゃるご様子。
岡田くん、年上の人に可愛がられるんだよな〜(^^)。でもそれはきっと大事な才能の一つですよね。
こうやって人脈を広げていって人生を豊かにしていってほしいですね。

posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

『Growing Reed』時代を編集するとはどういう意味ですか?

本当にご無沙汰しております。
父が調子を崩してしまい、なかなか自分の時間が作れなくてどうしようもなく…。
少しずつ元に戻りつつあるのでよかったのですが…。
というわけで、りりーさんがせっかく月曜日にレポートを送ってくださっているのにアップできなくて申し訳ありませんでした。
とりあえず、先々週のものからお送りいたします。

あっ!その前に、V6が『MusicStation』のスペシャルに出ましたね。
何時からかなぁと思っていたのですが、息子が「三宅くんがEテレのパラリンピック番組を8時からやってるからそのあとじゃないか?」と。確かにそのあと、最後から二組目というタイミングで出てきましたね。
KinkiKids、TOKIOと一緒で。
岡田くん、官兵衛さんでしたね〜…光成か!
堂本剛くんにさんざん「つけひげを取れ!!」って言われて。「いや、これは自毛」と必死に言う姿がかわいかったです。
森田くんの「嫌いなんだよ」発言も相変わらず。
かっこいいところも見せてくれて久しぶりに6人の姿を見ることができてうれしかったです。
それから、三宅くんもパラリンピックの番組、よかったですね。ちょっと真面目だった(^^)

ではどうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==


それではざっくりといってみましょう♪

ゲスト:生駒芳子(いこまよしこ)さん ・ ファッションジャーナリスト
テーマ:時代を編集するとはどういう意味ですか?

<オープニング>
雑誌VOGUE, ELLEの副編集長、マリ・クレール日本版編集長を経て、2008年に独立。
エシカルファッションの第一人者として、ファッション、アート、エコロジーなどに関する執筆を手掛けながら、2011年からは伝統工芸開発プロジェクトWAOのプロデューサーとしてもご活躍中です。
今夜は生駒さんが常に貫いているという時代を編集するとはどういうことなのか、じっくりと伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「生駒さん、お久しぶりですね」←(すごい優しい言いかたでした^^)
生「はい。」
岡「ハハハ、言っていいんですか、マリ・クレ時代ですね」
生「全然かまいません」
岡「マリ・クレール、雑誌のときに、ぼく、むかし」
生「そうなんですよ〜、11年前ですね」
岡「11年前か〜、」
生「マリ・クレの編集長だったときに、表紙に岡田さんに出ていただいた」
岡「そうそう、24くらいのときに、ね」
生「そう、憶えてらっしゃるかしら?」
岡「憶えてます。マリ・クレが男性表紙がなかなか無いみたいな、時」
生「初めてで。ホントに本が良くうれました。ありがとうございました(笑)」
岡「アハハハ、ホントですか!?」
生「いまだに感謝してます」
岡「いやいやこちらこそありがとうございます。生駒さん、なにかめちゃくちゃやられているみたいで。なんか話題の場所やおしゃれな場所に生駒さん、絶対にいると」
生「あ、そうですか?」
岡「言われてるみたいですよ。ファッションジャーナリストになるんですか?今は」
生「そうですね。私はずっとパリコレクションとかミラノコレクションを見て、雑誌の編集をするというのが本業だったんですけど、今はフリーでいろんなファッションの側面を見てるという。それを文章で表現したり、企画でちょっと表現したりということをしています」
岡「今どのくらいやってるんですか? 滅茶苦茶やってるっていう」
生「プロジェクトの数ですか?」
岡「うん、何を(笑)いろいろ、じゃあ、今手掛けているものでこれおもしろいよ、というものを」
生「今一番熱中しているのは、日本の伝統の工芸を再生させることなんです」
岡「それは、WAOといわれるやつですよね。みてワオってびっくりする奴ですよね(笑)」
生「一番おいしいところをついていただいたんですけど(笑)」
岡「どういうやつですか?」
生「2010年に金沢に行ったんですね。そのときはファッションコンクールの審査員長として行ったんですよ。行ったときに生駒さんのような人に伝統工芸を見てほしいと言われたんですね。強い興味はなかったんですけど、加賀友禅、加賀縫い、それから象嵌(ぞうがん)その三つのアトリエに連れていかれたんですよ。行ったら、すべて素晴らしかったんですよ。だけど全員がおっしゃったことが未来がない、販路がない。何をつくっていいのかわからない。それを言われたときに人生がシフトしちゃったんですね。ファッションだけ見てきた人間から、伝統工芸の世界がファッションに繋げられるな、と思ったんですよ。そこからちょっとWAOの活動を始めることになった」
岡「最近、ここ何年か、伝統工芸品とたくさんコラボしてたりとか、伝統工芸品が気になる、ようになったんですよ」
生「え!岡田さんが、ですか?」
岡「うん、ここ何年か、めちゃくちゃ気になって」
生「え、たとえばどういった?」
岡「いや、だから何個か持ってますよ、僕WAOの」
生「え、ほんとに!?」
岡「うん」
生「南部鉄器とか?」
岡「(笑)南部鉄器は持ってない」
生駒さんがなにかページをめくっているかんじがします
岡「持ってる、持ってる(笑)」
生「持ってる?、え!」
岡「こないだ撮影で輪島のほうに行ったので、輪島塗も滅茶苦茶見回りましたし。いいものはやっぱり高かったですけどね、アハハハ、輪島塗は」
生「あららら、、、あ、そうですか」
岡「気になる、流れを生駒さんとか作られたり、今日本中いたるところでそういう動きが出てきてると思いますね」
生「ここ2,3年すごいですね、勢いが。その当時クールジャパンの会議に出ていたんですね。日本の文化をもっともっと世界にアピールしたいなと。ファッションもそうですけど、伝統工芸からアートまで。日本は発信ベタなんですよ。いつも海外の方がきてこれいいね。と。それを逆輸入するんですよ」
岡「生駒さんの活動の軸になっている考え方みたいなのあるんですか?なんかワードみたいなもので」
生「時代ごとに変わっていくと思うんですけどね。今までの考え方とかをシフトする。それが今だと思うんですよ。途上国のひとたちに作ってもらってそれを都会で買うという。その循環。オーガニックコットン。あとインターネットがでたことで、モノづくりの裏側が見えるようになったんです。いい部分もあるけれど、労働条件の悪いところで働いているということも見えてしまう。そういうことでみんなちゃんと作られたものがほしいな、と思うようになってきた。それがエシカルファッションというものなんですけどね」
岡「エシカル、倫理的なという意味ですよね」
生「そう、ちょっと堅苦しいでしょ、でもその言葉が2000年前後くらいからロンドンから主にでてきて、今凄くひろまりつつあるんですよね」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「この考えが日本に広まった背景というのは?」
生「私は3・11の影響が大きかったと思うんですよね。自然の脅威というか、あと物があれだけ壊されて。皆さんすごいショックをうけたと思う。どうやってものとつきあっていったらいいだろうか、とか、素敵なものとどうやって出会ったらいいだろうか、とか原点にかえるようなところがあの震災ってありましたよね。ものづくりに対する考えかたも変わったと思う」
岡「だいぶ聞くようになりましたよね、エシカル、エシカルって。雑誌とかみても」
生「伊勢丹とか東急とかルミネとか大きなところでエシカルウィークとかやっているんですよ」
岡「エシカルファッションとかって、簡単にいうと人と地球に優しい、という意味がある」
生「そうです。エコって自然環境に優しいということですよね。それプラス人にも優しいから、働いている人の労働条件とかをクリアに見ていくとか。だから値段を安くするために下請けの給料を安くしがちなんですよね。だから関わっている人がそれなりに幸せになれるように、それがエシカルの考えですね」
岡「このシチズンのやつも、藤本さんとやっているんですね、また濃い〜いふたりですね。藤本さん、建築の、好きですけど(笑)これもエシカルな。人と環境に優しい時計」
生「そう、記憶するかぎり日本の大手企業さんでエシカルをテーマにしているところって無かったんですよ。なのですごいびっくりして。本腰いれてなさってるんですよ。紛争鉱物使わないと書いてあるんですよ」
岡「プライドですよね」
生「おっしゃるとおりです。持続可能なことをやってもダメなんですよ。あとシチズンはエコドライブっていう自然の光で時計が稼働していくというシステムを開発されて40年ですよ、凄い早い時代にエコにも取り組んでいらっしゃって。で今伝統工芸もとりこんで」
岡「あ、これですか、ちょっと見せてくださいよ」
生「これ藤本さんがデザインした時計です」
http://www.afpbb.com/articles/-/3091099
岡「藤本さん、ちょっとアレだからなあ〜、頭おかしい、アハハハ、いやいや知らないですよ、会ったことないんですよ、会ったこと無いけど作品みると、もういってるな、って(笑)。個人的な意見です(笑)。すみません、藤本さんには伝えた事ないし、いい意味でね。悪口になっちゃったらあれですけど。いつも作品みて、この人頭おかしいな、って思ってて」
生「もういっちゃってるんです」
岡「いっちゃってますよね(笑)だから天才なんだろうけど」
生「そう、だから時計を開発するとき全部すりガラスになっちゃって、藤本さん、針が見えないんですけど、って(笑)」
岡「すりガラスになってて、美しいですけどね」
生「しばらくサンプルでつけていたんですけど、すごいいいんですよ。西陣織なんですよ」
岡「あ!、これね!西陣織ね、ベルトの部分、ホントだ、西陣織の」
生「京都の西陣織のメーカーの方に織ってもらったんですけど。細尾さんはまた凄い方で、技術とセンスがすごい。もう一つのシリーズは漆をつかったの」
岡「え、これ漆?さわっていいですか?」
生「漆でこれもアクセサリー」
岡「これブレスレットですか?」
生「なのでシチズンさんで世界発信。私楽しい嬉しいプロジェクトになりました」
岡「日本の伝統のものを新しいものとコラボして世界に知ってもらったり、日本人にも改めて知ってもらうって、すごく。だって輪島塗もWAOですけど、ヴィトンと」
生「そう、このルイヴィトンと輪島塗は2007年に能登半島沖地震があったときにルイヴィトンさんが心配してこのモノグラムで塗りの箱をつくって限定で売って、職人さんに寄付されたの」
岡「ヴィトンが心配して。モノ作りは心があるんですね」
生「フェンディは私がコーディネートしたんです。フェンディのバッグに加賀の刺繍をつけたのを販売して。クオリティー的に日本の伝統工芸に一番注目しているのは海外のラグジュアリーブランドさんなんですよ」
岡「う〜〜ん。技術と洗練と」
生「おっしゃるとおりで、あとディテールの美とかね、細かいところまでキレイに仕上げますでしょ」

♪♪♪♪♪♪

【最先端×伝統工芸の話をさらにお聞きしました】
岡「伝統工芸を一時期10年前どうしたらいいかわからないと言われたとこから再生するために今頑張っていらっしゃると思いますが、なにが必要だと思いますか?」
生「人手不足なんですね」
岡「それ作り手のですか?」
生「後継者不足がおびただしくて。あと売上げがどの業界も10分の一になっちゃっているんですよ。有田焼にいっても着物業界に行っても。あと人手がたりない。人手不足に関していえば新しい現象としては若い女性がはいっているという」
岡「継ぎてとして」
生「うん。今2,30代の美大を出た人たちが。なにが節約が何が贅沢か。もっと高く売っていいと思う」
岡「へえ〜〜〜」
生「安く売るために塗る回数を減らしたりしたら、何かを損なうと思った。やっぱり付加価値をつけて高くうることを伝統工芸はすべきかなと。いっぱい取材しているんですね。日本は宝の山なのに、ブランドがほとんど生れていない。唯一育っているブランドがファッションの領域であるんですけどご存じか、どこかわかります?」
岡「え、どこだろう??シンキングタイムね。。。メガネとか??」
生「ちょっときょうの私のファッションにヒントがあるんですけど」
岡「。。。真珠?」
生「そう」
岡「真珠はどこが有名。。。。」
生「多分ご存じだと思う、ミキモト」
岡「あ〜〜!ミキモト!知ってる(笑)知ってるっていうかミキモトしらない、ね、僕世代のひといないと思うけど」
生「三重県出身のミキモトさん。やり方に気が付いたのが御木本幸吉さん」
岡「なんで気が付いたんだろう(笑)」
生「もっともっと日本ではブランドが生れてくるだろうなと思っている。このシチズンさんのも私にとってはその一つなんです。このバングルとクラッチと時計のセットで桐箱入りで。ちょっと高いですけど」
岡「この人か、細尾さん? あ、細尾さん、若いんですね」
生「細尾さん、30代でね」
岡「同世代かな〜、今度番組に来てもらおうかなあ〜」
生「あ。来てもらうといいですよ。最高ですよ。伝統工芸ってそのまま作り続けていると古びていっちゃうんですよ。新しい発想がないと、ピンクの南部鉄瓶とかね」
岡「伝統は守らなきゃならないものもあるし、革新的なものも足していかなくてはいけないし、両方ないとなかなか育たない」
生「そうです、そうです、伝統と革新というのがキーワードですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「生駒さん、オープニングでも言ったんですけど、時代を編集するっていうのを常に貫いているということなんですが、どういうことですか?」
生「雑誌の編集長をやっていたじゃないですか。それこそ岡田さんに出ていただいた表紙の年はラブキャンペーンというのをやっていたんですよね。編集者なので社会課題をいうのを雑誌のなかで提案していくんですよね。なのでチェックする癖があるんですよね。時代が必要とするものは何かなと考えたときに、あの時は日本人に愛が足りないと思ったんですよ。女性が韓流の男性に走っていたんですよ、2005年」
岡「ヨン様ヨン様いってた時代ですね(笑)」
生「すごい危機感覚えて、日本人の愛の」
岡「日本の男、興味ないみたいな時代でしたよね(笑)」
生「そうなの、それで変な話話題になるのはセックスレスみたいなね。だから日本人の愛のエンゲル係数を上げようと思って。それでラブキャンペーンを一年やったときに、表紙にそれならば魅力的な男性に出ていただこうと思って、岡田さんに」
岡「いえいえ(笑)」
生「ラブキャンペーンの次はプラネットキャンペーンで地球の環境を考えようというのをやったんですね。時代に必要なものってなんだろう、とそれを発信していきたいと思っている。伝統工芸も困っているじゃないですか、困っている人を助けようと思って。今はね旅ガラスなんですよ。三重県のクリエイティブディレクターやってまして」
岡「俺、今一番行きたいです、三重」
生「どちらに?」
岡「三重まわりたい」
生「岡田さん!」
岡「むかしから三重にいきたい、と思っているんだけどなかなか行く機会がないんですよね」
生「ほんとに!?三重のどこに行きたいんですかね?」
岡「どこ行こうかなあ〜〜」
生「伊勢志摩とか?」
岡「う〜ん、伊勢志摩もそうだし、熊野古道もそうだし、なんかやっぱり濃いじゃないですか。大阪の横で。行ってないな、みたいな、でも日本人行かなきゃ、みたいな、感じが、歴史が古くて、それが守られている感じもするし。大事にしている感じもするし、でも行ってないな、みたいな」
生「よくご存じですね。ぜひ来てください、もう歓迎しちゃいます」(だめ!!)
岡「おもしろいですか?三重」
生「めちゃおもしろいですね。日本人の心のふるさとみたいなね。のんびりしたところもあるし、伝統工芸もありますし。私としては常にいろいろアクション起こして産地を訪ねている状態ですね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかほんとに素敵なことをされているなあーというのも思うし。
なんか伝統工芸が日本の誇れる文化として、なんかどうしていいのかわからないというのを聞いて結構たつけど、生駒さんみたいなひとがね、ファッションを知り尽くして、今の販売とか編集を経て、こういう方をサポートしてるっていうのが凄い素敵だし。
ぼくもね、ロケとかで地方に行くと必ず伝統工芸を見て手に入れたりしたりするんですよ。
最近は和菓子と伝統工芸が大好きで。
う〜〜ん、もっといろんなものを見たいなと思うし。
ホントに若手の僕世代の革新者がたくさん出てきているらしくて、そういう人たちにもどんどん会いたいなと思ったりします。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

岡田くんと女性との会話が楽しそうだとなぜか胸がざわつく…。
我ながら大人げないと思うのですが(^^;)

工芸品、なかなか買わないですが、見ていて面白いですよね。

では、レスり〜
こちらもすっかり遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
レスり〜
posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

『Growing Reed』よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

台風10号、東北や北海道の被害の大きさに驚いております。
関東は最初上陸が危ぶまれましたが、東にずれ、結果、東北に上陸したわけですが…。
ちょっとした場所の違いで、近い場所でも被害がさほどでもなかったりするわけで、本当に無情だと思います。
被害を受けた地域の一刻も早い復旧をお祈り致します。


そんななか、仲間のはからいで『ビニールの城』を観ることが出来ました。
唐十郎さんですし、蜷川さんですし…。
ご想像の通り難解な物語でありました。
ですが、森田くんの存在感はやはり光っていましたね〜。パワーを感じました。
しかしほんと、こういう難しい作品をしっかり演じ、演出家の信用を得ているって凄いなぁとおもいます。


それから、昨日の中居くんの『ミになる図書館』を観ていたら(ニュースからの流れでいつも観ているんですよね)、田中圭くんが出ていたんです。
で、なにやら気弱な役なのにモニターで演技を確認したときに自分の腕が余りにむきむきで気持ち悪かったと。役にも合ってなくて危機感を覚えたらしい(^^;)
そもそも鍛えるきっかけは、ご存じ、岡田くん。
それを聞いて中居くんが「岡田はストイックだもんなぁ…」としみじみ。ほかの出演者も納得してました。
共演したとき(もちろん『図書館戦争』ですね)、かっこいいなぁと思って少しでも近づけるようにとトレーニングを始めたとのこと。
でも、役と合わない位に鍛えてしまったので今は腕の筋トレはやっていないそうです。
中居くんが「メイキングでトレーニング風景がうつっているそうですね」と言って、映画での堂上のアクションシーンと、メイキングでのトレーニングシーンが映されました。
トレーニングは、上半身裸の人(だれだろう?)が腕を挙げようとしているのを岡田くんが正面から押さえつけているもの。かなりきつそうでした。
圭くんの話だと、全員でお風呂に入るシーンだったので“パワーアップ”(←おそらく“パンプアップ”では?)しようとして、1時間半もやったとのことです。
…岡田准一、恐るべし!!
まあしかし、思いもかけず岡田くんの話が出たり、映像が出たりと嬉しくなってしまいました(^^)
ありがとう、中居くん、圭くん。
そのあと、圭くんは懸垂をさせられてましたが、とても軽やかにやってましたよ。



それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:橋本野乃子(はしもとののこ)さん・長谷川町子美術館学芸員
テーマ:よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

<オープニング>
1946年に新聞の連載でスタートした漫画「サザエさん」
サザエさん生誕70年の記念すべきこの年。
長谷川町子さんの生涯に焦点をあてた初の回顧展がただいま全国巡回中。
なぜこんなにもサザエさん一家は日本人に愛され続けているのでしょうか。
今夜は長谷川町子さんの生涯を良く知る学芸員の橋本さんと共に、その魅力をひも解いてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして。よろしくお願いします」
橋「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「長谷川町子美術館で学芸員をされている、ののちゃんですね、いい名前ですね(笑)」(←何言ってるんだ?!by母)
橋「(笑)ありがとうございます」
岡「あの〜、長谷川町子美術館の所在地というのは、え〜とどこに、世田谷区ですね」
橋「世田谷区の桜新町の駅から歩いて7分ほどなんですが。渋谷から東急田園都市線で4つ目の駅になりますね。」
岡「長谷川町子さんって日本で最初の女性漫画家?」
橋「女流漫画家のプロの女流漫画家ということになっております」
岡「サザエさんって、ぼくらやっぱり、落ち着くって感じかな、子供のころからやっているし、見てるから、なんかなつかしいような、でもいまだに」
橋「え〜え〜、どちらがあれですかね? アニメでご覧いただいているほうですかね」
岡「アニメです、やっぱり。“おさかなくわえたどら猫♪”(←ふしをつけてちょっと歌ってくれました^^)がもうしみついている」
橋「そうですね〜、アニメのほうも放送されてから今年で47年目になっているので。もうだいたいアニメでご存じのかたが多いんですけど。ま、当館は長谷川町子美術館ということで、その原作、町子が描いた4コマ漫画のほうを展示する美術館」
岡「サザエさんは最初は4コマ漫画だったんですね」
橋「そうです、新聞に連載されたのが初めてで」
岡「それは何年ですか?」
橋「昭和21年。戦後まもなくですね」
岡「戦後の日本とともに進んでいる」
橋「そうです。それこそ戦後の昭和史そのものといわれているんですけども。戦後の経済的にもかなり苦しい生活をみな余儀なくされているなかでサザエさんに出てくる家族たちはその日その日を明るく目いっぱい精一杯楽しんでいきているというのが、その当時の漫画としても皆さんの支持を得たんだと思います」
岡「やっぱり戦後の生活というのかそういうのも」
橋「出てますね。お料理にしても皆さんご存じない闇市ですとか」
岡「アニメのほうは闇市とかあります?あんまり見た覚えがない。。。」
橋「いえいえ、アニメはもう戦後は経済復興が終わったあとの時代で世の中が豊かになった時代を想定した中での一家なので出てこないですけども、もともとの4コマの原作の初めというのは、配給制度があったり闇市があったりがそこかしこに出てくる漫画が多いですね」
岡「へえ〜〜、サザエさんの漫画を全部読めば、日本の戦後史が、」
橋「あ、わかります。それで研究なさっているかたもたくさんいらっしゃいますね」
岡「橋本さんは、学芸員って具体的にどういう仕事?」
橋「私は、簡単にいってしまえば、そこにある美術資料を整理収集し保管して、あと展覧会の準備企画をするというのが主なんですが、あの〜、うちの長谷川町子美術館はもともとは長谷川町子が自分の作品を展示するために建てたものではなかったんですね」
岡「あ、そうなんですか?」
橋「あの〜もともとは漫画で得た収益を使って、いろいろ美術品工芸品を買い集めまして、それがかなり自宅で収蔵しておくには余りあるほどになってきて、それを広く一般のかたに公開するために美術館として昭和60年1985年にオープンしたのが最初なんです」
岡「う〜〜ん、たくさんのかたに持っているものを見ていただこうと」
橋「そうなんです。だから純粋の美術館として始まったんですけど、それがやはり長谷川町子がつくったということを聞きつけた人たちは町子の作品がある美術館だろうと思っていらっしゃるので、そこに町子の作品がひとつもないことで苦情もたくさんいただいて。それで小さな町子ルームというものをつくりまして、町子の著作資料を展示する部屋を一部つくったという」
岡「やっぱり戦後を生き抜いて、初めて女流としてあがってきたかただから、そういう美術品とかもたくさんの方にみていただいて、なにかを育むとか育てるとかを意識して集められたんですかね」
橋「あ〜、とっかかりは最初ほんとに単純なことではあったんですけど。あるかたに、自分だけでこんなにいい作品を見ているのはもったいないよ、という指摘をうけて」
岡「あ、ハハハ、へえ〜〜」
橋「で、奮起して、美術館をつくろうということになったんですけど。で、町子のなかでももっともっとたくさんのかたに見ていただきたいという気持ちはでてきたんだろうと思いますね」
岡「そこに自分の作品が入って、今、ほとんど自分の作品でみていただくというのは」
橋「実はですね、今ほとんど自分の作品というわけではない」
岡「へえ〜〜」
橋「町子が姉の毬子(まりこ)と収集した作品が800点ほどありまして。通常は収蔵コレクションというかたちで年4回美術品工芸品をご覧いただく展覧会が主になっています。それで年1回長谷川町子の漫画資料、アニメも含めた展示を毎年夏に行っているかたちですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今年、サザエさん生誕70周年、メモリアルイヤーということで、お忙しいんじゃないですか?」
橋「そうですね、今年はいろいろそういう意味では、年があけて早々から長谷川町子に関するいろいろな書籍が出版されて、いろいろな展覧会も立ち上がって、初めての巡回展ということで、『よりぬき長谷川町子展』というのがこの4月から京都をかわきりに広島、そして東京にもやってきます」
岡「きのう始まってるんですね。なんでよりぬき、よりぬき展というのをやろうと思ったんですか?」
橋「今までですね、長谷川町子の展覧会というのはほとんどやられてこなかったんです。というのは長谷川町子自身が自分の作品、収蔵作品含めて、他家に貸すこともなければ借りてきて自分のところで展示するということも一切しない。自分のところにある作品のみで美術館を運営していくというスタンスでずっとやってきまして。それがここ数年、ぽつぽつと長谷川町子展というのが地方でも開催されるようになって。大きな展覧会としてはじめての試みです」
岡「今、目の前に、『よりぬき長谷川町子展』、かわいい。留め方もちょっと」
橋「そうなんですよ、装丁がかわってまして。背表紙のところに通常はここにタイトルがはいるんですが、見開きをぱっとひらくとどこを開いてもフラットにきれいに開ける。見やすい製本を心がけてつくってあります。装丁も柿木原さんがデザインしてくださいまして」
岡「柿木原さん!この番組にもきていただいて、おもしろかったですね。かきちゃん、といっても怒られなさそうな方ですよね(笑)」→(レポはこちらに
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/283950964.html
岡「でもすごいですよね、僕が思っているより歴史を感じる」
橋「そうですね、長谷川町子は最初漫画家になろうと思って、田川水泡の弟子入りを志願して、その時に初めて持って行ったスケッチブックから始まって資料をこの図録のなかには入れているので膨大な」
岡「残っているんですね〜〜。すげえ〜、長谷川町子さんが15歳の、可愛いですね」
橋「可愛い少女なんです。このときデビュー作がちょうど15歳。狸の面という作品で。ちょっとこちらの作品ですね」
岡「あ、狸の面。すごいな、こういうスケッチブックが残ってるんですね。」
橋「そうなんです。これを見て田川水泡はすぐに弟子入りを許したんですけども。」
岡「う〜〜ん。でも長谷川町子さん、ベールに包まれている感じもあったんですけども」
橋「そうですね〜〜、町子自身がとってもシャイな性格ということもあって一切自ら外にでることもしない。マスコミにも極力出ない。そういう状況のなかでしたので、町子の私生活というのは、ほとんど表には出てこなかったんですね」
岡「書いてありますね『町子は一日中おもしろいことを言って、うちじゅうを笑わせるのに、お客さまの前では急におとなしくなるんですよ。ふずまの陰から恥ずかしそうに挨拶する振り返って』昔のことばだからあれですけど、」
橋「そうですね〜、そういうシャイなところは昔からあったんですが。外にでると、お転婆娘で男の子とやりあったりという小学生時代はおくっているんですけどね」
岡「へえ〜〜。漫画デビューは15歳。すごいですね〜〜、あ、『仲よし手帖』というのも有名ですよね」
橋「『仲よし手帖』は雑誌の掲載の最初のものですね。連載の漫画の。等身大の自分の生活をそのまま漫画のなかに描いた作品になってますね」
岡「戦後に漫画を描くという、どういう感覚だったんですかね?」
橋「町子は戦前に漫画家としてデビューして、戦争が激しくなって福岡のほうに疎開して、そこで戦後を迎えて、夕刊フクニチが創刊されることになってそれに掲載される4コマ漫画の依頼をうけて、連載されたのがサザエさんなんですね。なので戦後の仕事は降ってわいてきたようなきっかけ。町子自身もこのサザエさんがこんなに長く続く漫画になるとは思っていなかったと」
岡「思いもしなかった、う〜〜ん」
橋「ただ福岡の地ということもあって自分が海に近い場所に住んでいたので、登場人物をすべて海にちなんだ名前にしよう、ということで」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

【原作のサザエさんの衝撃の真実をお聞きしました】
岡「その時代の漫画家さんって、今テレビでやっているのってサザエさんくらいですかね?」
橋「そうですね〜、サザエさんくらいですね〜、手塚治虫さんも今はアニメとしては毎週放送というのはやっていないので」
岡「それだけなんか魅力と、安心感なのか、やり続けるって特殊じゃないですか。熱狂するとはまた違う、、、」
橋「違うんですよね。ほんとに通常の生活のなかの出来事がテーマになっているサザエさんなので。そういうサザエさんを支持してくれるというのは、共感できるところがいっぱいあってなおかつ安心できる。で、こういう家族だったらいいなあ、という憧れもあったりして今までこうやって続いてきたのかなと思いますね」
岡「サザエさん家系図。波平、ふね、サザエ、かつお、わかめ、ますおさん、たらちゃん、たまっていう猫がいて。で、のリスケさんは、」
橋「タエコさんっていう奥さんがいて」
岡「のリスケさんは今24歳なんですよね。24から26」
橋「この設定はアニメの設定なんです。これは原画とアニメの違いというのがありまして」
岡「違うんですか?」
橋「原作というのはサザエさんが結婚する前からありまして。途中からサザエさんが結婚して家族も増えて。アニメのなかでは一つのおうちに一緒に住んでいますけど。サザエさんは磯野姓からフグタ姓になるんですけども。原作ではいったんお家を出て新婚生活を営むんです」
岡「へえ〜〜!新婚生活、一応するんですね!」
橋「そうです、そうです」
岡「マスオさんは婿養子じゃない」
橋「婿養子ではないです」
岡「でも勘違いしているひと、多いと思うんですよね〜〜」
橋「そうですね〜〜」
岡「マスオさんみたいに、婿養子みたいにっていうイメージがあったり。でもフグタですものね」
橋「そうなんです。でもいろいろ問題があって一緒に住むというかたちですね」
岡「へえ〜〜」
橋「アニメのなかでは年齢設定からは歳をとらないんですけど。原作のなかではある程度までは年齢が刻まれていて」
岡「あ、やっぱりそうですね」
橋「ただ原作のなかで、だれだれが何歳とはきちんとはしていない。そういう意味ではアニメのなかではじめてそういう年齢設定というものができた」
岡「う〜〜ん。でも目の前に最初の原画というのがね、やっぱりちょっと絵が違いますね」
橋「違います。アニメと比べるとサザエさんも八頭身美人ということになっていまして、手がすらっとしてちょっと団子鼻の感じですけども。最後のほうのサザエさんになってくるとずんぐりむっくりになってきて身長も低くなってきて、サザエさんの描き方がかわってくるんです」
岡「どんどん可愛くなっていくんですね」
橋「アニメに近いかんじになっていくんですね」
岡「最初のサザエさん、八頭身ですね、スタイルいいですね。みんな、知らないだろうな。知らなかったですからね。なんかちょっと、いや怒られるかもしれないですけど、ポパイのオリーブっていうか」
橋「あ、そうですね、実はこのサザエさんというのは、その当時のアメリカの漫画、」
岡「同じ時代ですかね」
橋「そうですね。あの原作のなかではサザエさんは波平をよぶとき『お父さん』ではなくて『パパ』って呼んでいる回が何回かあります。必ずしも日本家屋でちゃぶ台があって、というのではなく、初期の作品のなかではテーブルに座ったりソファーがあったり洋風な生活をしてたりするんです」
岡「これはいつの?」
橋「これは朝日新聞のお正月版で、特集をくんだときにその挿絵をあらたにつくったものなんですけど」
岡「一家団欒、家族団らんの絵が描かれているんですけど」
橋「昭和の良き風景というか」
岡「これがサザエさんですね、ぼくらのなかの」
橋「そうなんですね」
岡「玄関前でわかめちゃんがマットひいておままごとしてて、カツオくんは外で竹馬やったり野球やったりしてて」
橋「本当に一枚に集約されて描かれているので」
岡「全然違うんですね、最初と。のらくろの影響もうけているような」
橋「師匠の田川水泡の影響というのもやっぱりあることはありますね。でも実際は手取り足取りの指導はしなかったんです。町子はかきたいようにかいていったというのがサザエさんに繋がっていったんですね」
岡「へえ〜〜、なんかちょっと、、、、昔からみてみたいですね」←(ぱらぱらとめくっている音がしています)
橋「楽しいですよ、原画の世界は」
岡「歴史も、、、」
橋「そうなんです。歴史もわかりますし。家族が織りなすいろいろなテーマっていうのがその4コマのなかに描かれているので。フネさんがこんなふうに髪の毛をおろしているのって原作のなかでしか見られない世界ですよね」
岡「フネさんがロングヘアー(笑)」
橋「そうです(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「これ採点表ってかいてありますけど」
橋「長谷川町子がいろいろと資料を、自分が描いたものからなにから衣装ケースのようなものにいれこんでいたんですけど。私の仕事のなかでしまわれていたものをひも解いて何があるのかを整理するのが仕事なんですけど。そのなかで発見されたもののひとつがこの採点表なんです。この採点表というのはこの新聞で連載されたサザエさんを、本当におもしろいのかを採点しなおすんです。4コマ漫画っておもしろくなければ世にだしてはいけないというスタンスで町子はかいているので、面白くないという採点は絶対にないんですね。おもしろいか、凄く面白いか、と採点をする。後に『よりぬきサザエさん』という本を作り直すんですね。その資料としても使われた採点表です」
岡「自分のなかでよくできたというのを。今回の記念のよりぬきというのは?」
橋「そうです。まさにそのよりぬきサザエさん、よりぬいて素晴らしい作品をご覧いただける展覧会です、という意味あいも込めて『よりぬき長谷川町子展』というタイトルになってます」
岡「橋本さん、毎日お仕事する上で長谷川さんの凄みって感じたりするんですか?」
橋「その仕事量には驚かされますね。新聞の連載というのは毎日の連載なんですね。たとえば体調不良とか旅行に行きます、ということで休載することは何度かあったんですが、基本毎日描いているなかで、サザエさんだけでも原画が約7000点ほど残っているんですね。7000点のなかでも未収録のものも残っていますし、その仕事量といったらもうとにかく膨大なんです。で、4コマ漫画というのは白黒の世界ですけど、単行本をつくるとき表紙絵を描くんですけど、その表紙の絵というのは色彩にあふれた美しい表紙をつくっていくんですね。サザエさんというロゴも一冊一冊その表紙絵にあわせて描いていく」
岡「あ、ほんとだ、タイトルの色味とか、いろんなこと」
橋「色味もかえていますし、技法もひとつひとつ変えて、この色にはこだわりぬいて」
岡「あ、すごいカラフル!」
橋「カラフルです。いまでは出せない特殊使いの色合いが多かったので」
岡「なんか、おしゃれですね」
橋「そうなんですよ、今みても古さを感じさせない。デザイナーとしてもすぐれた才能を持っていた人だと思います」
岡「ホントだ。サザエさんの、これ単行本の表紙ってことですか?」
橋「そうです。表紙用に描かれた原画です」
岡「へえ〜〜〜、なんか可愛らしいのとか、女性らしいのとか、ね」
橋「そうなんです。え〜え〜、シルエットだけで描いたものもあれば」
岡「あ、14巻で、リンゴの中からでてくるのがありますね」
橋「あ、そうですね、これがアニメの最後にありますよね、これがヒントになっているんですけど。スイカからこう出てくる」
岡「腰ふりふりして踊っているやつですよね。あ〜〜、へえ〜〜」
橋「ホントに色彩が豊富に使わていまして。町子が描く作品っていうのはどれも美しいのが多いですね〜」
岡「サザエさんも8巻、9巻10巻くらいまでは鼻が結構大きいんですね」
橋「そうなんです(笑)。鼻がまるっとしていて」
岡「丸鼻なんですね」
橋「でもそのぶん愛嬌があって愛らしくてかわいらしい」
岡「かわいらしいですよね」
橋「表紙だけでもこうやって変遷がみられるので楽しいですね。今回はこれをすべて展覧会のなかでご紹介しているので是非その点もご覧いただきたいと思います」
岡「では最後にですね、サザエさんはじめ長谷川町子作品は長く愛されているのは何故だと思いますか?」
橋「そうですね、最初のほうにもいいましたけど、共感できる世界がそこに広がっているというのがひとつだと思います。あとはサザエさんばかりじゃなくて、『いじわるばあさん』とか『エプロンおばさん』とかあらゆる漫画を残しているんですが。『いじわるばあさん』に見られるブラックユーモア的な世界はサザエさんの世界とは両極端な世界で。一人の人間から出てくる明るい部分と暗い部分がそれこそ面白い作品になって今でも私たちが漫画の本として手にとることができるというのが今でも皆さんに親しんでもらっている理由かな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ。
サザエさんの秘密というか、当たり前に見てきているけど、実はこうだったんだっていうのをね、びっくりしましたし。
なんか可愛いんですよね、表紙とかも可愛いし。あ、やっぱりなんかサザエさんが歳をとっていってる感っていうのもしれるし。
女流作家として長く愛されているというのが、凄いことですからね。
今も70年間もたってるのに今もテレビでやってるって。安心感があるっていうか、大人から子供まで、楽しめるものを作られた、本当にすごいことだと思うし。
いろいろな作品が、ね、つくられていますから。それを見にいける展覧会が、『よりぬき長谷川町子展』っていうのが昨日からやっているので。是非。
板橋区立美術館でやっておりますので。皆さんも見に行って下さい。

*******

以上です。

次回は再来週です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

さざえさん、子供の時には見ていたのですが、いつの頃からかご無沙汰しております。
しかし、息が長い…。
サザエさんに限らず、ドラえもんも仮面ライダーも今でも続いているって凄いですよね。
ウルトラマンはちょっとお休みですけど、ゴジラもリメイクが途切れないし。
何もない時代だからこそ知恵を絞って作り上げた確固たるものがあるからなんでしょうね。
ちゃんとした思想というか、核があるから続くし、大人になって初めて気付くメッセージに気付いたりというのもあるかもしれないですね。
今はドラマでも“ワンクール(3ヶ月)”区切りが当たり前になっていますが、良いものはクール関係なく続いて欲しいですね。…まあ大人の事情があるのかわかりませんが…。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:26| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする