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2016年10月25日

V6のドリフェス&『Growing Reed』なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

ずいぶんご無沙汰してしまいました。

昨日は友人がテレビ朝日のイベント『ドリームフェスティバル』に連れていってくれました。
3日間のイベントで、昨日は2日目。
われらがV6の出演日。
とにかくすごいの一言。
トップバッターでした。
曲目は三宅くんが考えたといいます。それがもう…。
これぞV6という要素がぎゅぎゅっと詰まった曲目に演出。
開場をあっという間にひとつにしたのでした。
それを証明するように、Twitterでも話題になったようですし、プロの方のレポートにも書かれてました。それがまたうれしくて。
風間大洋さんというかたのブログに非常に詳しくレポートされていますので是非検索してみてください。
記事のタイトルは『V6からエレカシ、いきものがかりまで、ジャンルを超越した数々の瞬間 テレビ朝日ドリームフェスティバル 2016・2日目』
そして、tweetのまとめもあって、これは『【未知との遭遇】V6の『ドリフェス』のステージにジャニーズ初体験組が衝撃!「演出が凄い」「感動」』で探してみてください。
曲目は
1. MUSIC FOR THE PEOPLE、2. TAKE ME HIGHER、3. Believe Your Smile、4. HONEY BEAT、5. fAKE、6. Will、7. SP<エスピー>“Break The Wall”、8. Beautiful World、9. Over、10. Wait for You、11. Darling、12. CHANGE THE WORLD、13. 愛なん、14. WAになっておどろう
すごいでしょう!!
いのっちと三宅くんのじゃれ合いもあったり、短い中で本当に贅沢なものでした。
やっぱりライブはいいですね〜!!
これでまたファンが増えたりして!!

いつ帰ろうかと思っていたんですが、結局やっぱり普段は見ないアーティストのステージも楽しくて、最後までいました。
それぞれ趣向を凝らして持ち味があってよかったです。
そしてどのグループもV6に驚いたというようなことをおっしゃってくださって、それもまたうれしかったです。
星野源さんはギター一本での弾き語り。それでも時間が短く感じられたのはさすが。
トップバッターがV6で、次がレキシで賑やか…とかなんとか口走ってしまって、次の出演者がレキシとばらしてしまった源さんでした(^^;)。内緒にしておかなきゃいけなかったみたいです。
しかし、特に面白かったのが、初めて知った(“聴いた”ではない)レキシというバンド(リードボーカル氏の芸名なのかな?)。歴史をネタにした曲を歌うのが特徴のひとつのようで、そのなかの曲で弥生時代になって狩猟から農業に移ったみたいな歌なんですけど、そこでファンがグッズとして手にしていた“稲穂”が活躍の時を迎えます。
でもファンじゃない私らみたいな人たちは手を稲穂みたいにぶらぶらさせて参加してくださいということになって。
そしたらレキシさんが『輪になって踊ろう』のメロディーで「うおーううおー。さあこうやって踊ろう。ららららら〜稲に見えるから」って歌いだして。バンドもそれに対応して演奏し始めるし。他にもいきものがかりの歌のメロディーで「稲穂だよ〜」とか、星野源さんの曲でも替え歌をしてました。
なんか楽しかったですよ。
PUFFYは全然変わりない。もう20周年なんですって!!息もぴったりでした。で、ペンライトに興味を覚えたらしく「それ、V6のグッズ?」なんて聞いてましたよ。
エレカシはものすごい入念なサウンドチェックをしていて、音にこだわりがあるんだなあと思いました。ボーカルの宮本さんが花道を走って行ったり来たりすると、背後でローディーかなぁ、スタッフがマイクのシールドを歌いやすいように手で繰っているのが見えて、かなりステージングにこだわりがあると見受けました。歌はパワフルでしたね〜。
そして最後はいきものがかり。バラードが有名ですが、結構激し目な曲もあってびっくり。
ボーカルの子がジャンプしたり走り回ったりと、テレビで見たことのない元気いっぱいな姿でした。
最後だったからアンコールもあってそこはちょっとうらやましかったです。
まあでも、V6が最後だったらきっとジャニーズのアイドルを聴いてもしょうがないって、聴きもせずに帰るお客さんも多かったと思われ、その点ではトップバッターというのはよかったなぁと思いました。


それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
今回も周回遅れで申し訳ないです。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:青山邦彦さん・絵本作家
テーマ:なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

<オープニング>
実は青山さん、かつて建築設計事務所に働き、現場監督や建築コンペに参加していたというキャリアの持ち主。
建築の世界から絵本作家に転身した青山さんが描きたかったものとは一体なんなのでしょうか。
今夜は青山さんの選択から、自分らしく生きるためのヒントを探ります。

<音楽あけて>
岡「青山さん、初めまして」
青「あ、どうもはじめまして」
岡「よろしくお願いします。今ぼくの目の前に青山さんの作品が並んでいますけど。すごいですね。これ、ちょっと見させてもらって、滅茶苦茶細かいですね、絵が」
青「それしか能がない(笑)」
岡「なかなか、絵描きさんでもこれだけ細かく描かれるというのもなかなかないんじゃないですか?」
青「いやあ、結構いるような気がするんですけどね〜」
岡「ほんとですか。『どこにいる?だれがいる?さがせ!』、っていうの、日本の歴史のやつで、これぼく大好きです(笑)」
青「あ、ありがとうございます」
岡「これおもしろいですね〜〜。すっごく細かいですものね〜この絵が」
青「さがせ、という目的で描いたんでね、どんどん描きこんじゃってください、みたいなことは言われていたんですけども」
岡「へえ〜〜、こんなに細かくね。戦国時代でザビエルさがしたり、キリシタン大名さがしたり、大阪冬の陣で猿飛佐助、服部半蔵、真田幸村、伊達政宗とかね、いろいろ捜したりする絵本ですけど。ねえ、日本の歴史を時代ごとにかいているのもあれば、スカイツリーまでありますけど」
青「まあ、形あるものは、ね、かけちゃいますね」
岡「形あるものが好き?」
青「好きというか、どうでしょうね〜、まあ、空間をかくのが好きといえばよろしいでしょうかね」
岡「青山さんのファン層というのはどういう人なんですか?」
青「いや、知りません(笑)というか、ファンをみたことがない(笑)」
岡「アハハハ、そんなこと無いでしょ」
青「あの〜、岡田さんのお仕事みたいにね、ファンの方々と向かい合ってやることないですから。向き合うのは編集さんばっかり、という感じでね。読者さんというのは本のむこうにいる方々という感じで」
岡「う〜〜ん。もともとは建築家。」
青「建築学科を卒業して建築事務所にはいって、というかんじで」
岡「それどういうあれなんですか?」
青「もともと小さいころは漫画家を目指していまして。で、手塚治虫さんの大ファンだったんですね。スケッチブック片手に」
岡「テレビをスケッチしていたんですか?」
青「テレビの中のレオとかね、だからもう疲れましたね」
岡「へえ〜〜、そういうのをスケッチする子供だったと」
青「そうですね、かけるようになればクラスでもすげえ〜とか言われるんだろうな〜と思いながら。大概の漫画家が勉強なんかできなくて漫画ばっかり描いてたというのを読んでいて、手塚治虫さんもそうなんだろうなと思っていたら優等生でしたね」
岡「手塚さん、そうですよね」
青「ええ、なんかすごい優等生で」
岡「青山さんはどうでしたか?」
青「それを見るまでは全然勉強なんかしなかったんですけど、どうしても近づきたいと。やっぱりこんなに品があるのは優等生だったからかと」
岡「哲学があったりとか」
青「そうですね。なのでこれはいかんと思って、優等生にならなきゃと思って。小学校5年生くらいから受験勉強を始めてしまうわけですね」
岡「忙しかったですね、受験勉強はじめながら絵も描いて」
青「まあ、野球もやってましたから、3本立てみたい感じでしたね。一応医者をめざせばいいんだな、と思っちゃったわけですけど」
岡「あぁ、はいはい」
青「で、一応私立に合格してね、中高一貫校の私立に行ってね。勉強大変な学校だったんですけど、そのうち数学とか得意になりはじめちゃって。高3のはじめかなんか、テレビの特集で、細密画をアクリル絵の具とエアーブラシでかいているのを見て、そのころから漫画家からイラストへ。真似事で描いていって」

♪♪♪♪♪♪

青「ですからそういうところでちょっとイラストに転向して、という感じね。それで手塚治虫さんがちょっと薄れてきちゃって。それで数学が得意になってきちゃってて、理系で絵をかくところってないのかな、となったときに、建築という(笑)」
岡「それで建築にいったんですか(笑)。それは図面ということですか?」
青「建築を一応めざして」
岡「早稲田いってるんですね。また勉強しましたね。早稲田の工学部建築学科」
青「はいってみたら、違いましたね。かなり絵的な要素が多くて。先輩の課題を手伝うというならわしがあって。それまでは本格的な設計はしないんですね。設計じみたことをやるのはほとんど3年生からなんですけど。それを後輩率いて手伝わせる。そこでやり方を覚える」
岡「きょうもこのスタジオに入って来られた時に、外を嬉しそうに見ていらっしゃいましたけど、景色とか好きなんですか?」
青「そうですね、やはり舞台として舞台空間として、見る感覚。だから絵本といってもほんわかという感じというよりは、まあ建築やっていたときから、ずっと絵本、、、まあ絵本作家になろうとは思ってはいなかったんですけど」
岡「もともとは絵本作家になるとは思っていなかった?」
青「思ってなかったですね。今から考えると」
岡「転機になったのは何なんですか?」
青「そうですね。アトリエ事務所にはいって、3年くらいたったときに、大分県でホテルをやることになって。そこで現場管理で行ったんですけど。そのとき一日の終わりにどうなったかというのをスケッチして。それを本にしたのがこれなんですけど」
岡「あるんですね、目の前に。へえ〜〜!凄い。分厚い、ほんとに辞書みたいな。こんなに描いたんですか!?」
青「ほとんど暇人っていわれてましたけどね」
岡「暇人じゃないでしょ(笑)だって現場に仕事としていって、終わってからこれ描いた。へえ〜〜、建築絵日記ですね」
青「そうですね。まあなんかね、バラの紙にかいてみるのを本にしてみるのとでは違うんだなと」
岡「これね、なんにもないところから基礎造りのところから、これ模写ですか?イメージもはいってます?」
青「いや、はいっていません。その場をみただけ」
岡「なんか季節の移り変わりもはいっていて。日付も天気もあって、どんどん出来上がっていくんだ、おもしろいですね」
青「まあこの頃から潜在的に絵本のことは考えていたのかもしれませんね」
岡「はっきり思いだしたのはいつなんですか?このときはまだ思っていないんですね」
青「漠然と思っていたんですけど。30を前にして。なんかやんなきゃなって。
岡「あ、ありますよね。30と35くらいにありますよね」
青「あ、35でもあります?わたし30でやっちゃったんで(笑)」
岡「30くらいのときに、やっぱりこれでいいのか?とか」
青「あ〜、毎日思っていました(笑)」

♪♪♪♪♪♪

【青山さんの絵本の神髄に迫りました】
岡「それで、ちゃんとしたって言ったら変ですけど、なかなかやりたいことがあっても辞められないでしょ?」
青「大手じゃなくてアトリエ事務所だったので」
岡「でも辞められなくないですか?」
青「逆にアトリエ事務所とかは独立前提で行ったりするので。どうもゼネコンにいくのが怖かったので」
岡「どのくらいで辞めるってきめたんですか?」
青「ホテルやっている最中にどうも違うな、と思って。その間に建築コンペに出したんですね。絵だけ描いてだすもので。絵本的なイメージだなと思ってだしたら入賞して。表彰式にいったらほかの人たちは全然違う感じで。自分だけ絵本タッチで。もしかしたら建築業界は自分の表現の場所じゃないのかもしれないと。入選してこれから建築頑張るぞ!じゃなくて、もしかしたらやめた方がいいんじゃないか、というきっかけになってしまったのかもしれませんね」
岡「いつどうやって、俺絵本だ!って思ったんですか?」
青「そうですね〜、辞めてから30になる年にやめちゃったんですけど。その時にどうしようかな、ととりあえず絵を描かなきゃと思って。一枚の絵をかくんじゃなくて、ストーリーに乗ったドラマを展開したいな、と思ったときに絵本なんだろうか、と思ったんですけど」
岡「やっぱりなんか風景を見ても物語というか、ストーリーが感じられる?」
青「なんか最初のほうがクライマックスシーンが思い浮かんで(笑)。このクライマックスシーンに持って行くためにはどういう展開がいいんだろう、とかね。そういう組立かたで。そして、どういう媒体の手段だったら表現できるのだろうかと」
岡「イラストレーターも全盛という時期じゃないですか。デザイン系にいくのか、イラストレーターに行くのか、絵を描くっていっても、漫画家なのか、とか」
青「ぴったりいく表現手段はなんだろうか、というときに絵本だったという」
岡「う〜〜ん」
青「これに合った表現が絵本だった、というスタートでしたね」
岡「いっぱいたくさん今日持ってきていただいたんですけど。タイプもいろいろあるようで。いろいろな種類を描かれているというか」
青「完全に子供向けという絵本もつくりたいというのもあれば、建築図解をお願いしますというのもあって」
岡「そうですよね〜へえ〜〜、すごいですね。『総合商社図鑑』とかも。“知れば知るほど”“精密でありながらダイナミックな描写で総合商社の仕事がまるわかり”興味あるなあ〜〜、あ〜こういうことか〜〜、こういうのもやるんですね。ホントに。説明しようと思ったけど難しい(笑)日本で生まれて世界で育った総合商社っていうのがあるのは日本だけで、電気ガスコンビニエンスストアお弁当などで総合商社の業がいきている。天然ガスだったり電気、地球の恵みを総合力を発揮して世界に届ける、これまた難しい。。。」
青「うん、まあ一言で説明できない仕事を絵で紹介していこうというシリーズ」
岡「絵でね。おもしろい、これ子供に見せたい。こういう勉強になることも、へえ〜〜、いいですね、こんだけ細かく絵で描いてくれてたら興味持ちやすいですものね。全部取材するんですか?どのくらいかけて?」
青「半年くらいかけますね、やっぱり。たとえば社会科の絵本とかは、もう漁船とか乗っちゃったりとかね」
岡「そういうのもあれば、永遠の空間、描かれた世界遺産。うわあ〜」
青「これどこも行ってないんですけどね(笑)」
岡「アハハ、行ってないんですか。どうやって描くんですか?」
青「図面から起こすってかんじで」
岡「あ、じゃあ建築やってたアレが生かされた。すご〜い。めっちゃ細かいんだけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「10月下旬に青山さんの新しい作品が講談社から出版されるんですね。それが『大阪城 絵で見る日本の城づくり』」
青「見覚えございませんか(笑)?」
岡「ありますよ。大阪城には関わってますから、アハハハ。実際大阪に住んでましたし。大阪城はやっぱり演じる上では何度も行ってますからね。大阪城が出来上がっていく様子をイラストで楽しむ一冊。これおもしろいですね。まさに建築ですよね」
青「建築現場のスケッチを思いおこしながら描いていましたけどね」
岡「へえ〜〜、実際調べて資料あつめておこしていく」
青「この時代を見た人はひとりもいませんからね〜、想像するしかないんですよね」
岡「でも文献とかそういうのでおこしていくわけですよね。あ、石運んで、、、、原画も持ってきてくださって」
青「ここに」
岡「うわ、凄い。へえ〜〜、原画、こまかい。すごいなあ〜やっぱり綺麗、原画」
青「そうですか、私もね、ひさしぶりに」
岡「結構大きく。これはB2?」
青「A2くらいですかね」
岡「へえ〜〜、きれい。これ原画なんですね〜。細かいなあ〜、葉っぱ全部、畑とかも、わあ〜これも細かいわあ〜」
青「西洋のお城をつくる本を描く方が描きやすいと思いますよ」
岡「もうね、今見てるのは、石垣がおわって木を職人さんが建てていってる構図なんですけど。これ構図考えるの大変ですよね」
青「そうですね。絵本という限られたページ数のなかで効果的に見せるにはどうしたらいいかと」
岡「みんなが生き生きと働いている。あ、おもしろい、どんどん出来てきた!大阪城。すごいなあ〜、あ、できた。これ秀吉ですか?」
青「ですね。よくおわかりですね。良かった良かった」
岡「黒田官兵衛いないんですか?」
青「官兵衛さん、ここにしか登場していないかな〜、官兵衛さん、どこかな、」
岡「あ、いるんですか。官兵衛さん、いるんだ。ぼく官兵衛さん、やったことある」
青「官兵衛さん、ここです」
岡「あ、これ官兵衛さんですか。石田三成いないですか?」
青「三成さんはちょっとご登場願えませんでした」
岡「ほんと?」
青「アポとれなかったもんですから」
岡「じゃあ、ちょっと官兵衛さんとこに三成さん描いて。でちょっと俺もいれておいてくれてたら。これぼくだよ、とは言えないですけど、ぼくっぽいのははいっても怒られない(笑)」
青「私よくこういう場面とか描くんですけど、場面にたつような気分ってどういうご気分ですか?一度聞いてみたかったんですけど」
岡「演じる上で?」
青「そうそうそう、なんか逆の視点じゃないですか」
岡「うん。なんかね、時代をできるだけ体験しようとするじゃないですか。そのときの価値観であったり作法礼法だったり時代背景、文化を学んで行った上でたつ、じゃないですか。そういう意味では絵を描かれるのと似ているんじゃないですかね」
青「なんかそういう予感していたんでね。おはなし聞いてみたいと思っていたんですよね」
岡「ただ描くだけじゃ描けないじゃないですか。建築も知っているから描けたり、文化だったり着るものだったり,なんだろう、細かい所まで知って」
青「そう。エキストラとか一度経験してみたいな、とずっと思っていて」
岡「ほんとですか。でも大人のひとが見ても楽しめるものですね」
青「そういうものを目指しているんですけどね」
岡「なんかでも東京スカイツリーもそうですし、大人むけの日本の歴史もあるし」
青「大学の就活している人にも売れているみたいで」
岡「絵もね、細かい繊細な描写で描かれているし。自分で貫いていくというか、自分の選択をしていくということで、大事にされていたことってなんですか?」
青「う〜〜ん、やっぱりこれしかできない、という感じで描いていますからね。自分をだしていくしかないと。それで人が喜んでくれればベストだと。基本楽しんでいただきたいと。スローガンをなげかけようとかはなくて楽しんでほしいなあ〜とそれが最初であって最後。ドミノ倒しと似ていますよね。準備はすごくかかるけど皆さんの前に現れるのはほんの一瞬。それがホントに作品の運命というのか、それがまたいい所かなと思っていますけどね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
ほんとにね〜、大人が見ても楽しめる、絵本というか、なんだろう、勉強になる感じの本も描かれているし。
ホントに精密なんですよね。精密のなかに人物があって、この人を捜してみよう、みたいなのもあったりして。
なんか家族で見ても楽しめるだろうし。
ね、是非皆さんにも見てもらいたいなと思いますし。
これしかできない、って言ってたけどね、そこまで持っていくのが大事なことなのかな〜って。
俺これしかできないんだよね〜って言うのって、持てるところまでやれるっていうのがね、やっぱりすごいことっだな〜と思うし。
それってやってきた時間とやってきた強さがあるから言えるせりふなのかな、って凄く感じました。
『絵で見る、日本の城づくり』ぜひ大阪城をね、皆さんに見ていただけると。
僕はもえたんですけどね。皆さん、どうでしょうかね?
是非皆さん見てください。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くん、やっぱり興味は尽きないのですね。
建築出身の絵本作家というのもおもしろいですね。
posted by さすらい母 at 00:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

Growing Reed

ずいぶんご無沙汰してしまいました。
最近どうも…
それに、もうすぐ『ラブセン』もおわってしまう…。
なんかいろいろ寂しいですね。



それでは気を取り直して、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
周回遅れで申し訳ないです。
りりーさんの名誉のために…りりーさんはしっかり翌日月曜日にはレポートを届けてくださっております。
私の都合で本当にすみません。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:太田進さん・「週刊ホテルレストラン」を発行する株式会社オータパブリケイションズ代表取締役社長
テーマ:2020年、東京の宿泊はどう変わりますか?

<オープニング>
業界唯一と言われるホテルとレストラン事情に焦点を当てた雑誌は創刊し今年50周年を迎えたそうです。
オリンピックを控えて俄然注目を集める東京のホテル事情。
今様変わりしようとしている東京の宿泊施設の現状など、今夜は日々取材を通して、その最前線を見つめる太田さんにじっくりと伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「太田さん、はじめまして」
太「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「よろしくお願いします。あれですね、あの、ギラギラされてますね(笑)」
太「ごめんなさい。昨日海にいって(笑)」
岡「海焼けですか(笑)」
太「5月のゴールデンウィーク開けから10月までもう毎週のように。ワンちゃんの散歩がてらに行って(笑)」
岡「へえ〜〜、でも50周年を迎えられた『週刊ホテルレストラン』。これを発行されているということで。業界唯一の専門誌なんですよね。どういう雑誌なんですか?最前線を紹介しているという」
太「まあ、ホテルレストランの経営者とか、そこにお金を貸している金融関係の人だったりとか、家具だとか食材とかフロア建設会社さんとか、そういう人たちのため
になるような情報を流したりトレンドをピックアップしたりデーターを集めたり、と
いうのがうちの仕事で」
岡「たとえばどういう、、、、今目の前に『週刊ホテルレストラン』がたくさんあるんですけど、どういう特集をされているんですか?料理人の世界っていうのもある」
太「そうですね、ご存じのようにホテルっていうのは間口が広くて。あらゆる使い方がある。そこにありとあらゆる人がからんでいる。そういう人の仕事がもっとやりやすく効率よくならないか、という情報。ホテルと人の間にたっているコネクターのような存在ですかね」
岡「へえ〜〜。企業と企業。人と人をひきあわせる、繋ぎ合わせる」
太「そうですね、そんなような仕事だと思っています。ぼくらはピッチにたっているサポーターという同志という感じのイメージでやっております」
岡「読者はどんな方がいらっしゃるんですか?」
太「さきほども言いましたが、ホテルレストランの経営者、開発担当者、金融関係、教育関係の方、かなり多岐にわたっています。ただまあ、ホテルに出入りするいろいろな方と幅広くお付き合いさせてもらっています」
岡「太田さんは筋金入りの親子3代でホスピタリティの世界にいるということですけど。15歳で単身渡米されているんですか?」
太「はい」
岡「その目的は?」
太「学業がもともとあんまり得意じゃなくて。もともと音楽が好きでドラムとかやっていて音楽の世界にはいりたいな、と。それであればアメリカかイギリスに行ったほうがいい。向こうにいって英語を覚えること。環境をみること、なんとか親父に頼んで行かせてくれと。それでハワイに最初はいって。結局バイトをしながらお皿洗ったりウエイターしながら。このままこの世界にはいろうと。深く深くレストランで成功するためにはどういうことが大事なのかなと.。そのとき一番思ったのは、表のサービスは楽しかったんですが、やっぱり経営者になるということは、料理人とときには喧嘩しなくてはいけない。それで料理学校へ行こうと。料理のマネージメントを学ぶためにはアメリカのほうがいいと思ってアメリカへ行った。帰って来て、うちの家業がこういう雑誌を出しているもんですから、親父にもいろいろ迷惑かけたしお金もサポートしてもらったしで、入ってくれよということだったので。この雑誌をやる立場だと、世界中のホテルレストランに行ったりいろいろ回れるのでこれはおもしろいなと。で、いろいろやっているうちに、自分の立ち位置はどこなんだろうな、と思ったときに、あ、俺は観客でもプレイヤーでもない。しかしピッチにたってこの人たちを救うことができるんだと思って、しっくりきたんですよ。それ以降そのメンタリティーでやっております」



♪♪♪♪♪♪



岡「お父さがもともとこの雑誌をつくられた?」
太「そうなんですね」
岡「今、写真があるんですけど、似ていらっしゃいますね?(笑)」
太「そうですか。一応親子なんで(笑)。でもこの人には100年がんばっても追いつけないような偉大さとか寛大さとか。ぼくはもう90%彼の思いで、太田進という人間はできていると言っても間違いないくらい可愛がってもらいましたし、いろんなこと教えてもらいました」
岡「50年前からというと」
太「1966年。ちょうどビートルズが来た年。笑点がはじまった年ですよね」
岡「当時っていうとホテルっていうとどういう感じだったんですかね?」
太「やっぱり敷居が高くてね、特別な人しか行きません、みたいなね。」
岡「ビートルズが泊まった帝国ホテルの。。。」
太「ヒルトンホテルです(笑)」
岡「あ、ヒルトンホテル(笑)。ヒルトンホテルの何々、そこに好んで泊まっていたとか。。。」
太「そうなんですよ。それが段段ホテルの数が増えてきて、一時25年30年前くらいかな、週末のホテルの4割が関東一円から来て泊まっているんですよ。そのころからそういうトレンドが始まっていて。他の国っていうのは海外から来た人が泊まるものというものだけど、日本ではちょっと違うかたち。ちょっと自分にご褒美とか、ありとあらゆる使いかたをするので、ほかの国とは違う事情が違うかんじがしますよね」
岡「なんか紹介してて楽しいところとかあるんですか?」
太「僕はホテルを生き物みたいに捉えてて、今年あいたホテルは赤ちゃん。それに対してあそこのサービス遅いよね、とかできたばっかりなのに、そういう悪評をもらってしまうこともあるわけですけれど、やっぱり5年10年かけて、学んでいって大人になっていくような。そういう風格は時間をかけてたどりつくようなものだと思っているので。このホテルはおもしろいよ、というのは難しいんですけど、ビジネスホテルみたいなものもあればもっと小さいものもありますよね」
岡「歴史がめっちゃ長いとかいうのもありますよね。そういうのもあれば新しい日本としてのホテルとしての、、、星野さんとかもそうですよね、一回来ていただきましたけど ←
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/215499851.html#comment
どんどんチャレンジしていっぱいつくられましたよね。10年、7年前かな〜、結構前に来ていただいて、まだそんなになかったんですよ。メッチャクチャできちゃって」
太「ご存じのようについ最近は東京のど真ん中に旅館をあけたんですよ」
岡「できましたよね」
太「はい。これはもううちの親父も僕もずっと何十年も前から、なぜ日本は日本的なデザイン、おもてなしを前面にだしたものをつくらないんだろう、と思っていたんですね。日本でつくるホテルも横文字でカーペットをひいてあってベッドで寝かせるというね。これでニューヨーク、パリ、ロンドンと戦っていくの?やっぱり日本にきたら、日本らしいものを求める。そうだとやっぱり京都に連れていくとなってしまう。東京にないから。なので真っ先に彼が挑戦してくれたということは素晴らしいことだと思います」
岡「ザ・日本の文化をいれたホテルを作られたという」
太「これも生れたばかりの赤ちゃんなので、みんなで磨いて磨いて振り返ったときに、あ〜いい子が生まれたねって言ってもらえるホテルにしてもらいたいと思いますけどね」
岡「レストランとかホテルとかおもてなしの頂点といわれているものでなんか育てるっていうじゃないですか。そういう何だろう、どんどん育っていくという感じはあるんですか?」
太「あります、あります。見てて、いろいろ一年目はクレームがはいっていたけどだんだんできるようになったよね〜とか。料理も」
岡「いろんなホテル見てると、個性的で、面白いんですね。歴史とかもあるだろうし。シェフもいろいろ変わっていて」
太「星野さんと同じ時期に、もう一つプリンスさんが赤坂プリンスをぶっ壊して、ちょっと前よりも高級感のあるホテルになって。これなんかもプリンスの人たちの思いがはいっていて。そういうことが世界でもいっぱい起きている。直さなければならないならバサッと新しく建て直して。まさに今オークラホテルはそれをやろうとしています」
岡「地方もやっぱり凄いですものね。ニセコとかは有名ですよね」
太「パウダースノー、世界一なんですって」
岡「世界一なんですか、へえ〜〜」
太「ここ数年で、スウェーデンとかノルウェーとか来る。スノーボーダーとか何か月もいる。そういう情報もネットやSNSで知って来てくれるというのが有難いなと。来てくれた時はおもてなし。伸びしろはいっぱいあるんじゃないかと思っています」

♪♪♪♪♪♪

【2020年に向けた傾向と対策についてもお聞きしました】
岡「様々なホテルがありますけど、一番大事なのはホスピタリティ、ということで。太田さんが思うホスピタリティとは何ですか?」
太「これはもう各ホテルに勤めている人の思いとか姿勢なんですね。このホテルの看板を背負っている。良かったね、また来たいね、と思って貰うことが最終的なゴールであるわけですから。滞在中にありとあらゆるリクエストも受けるでしょうし。個々の人の判断、その人の思い、そして姿勢がホスピタリティを生んでいくんですけれど、日本は比較的他の国よりもレベルが高いという評価が得られている。これは日本人が持っているDNAなのかな、と。学校でも先生のいうことを聞かなくちゃいけないですよね。比較的できる国民性をもっている」
岡「でもプライドは感じたりします。ホテルのかたの美学とか。それぞれの研鑽してきた経験と技術と何を喜んでもらいたいのかとか。ホテルによっては、お客様のために使っていいお金が一ヶ月にこれだけあるよ、とか」
太「(笑)詳しいですね〜、あります」
岡「ありますよね。それはやっぱり美学。日本人の方が世界で有名な、イギリスかな?何処かのチーフ?になられていますよね?」
太「あ、コンシェルジュですよね。イギリスのサボイ。日本人は痒い所に手が届くことに長けていて、問題ハードルは言葉だったりとか。サボイで頑張っている人がどんどんフォーカスされることによって、あ、俺もこういうふうになりたいな、と思っている人が多分もういると思うので、いい流れだなと思っています。料理人とかも今やパリでミシュランを持っている日本人って20人くらいいるんですよ。今日本の料理人はヨーロッパで実はものすごく人気なんですよ。次回パリに行くときは何人か紹介しますよ」
岡「へえ〜〜、どんどん変化をしている」
太「日本って凄いんだけど、あんまり人に言わないとかあるじゃないですか。押しの強さとか負けてたと思うんだけど、ガンガン外に行って戦えば、音楽の世界でも多分クリエイターの世界でも、まだまだやれる。もっとホスピタリティの世界の人たちが増えたらいいなあ〜と思っています」
岡「ホスピタリティって挑戦も必要なんですよね」
太「何の仕事も一緒だと思うけど人間を磨くこと。自分自身の魅力を磨いていくことが、同じようにプロとしてのレベルが上がっていくことなんじゃないかと思うんですね。そういう人をサポートするのが我々の仕事なんで」

♪♪♪♪♪♪

岡「じゃあ最後に、太田さんが思う、幸せが贈れるホテルとは?難しいですね」
太「難しいですね。あなたがほっとする一曲はなんですか?というのと同じですからね。やってきた映画でこれが一番はなんですか?と同じですから。ま、自分自身はね、人は求めているものはみんな違うので、冒頭に話したように、海とかプールがあるようなリゾートホテルが好きなのでそんなような環境でまったりできることがベストだと思うし。そこには過剰なものをサービスに求めることは僕はしない。私が求めるものをポンポンだしてくれるホテルが多分自分にとっての幸せなホテルなのかな、と思いますね」
岡「ホテルでの楽しみ方って、ちょっとわがままになっていいんですかね?」
太「いいんです。お客様ですから。みんなお客さんなのに、いわないんですよね、文句を」
岡「日本人、言う感覚ないですよね。僕もコンシェルの人とかに話しかけた事一度もないし。でもホントは話したりとかして」
太「是非是非」
岡「今日はこういう日なんだけど、何かいい案ないか、みたいなこととか」
太「もう皆さんにやっていただきたいことで。そうすることで磨かれるので。なにも言われないと、喜んでるんだか満足しているのかわからないんですよね。海外の人は言葉でこれはいい、ダメ、こうしたいああしたいと。すり寄って相談してほしいですよ。それがうまく返せるか返せないかっていうのも皆さんのホテルの評価、経験になって、選ぶ基準になっていくわけで。たくさんわがままを言われた方が実は人間育つので。深く考えずにぶつけて下さい」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜ねえ〜ホテルのホスピタリティというのはね、やっぱり自分自身の、生き方だったりね、自分自身を磨くことだっていうのは、すごくなんか、そうだな〜、やっぱりそうだな〜と思いましたし。
ホテルのね、なんかプライドとかそういうのも何か体験するのも、ちょっとわがままになんなきゃいけないんだよね〜
わがままになれないんだよなあ〜〜 (←そんなあなたが好きです^^)
何かコンシェルジュに頼めないですよね、頼めるのかな、みんな。
よくこうドキュメンタリーとか見たんですよ、それこそサボイの日本人の。
でもずっとひっきりなしにお願いをお客さんから聞いて、無理なお願いを断らない。
凄い人だ、みたいなテレビ番組を見て、あ〜すごいなあ〜と思って。
こだわってお仕事をしているってことの、仕事としてのプライドみたいなね、人と接する仕事のトップだから、すごいな〜と思って、見ながらですけど。
でもお客さんがすごいいろいろ頼んでて。こんな頼んだことないなあ〜と思って。
でもちょっとね、わがままになって。わがままになっていいんですよね。
今度行ったら、ちょっと何かお願いしてみようかな、なんて思ったり(笑)
ホテルにちょっと行ってみたくなったし、なんか日本独自のホテルの有り方とか、前にね、一度来てくださった星野リゾートの星野さんとか、なんか、行きます!と言ってまだ行ってないからね。アハハハ、ちゃんと行きたいな、と思っております。

*****

以上です。
==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

コンシェルジュに頼めないって言うのが可愛いですね。
岡田くんのお願いならみんな喜んで聞いてくれちゃうよ(^^)
頼んだことはないですが、なにか聞いて教えてもらったことはあるような気がします。
コンシェルジュのかたのお仕事がそういう仕事なのだから、よほど理不尽なことでもない限り、お願いするのは構わないというか、むしろ頼って欲しいと思ってらっしゃるのかもしれないですね。
難しいリクエストをクリアしたときの達成感というのもあるでしょうし。
まあでもわがままが言えないという岡田くん、りりーさんの一言と同じで、そういうところがいいですよね。

posted by さすらい母 at 23:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

Growing Reed『浮世絵で伝えたいことは何ですか?』

暑いんだか寒いんだかわからない日が続いていますね。
台風は最初言われていたルートをはずれ、関東圏は難を免れましたが、皆さんの地域はいかがでしたでしょうか。
阿蘇山も36年ぶりの爆発的噴火と言っていて、それはいつだと思ったら1980年って、つい最近って思っておりましたよ(^^;)
こちらも心配です。関西圏でも降灰があったようですし。
お気をつけください。

ではまた少し遅れてしまいましたが、りりーさんから月曜日に届いたレポートをお送りいたします(^^)

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:石川真澄(いしかわますみ)さん・浮世絵師
テーマ:浮世絵で伝えたいことは何ですか?

<オープニング>
伝統的なスタイルをベースにしながら現代版にアップデートしたその作品はモダン浮世絵と呼ばれ、世界的ロックバンドやあのルーカスフィルムからも依頼がくるほどです。
今、日本以上に世界各国で熱い注目を集める浮世絵。
今夜は現代の浮世絵師の仕事に迫ります。

<音楽あけて>
岡「浮世絵師、と聞いてちょっと年配の方をイメージしたんですけど、なんとお若い! 石川さん、同世代ですよね」
石「そうですね、はい。38です」
岡「そうなんですよ〜、嬉しいです、同世代で〜。僕知ってますよ、作品」
石「ありがとうごさいます(笑)」
岡「アハハハ、すごいですよね。何か2000年に6代目歌川豊国さんのもとで浮世絵を学び、と聞いていますけど。でもなんか浮世絵師と呼ばれるのがなんか違うっていう風に言っているって」
石「まあそうですね。僕自身は浮世絵を好きは好きなので、その様式を使って、自分なりにとりいれたものをアップデートできたらな〜という」
岡「もともと浮世絵というのは何人かで分担作業してやるものですよね」
石「そうですね。もともと江戸時代にあった伝統的な浮世絵の木版画というのは、絵師と彫り師と摺り師(すりし)という分業でやってましたね」
岡「う〜ん。それを初め習いにいったときには、豊国さん、歌川家っていったらアレですよね、広重さん。『東海道五十三次』の作者ですよね?」
石「そうですね。いわゆる歌川派」
岡「へえ〜〜、あと鳥居派ってありましたっけ?」←(あら!岡田くん、よくご存じで♪)
石「はい。歌舞伎座の看板絵をやられている」
岡「歌川派なんですね」
石「はい。歌川派が好きで」
岡「へえ〜〜、なんで学ぼうと思ったんですか? それはもともと分担しているものを最後までひとりでやりたいと作りたいと思ってやられているんですね」
石「そうですね。もともとは高校のときですかね、駅のポスターで歌川国芳の浮世絵展のポスターを見た時に感動を覚えまして。それがきっかけ」
岡「もともと国芳だったんですか?」
石「そうですね。国芳の絵がすごい好きで」
岡「へえ〜〜」
石「それまでは歴史の教科書で北斎ですとか歌麿とは写楽とかを知ってはいたんですが、たまたまそのポスターをみたとき衝撃的で」
岡「どんなのですか?」
石「相馬の古内裏っていう、右側からでっかいどくろがぐわーっと」←
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/kuniyoshi022/
岡「あ〜〜、知ってます。国貞じゃなかったですか?」
石「国芳です」
岡「どろどろしいですよね。かっこいいですよね。それを見て」
石「はい。それをみたとき衝撃的で、すぐに図書館にいって資料を捜したりして調べましたね」
岡「調べて」
石「それでいろんな絵師さんがいるんだな、とそのときわかったんですけど」
岡「現代で、結構残っているんですか?その絵師さんって」
石「そうですね〜〜、いや、」
岡「なになに派っていうのも、4つ5つくらいですよね?」
石「そうですね。まあいろいろあることはあるんですけど。残っているのはいわゆる歌川派っていうのと鳥居派っていう二つだけだと思います。鳥居派も後を継がれる方がいらっしゃるのかどうかという感じですし。歌川派も兄弟子がいるんでその方がいるくらいなのでほぼほぼいない、という感じですね」
岡「だって師匠の6代目歌川豊国さんも習っている途中に亡くならなられたんですよね?」
石「そうです。ぼくが弟子入りを志願してからすぐ数か月で他界されまして」
岡「どんな師匠だったんですか?」
石「そうですね、ぼくがあった当時も97歳だったんですけど、その歳を感じさせないアクティブな方で、エネルギッシュなかたでしたね」
岡「へえ〜〜、では改めて、浮世絵ということで、目の前に作品をもってきていただいて、見していただいていいですか?」
石「ぜひ」
岡「あれ、有名ですよね?スターウォーズとコラボしていて。あれメッチャクチャ目にしましたよ」←
http://tabi-labo.com/156634/starwars-ukiyoe
石「あ、ありがとうございます」

♪♪♪♪♪♪

岡「うわあ〜、かっこいい!」
石「ありがとうございます」
岡「これは!?じゃあ一枚一枚ご説明いただいて」
石「はい。これはあの〜うちにいた猫がモデルなんですけど」
岡「原画ですか?これは」
石「はい原画なんです」
岡「さわっていいですか?」
石「あ、どうぞどうぞ」
岡「へえ〜〜、すごい!これ自分ちの猫が原画?」
石「うちの猫が糖尿病になってしまって、その時の闘病祈願みたいな形で。病気を妖怪に例えて、それと戦っているという」
岡「着物着た槍を持った猫が雲の隙間から出てくる妖怪と対峙しているという、見せたいなあ〜ラジオじゃ、(笑)これは、妖怪の描き方も結構伝統な」→
http://h.hatena.ne.jp/dai6tenmaow/225695364981889401
石「まあそうですね。一応自分の好きな様式を自分なりに表現しているつもりなんですけど」
岡「これなんて書いてあるんですか?」
石「あ、題名ですか?『國眞妖異伝之内傑士虎仁王逢魔ヶ時(くにまさよういでんのうちけっしこにおうおうまがとき)』というんですけど。うちの猫がコニという名前だったので当て字にして」
岡「へえ〜、字は奥様が書かれて」
石「はい。絵はかけるんですけど、字はへたなもんで(笑)」
岡「(笑)コラボしてるんですね、奥様と。ありがとうございます。すごいなあ〜〜。色味もなんかいいですね」
石「鮮やかなものが好きなので」
岡「そういう浮世絵みたいなのは、祈願みたいなのでかいたりするんですか?」
石「そうですね、いろんな意味合いが要素としてあるものが浮世絵といってもいいので、当時からいろんな役割の絵がいろいろ出ているので」
岡「へえ〜〜、なんか予測みたいなので、国貞さんの作品で江戸末期のときにスカイツリーを」
石「あ〜国芳ですね。風景ですよね。ネタばらしをするようですがあれはやぐらなんです。井戸掘りの。当時たまたまそこにたっていたやぐらの形がスカイツリーに似ているので、予知してたんじゃないかと。。。。あんまり言うとつまらなくなってしまうのであれなんですけど。実はそういうこと」
岡「へえ〜、おもしろい。でもいろんな意味合いがあって描かれていたり旅祈願だったり、エロいのもあったりしてね(笑)では次の。。。。綺麗だなあ‾‾」←(紙を広げる音がしています)
石「これは浮世絵的な粋な男が着物にストールを巻いているような。ストールの柄をペイズリーにして、ちょっと西洋かぶれ的なところを出して」
岡「へえ〜、おもしろいですね。でもあでっぽい、、あだっぽいなあ〜。髪の毛からちょっとでてくる乱れもあだっぽいなあ〜、ありがとうございます。すげえいっぱいある。(パラパラ)あ、すごい色味が鮮やか。(笑)これ、どう(笑)なんですか?これ」
石「これ、まいまいこわいっていう題名で、単純にぼくがカタツムリが苦手で恐怖症になってしまいまして。その内面を描いた」←
http://www.konjakulabo.com/works
岡「これどこで見れますか?聞いてて見たい人いっぱいいると思うんですけど」
石「ホームページのギャラリーをみていただければ」
岡「石川真澄さんで調べて泣いている少年の顔のあたまにでっかいかたつむり。本物キレイ。色味が。ウェブの色味とはまた違うかもしれない。一度ウェブでみてもらって」→
http://www.konjakulabo.com/about
石「どんな感じが見てもらえると」
岡「これどうやって描くんですか?いろんな手法があるんですよね」
石「ぼくの場合は肉筆なので、木版画とは違うんですけど。木版画ってフラットな雰囲気というか油絵みたいに盛り上がってないじゃないですか。それがぼく凄い好きで。それを肉筆で表現したいな、と思って。試行錯誤しながら今の画材を使っているんですけど。エアブラシとか使ったりして」
岡「エアブラシとかも使うんですね!?」
石「アクリルをメインに使うんですけど」
岡「ホントに今風」
石「そうですね。今ですね。今の画材でやってます」
岡「へえ〜〜。もう新しい時代にもあわせた。モダン浮世絵と呼ばれているんですものね。だってKISSとコラボしたり」
石「ちょっと忠臣蔵と見立てたかんじのね」
岡「これオーダーがくるんですか?俺ら妖怪にしてくれって」
石「いや、ぼくが勝手にイメージして(笑)」
岡「へえ〜、すごいなあ〜」

♪♪♪♪♪♪

【浮世絵の描き方についてお聞きしました】
岡「一枚できるのにどれくらいかかるんですか?」
石「そうですね、絵によって違うんですけど、早ければ数日でできるものもあれば、数か月になるものもでてきます。僕のやり方がフラットなスタイルにしたいので、どうしても一か所間違えると、そこだけ修正しようとするとそこだけ盛り上がって世界観がおかしくなってしまうので」
岡「あ〜〜、大変」
石「たとえば全部出来上がって、ここの一か所の色の修正がきかない場合は全部初めからやり直すんですよ。下絵からかいて」
岡「あとでここ違ったってことあるんですか?」
石「あります、あります」
岡「そうしたらなり直すんですか?」
石「やり直します、時もあります。そういう時は相当へこみますけど。さ〜と血の気がひいてしまうんですけど。9割できててそれが良ければいいほどへこみますけどね」
岡「そうですよね。何考えて、っていうか何を、、、浮世絵のちゃんとしたところに弟子入りをして、伝統の勉強して、分担作業を自分で最後までやりたいとやって。新しいかきかたも見ながら。一度もミスできない。だいたいピリピリしますよね。それをこれだ!とやるわけですよね」
石「結構めんどくさい作業をやっているなと思いますけどね」
岡「逆に楽しいと思うことはなんですか?」
石「楽しい、、、、仕上がった後ですかね。完成したなと思ったときに達成感をもちつつ出来上がった作品を見る時が一番幸せというか幸福感がある瞬間なので。最中は楽しいと思ったことはないですね」
岡「う〜ん。ないですよね。思えないですからね。うわあ〜楽しいぜって。いやなんかこういうこと言うと語弊があってぼくも勘違いされるかもしれないですけど、お芝居好きなんですけど、やってて楽し〜い!!って思ったことないですよ」
石「あ、じゃないかなと思いました。僕も今聞こうかな、と思ったんですけど」
岡「なんかみんな仕事で表現される仕事をしている人で、楽し〜い!って思ってやってんのかな、みんな(笑)」
石「僕は多分、なんかそういうときも多少あるかもしれないですけど、絵を描き始めて終わるまでっていうのは、楽しい瞬間は多少あったとしても、苦悩したり悩んだり心にあるものをだそうともがきながら一生懸命仕上げていくんで、楽しいを含んだおもしろみというか。面白いということばを僕つかうんですけど、総じて面白いっていうんですけど。楽しいと思ったことは正直ないですね」
岡「僕最近苦しすぎて、やめたんです。(笑)もう完璧楽しもうと思って。次の作品は、今まで悩んで悩んで出来上がっても、う〜んって自分のことは満足できないし。だから次は、せっかく生きてて仕事してて、うーって考えて毎日お腹痛くて、」
石「はい、ぼくも胃が痛くなります」
岡「(そういう)仕事するの止めようと思って(笑)。次の作品はおもいっきり楽しんでやってやろうと思っているんですけど、できるかな(笑)またう〜って思ってなっちゃうのかな〜って。どうなんですかね?」
石「ぼくはもう諦めちゃって。そういうもんだと思って。なんかそうやって苦しんで経験していって先に進んでいくしかないと思って」
岡「いつかホントにね、楽しいしかないときがくるかもしれないですものね」
石「かもしれないですけどね、どうなんですかね〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「あの〜、西洋の絵にはない浮世絵ならではの楽しみとか醍醐味」
石「そうですね〜、独特な表現方法といいますか、たとえば顔のかきかただったり、指ですかね。爪の上にもりあがっている指の形とか。当時の日本人の独特なものの見方とか。北斎の富士山をバックの波の表現も北斎にしかかけないというか、日本人にしかわからない海の表現というか稀有な表現ですかね。なんかこうひいてみるのが西洋だとすると、日本人は間近でみても細かく表現できてるというか、遠くでみるとダイナミックなんですけど近くでみるとすごく繊細な作業をしているのが浮世絵の醍醐味というか良さかな〜と思いますけど」
(またパラパラとみる音がしています)
岡「あ〜、見たことある!わあ〜メドゥーサ!これはタイトルは?」
石「東西化物真勢合(とうざいばけものまぜあわせ)ていう本題で副題がきよひめメドゥーサ。西洋でいうとメドゥーサ。日本でいうところの今昔物語ででてくる道成寺のはなし。清姫と安珍。安珍という美しい僧侶がいてそれを追っかける清姫の執念が蛇体化していくんですね。そういった執念情念とあわせたもの」
岡「なんかこう、仏像に通じる描き方、がどことなくあるというか。全体的に黒バックでぼかしながら、一発勝負。一点物だものね〜」
石「そうですね。桜も一枚ずつぼかしいれていって、蛇も一体ずつぼかしや色をいれていくんで」
岡「これは細かいなあ〜〜、ホントだ、ぼかしもすごくはいっていて。色味も違うし。これはもうアレですね、絵を描く人のなかでもいっちゃっている所業の、、表現をいろいろ考えましたけど(笑)ねえ、いっちゃってる、時間がかかる」
石「さすがに仕上がった直後に熱がでましたけど」
岡「こんな色味をさがすのでも大変ですよね。あだっぽい、色味。ちょうどいい色ってなんかあるじゃないですか。なんだろう」
石「そうですね、自分のなかの正解の色を出すというのは絵描きとしてすごく難しいですよね」
岡「目元のブルーとかも絶妙な、色味じゃないですか。もうちょっと濃かったらまた違うだろうし、薄いとわかりづらいし。これを一発で描いちゃってるというのがいっちゃってる、、、すごいなあ〜〜」
石「ありがとうございます」
岡「今、若い人たち、世界に浮世絵が注目されていたり、スターウォーズと組んだり
KISSと組んだり、海外でもぼくあの〜浮世絵をモチーフにした作品を見たことがあるんですけど、海外でも浮世絵が評価されてたりすると思いますけれども」
石「最近、日本でも若い人中心に浮世絵が人気がでていると思うんですけど。そうじゃなかったときも外国の人のほうが浮世絵の良さを分かってるんじゃないかと思うほど人気があったので、浮世絵に影響を受けた作家さんの作品は多くあると思います」
岡「こういうコラボはどうだったんですか?」
石「ルーカスフィルムさんのほうに、こういう絵でいきますという確認をさせていただくんですけど、まあNGもなくOKいただいてスムーズにすすめることができたので、浮世絵に対するリスペクトも持っていただいているんだな、と思いましたね」
岡「世界中の人に見てもらえるといいですね。最後にこれから石川さんが浮世絵で描いていきたいものとは?」
石「そうですね、基本的にはかわらないんですけど、自分の内面心象風景を浮世絵の様式を使って表現したいというのがずっとテーマとしてあって。ぼくの好きな浮世絵の様式で表現できたらなというふうに思っていますね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
やあ〜いいですね。ぼく同世代のかたがこうああやって、なんだろう、嬉しくてしょうがないんですよね。
やっぱりホントに細かく絵とかって作り手の思いとか、これこうやったら大変だったろうな、とか見ていくとすごく面白かったりするし。
浮世絵を伝統をしっかり学びながらも、新しい描き方や見せ方でやられているというのもね、革新者なかんじも凄くすばらしいな、と思いますし。
是非、もっともっと作品つくってもらって、またなんか個展をやりま〜すっておっしゃってましたので、その機会があればぼくも見に行きたいと思いますし。
でも自分の心情のものを描いていくってしんどいですよね。
その世界にいかれているっていうのは凄いなと思うし。う〜〜ん。
そう簡単に出てこないでしょ、自分のことって。
ハハハ、出てくんのかな?俺そんなに。。。。。
僕そんなに出てこなくて、自分のことを、こう掘り下げて捜しても、そんなに自分のもの出てこなくて、怖いもんとか、、、
う〜〜ん。だからよく作家さんとか、絵を描かれるとかって、ホントにすごいな〜、といつも思うし。
なんかね〜〜
一枚いくらだか聞くの忘れたね。。。。失礼か(笑)ハハハ、すぐ値段きくのも失礼か。
是非皆さんも石川さんの作品、見てみてください。

*****

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

浮世絵と言っても今風なんですね。
そして岡田くんの仕事上のお悩みが(^^;)
なかなか楽しんでいけないんですね。
やっぱりやるからには完璧を求めてしまう性なんだろうなぁ。それはもうしかたないですよね。そういう点が岡田くんの信頼につながっているとも思えるし。
作品の公開が待ち遠しい!!


では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 15:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

『Growing Reed』なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

本当になかなか更新ができなくて申し訳ないです。

またまた台風が…。
今回は日本全体に影響がありそうで、お互い気を付けましょう!!

先日、息子がカンピロバクターにかかったんです。
原因と思われるのが焼き鳥屋さんで食べた鶏のたたきだったようです。
その話を獣医の友人に話したところ「鶏肉はだめだよ」と即答。
鶏は生でも大丈夫と思われているけれど、100パーセントアウトだというのです。
実際、鶏の生を食べてカンピロバクターにかかる人は多いらしいです。
豚はそもそも危ないという認識がありますね。牛はひき肉でなければ大丈夫と思ってしまうけれど、やはり時々病原性大腸菌の被害がありますので、まあまあ気を付ける…かな。
比較的大丈夫なのが馬肉だそう。それでも絶対とは言い切れないので体調の良い時に信用できるお店でのみ食すことに越したことはないです。
ちなみに、普通の大腸菌は食中毒のもとにはならないと聞いたことがあります。大腸菌が居る状態が問題というだけで。
でも、食中毒事件を起こす怖い大腸菌もいるわけで、そういうのにはわざわざ“病原性”って言葉がついているからやっぱり普通の大腸菌は病原ではないってことか、と改めて思ったりして…ってだからなに?って話ですけど(^^;)
まあなにしろ何が起きるかわかりません。
ちゃんと熱を通して食べるのが一番ですね。


では、りりーさんからほぼ一週間前にいただいたレポートです。
本当にいつも申し訳ありません。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:山口由美さん・旅行作家
テーマ:なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

<オープニング>
旅行業界の専門誌の記者を経て、現在は旅行作家として活躍中。
日本の粋な宿から世界屈指のリゾートホテルまで取材を重ね、幅広い分野で執筆されています。
そんな山口さんが最新著書でスポットを当てているのがスリランカが生んだ建築家、ジェフリー・バワ。
リゾートホテル界に絶大な影響を与えたといわれ、熱帯建築家と呼ばれる彼に魅了された山口さんはバワ建築から何を感じとり何を伝えようとしているんでしょうか。
今夜はリゾートホテルが与えてくれえる幸せとは何か、考えてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「山口さんは、そもそも旅行作家になろうと思ったきっかけは何なんですか?」
山「私の出身は箱根の富士屋ホテルの創業一族なんですが」
岡「え〜〜!!」
山「エヘヘ、ええ、母がその娘だったんですが。母が旅行作家をしていたんですね。若くして亡くなったんですけれども、あんまり母の跡を継ごうとか同じ仕事をしたいというわけではなかったんですけど、その母が与えてくれた環境とそれから書くことが好きだったということが今の仕事に繋がっているのかな、という気がします」
岡「じゃあ、家がホテルの一族というか、小さいころの山口さんにとってホテルとか旅というのはどういうものだったんですか?」
山「そうですね、すごく身近なものですよね。ホテルも経営の一族だったし、旅も母は旅行作家であると同時に小さな旅行代理店もやっていたんですね」
岡「へえ〜〜、じゃあホントに旅行と旅とホテルが好きなお母様だったんですね」
山「そうですね。だから家に当時の海外旅行のパンフレットがいつも送られてきていたし、ガイドブックがあり時刻表があり、というそういう中でそういうのをおもちゃみたいにして育ったという」
岡「へえ〜〜、聞いてみたかったんですけど、旅ってなんですか?山口さんにとって」
山「う〜〜ん」
岡「ぼくらだったらリラックスしたり、新しい刺激があったり、癒されたりみたいな」
山「どちらかというと、今自分の日常にないものを私は求めたいですね。癒しだけだと刺激がないかなと」
岡「そもそも何か国くらい行っていますか?」
山「そうですね、数えてみてだいたい50か国くらいだと思います。こういう仕事をする人間としてはそう多くはないんです」
岡「あ、そうなんですね」
山「だけどもパプアニューギニアとか、数を重ねてしまう」
岡「箱根からパプアニューギニアまで、いろいろ執筆されているということですけど、今回は最新著書の舞台がなんとスリランカ。『熱帯建築家ジェフリー・バワの冒険』隈研吾さんと一緒に書かれてるということで。ジェフリー・バワ、僕実は何年前だろう、3年前。行ってるんですよ。いいですよね〜、ジェフリー・バワ。なんで今ジェフリー・バワだったんですか?」
山「あの、もともとこの本を出す前に『アマン伝説』という本を出したんですが、」
岡「来た!アマン!アマンねえ〜〜、行ったことないんですよね〜、すごいいいって言いますよね」
山「そうですね。これはアマンを中心にアジアンリゾートの成り立ちを書いた本なんですけれど、この取材をしている中でこのアジアンリゾートの原点にジェフリー・バワという建築家がいると知って」
岡「じゃあアマンの原点」
山「といってもいいと思います」
岡「どういうところがですか?」
山「二つ要素があると思うんですね。アジアンリゾートってアマンがもちろん有名なんですけど、実はその前にもインドネシアのバリ島のほうでブテイックリゾートがひとつありまして、そこが始めたリゾートの形があって、そういうライフスタイルと、もう一つ建築なんですよね。建築が西洋は閉ざしたもの、でも熱帯では自然は感じたい。そういう関係性のある建築というのがアマンの要素で。その原点になったのがジェフリー・バワと大きく言えると思います」
岡「ぼくも行ったんですけど、岩のなかにあるホテル」
山「カンダラマ、ヘリタンスカンダラマ」
岡「サルはいってくるやつです(笑)」
山「そうです、そうです(笑)」
岡「サルはいってくるから窓あけるときは覚悟してくださいって言われるんだけど、朝起きたらサルがウェルカムフルーツみたいなの頑張ってとりにいくんですよね」
山「サルと一緒にうつっている写真ありますよ、このなかに」
岡「あ、どれだろう。。。カンダラマ、良かったですよね。あ、あった!サルね、こんな感じですよね。ほんとだ、サルがね、こんにちは、って言って言いにくるんだけど、本当に自然と融合した建築と自然を一つにまとめたバワの建築っていうね」
山「そうそれがやっぱりバワの建築のこれまでなかったとことなんですね。で、隈研吾さんがね、書いてくださった冒頭のタイトルが“庭のなかの孤独な人”っていうタイトルなんですけど。庭のなかっていうのは、庭も建築だよ、と考えたのがバワなんですよね」
岡「今なんでバワだ、っていうふうに?ぼくが行ったときにはバワのこういうガイドブックってなかったんですよ。僕が行くときに作っておいてくれたら良かったのに」
←(なんかいいかた可愛かったです^^)
山「いや、私のなかでは、別に今がバワにふさわしい時だから出したというのではなくて、たまたまアマン伝説という本をやっていてバワが出てきて、あ、これはもっと
知ってもらわなくては!と思って出したのがたまたまこのタイミングだったんですけど。でも私以外にもバワ関連の本が去年から今年にかけて出ていますし、同時多発だけど相談したわけではないんですよ」
岡「最近そうですよね。雑誌とかでもバワの特集多いですし、また注目されているなというのもありますけれども」

♪♪♪♪♪♪

岡「“今世界中のリゾート地で見かけるアレもバワがうみだしたもの”っていうふうに、アレってなんですか?」
山「アレはインフニティプールのことじゃないですか」
岡「インフニティプール、、、あの水平線と同じラインでプールがある、というか」
山「そうですね、向こう側の海であるとか借景とプールが一体化するというプールです」
岡「う〜〜ん。」
山「カンダラマにもありましたよね?インフニティプール」
岡「ありました。あとね、南のほうのライトハウス」
山「それよりもアフンガーラじゃないかと思うんだけど」
岡「アフンガーラかな?…アフンガーラはね、ぼくら行ってないんですよ」
山「アフンガーラがね、そこが世界で最初のインフニティプールのホテルなんです」
岡「え〜〜!!これ載ってます?」
山「載ってますよ。今はね、温泉地のホテルのお風呂であるとか都市ホテルでも使われるようになりましたけど」
岡「あ、これか〜!へえ〜、これが最初なんですね」
山「このプールね、実際中にはいって泳ぐとぴったり一緒になるんです」
岡「へえ〜〜、海に繋がっているかのようなプールがあって。へえ〜〜、おもしろい。あそこも良かったですね、ライトハウス」
山「そうですね、ライトハウスもやはりカンダラマと並んで代表作ですからね。」
岡「室内の壁の奴とか天井とか」
山「ライトハウスはロケーションをいかしたホテルであると同時に、ゴールという世界遺産が近くにありますよね。あの歴史もデザインのなかにすごく入っているんですよ。バーの天井とかじゃないですか?」
岡「そうそう、旗みたいなのがバーッてあって」
山「昔スリランカといいましたけど、その昔の歴史にスポットをあてたデザインなんです。昔の王国の旗」
岡「あ、王国のね。ホテルというのがその場所での産業としていろんな人のチカラになるための運動みたいなものをバワはやっているというので、循環をさせたいというのでカンダラマのほうも、となりで焼却炉があったり、それで紙をつくったり、象の糞で紙をつくったりとか循環さすようにやってたり、それはびっくりしましたけどね。そこらへんはご覧になりましたか?」
山「え〜とね、それは私は見てない」
岡「あら、是非(笑)ぜひ見てください。ぼくのほうが詳しいかもしれない(笑)」
←(あら、ちょっと岡田くん得意そう・笑 嬉しそうで良かったね^^)
山「(笑)そうですね」
岡「いいですよね。入口に蛇みたいなの、、、」
山「カンダラマですよね。はいってプールの手前ですよね」
岡「白い蛇がね、彫刻のね、あとフクロウもいたりね」
山「バワは、大きな特徴としていろんなアーティストとコラボレーションしたんでね。だからああいうのはいつも一緒に仕事した人の作品が多いですね」
岡「この本でバワだけで、何か所いったんですか? 滅茶行ってますよね? 見せないですよ、アハハハ、忘れている感じしましたけど」
←(お、いたずらっ子准くんですね^^)
山「14個ですかね」
岡「ホントですか、14個。載ってないホテルもあるわけですよね。う〜〜ん、ね、バワと日本のこんにちはとか」
山「あ、そうそう、バウはスリランカの人で私の本のタイトルの遠い熱帯建築家なんですけど」
岡「どういう意味ですか?熱帯建築家って」
山「熱帯でだけ活躍した建築家という意味です。北半球にはほとんど作品がない」
岡「あ、そういうことか」
山「で、今、大阪万博のときのがあったと思うんですけど、唯一といってもいい北半球の作品。今はないですけどセイロンパビリオンだったんですね」
岡「ぼく、このチャンナ・ダスワッタさんに会いに行きましたよ」
山「あ、そうですか!」
岡「うん、バワの一番弟子ですよね。チャンナさんの家に行って、お話しをして」
山「あの例えば、カンダラマの客室の改装なんかもチャンナさんがやっていて、結構代表作の改装増築とかやられていますね」
岡「うん。なんか作っていましたね。いいですね〜〜、今バワをやるっていうのも。何か凄く素敵で。シチリアロックも行きました?」
山「行きましたよ(笑)」
岡「大変ですよね、あそこの。スリランカは好きな国ですか?旅行の中では」
山「好きな国ですね。なんていうか国民性がわりと穏やかでのんびりしていて。それは感じませんでした?(笑)インドとかと比べると」
岡「インドは、スリランカの上ですよね?インドはちょっとね、個性が強いですよね」
山「皆さん、アグレッシブだし。でもなんか同じサリー着て、同じようだけど穏やかで」
岡「優しいですよね。う〜ん。山口さんは取材を重ねる上で見えてきたジェフリー・バワの美学ってなんですか?」
山「やはりその土地の持っている、チカラとか魅力みたいなものを建築にうまく合わせていく、それぞれの土地があってそこにホテルが建築がある。たとえばカンダラマをそのまま日本に持ってきても絶対にカンダラマにはならない。その土地のチカラがあるから。その土地ならではのチカラをうまく使うというか、そういう意味でのオンリーワンですよね。バワを旅することは同時にスリランカのそれぞれの場所をよりいい形で知ることにもなる。だからどこでも同じではないものをつくる、その土地と会話するというのが美学なんじゃないかなと思います」
岡「う〜〜ん。またちょっと行きたくなってきましたけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「なんか山口さんと一緒に現地を訪れるツアーがある。これなんですか?」
山「10月の8日からなんですけど。“建築家ジェフリー・バワの美学にふれるスリランカの旅”ということで今お話ししたヘリタンス、カンダラマ、ライトハウス、などの、それぞれ2泊ずつ」
岡「行けるんですか?また行きたいなあ〜〜」
山「全部で4か所に泊まるという旅です。あと国会議事堂って行かれました?」
岡「行った〜、行きました。和風な、外からしか見てないですけど」
山「そうですね、ちょっとそう見えますけど。あれ日本の建築会社が関わっているんですけども。普段あそこは見られないんですけど、」
岡「あれ中はいれるんですか?」
山「私のツアーで行けば(笑)」
岡「へえ〜、でもあれ素敵な建築で」
山「あれはね、アジアのいろんな要素がはいっているんですって」
岡「あ、言ってた言ってた」
山「それで、私達は日本人じゃないですか、だから日本を感じるんです」
岡「そう、チャイナさんが教えてくれました。そうだ!そう、みんなが懐かしいと感じる場所にしたくてアジアの人にとってはどの国の人たちにとっても。。。そうそうそう、思い出した」
←(岡田くん、よく覚えているわ〜、と忘れっぽい私は感心(^^))
山「思い出しましたか(笑)」
岡「その中も?それは山口さんのチカラですか?」
山「私のチカラというよりもこれを企画してくれた方のチカラでしょう」
岡「へえ〜〜、行きたくなってきましたね〜〜、またジェフリー・バワ。でも僕いろんなとこ行ったりとか、仕事でですけど、なんか凄く体験しながら学べるホテルというか、なんかこうリラックスしたりとか、迎えてくれたりだけでなく、すごくいろんなことを考えられたり、バワの哲学に触れて学んだ気がするホテルだったんですよね」
山「アジアンリゾートというとただリラックスだけしに行くところって思いますけどもバワは違いますよね?」
岡「バワはなんかそうなんですよね、違う感じがして」
山「もっといろんなこと考えさせられるし。さっきバワの美学ってその土地のチカラをうまく利用しているって言いましたけど、ホテルの中にいて出なくても、そのスリランカの土地をバワが解釈した形で教えてくれているような。そんな感じなんじゃないかと思うんですよ」
岡「その土地がもっている良さ、文化をそこにいて学べるみたいな考えかたとか。カンダラマは特にそうだと」
山「特にそうですよね。岩山をだきかかえているみたいに」
岡「岩とホテルが一体化しているんですよね。すごく面白いホテルだったなあ〜というのも。まだ完成してないって、言ってましたっけ・・・?」
山「岩山って変わっていきますよね。木がどんどん生えていったり。だから整ってはいないと思います」
岡「それを言っていました。もっと何年か後にどんどん変化していくから、生命が続く限り形も変わるし変化していくから完成してないとも言えるんだって」
山「結局建築は土地と自然とともにあるから、それが変化していけば、それが建築の一部であるバワの作品はどんどん変化していくということなんでしょうね。」

♪♪♪♪♪♪

岡「世界中旅をされていると思いますけど、やっぱりこのジェフリー・バワはおもしろいですか?」
山「そうですね、おもしろいですね。ホテルにいくことが多いんですけど、やっぱりホテルとしてはピカイチに面白いと思います。」
岡「日本の建築家とかも影響を受けてたりするんですか?」
山「う〜〜ん。あんまり直接的にこのかたが、ということはないですが、今リゾートの形というのが昔とは大きくかわったんですよね。日本のみならず世界のリゾート建築に関わる人たちというのは何らか間接的に影響を受けているのでは、と思います。バワは1970年代にインドネシアのバリに作品をつくるんですね。70年代というとアジアンリゾートが生れるちょっと前ですよね。のちのバリのリゾートにこのバワの作品が影響を与えていくんです」
岡「そこから影響を受けてと。じゃあバワ以前にアジアンリゾートというのは存在しなかった?」
山「ジェフリ・バワを呼んだ人というのが1960年代に、トロピカルリゾートホテルを作った人。今もありますよ。ここのオーナーがバワを呼んだ。いろいろなお話しがあるんで、それはすみません、『アマン伝説』に書いてあるんですけど」
岡「じゃあ『アマン伝説』読みましょう、山口さんのね。読みます!」
岡「最後にですね。これから山口さんが旅行作家として伝えていきたいこと、なんですか?」
山「今の世の中、南極から北極まで誰もが観光客として行くことは行ける、発信もできる。そういう時代にプロの旅行作家としては何ができるかというと、ただ漫然と行ったのではわからない、その土地の物語というものに変えて伝えていくことだと思うんですね。そこから生まれてくる物語というのを伝えていきたいと思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
懐かしいな‾‾と思って、ジェフリー・バワ。
ホントに僕も行かせてもらったんですけど、勉強になった場所だったんですよね。
なんか建物というのは、その国の歴史であったり、それこそ文化や宗教やいろんなことを考えながら作っていたりとかね。
それでいて持続可能な長く続くものは、とかの代表格であったり。
リゾートという面でも一番最初の影響を与えたという、う〜ん、なんか凄くその国を知れた気もしたし。スリランカという国を知れた気もしたし。
やっぱりどっかの国に行ったときにホテルってすごい大事なのかな、って思わせてくれた、う〜ん。ジェフリー・バワの思想みたいなものにね、是非皆さんに触れていただくと凄いおもしろいんじゃないかな、と思います。
なんか旅があるみたいんですね。まだ間に合うんですかね、10月8日からです。6泊8日の旅を山口さんと一緒に行く。山口由美氏とめぐるバワ事務局というのを調べてもらえれば出てくるみたいなんで、是非皆さんバワの体験をしてみてください。

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以上です。

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ありがとうございました!!


では、レスり〜♪


レスり〜
posted by さすらい母 at 00:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする