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2016年12月28日

『Growing Reed』なぜ東京藝大のノンフィクション作品を書いたんですか?

『海賊とよばれた男』の大ヒット御礼舞台挨拶、はずれた〜と言っていたら、当ててくれた友人が拾ってくれました。
おかげさまで行くことができました。
今回の趣旨は「社歌をうたう」ことだったようです。いや、これ、確かにHPにも書かれていたのですが、あまり気にしていなかったんですよね。
上映が終わってから、なにかわらわらと法被を着た人たちが出てきて、外周の通路に陣取ったんですよ。いったい何だろうと思っていたら、歌の要員でした!
歌の時にすごく大きな声で歌って、会場をリードなさっていました。
今回の登壇者は、岡田くん、監督、ピエール瀧さんの3人でした。で、3人が登場する前に歌の練習がありました。
司会のかた(ポン!のアナウンサーでした)がもっと大きな声でお願いしますとおっしゃって「岡田さんなら『腹から声を出さんかい!』って言われると思います」って、よくご存じで(^^;
3人が登場して、そこからは皆さんもテレビや新聞でもうチェック済みかなと思いますが、会場からの質問というのがあって、どういう役をやりたいかという質問に「現代人をやりたい」と即答。「オファーください」と懇願してました。
二人目の質問でもなんか役の話で、「未来の話で…」でしたっけ?それではっと気が付いて「現代人って言ったのにまた違うこと言ってますけど…」みたいな感じで急におたおたし始め、さっき質問した人に言い訳みたいに一生懸命訴えていたのがかわいかったです。
そして歌。
ここら辺に関しては
http://natalie.mu/eiga/news/214199
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/12/21/kiji/20161221s00041000232000c.html
詳しく載ってます。
出演者全員(?)でのレコーディングのとき、みんな後ろへ後ろへと行ってしまったり、なかなかちゃんと歌えなかったりだったので、ミュージシャンであるピエール瀧さんがリードなさってレコーディングしたそうです。
みんなをうまく盛り上げながらのものだったそうで、なので、今回もピエールさんにやっていただきましょうということになりました。
腹から声を出さんかい!という鬼教官。腹から声を出すには慣れていることを言ったほうがいいのでは?というピエールさん。「岡田くん!」と言ってみようと言われ、会場は一斉に「おかだく〜ん!!」の声が。コンサートやらで叫びなれているので大きな声がちゃんと出ました〜。その勢いに乗って歌ったのでした。合間合間に「岡田く〜ん」をはさみながら(^^;
歌のキーが低いので女性にはちょっと歌いづらいものですが、メロディーは覚えやすいのでなんか頭に残る歌ですよね。
といったところで、今日は旦那と見に行きました。
自分としては4回目。
旦那は本を読んでいて、本で印象に残ったエピソードがなかった…とちょっと残念がっていました。
でも本を読んでいない私は、くにてつさんの苦労とか苦悩とか、映画で感じることはできていたのでさほど不満はありませんが。
でもやはり原作を知っている方には物足りなさもあるようで、レビューでも連続ドラマでやってほしいというのがありました。岡田くんの主演なら大歓迎だな〜(^-^)
そうそう、岡田くんが一人で若い時から晩年までを演じたわけですが、その判断は正解だと思いました。
やはり一人の生涯ですから同じ人が演じるほうが自然なんだと思ったんです。もちろんそう思えたのは岡田くんの演技が違和感なかったからにほかならでしょうね。違和感ありありだったら「やっぱり無謀だよね」と思ったかもしれない。結局岡田くんは完璧に60歳代を演じきっていたってことなんだな〜。
思い返せば、あの貫禄のある状態の時にコンサートだったわけで、それも大変だったでしょうね。
いつもの自分ではなかったわけだから。
とにかくいろいろ頑張ってくれたんだなあと思います。
来年も公開が続くということでしたので、みなさんもぜひ。何度でもご覧になってくださいね!!



といったところで、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:二宮敦人さん・小説家
テーマ:なぜ東京藝大のノンフィクション作品を書いたんですか?


<オープニング>
携帯小説サイトで発表したホラー作品が話題となり、2009年に小説家デビュー。
現在31歳にして新世代のミステリー作家として注目を集めています。
そんな二宮さんが初めて書いたノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』が今大きな話題を集めています。
日本最高峰の芸術大学である東京藝術大学に潜入取材を行った二宮さん。
アートの天才たちの学び舎で二宮さんが目にしたもの、肌で感じたこととはどんなことなのでしょうか。
今夜はその秘境を二宮さんのご案内のもと探検していきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして。よろしくお願いします」
二「どうもはじめまして。よろしくお願いします」
岡「なんかでも、天才ホラー作家」
二「いやいやいや、そんなことないです」
岡「いやいや、天才の名をほしいままにしてる(笑)」
二「いや、出版社の方、そんなふうにもちあげちゃうんですよね〜、そんなこと無いですよ、本当に」
岡「全然優しい感じですね」
二「いやほんとに。人も殺したこともないような人ですんで。小説のなかとは違いまして」
岡「(笑)ほんとう? だってもう“僕が殺しました”とかね」
二「はい。あ、ご存じでしたか?」
岡「“狂いたい”とか」
二「ぼくもゲラとか読んでいると、何思ってこんな小説書いたのかなあ〜って、自分で自分にひいてしまうんですけど」
岡「もともとでも、ホラーからですよね?あのビックリマークの奴」
二「はい。一番最初にださせていただいたのがかなりガチガチのホラーでして。それがきっかけでお仕事をいただくようになったので」
岡「なんでホラーを書こうとおもったの?」
二「それはですね、ぼく最初の小説を書いたのが、就職活動中だったんですけど、結構世の中舐めた感じの学生でして、かなり落ちたんですよ、面接で。自分が悪いんですけれども、落ちているとかなり心がすさんでくるじゃないですか。だから人が死にまくる小説を書こう、と思いまして(笑)」
岡「アハハハどういうことだ。掘って行ったらでてきそうだなあ〜、闇が。アハハハ」
二「闇はいっぱいあると思いますね〜」
岡「アハハハ」
二「それでうさばらしに書いた、っていう経緯ですね〜」
岡「あ、うさばらしなんだ。落ちすぎて、アハハハ、みんな死んじゃう(笑)」
二「実行に移さなかったので、そういう形で解消したという」
岡「でもね、おちまくったら社会に対してとかね」
二「そうなんですよ。」
岡「何でなんだと。受け入れない社会ってどういうことなんだ、と。」
二「はい。それでホラー小説かいて。やっぱり俺が悪かったなというところまで心を持っていくということをしてまして」
岡「へえ〜〜、でも滅茶滅茶ペースで書いてますよね?」
二「あ〜〜」
岡「ほかの作家さんより多くないですか?年間、だって今年だけでも3,4本書いてないですか?」
二「今年は結構7冊くらい出させていただきまして」
岡「アハハハ、全然多かった(笑)。でもこういうのってメチャメチャ調べて書くんですか」
二「そうですね。自分の知らない世界についてはへたなこと書いてはいけないと思いますので、僕なりに調べて書かせていただいています」
岡「『最後の医者は桜を見上げて君を想う』っていう小説も」
二「これも11月1日に出させていただいた新刊ですけれども、あの〜医者のかたと患者の方、患者のご家族のかたに無理をいって取材をさせていただきましたね」
岡「これは滅茶苦茶取材は、、、どうやってするんですか?」
二「実際医者をやっているかたに突撃して、もしくはコネをたどってアポをとってお話しを聞かせていただく。あとは本ですよね。今回は医学書を結構買って読みました」
岡「これは、感動小説?」
二「え〜と、この本はですね、編集者さんが、泣かせられる奴つくりましょうよ、という一言で始まった企画でして。医者ものなんですけど、だいたい難病で天才医者がというのが多いんですけど、ほかの方がたくさん書かれているので、僕と編集さんは治せない話を書こう、最後は死んでしまう、負けてしまう話を書こう、と」
岡「え〜〜、負けちゃうの〜・・・俺これから読むんだけど、、、アハハ」
二「負けるんです!」
岡「負けちゃうの〜 悲しい」
二「悲しいんですよ。でも人間はみんな最後は死ぬじゃないですか」
岡「まあね」
二「実際に日本でも闘病の果てに敗れてしまうかたもたくさんいらっしゃる。それが無駄だったかというとそんなことはないと思うんですよね。そこを肯定できる視点からつくってみようという企画になります」
岡「へえ〜〜。11月に発売して」
二「はい。出たばっかりですね」
岡「郵便配達人というのもありますよね。シリーズになってるやつ。これも取材して」
二「そうですね。実際やられている方にお話し聞かせていただきましたね〜」
岡「最近はホラーだけではなくて、ノンフィクション作品が9月に。売れ続けている。『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』これがメッチャクチャ売れてるんですよね〜。しょっぱなからおもしろいですもんね」
二「あ、そうですか」
岡「うん。しょっぱなからグイグイ読んで行ける小説ですけれども」
二「もともと僕の妻が藝大の彫刻科に在籍しておりまして」
岡「これホントのあれなんですか!?ホントの妻?」
二「事実です。嘘かいてません」
岡「へえ〜〜、じゃあ奥さん、顔に半紙はったりしてたんだ〜。ホントの奥さんの話なんだ〜、想像もなく。なんでこの本を書こうと思われたんですか?」
二「うちの妻が藝大の彫刻科にいるんですけれども、この妻が実に面白いんですよ、やっていることが。僕が原稿を書いている横でこんなでっかい木から削り出して木彫りの亀をつくっている。その木くずが部屋中に散らばっていて、災害現場みたいになっているんですけど」
岡「へえ〜〜」
二「今までそういうかたに出会ったことがなかったので、君の大学はいったいどういうことをしているの?っていうところから調べていって。で、調べ始めていったらどんどん面白くて全学科回ってしまったという」

♪♪♪♪♪♪

岡「謎の、といったら変だけど、天才たちが集まる東京藝大。探検しているみたいだよね。ある意味ホラーですよね(笑)」
二「ホラー!ビックリマークはありましたね、いっぱい。アハハハ」
岡「実際ホラーみたいなね」
二「異世界という意味ではそうかもしれません」
岡「もともとアートは詳しかったり好きだったりするんですか?」
二「いやあ〜、全くそういうタイプではなかったですね。美術館にも誘われれば行くけれども自分からは行こうとしない、それくらいの感じで芸術とかは敷居が高いなあ〜という感じでした」
岡「行ってみてショッキングだったことありますか?」
二「そうですね〜、一言でまとめますと、全然彼らのこと知らなかったな、という感じですね。たとえば彫刻科の部屋にはいっていくと、でっかいクレーンとかあるんですよ。チェーンソーとかフォークリフトとか道具がいっぱいある。それをみてウオーと思うんですけども、妻からすると当たり前じゃん、っていう感じなんですよね。考えてみると当たり前なのにそれをみて僕が驚いてしまうということは、全然彼らについて考えてこなかったな、完成されたものだけを見ていたんだな、とショックをうけましたね」
岡「まあ、変わったひと多いですよね。うちの家族が藝大いってるんですよ」
二「あ、そうなんですか。何科ですか?」
岡「大阪芸大なんですけど。ピアノ科にお姉ちゃんが行ってて。母親は東京音大なんですけど。ちょっとこうやっぱり変わってんだよなあ〜」
二「そうですね〜。やっぱり普通の人とは違うことをしている人たちなので一見変わって見えますね」
岡「ねえ〜〜。でも東京藝大って倍率すごいですよね?」
二「そのブランドイメージが凄いので、みんなそこにはいりたいってやってくるんですよ。だから多分一番難しい大学といっていいと思いますね」
岡「なんか東大の3倍くらいはいれないって」
二「東大最難関の理Vのさらに三倍が藝大油絵科。これでも下がったほうらしいですよ。昔60倍だったらしいですから。」
岡「(笑)全然はいれないですよね。でもそうそうたるメンバーですものね。坂本龍一さん、アート界では会田誠さん、村上隆さん、日比野克彦さん、岡本太郎さんとか、普通じゃない人たち(笑)フジ子ヘミングさんもね」
二「あとたとえば、ディズニーシーの火山、センター・オブ・ジ・アースの火山も藝大卒のかたが参加してつくったとか。あとレディガガの靴のデザイナーさん」
岡「あ〜〜、舘鼻(たてはな)さん!」
二「舘鼻さんだ、そうだ」
岡「おもしろい人多いですよね。なんかこの本のなかで、才能だけでは入れない、という項目があるんですけど、これはどういうアレですか?」
二「この藝大の試験というのが、結構不思議というか、一般の大学と違っていまして。たとえばある学科の問題で、自分の仮面を作りなさい、という問題が出るんですよ。2日間の問題なんですけど。一日目に仮面をつくるんですね。で、二日目にその仮面を実際に被るんです。でその時に脇に係のひとがついているんですけど、その人が仮面のつぶやきを読んでくれるんです。で、そのつぶやきの原稿もつくれ。という問題なんですね」
岡「へえ〜〜難しいなあ〜」
二「それって攻略法がないというか。まず発想力が求められるじゃないですか。でそこにオリジナリティがいると思うんですけど。それだけではダメでそれを形におとしこめる、かついろんな人に伝わるというか。努力とか根性と持って生まれたというオリジナルな発想、それは才能といえるのかもしれないですけど。その二つがちゃんとないとこの大学にははいれない」
岡「“天才たちの頭の中”というのもありますけど、これはどうなっているんですか?」
二「この口笛世界チャンピオンのかたですね〜。世界で一番口笛がうまい男がこの大学に在籍しているんです」
岡「アハハハ、すごいですね〜〜。うまいですか?」
二「もううまいとかじゃなくて、目から鱗が100枚くらい出るかんじで。ちょっとぼくの言葉なんかでは表現できないんですけども。フルートとかバイオリンとかそういう楽器のひとつとして口笛を扱えるようにしたいという活動をされているんですね。そんなことができるのか、と思うんですけども彼の演奏をきいたら、あ、これできるわ、という感じでしたね」
岡「へえ〜〜そんなにすごいんですね」
二「口笛が楽しくてやっているうちにこういうところまで来ちゃった、という言いかたをされていたんですね。楽しさを失わずに努力を続けられるかたが結果的に天才と呼ばれているのかな、という印象ですね。この方は取材をしたのは3年生の時だったんですが、4年になってから評価され出してお仕事をいただくようになって、口笛で。それでこれで一本勝負をかけてもいいかな、という心境に変わってきたみたいですけれども。間違っていたら申し訳ないんですけども、NHKドラマかなんかで口笛のシーンを担当されていたような気がします」
岡「お!(笑)へえ〜〜」
二「青柳呂武(あおやぎろむ)さんというかたですね」
岡「青柳呂武!聞いてみたいですね。」「じゃあ、ちょっと聞いてみましょうか」

♪♪♪♪♪♪

【ノンフィクション作品の気になるところをお聞きしました】
岡「書いてて、一番楽しかったときってどういう時ですか?」
二「一番楽しかったときか〜」
岡「小説ね、ノンフィクションを書いてて」
二「書いている最中は正直結構きつかったですね」
岡「いつもそうですか?書くのってしんどい?」
二「小説であれば書いていて楽しいシーンとかあるんですけれども、ノンフィクションの時は取材の時が一番楽しくて、その最中に新しい発見がいっぱいあるんですよ。それが好奇心刺激されて楽しいんですけれど。まとめるときはこの魅力をどうやって限られたページ数でまとめよう、という難しさに変わっちゃうんで苦しいなあ〜と。だれか書いてくれないかな〜という感じでしたね」
岡「作家としてもノンフィクションの取材をしていくことは刺激をうけたりとか」
二「あ〜そうですね〜。いろんな刺激をうけましたけど。一ついうならば、ぼくエンタメ系の作品をかいていることが多いので、どういうものが売れるのかということを考える。ある程度数字がないと出版社さんにも迷惑かけちゃうのでそういう目線がはいってしまうんですけど。ある学生と話したときに、『これは今すぐ役にたたなくても、1000年くらい後に役に立つというつもりでやってます』といわれたんですね」
岡「学生が!?すごいなあ〜〜」
二「その覚悟がもてるってすごいな、と思いますし、なんでしょうね、一見僕から見ると奇抜なように見えるけど1000年後を見据えて本気でやっているということなんですよ。で、実際に例をあげてくれまして、BGMというのはちょっと昔に聞かない音楽というのを発想して作ったらしいんですよね。聴き入るものではなく雑談をしながらという発想。当時は奇抜な発想。だれもそれに従わなかったらしいんです。でも今は当たり前のようにある。それを聞いて目先のことだけではないんだな、と勉強になりましたね」
岡「すごいなあ〜、学生から。100年後に残っていきますからね、小説とかは。100年後の人たちが読んでね」
二「ゴッホの絵もそうですよね」
岡「でもね、生活もあるしね、ハハハ、奥さん、まだ作品はつくられてる?」
二「今4年生なので、卒業制作をつくっていますね。うちのアパートのベランダで粘土で人型の像を削ってつくっています。ベランダが土砂崩れみたいになっていて。大丈夫かな‾敷金とかって(笑)。まあ無事に完成してくれることを祈っています」
岡「仲よしですね。でもおもしろいんじゃないですか、そういう芸術家の奥さんみているのも」
二「刺激はうけますね。あの〜笑っちゃいますね」
岡「怒ってもね、なんで、ってなっちゃいますもんね」

♪♪♪♪♪♪

岡「ラジオの世界どうですか?興味ないですか。いろんな医者とか郵便配達人とか駅員とか、たくさん調べてきましたけど」
二「ラジオの世界も興味ありますよ〜」
岡「ラジオの世界もね、おもしろいですよ。テレビとかメディアとかいろいろ出てきて、いろいろすっごい思っていますから。がんばるぞ!っていうね」
二「ぼくラジオに出させていただいて思ったのが、こうやってお話しさせていただくときの相手のかたの技術というのが凄まじいなというのがありまして。すごい緊張しいなんですけど、今日も岡田さんのやりとりとか、多分僕の動きを見極めつつですね、相槌をうって引き出してくださっていると思うんですけど、やっぱりそういう意外に当たり前のように聞いているけれども、その裏ではいろんな方が総力を結集して何分間という放送が完成しているんだということを、この一ヶ月でラジオの仕事をさせていただいて目の当たりにして、普段わからないけれどもすごいかっこいい人たちがいるというのが僕すごい好きなんですね。藝大もそうですし、鉄道とか郵便配達とかもそういうところを見ようとしてきたんですけど。だからもし機会があったら取材させて下さい」
岡「是非。ラジオはでもね、耳でしか情報がはいらないじゃないですか。だから見えない分、心を探る感じがね、ぼくらもね、映っていると聞けないことも、心を捜そうみたいなことがね、ちょっと深く思えたり。それはきっと姿が映っていないからの気がするんですよね。それってちょっと小説と似てないですか?」
二「似てますね〜。距離感が似てる気がしますね」
岡「なんか深く入り込もうとする作業とかもあるし。是非ね、J-webとか裏側もね、みんなうっぷん溜まってますから、アハハハ。いろいろ思っているから」
二「じゃあ書いていいかどうかご確認しつつ取材をさせてください。まずいことは書きませんので」
岡「じゃあですね、二宮さんが、最後に今後挑戦していきたいこと。一言でまとめるのは難しいですけど」
二「続ける、ということですね。本当に心が折れそうになるので」
岡「でもその“続ける”という言葉のなかにチャレンジし続ける、新しい自分を捜し続けるということも含まれているわけですよね」
二「こういう地位を得るとかそういう目標は仮に得られなくても、自分で満足いくまで続ける、続けて死ぬというのが僕の夢なので」
岡「なんか死とかってテーマにあるんですか?」
二「あ〜ありますね。死もそうですし、答えの出ないものについてできる限り調べて文字という形で表すというのは一つ取組みかたとしては根っこにあるかもしれません」
岡「大変な作業、、、答えのでないこと。物書きの醍醐味ですね」
二「(笑)なんかすごい偉そうなこと言ってる、、、でもホントに僕はそれがもともとやりたかったので、そういったお仕事をいただけて食べていかれるなんてホントに幸せだと思っています」
岡「なんか楽しみですね。まだ31歳で。50くらいになったときどういう作家さんになっていたいとかあるんですか?」
二「ないですね、別に」
岡「ない」
二「あきらめていなければいいかな、っていうくらいですかね」
岡「かっこいい。俺もそう。あきらめてたくないですよね」
二「そうですよね。衰えていても全力をつくしていたい、と思いますよね」

♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんか素敵な人だったなあ〜
物書き小説家としてチャレンジをし続けていく姿勢とか、あの〜、突き詰めていく方なんだな〜と思ったし。
勿論ホラーの小説から出てきましたけど、たくさんのジャンルに挑戦されていく姿とか、是非、おもしろい、『東京藝大』これね〜是非皆さんも手に取ってもらって読んでいただきたいと思いますし。
新刊のほうのね。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』っていうのもね、出ていますので。
是非これからすっごい楽しみな、作品が楽しみな作家さんなので、僕も注目していきたいと思います。

♪♪♪♪♪♪

「よいお年を!」と最後に岡田くんが言ってくれました(^^)

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

腹いせに人が死にまくる小説を書いたっていうのが面白いですね。
実行には移さずに書いて…っていうのがまた(^^;
それで自分が悪かったと思えるところにもっていったところが偉い。
今回の岡田くんの話し方が本当に楽しそうでしたね。ちょっと年下だからか、砕けた感じでもあって。
どんなホラーだったのか、ちょっと気になります。


そして、残念なお知らせが…。
りりーさんによるレポートはこれが最後となります。
これまで何年ですかね…。
6年以上…。
最初は私が書けなかった時のリリーフだったのがいつの間にかすべてを引き受けてくださって、私もそれに甘えて今日まで来てしまいましたが、本当に大変だったと思います。
だいたい私がレポートをギブアップしたのも書きおこしがとにかく大変だったからでした。
なかなか時間が取れなくなってしまって。
そこで助けてくださったのです。
本当にありがとうござました!!
これからは普通にのんびりとラジオを楽しんでくださいね。
そして、気が向いたらで構わないので、コメントを書き込んでいただけたら嬉しいです。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:32| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

『Growing Reed』VFXの前はミニチュアを作っていたとは本当ですか?

『海賊とよばれた男』の大ヒット御礼舞台挨拶、先日ぴあで申し込んだのですがやっぱりはずれてしまいました。
どうやったら当たるんですかね〜。
誰か教えて!!
でももう大ヒット御礼なんですね。
ロングランしてくれないかな。

といったところで、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
今回はその山崎監督がゲスト。
なかなか興味深い話でした。といっても、映画に関してはインタビューやテレビで言っていたりするのですが。それでも二人で話しているのを聞くのは楽しいものです。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:山崎貴さん・映画監督
テーマ:VFXの前はミニチュアを作っていたとは本当ですか?

<オープニング>
2000年に「ジュブナイル」で監督デビュー。
「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズや「STAND BY ME ドラえもん」などこれまで多くの感動作を生みだし、日本を代表する映画監督の一人として注目を集めています。
そして今回、監督の元に「永遠の0」チームが再集結、「海賊とよばれた男」が12月10日ついに公開となりました。
今夜は国岡鐵造を演じたぼくと監督で、今だから話せる裏話と見どころをたっぷりと語っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「山崎監督、よろしくお願いします。最近でも結構お会いしてますけど」
山「そうですね。キャンペーン時期になるとね、同級会が続いているかんじ(笑)」
岡「(笑)何話しますか?今日は『海賊とよばれた男』で今まで話していないことを。アハハハ」
山「ありますかね(笑)」
岡「聞いていきたいんですけど。でも山崎監督って、やっぱり、最初からなんですけどチャレンジャーじゃないですか」
山「アハハハ この前自分の撮ってきたラインナップを見てみて、なんだこりゃ、と思いましたね。ジャンルがこう無茶苦茶っていうか、一人の監督がやったとは思えないかんじで」
岡「こだわっているんですか?」
山「全然」
岡「たまたまですか?」
山「そのときその時の、いただいた仕事とかやりたい仕事とかっていうのがいろんなジャンルにわたってしまうというだけで。でもチャレンジしたい感じはあるんですよ。普通につくりたくないっていうのはありますよね」
岡「普通に、、、」
山「たとえばでいうと、今回岡田くんに無茶ブリでして、」
岡「ひどかったなあ〜(笑)」
山「20代30代から60代90代までね、お願いしたわけじゃないですか。みて下さい、皆さん」
岡「(笑)」
山「あれはやっぱりこう、チャレンジなんですよ」
岡「なんでぼくにしたんですか(含み笑い)?」
山「あのね」
岡「そこ聞きたいですよ。ぼく側からのはなししていいですか?」
山「はいはい」
岡「ぼく側からは、監督が『海賊とよばれた男』でやりたい。全部岡田でやってほしいと。ぼくですか?って聞き直してくれって。本当にぼくですか?もともと『永遠の0』でご一緒していたから、原作ではその役をやっていた宮部久蔵がワンシーンだけ出てくるんですよね。ちょっとだけ。宮部役かな?くらいかなって」
山「それはそれで見たい絵ではあるじゃないですか」
岡「それを60代90代。一番おいしいところ60代じゃないですか。それをぼくに、ってきて“まじか!?”と」
山「主演のつもりできてゲストといわれても困るしね(笑)結構笑えることになっちゃうもんね」
岡「それは、なんで僕にってなったんですか?」
山「すごいリアルな話をすると、凄い悩んでいたんですよ。誰でやったらいいか。当然キャスティングを決める会議の雰囲気では30代だれで60代誰でっていうムードが漂っているんですね。違う役者さんでやるっていう。なんかそれやったら終わりだなっていう感じで」
岡「へえ〜〜、それはもう直感ですか?」
山「なんかつまんねえなと思ったんですよ。よくある手だから。それ見てえかな?と思ったら、興味ねえなあ〜と思って。どうすりゃいいんだという時に、ふと、岡田くんとかっていうのはどうですかね?っていう意見が出たんですよね。正直言うと、最初全然考えていなかった」
岡「だって、ちょっと変なはなしですけど、『永遠の0』でたくさん見ていただくのがあって、続けてというのはなかなか選びにくいですよね」
山「そう、”なんだよ”、って『永遠の0』がうまくいったからまた岡田かよ、っていうのがあるじゃないですか(笑)だからそれも含めて。正直宮部さんが出てくるというのも、宮部さんを岡田くんというのもアリだな、と思っていたし。だから岡田くんで鐡造というのははじめ全然なかったんですけど、言われた瞬間に、60代のシーンはどうするんですか?と言いながら頭の中で岡田くん60代っていうのはやれるじゃん、と思って」
岡「へえ〜〜、やれるじゃんと、、、」
山「特殊メイクだけやったって60代になれるわけじゃないから、当然本人には無茶ブリになるんだけど、これでやったら相当俺ららしい、と思ったんですよ」
岡「俺ららしい」
山「アプローチの仕方として岡田くんで通すというのは、これすげえおもしろい!と思ってその瞬間ワクワクした。バタバタとぼんやり困っちゃったなと思っていたことの答えが見えちゃって、すげえワクワクしてありじゃんということになって」
岡「へえ〜〜、それでオファーがきて」
山「当然フィフティーフィフティーでダメだと言われる可能性があるじゃないですか。ダメだといわれたら考え直そうと思っていたんだけど、やってくれそうです、ときたんで挑戦しがいがあることになってきたぞ、とかなり盛り上がりましたね」
岡「なんかだから、ぼくは暗闇だった。暗闇っていったらへんですけど、60代経験したことないし、90代なんてないし(笑)。ワンシーンだけ最後歳とって特殊メークで、みたいなのはよくあるじゃないですか。でもそういうのじゃないから、どうやるんだろうな〜って想像がつかないけど、山崎監督のやつを断るという選択が俺にはなくて。希望があるんだろうな〜って俺には希望は見えないけど(笑)」
山「岡田くんに託すという(笑)。だからほら三船敏郎さんがね、若い時がない役を、ずっと老人で通すという役をあえて三船さんで通すということをやっているわけですよ。なんだというと、その役者さんがそのやろうとしている人を体現している人であるという前提があってやっているわけですよね。だから同じだなと思って。こっちは若いときもあるんだから全然いいじゃないかと。だから岡田くんという発想に至ったときに見えた感じがして勝ったわと思って」

♪♪♪♪♪♪

岡「監督はやっぱりいろんな作品にチャレンジしていますけど、大事にしていることって何なんですか?やっぱりCGを、日本で成長させて世間に認めさせてきている、と言ったら言葉悪いですけど、僕ら10年前15年前くらい、やっぱりCGってばれるよね、っていうのから、今回みてもらったらわかると思うけど、全然わかんないというか、是非ぼくらがどういうところで撮影していたかということを知ってもらいたい(笑)」
山「知ってもらいたい(笑)役者の苦労を」
岡「公開されたらですよね。緑山スタジオの『風雲たけし城』をやっていたような広場で全部とれちゃうじゃないですか(笑)」
山「その前に空母乗ってるからね、大丈夫かなって。岡田くん自身赤城にのったことがあるんで、大丈夫だろうという勝手な思い込みがありましたね。初めてセットにつれてきて巨大な船があります、と言っても全くわかんないと思うんですよ」

岡「でも『永遠の0』でパイロットやったとき駐車場じゃないですか。」
山「あれやれたんだから日承丸くらい簡単にのれるだろうって」
岡「そうか〜」
山「CGすごいですね〜って言われるけど役者さんがすげえんだと思いますよね。役者さんが見えないものを見てくれるから違和感がなくなる。現場が大事。役者さんしだいでCGは良くなるしただつくっただけになるし、ということがありますよね」
岡「CGという意味ではどういうふうに捉えているんですか?“CGを変えてきた男”と日本ではね、トップランナーじゃないですか」
山「VFXということでいうと、そういう立ち位置にはいると思いますけど」
岡「2000年の『ジュブナイル』からですよね。もともとCGつくっていたんですよね?]
山「もっともというと、会社はいったときはミニチュアをつくっていたんですよ」
岡「あ、ミニチュアだったんですか。」
山「そのころCGはものすごいお金のかかるもの、大事なシーンだけ使うというものだった」
岡「一から勉強したんですか?」
山「うちの会社って仕事をいきなり振られるんですよ」
岡「あ、ジャニーズ事務所と一緒ですね」
山&岡「アハハハハ」
岡「とりあえずユー、出ちゃいなよ、っていう経験ですね」
山「完全に同じですね」
岡「2時間前にユー、バックダンサー出ちゃいなよ、って言われて振付されて、それで1万人とかの前に出るんですよ」
山「俺ね、86年に入社したんですけど、当時博覧会が大ブームで巨大映像とか。で君やってみる?って。ハタチそこそこですよね。本当にユーやっちゃいなよですよ。好きなようにやっていいからって。いきなり」
岡「言葉悪いけど、若造に任せる」
山「そうそう、いい会社だしひでえ会社だしって感じですよね(笑)。ここはCGじゃないとできません、っていうとCGのひとが本社から。」
岡「ディレクターとか監督とかの仕事をたたきあげられた」
山「そうそう、いきなりやらされて。やりたいとは言っていたんだけど」
岡「でもなんか見抜かれていたんですかね」
山「いやあ〜、どうなんだろう、見抜かれていたんならすごいし、、、なんとかするんじゃないかという感じだと思うんですけどね」

♪♪♪♪♪♪

【映画監督になった道のりをお聞きしました】
岡「そこから『ジュブナイル』まではタンタンタンといったんですか?」

山「タンタンタンというか、VFXの第一任者というかその業界でやっていきたかったので。伊丹十三監督の映画って結構VFXつかっているんですけど、そういうのをもらったりCMとかでもいつも手を上げているので先輩方が振ってくれて。だからCM界でのVFXはわりとちゃんと仕事が成立していたんです。でも困ったことに宇宙人や宇宙船が出てきたりということがないんですね。そもそも始まりは『スターウォーズ未知との遭遇』にやられた世代なんで、そういう奴をやりたくてこの業界に入ってきたのになかなかない。ちょっと悶々としていたんですよね」
岡「もともとはそういう広い世界の宇宙の壮大な」
山「なんかやりたかった仕事と違うな、と思って。企画を出す人になりたかった。監督になるしかないな、と思った」
岡「やっぱり映画か、と」
山「スクリーンに一度でいいから自分たちがつくった宇宙船が出てくる絵をみたかった。プロの人が音つけてくれて。これは監督になるしかないなと」
岡「そのころかいていたものとかは実現できているんですか?」
山「それがね、一番最初に映画にしようとしたプロジェクトがあって、これはね〜東洋のスターウォーズみたいなやつなんだけど、お金がかかりすぎるんで、まだやってないんですよ」
岡「へえ〜〜〜」
山「でも最初はROBOTの阿部社長がやらせようとしてくれたのがそれで。それをずっとやろうとしていたんだけどなかなかうまくいかなくて。阿部さんというのはご存じのようにちょっとおかしいじゃないですか(笑)」
岡「おかしいの代名詞(笑)アハハハ、そんなことないですよ(笑)」
山「そのときに予算20億でやろうと言ってたんですよ」
岡「はまんないですよね」
山「1998年とかの20億ですから、ちょっとおかしい(笑)しかも監督経験なし。それでもあの人10億くらい集めてきて。だけどあと10億集まらないというときに代案企画を出したんですよ., 『ジュブナイル』を。いろいろ調べたら監督のデビュー作って一億円なんですよ、だいたい。一億円で出来る企画をつくったんですよ。戦略的撤退(笑)」
岡「まずは」
山「まずは(笑)。お祖父さんになったときに“わしは昔映画監督になりかけてたんじゃよ”という人になりかけていたので(笑)それで初デビュー作品が決まったんですよ」
岡「それから数々(笑)。でも監督って現場でも、簡単にいうと偉ぶらないというか」
山「あ〜、だって別に監督なんて偉くないじゃないですか」
岡「いや、監督偉いでしょ」
山「いやそれは間違いその考えかたは間違い」
岡「だって監督のために俺たち集まりますから」
山「それはいいじゃないですか、ありがとうございます、っていうね」
岡「たとえばなんだろう、スタッフが大きいトレース運んでいたりすると、監督その中にいたりするじゃないですか(笑)」
山「だっておれも運んだ方が早いじゃないですか。それに監督って椅子にすわっているから一日の運動量が足りないんですよね。だから仕事も早いしもろもろいいわけですよ」
岡「役者の立場からいうと、的確だし」
山「おお!いいね!どんどん言って(笑)」
岡「(笑)誉めるのもなあ〜(笑)誉めるっていうか、、、たとえばモニターをみる、現場で芝居をみるって監督わかれていて。ぼくらのなかでは、往年の映画監督はモニター見ない。でドラマとかはモニターばっかり見てる。でも山崎監督は現場で芝居をすごい見てるし、でも絵で必要なときはパッとモニターを見にいったり。すごくバランスが、」
山「あ〜いいねえ〜いいね〜もっと言って。バランスねえ〜、すごいよね〜」
岡「自分で(笑)バランス感覚がなんていいんだろう、っていうか。現場で言われることも、今回60代やるって一人で考えていて、なんか話していないのに、今俺がどこで悩んでいるのを、“あそこさ、こうしてほしいんだよね”とか“こっちじゃないですか”とか話してないのに、言ってきてくれるんですよ」
山「へえ〜凄いなあ〜。それは良かった」
岡「それは俺今はなしていたっけなあ〜と、ちょっとテストでうまくいかなかったとことかだと思うんですけど、凄い見てくれていますよね」
山「う〜〜ん、なるほどね。気が合うね、きっと」
山&岡「アハハハ」
山「同じ問題を同じように表現するというか、目線が近しいんだと思いますよ、物事に対して。だから微妙な表情の変化を、そうそう俺も同じこと考えてた、と共感できると言いやすいじゃないですか。全然気が合わないひとだと、凄い悩んでいるんだけど、監督がちっとも俺のを拾ってくれないんだけど、とプロデューサーから言われることがある。だからきっと気が合うんだよ(笑)」
山&岡「(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「今回の海賊とよばれた男はエンターテイメントというより経済物であり伝記物であり。経済小説としてすごく優れているといわれてるもので、それをエンターテイメントとして撮っていくというのはすごい大変だったんじゃないですか?」

山「そうですね、だから本が持っているコアな部分をすくいだしながら映画にする。2時間何分をつきあってもらって面白かったねと言ってもらえる。人生を感じられる。感情が動くってことがエンターテイメントだと思っていて。感情が動くようにこの本をつくっていかなくていけないということでこの原作はすごく難しかったですね。結構悩みましたよね」
岡「一本の映画に落とし込んでいくっていくのは凄く難しい作業ですよね」
山「エピソードがたくさんあって、でひとつのことが成立するまでに大変なことがいっぱいあって。様々なことをやった挙句の日昇丸なんだけど、それをやっていたら2時間終わってしまうじゃないですか。そういうのをばっとはしょりながら芯のところは確実にとらえておかないといけない。それでなおかつおもしろかったね、という感想をもらえるにはどうしたらいいのかすごい悩んだし。結構インする前にいろいろやりとりあったじゃないですか」

岡「そうですね、話をしましたね」
山「うっかりつくると固い真面目なはなしになって終わっちゃうね、というところで岡田くんともいろいろ話をしてもらっていろんなアイディアをもらったし。あのころはしんどかったといえばしんどかったんだよね。鐡造さん、まずどうしたらみんなに、ぼくよりもそれは岡田くんのほうが大変だったと思うんだけど、そのキャラクターをどう造形していったらみんなが共感してくれて、よくやった!と思えるかという鐵造さん像をつくるのが難しかったし。あの〜いろんなことが、石油のはなしをエンターテイメントにするというのもなかなか高度なことだと思うんですよね」
岡「でも決して難しい話ではなく、わかりやすい映画に仕上がっていくというのがね」
山「それはね、みてもらって判断してもらうしかないんだけど、なんかエンターテイメントにはなったな〜と思っているんで。だから頑張ったな、みんな頑張ったなという感じですけどね」
岡「それでは最後にですね、監督が映画を通して伝えていきたいことってなんかあるんですか?」
山「映画を通して伝えたいことというのは、毎度毎度作品によって違うことは違うんですよ。その作品がもっているテーマというのはつくっているうちにわかったりするからね。でもね、最近の諦めがちなムードは何とかしたいという気持ちはあるんですよ」
岡「というと?」
山「簡単に若い子たちって“どうせ”っていうじゃないですか。鐡造さんたちだって“どうせ”っていったらもう終わる会社だから。門司港で終わっちゃう話だから。それを無茶な企画をたてながらやっていくわけじゃないですか。だから“どうせ”ってあきらめちゃわない人たちの話をいうのを何かやっていきたいな、と思っているんですよね」

♪♪♪国岡商店社歌♪♪♪ ←(泣けます。。。。)

<最後の岡田くんのまとめ>
ねえ〜、山崎さんも豪快に今日はねキャラつくって話してくれた、アハハハ、感じがしますけど。
なんかね、現場でもバランス良くて、今日も、なんか公開してすぐだからっていう気持ちでね、あんまり話してないことを話そうみたいなのを考えて来てくれた感じがすごくするし。
そういうね、なんかいろんなことを汲み取ってやっていく、考えていくというバランスをとるということをね、現場を見てすごいな、と思うんですよね。
今回60代を演じて、のめりこんでいましたね〜とか現場でも言われるんですけど、僕からすると監督が一番なんかどんどん汚くなっていくんですよね。わりと綺麗な感じで外にでてきたり今日もバッチシな感じで来られますけれども、撮影中はどんどん汚くなっていくんですよ。それだけ身を削ってこう撮影しているのを見ているから、やっぱりついていきたいな、と思える監督の一人だと凄く思わせてもらいます。
ぜひですね、先週から公開になっております、12月10日から公開になっております「海賊とよばれた男」是非劇場で見て下さい。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

山崎監督と岡田くん、とても楽しそうでした。
2作目で、どちらも役者にはかなり大変な役作りだったりクロマキー合成だったりと勝手の違う現場だったりしたんでしょうね。出来上がりを見ないとわからなかったり。
まあしかし、確かに年齢で役者を分けるというのが一般的ですね。それは岡田くんもなにかのインタビューで言っていましたし。でも、当たり前すぎて面白くないと思ってしまった。
岡田くんなら、っていうのは大当たりでしたね。もちろん、ほかの役者さんだって頼まれればやるのでしょうけど、岡田くんの60代は本当に違和感なかったです。
家族で見に行くことになっているので楽しみです。
ロングランになってくれますように。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:42| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

『Growing Reed』デザイン・マネジメントとはどんなお仕事ですか?

今日はお待ちかね、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:田子學(たごまなぶ)さん ・ アートディレクター/デザイナー
テーマ:デザイン・マネジメントとはどんなお仕事ですか?

<オープニング>
器から家電製品、そして街づくりまでデザインするまさにイノベーター。
田子さんがデザインの現場で大事にしているのが、デザインマネジメントという視点。
人と社会に幸せをもたらすというこのデザインマネジメントとはどのような考えなのでしょうか。
モノがあふれるこの時代に、必要なデザインについて今夜はじっくり探っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「田子さん、はじめまして。はじめましてなんですけど、実は一緒に仕事をしたことがあるんですよね。ぼくのV6の『GUILTY』という曲で、ご一緒させていただいたということで。どうでしたか?『GUILTY』のジャケット制作ですよね」
田「ぼく、最初聞かされてなくて。そのとりあえず横でやっているパートナーが、ガラスの破片ってCGでつくれるの?って(笑)いう話になり。やってみたら、あ〜いいね〜というかんじで。最初はどう使われるのかわからなかった」
岡「知らなかった?」
田「最初実験でちょっとやってみたいんだ、と言われて」
岡「へえ〜〜、そういうのもあるんですね」
田「ガラスが割れる瞬間とかはイメージしていたんですが、それをどうやってつくるかは考えていなくて探りをしていた中、つかってみようということになって」
岡「でも会えなかったんですよね」
田「そうなんですよ。打ち上げに声がかかったんですけど打ち上げが頓挫したみたいで。あ、やっていたら申し訳ないです(笑)」
岡「いやいや、やってないです(笑)」
岡&田「アハハハ」
岡「7年前、会いたかったなあ〜。聞いてますよ。ミラノサローネでは大きな身長を武器に闊歩してる。デザイナーとしてもう風きって歩いているって」
田「いやいや(笑)」
岡「どうなんですか?サローネとかも出店されたりとか?」
田「個人的な出店はいまはしていないですが、過去にはしたことあるんですけど。今は大学、教えている慶応大学のSDMというところで」
岡「なんかでもあれですよね。デザイナーという枠にとどまっていない、いろいろなことされてますよね。経営者とかに講義したり、町つくりしたり」
田「そうです。自分でもひろがってわけわからない状態です」
岡「器もつくって。これは3年前くらいですか」
田「2012年なので4年前です」
岡「これ5冠とかとってますよね。何者なんですか? 携帯電話、パソコン、食器、デザインだけにおさまらずいろいろなことしてますけど」
田「そうですね。ぼくの中ではデザインとして一本通っているんですね」
岡「でもデザインの感じ方がちがいますよね」
田「そうですね。多分一般的にいわれるデザインよりもう一歩踏み込んでいく。町つくりも人が単純によりよく働けるとか、幸せを想いながら暮らせる、とかそういった町つくりはどうやったら考えられるのか、とか考えていくのが基本になってくる。そもそもの構想段階から一緒に考えながらやっていく」
岡「へえ〜〜」
田「なので担当者じゃなくて経営者としてやることにすごく意味がある」

♪♪♪♪♪♪

岡「一貫したポリシーみたいなのあるんですか?」
田「ぼくは同じデザインという言葉はつかっていますが、デザインのマネジメントなんですね。なのでマネジメントしている人たちとデザインを本気になって考えて一つ形をつくるんでも、どういう意図があってこういう形をつくるのか、また製造方法はどういうものがいいのか、やっていく」
岡「デザイン自体をマネジメントしていく。もともとのものまでやっていく。根本からやっているんだと思うんですけど。デザインマネジメントってよく聞くようになりましたけど、なんて説明しますか?」
田「僕がよく言っているのは、一社が成功したから次につないでB社が成功することはあり得ないんですよ。その都度都度チューニングが必要だし他の事を考えていかなくてはいけないんですね。そういう意味では、そこに繋がる要素を考えて、どうやったら人を説得できるかを考えると、誰にあてていいかわからないラブレターみたいなのを書くもの、とすごい思っているんですね」
岡「誰にあてていいかわからないラブレター」
田「うん。だけども誰かがそれをぱっと開いたときに、あ、こんなに思っていてくれてんだ、とかこんなに感動するんだ、というふうに思ってもらいたい。そういったものをいっぱいつくっていきたいと思っているんです」
岡「それこそゼロからイチを生むという作業をしていくということですよね。難しくないですか?」
田「難しいですよ。かなり難しいですけど、成功というか、形になってきたとき、喜ぶ形が最後にみえてくるんですよ。それが最終的にはたまらないのでやってます」
岡「(笑)たまらない、、、、たとえばどういうのがあります?」
田「例としてよく取り上げられるのは、やっぱり『OSORO』ですね」←
https://www.japandesign.ne.jp/kiriyama/160_manabu_tago/osoro/
http://www.osoro.jp/
岡「『OSORO』!これはどこの製品のやつ?」
田「鳴海製陶ですね。」
岡「鳴海製陶って」
田「昔からあります」
岡「上の世代の方々がはやったっていう奴ですよね。」
田「そうです。でも今はある特定の人しかになってなくて、もっと多くのもしくは若い人にはリーチができていないので、約10年で6割くらいの業務体制になっちゃったんですね」
岡「それを回復するってどうやって説明していくんですか?」
田「これ話さかのぼると、凄い嬉しかったのはですね、会社から呼ばれたときに、デザインという目線で何が変われるかどうかをこの会社で実現してくれないかと言われたんですね。会社のなかにもデザインというものを意識づけするってことは必要だったんですね。最初の2年半くらいは中の人たちのコミュニケーションをどうするか、机の配置を考え、どうやったらみんなが一丸となってできるか、とオフィスづくりから始まったりとか。それをやった上で、誇りをもってつくれるもの、新しいメッセージとしてアプローチもちゃんとつくりましょうと」
岡「結局人ですね。人と人。情熱とか」
田「そうなんです。ぼくらがやっていて一番おもしろいのは、一緒にやっていて組織とふれあいながらやっていくと、いろんな人物があらわれてきて、途中途中でガラリと変わっていくんですよ、人が。そこがやっていて圧倒的におもしろいところです」
岡「化けた!という瞬間あるんですか?」
田「あります、あります。『OSORO』の例でいくと、担当の赤松さんが最初はあったとき中間管理職の代表みたいなかんじで、疲れたような感じの中間管理職だったんですね」
岡「絵にかいたような(笑)」
田「絵にかいたような。ところが彼らとゼロから何故これをやるのかを見つけていくと、彼らの意識がかわっていくんですね。最初メガネがかわったんですよ。いきなり顔をひきしめるようなカッコイイメガネに変わったんですね」
岡「アハハハ、刺激を与えた」
田「2年目、カバンがかわったんですよ。3年目スーツが変わっちゃって」
岡「へえ〜〜」
田「そのあと『OSORO』がリリースしまして賞をいただいて。ドイツからよばれて講演してくれと。赤松さんにしゃべってもらったんですけど。最初はこれを社内で企画していたときにはたどたどしく紙を見ながら読むかんじの人だったんだけど、もうこの頃には堂々とジョブスなみにプレゼンを(笑)」
岡「アハハハ、へえ〜〜、人までかえるのがデザインのチカラなんですかね〜」

♪♪♪♪♪♪

【田子さんの手掛ける町づくりのお話しをお伺いしました】
岡「物以外にもデザインマネジメントが通用するということで、与謝野町、京都。ここも地方再生ですよね。与謝野町はどういう課題を抱えていたんですか?」
田「まず高齢化」
岡「そういう街多いですよね」
田「ここに転機が訪れたのは、32歳の町長が誕生したんですよね」
岡「知ってるかも、その人。この前聞いたかも。伝統工芸の人たちが話してたなあ〜」
田「当時は一番若い人で。彼はもともと政治をやっていた人では無くてフランスで建築を学んでいた人間なんです」
岡「その人だ!」
田「あ、聞きました?」
岡「聞きました。なんかすごい面白いひとだって」
田「相当面白いです。そもそもきっかけはそれがまずひとつのターニングポイントなんですけど。当時はぼくはまったく知らなくて縁もなかった。が、彼がパートナーに選んだのが僕だった。一度はお話ししてみたいな、と思ったのでお会いしてみた。会ってみたら若い人で、地方が変わらないといけない中、自分が本気で変えたいと。目を輝かせて燃えたかんじに惚れてしまって、やりましょう、と」
岡「人のエネルギーですかね。何年前ですか?」
田「それがちょうど1年前です。会ったのはその一年前です。今ぼくはクリエイティブディレクターという役をいただいていますね」
岡「そんなのがあるんですね。町にクリエイティブディレクターができたと。どう変わっていきそうですか?10年20年かけて」
田「ホントは10年20年かけたいんですけど。政治家は任期が短いので、それよりも本質的なことをやりませんか、とやっている。何がこの町に足りないのか、何を失ってしまったんだろう、ということを議論していった」
岡「与謝野町行きたくなりますね」
田「ぜひぜひ」
岡「なにか目玉は?」
田「天野橋立を真一文字ですごく綺麗に見えるところなんですよ、与謝野町って。そこをうまく活用していなかった。内海で波がたたない海なのに、柵をつくってしまったので誰も海にはいらなくなっていた。そこで去年遊ばせる施策をつくったんです。今年の秋から講習つきでカヤック、サップをうごかし始めてますよ」
岡「いいところを見つけて気づいてもらって。すごいなあ〜、デザインマネジメント(笑)」

♪♪♪♪♪♪

田「デザインって、最終的には人に伝わらないといけないんで、伝わったときにハッと気づかされたりとか、その気付かされたことが次なる行動に移せるとか、そういうチカラをもたせないといけないと思っているんですね。形とか色とかは最終表現ではあるかもしれないけれど、でももうすこし前段階から考えると、もっといろんな人たちを惹きつけることができるし最終的には幸せにもなるし。そういう世界というのがぼくがつくりたいと同時にデザインの目指す目的でもあるんですよね」
岡「そういうデザインの捉え方って、もっと深いものその先にあるもの、その視点というのはどうやって育んできたんですか?」
田「これはですね、おもしろいことにいろんなことに興味をもっていると、なんか瞬時に捉えられるんですよ」
岡「いろんなことに興味をもつこと」
田「アンテナっていう言いかたが一番いいかもしれないですけど。いろんなことを経験すると、感度が高まるじゃないですか。チャンネルが増えることによって自分なりの編集力が増えるんですよ。ここは誰もが見てない目線だな、とか。見てないってことは世の中に出して訴えかけたらみんなが振り向いてくれるかもしれない、とかそういうことになっていくんですよね」
岡「いろんなことやるのってどうなの?ってことはなく」
田「大学でも教えているんですけど、学生に堂々と授業は真面目にやってもらいたいけど僕が唯一言えることは、一年通して遊べ!って言ってるんですよ」
岡「深い、遊べって楽しいだけじゃない遊び」
田「いや、楽しくていいんですよ」
岡「いい」
田「人って強制されるといやじゃないですか。遊べっていったら楽しいほうにずっといくじゃないですか。なぜ楽しいんだろう?と思うとそこに物凄い深いものがあるはずなんですよ。それが経験値として繋がっていくので。身体をつかって何をやってもいいから遊びなさい、ということを言っています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかデザインのあり方とか、いろいろ経験しろって、楽しいと思うことをやれって、すごくおもしろいというか、やっぱり人間力なんだと思うんですよね。
いろいろな話をしていて、なんかいろんな知識とかやっぱり人間力に勝てないんですよ、っていう人が僕が凄いなと思う人が言うことが多くて。
人間力を育てるというのは、何かを勉強してきたとかやってきたとか何かをやりつくしてきた、なんだろうな、経験だったり楽しんできた打ち込むことをやってきたっていうものだったりするから、そういう楽しむってことを捜すっていうのもね、自分自身を育てる強いものなんだろうな、というのを感じました。

*******

以上です。

来週のゲストは、映画監督の山崎貴さんです♪

==*==*==*==*==*==*==*==

デザインの話はやっぱり岡田くん、楽しそうですね。
鳴海製陶って、ボーンチャイナで有名なNARUMIなんですね。そこと組んで作ったということなんですね。
かなりスタイリッシュな食器の数々。組み合わせて使えるように作られてるみたいですね。

そして、来週は山崎監督。
岡田くんとは2作品作った関係ですね。
どんな話が飛び出すのか、楽しみです。
もう映画を見たからネタバレの心配もないし(^-^)
映画はなかなか大変な出だしだったみたいですが、ずっとじわじわと息の長い観客動員を目指してもらいたいなあと思います。
posted by さすらい母 at 22:30| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

祝!『海賊とよばれた男』公開!!

りりーさんが『海賊〜』ウィークに入られたので、『Growing Reed』のレポートはしばしお待ちを(^-^)
そう!
ついに公開されました、『海賊とよばれた男』。
初日舞台挨拶には縁がなく終わってしまったので、地元の映画館に行ってきました。
初回…というわけにはいかず、その映画館での3回目の上映でした。といってもそのシネコンでは2つの部屋(?)を『海賊〜』に使っていました。そのせいか、ばらけてしまってるんだと思いますが、ちょっと入りが…。でも、地元にしては入っているほうなんですよね。ほんとに…。
ああいう人がいたんだなあと。
本も旦那が読んでいて、おもしろいって言っていたのであとで借りてみようと思います。

前回のブログ更新から今日まで、たくさんの番組に出てましたね。
言い忘れていたけれど『しゃべくりセブン』で監督が「キャバクラでのホステスさんの反応でヒットするかどうかわかる」とおっしゃっていましたが、今回はどうだったんですかね〜。接待で連れて行ってもらえたでしょうかね。リサーチできたかな?
『嵐にしやがれ』では楽しくおいしいものを食べていた岡田くんでしたが、『夜会』では櫻井くんと二人で吞みながら語っていましたね。
なんだかちょっと切ない気持ちになってしまいました。
お互い「ぶっさん」「バンビ」と呼ばなくなった理由もお互いの立場を思ってのことだったり、それと、岡田くんのこれまでの思いとか…。
いや、だいたいほかのインタビューでも言っていたことなので初めて聞く話ではないのだけれど、岡田くんの口から語られるとやはり重みがあるというか、本当によくぞここまでって思います。
その中で出てきた「ある先輩が『俺は司会に命を懸けてるんだ。お前はなにに命を懸けてる?』って言ってましたが、やはりあれは中居くんだったみたいですね。
『行列のできる法律相談所』はちょっと物足りなかったです(^^;
でも、共演の先輩俳優さんから「60代に見える」とか「違和感ない」とか言われた話はうれしかったです。
努力が報われましたね。
ほんと、貫禄あったから!!

…あとなんかあったかな〜。


話は飛びますが『ラストコップ』が最終回でした。なんと、ところどころ生放送でのドラマでした。
唐沢さんが途中、どうもセリフを忘れたみたいでアドリブで切り抜けたらしきとき、窪田くんが笑っちゃって大変でした。
ほかにも佐々木希ちゃんが唐沢さんの娘役なんですが、呼びかけるときに「唐沢さん!!」ってやっちゃって、おかしかったです。
なんだかもうぐだぐだなところがあのドラマらしい感じもあって、おもしろかったです。

そういえば、『海賊〜』を見たときに出てきた予告で『慕情追憶』と『ラストコップ』がありました!!
慕情追憶』は小栗くんと共演ですね。楽しみです。
『ラストコップ』はやはり人気があるんだなぁと思いましたし、どちらも楽しみな映画です。
…で、その次が『関ケ原』ですかね〜。
これも楽しみです。
※『追憶』を『慕情』と間違えておりました。失礼しました。
 大昔の映画じゃんか〜(^^;
 すなふきんさん、ご指摘ありがとうございました!!



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

『Growing Reed』何故、Webメディア『くらしのきほん』を立ち上げたのですか?

『海賊と呼ばれた男』のPR活動がピークを迎えてますね。
雑誌なんてテレビ雑誌、映画雑誌中心に、婦人誌にまで登場して、これ、全部買ってたら大変なことになってしまうという事態。
ではどれを買うべきか…と見極めるのもむつかしい。
あ〜、誰か助けて〜(^^;
テレビもちょこちょこ出てますね。
特に金曜日は最大の山場を迎えます。
あまりの多さに録画担当の息子が「無理だ」と一言。
いや〜、そんなこと言わないで〜!!


いろんなドラマが最終回を迎えつつありますね。
私が大好きなのが『LAST COP』なんですが、最終回が生放送なんですって。
一体どういうことなんだろう??
楽しみ♪
TOKIOの松岡くんが主演の『家政婦のミタゾノ』もなんか妙な面白さがあってみております。
しかし、松岡くんも思い切った役を引き受けましたよね〜。
ずっと女装ですもんね。
「痛み入ります」っておしとやかにやっております。
岡田くんは「自分にはもうコメディは来ないんだと思う」って言ってますが、ひらパーのCMで見せてくれるコミカルなキャラクターは楽しいし、もちろん好評なので、誰かコメディをオファーしてほしいですよね。それが軽めのアクションがらみなら言うことなし!!
そう、『LAST COP』みたいな。
唐沢さんはデビュー当時スタントマンみたいなことをやっていて、今でも動けるし、相棒を務める窪田くんも動けていて、こういうのをやってほしいと思ってしまう…って、何回も書いているような気が…。
そういえば、『IQ246』のディーンフジオカさんもちょっといい感じでさらっとアクションしてますね。


あっ!!思い出しました。
何の雑誌だったか、岡田くんのこれまでの作品を並べてあったのですが『SP』が入ってなかったんですよ。
なんで?!
あれをはずすなんて。



では、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:松浦弥太郎さん・文筆家
テーマ:何故、Webメディア『くらしのきほん』を立ち上げたのですか?

<オープニング>
雑誌「暮しの手帖」の編集長を経て、現在はWebメディアのクックパッドに所属。
また本屋さんのオーナーとしての顔も持ち、幅広くご活躍されています。
松浦さんが日々発信しているのが、暮らしの基本。
基本はいつも自分を助けてくれる、と語る松浦さん。
基本の中に何を見出し、何を求めているのでしょうか。
今夜は暮らしとの向き合いかたについてじっくりとお話しをお伺いしたいと思います。

<音楽あけて>
岡「あの文筆業に書店のオーナー、Webメディアの運営など、松浦さん、忙しい毎日を送っていると思いますけれども、松浦さんの一日というのはどう始まってどう終わるんですか?」
松「アハハハ、一日ですか? 僕は一年365日毎朝5時に起きるんですよ」
岡「いや、早い!決まって!?ちなみにですけど、それ何年前からですか?」
松「10年くらい。感覚的には」
岡「5時に起きて」
松「目覚ましなしに自然に起きるんですよ。ぼくの中で一日のテーマというか、比較的大事にしているのって朝の7時なんですね」
岡「それは何故ですか?」
松「朝の7時に自分が何をしているのかというのは、自分自身のライフスタイルというか暮らしとかをある種あらわしている気がするの。これはあくまでも僕自身の勝手な思いですけれど、毎日朝の7時になにをしているのか、できれば自分がそこでいいな、とか素敵だな、ということをしておきたい」
岡「へえ〜〜〜」
松「そのために朝5時に自然に起きて、朝7時に何をしようかな、と思ってる(笑)」
岡「アハハハ、でもワクワクしますよね。朝起きて7時に何しようかな〜と考えてから仕事行かれるわけですよね」
松「そう。で、朝7時に自分が、あ、良かったな、という時間を過ごせると、もうその日一日がOKなんですよ」
岡「朝に幸せを起こしてしまうと」
松「そう、そうなんです。たとえば本を読むとか、美味しいコーヒーをいれるでも散歩をするでもギターを弾くでもいいんですけど、その7時のときに自分が幸せを感じられるようなひと時を過ごすというのが、僕のなかでのなんか基準というか」
岡「いいなあ〜(笑)ぼくも朝に勉強したいタイプなんですよ」
松「朝型ですか?」
岡「朝方じゃなかったので。でも朝に台本読んだりとか、仕事のことですけど、読みこんだりすると頭に入るんですよね。」
松「ほお〜そうですよね」
岡「朝のほうがはいるっていうのがあって。」
松「夜寝ている間に前の日に自分のなかにはいっているものが綺麗になくなるらしいですよ」
岡「あ、リセットされる」
松「だから朝は余白がいっぱいあるので、非常に自分の中に気持ちよくしみこんでいく」
岡「でもなかなかできないんですよね〜、朝。そのためには夜早く寝なきゃいけない」
松「そうですよ。だからぼくは毎日夜10時に寝るの」
岡「あ、10時」
松「話すとみんな絶句するんですよ」
岡「家族いるとできるのかなあ〜」
松「娘は一人暮らししているので、妻と二人暮らしなんですけど。7時くらいに帰ってきて、ぼんやりして軽く運動して10時には寝る、という」
岡「いいなあ〜。俺もそれしたいんですよね。規則的に生活したい人なんです、ほんとは。でも仕事の関係上なかなか。撮影が入ってくると4時とかに起きたり終わるのも何時かわからないし、ご飯も同じ時間には食べられない、とかなってくるので」
松「ま、理想ですよね。同じ時間に寝て起きて食べてというのは理想ですけど。人と会ったり会食とかもありますので、その時だけは遅くなります。いつもの自分のペースを守るというのが自分のライフスタイルのあらわれ」
岡「執筆やメディアの仕事もされていますけど、それは不規則になったりしないんですか?」
松「ならないですね。それも時間を決めておいて。もっと書けるぞ、と思っても2時間でできるだけやめるようにしています」
岡「う〜〜ん。いいですね〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「松浦さんが発信しているテーマというのが暮らし。みんなが持っているものですけど。ぼくの今手元にも『しごとのきほん くらしのきほん100』これまたシンプルで。アハハハ」
松「手元にあるとちょっとパラパラと、日々の心がけを書いてあるんですけど。大事なことってこういうことだよな〜とかあるじゃないですか。そういうことをきちんと言語化していおきたいというのが、僕の仕事の中で大切にしていることで。誰もまだ言語化してない語ってないことをこの本ではいっぱい書いた、という感じですよね」
岡「これあの、58番の『誉める讃える認める』これはなんですか?」
松「人の素敵なことは誉めなければいけないし讃えたり認めてあげる」
岡「“これがチームワークの極意であり人間関係の基本です”」
松「やっぱり素敵なところとかいいところをどんどん見つけてあげるというのが、人間関係を良くしていく基本じゃないかな、とぼくは思ったりしているんですけど」
岡「37番『聞きよくわかりよく品よく』」
松「そうね。それは今僕もそれをこころがけてお話ししていますけど。自分都合じゃなくて相手の方の耳に心地よいか、とかそういう話し方とか説明のしかたとか大事な気がしますけどね」
岡「素敵ないい言葉ばっかりが並んでいるんです。これは何ですか?67『ひとつだけにする』」
松「これはね、人間というのは欲張りなんで。これもあれもそれもって。そうすると一つ一つの思い出が分散するんで。話す時も一つに絞ったほうがよりよく伝わる」
岡「素敵な言葉が100個も詰まっているし。暮らしのなかで生きる上で基本的だけど大事だけど忘れがちなことがいっぱい詰まっている本だと思いますけれども」
松「ありがとうございます」
岡「昔からですか?そのなんだろう、シンプルな暮らしになっていったのは。いつごろ書こうと思ったんですか?」
松「書こうと思ったのは30代の終わりの頃で。自分が今まで経験したことこだわってきたこと。一回自分の内面をもう一回見つめて自分が大切にしてきたことを棚卸というか整理したかったんですよ。一つの記録として紙にかきだしていったんですね。そうしたら当たり前というか、だれもが素敵と思っていることだらけだったんだけど、気持ちが穏やかになったし、これから40代を迎えるにあたって、こういう自分の大切を持って仕事と暮らしをしていけばいいなあ〜と思ったんですよね」
岡「こういう言葉たちって出てくるの難しくないですか?基本なことって、なんだろう、自分のなかで言葉にしていくのが難しい言葉たちじゃないですか」
松「そう、シンプルであればあるほど難しくて。これからの時代、はっきりと言語化していく作業、必要がある。それを言語化していくのが自分の仕事、使命、と思っている。だからすごい大変ですよ。でもずっと考え続ける。どうやったらシンプルなことをわかってもらえるか。でも考えるっていうことも大事ですよね。今の時期、どんどん考えない時代になってくる、インターネットで調べてしまう。そういう便利な時代だからこそ自分で考える。間違っているかもしれないけれども発信する。人と人とのコミュニケーション。そこにはこだわっていきたいと思います」
岡「『自分の顔つきを知る』というのもありますけど」
松「鏡でみて、今日自分がどういう顔をしているのを見た方がいい。女性は良くみるけれど男って」
岡「見ないですよねー」
松「見ないんですよ。自分の顔って」
岡「怖そう、とかボーとして退屈そうとか、人に思われる顔つきをしてないかとかね」
松「そう、客観的にいつも自分を見ておくというのは大事な気がしますけどね」
岡「『暮らしの手帖』の編集長もされていた」
松「およそ9年やりましたね〜」
岡「“とと姉ちゃん”ですよね、やってた」
松「で、ぼくは創業者の大橋鎮子さんと出会いまして、編集長をお願いされて9年間やりました」

♪♪♪♪♪♪

【『暮らしの手帖』のお話しをお伺いしました】」
岡「もともとは編集とかやってなかった。。。なにを見て頼まれたんでしょうね?人柄ですかね、人間力」
松「ある展覧会のトークショーの話を聞いてくれたというのはあるんですけれども、僕は編集長の経験もないし編集ということに携ったことはなかった。でも文章は多少書いてた。でも是非やってもらいたいということを言っていただいて。最初は固辞していたんですけど引き受けて。なぜ僕が必要なんですか?と聞いたら『勘』と言われましたよね(笑)
岡「(笑)」
松「それでぼくはその一言で」
岡「そのころ、だってとと姉ちゃん、ご高齢」
松「90になるころですかね」
岡「その大先輩に勘っていわれて」
松「直感で思いました、って言われました。保証はないけれど、その一言で命をかけて仕事をさせていただきました」
岡「そこからWebの世界に、クックパッドに移動されましたけど」
松「紙の雑誌をつくっていながら非常に脅威に思っていた。どんどん便利になっていくし。インターネットが悔しかったんですよね。今日つくったものが今日発信できる。次の自分のチャレンジとしては自分が叶わないとか悔しいとか思っている真ん中に飛び込むしかないなと思った。編集の世界のすべてを捨てて何もしらない形でクックパッドの中にないって自分のメディアをつくりたい、と思った。年齢の話をすると40代は暮らしの手帖で費やした。49歳のときに50歳からの10年間でどういう仕事をしながら何を学んでどういう暮らし方をしていくのかを考えたときに新しいことをやりたいと思った。自分が困ってチャレンジする10年間にしたいと思ったんです。で、暮らしの基本というスマートホンメディアをつくりました」
岡「50代からのチャレンジを始めたんですね?」
松「だってそうしないと、なんとなくつまらない大人になりそうじゃないですか(笑)」
岡「でもそれまでに築き上げてきたものでこういうかんじかな〜といけるっちゃいけるじゃないですか」
松「ぼくね、偉くなりたくないんですよ。50代って偉くなるとつまらないんじゃないかな〜と。気持ちいいかもしれないけれど。僕は汗かいて働きたかったし、わからないことで困ったり、この10年間を初々しくいたいなあ〜と思いましたね」

♪♪♪♪♪♪

岡「それはやっぱり基本を大事にしているというのがあるんですか?」
松「自分がなにに一番興味があるんだろう、と考えたときに、世の中アレンジとかが多くて、そもそもこれの基本ってなんだったんだろう、というのことが見落とされているなあ〜というのがあったんですよね。正しいシャツの畳み方を知っている人ってあんまりいないんですよ。僕は50代、そういうことを一つ一つ自分で勉強してたくさんの人と分かちあえていけたらいいなあ〜と。一番おもしろいですよ、基本って」
岡「基本は、ず〜っと何人ものひとが考えてきて変わらなかったものだから、スタンダード、でもいいんですかね。そこを知っているか知っていないかはね」
松「スタンダードですね。基本をね繰り返すっていうのは楽しいし。それは豊かな暮らしに繋がるんじゃないかな〜と思いますけどね」
岡「“基本はいつも自分を助けてくれる”っておっしゃってますけど」
松「人っていうのは迷ったり悩んだりしますけど、その時になにに立ち返るのかというと起点というか、それを知っているか知らないかは大きな違いなんですよね」
岡「今、SNSとかインターネットが当たり前の世の中になってきていますけど、変えちゃいけない基本っていうのは何ですか?ぼくらがいつも思っていなきゃいけないよ、という」
松「なにをするにしても、その先には生身の人がいるってことを忘れちゃいけないですよね。」
岡「ほぉ〜〜〜」
松「それも生身の人は決して強くない、ということを忘れちゃいけないですよね。仕事というのは人を助けることだとおもっているんですよ」
岡「基本っていうのは、人がたくさんいて、自分がどう生きていくのか、自分を豊かに、自分自身って何なんだろうとか、自分はどう写るんだろう、とか暮らしを考えるのが基本」
松「そうです」
岡「これ聞いてみたかったんですけど、丁寧な暮らしってなんですか?丁寧に暮らしたいなと思っているんです」
松「うん。一つ一つどんなことでも作業と思わないことですよね。だれかのことを考えたり慮ったり。どんなことでも自分にとっての学びだと思って取り組むことですよ。そうするとそれがイコール丁寧ということになると思いますけどね」
岡「それでは最後に松浦さんにとって、理想の暮らし」
松「理想のくらし?なかなか難しいですけどね。人生の目標だと思うんですけど、家族とか友人とか仲間を自分の仕事なり暮らしで幸せにすることだったりしますし。でもそうだ、どんなことにもね、ありがとうという感謝の気持ちを持つことじゃないですか。それが一番理想だし僕にとっての幸せかな〜。いろんなこと起きますけど、できるだけありがとうという気持ちを持てるような自分でいることが、僕の理想の暮らしかなあ〜」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜なんかね、素敵な言葉たちを今日は聞けたかな〜という感じもしますし。
『しごとのきほん くらしのきほん100』というこの本にもやっぱり凄いハッとするようなこととか、そうだよなーと思うこととか、たくさんの素敵な言葉が詰まっている本ですので、是非皆さんも手に取ってみて下さい。
松浦さん、なんかでも素敵な方でしたね。
50代、一からチャレンジするとか、すごいいろいろ自分の人生がいろんな人にどう影響与えるのかとか、凄く考えて理解されて生きているんだなあ〜というのをすごく感じましたし。
もっといろんな言葉を聞きたいな、と思いました。

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以上です。

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ありがとうございました!

とても穏やかな対談でした。
なるほどって思ったり。
岡田くんもそうだったんでしょうね。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:31| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする