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2016年12月20日

『Growing Reed』VFXの前はミニチュアを作っていたとは本当ですか?

『海賊とよばれた男』の大ヒット御礼舞台挨拶、先日ぴあで申し込んだのですがやっぱりはずれてしまいました。
どうやったら当たるんですかね〜。
誰か教えて!!
でももう大ヒット御礼なんですね。
ロングランしてくれないかな。

といったところで、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
今回はその山崎監督がゲスト。
なかなか興味深い話でした。といっても、映画に関してはインタビューやテレビで言っていたりするのですが。それでも二人で話しているのを聞くのは楽しいものです。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:山崎貴さん・映画監督
テーマ:VFXの前はミニチュアを作っていたとは本当ですか?

<オープニング>
2000年に「ジュブナイル」で監督デビュー。
「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズや「STAND BY ME ドラえもん」などこれまで多くの感動作を生みだし、日本を代表する映画監督の一人として注目を集めています。
そして今回、監督の元に「永遠の0」チームが再集結、「海賊とよばれた男」が12月10日ついに公開となりました。
今夜は国岡鐵造を演じたぼくと監督で、今だから話せる裏話と見どころをたっぷりと語っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「山崎監督、よろしくお願いします。最近でも結構お会いしてますけど」
山「そうですね。キャンペーン時期になるとね、同級会が続いているかんじ(笑)」
岡「(笑)何話しますか?今日は『海賊とよばれた男』で今まで話していないことを。アハハハ」
山「ありますかね(笑)」
岡「聞いていきたいんですけど。でも山崎監督って、やっぱり、最初からなんですけどチャレンジャーじゃないですか」
山「アハハハ この前自分の撮ってきたラインナップを見てみて、なんだこりゃ、と思いましたね。ジャンルがこう無茶苦茶っていうか、一人の監督がやったとは思えないかんじで」
岡「こだわっているんですか?」
山「全然」
岡「たまたまですか?」
山「そのときその時の、いただいた仕事とかやりたい仕事とかっていうのがいろんなジャンルにわたってしまうというだけで。でもチャレンジしたい感じはあるんですよ。普通につくりたくないっていうのはありますよね」
岡「普通に、、、」
山「たとえばでいうと、今回岡田くんに無茶ブリでして、」
岡「ひどかったなあ〜(笑)」
山「20代30代から60代90代までね、お願いしたわけじゃないですか。みて下さい、皆さん」
岡「(笑)」
山「あれはやっぱりこう、チャレンジなんですよ」
岡「なんでぼくにしたんですか(含み笑い)?」
山「あのね」
岡「そこ聞きたいですよ。ぼく側からのはなししていいですか?」
山「はいはい」
岡「ぼく側からは、監督が『海賊とよばれた男』でやりたい。全部岡田でやってほしいと。ぼくですか?って聞き直してくれって。本当にぼくですか?もともと『永遠の0』でご一緒していたから、原作ではその役をやっていた宮部久蔵がワンシーンだけ出てくるんですよね。ちょっとだけ。宮部役かな?くらいかなって」
山「それはそれで見たい絵ではあるじゃないですか」
岡「それを60代90代。一番おいしいところ60代じゃないですか。それをぼくに、ってきて“まじか!?”と」
山「主演のつもりできてゲストといわれても困るしね(笑)結構笑えることになっちゃうもんね」
岡「それは、なんで僕にってなったんですか?」
山「すごいリアルな話をすると、凄い悩んでいたんですよ。誰でやったらいいか。当然キャスティングを決める会議の雰囲気では30代だれで60代誰でっていうムードが漂っているんですね。違う役者さんでやるっていう。なんかそれやったら終わりだなっていう感じで」
岡「へえ〜〜、それはもう直感ですか?」
山「なんかつまんねえなと思ったんですよ。よくある手だから。それ見てえかな?と思ったら、興味ねえなあ〜と思って。どうすりゃいいんだという時に、ふと、岡田くんとかっていうのはどうですかね?っていう意見が出たんですよね。正直言うと、最初全然考えていなかった」
岡「だって、ちょっと変なはなしですけど、『永遠の0』でたくさん見ていただくのがあって、続けてというのはなかなか選びにくいですよね」
山「そう、”なんだよ”、って『永遠の0』がうまくいったからまた岡田かよ、っていうのがあるじゃないですか(笑)だからそれも含めて。正直宮部さんが出てくるというのも、宮部さんを岡田くんというのもアリだな、と思っていたし。だから岡田くんで鐡造というのははじめ全然なかったんですけど、言われた瞬間に、60代のシーンはどうするんですか?と言いながら頭の中で岡田くん60代っていうのはやれるじゃん、と思って」
岡「へえ〜〜、やれるじゃんと、、、」
山「特殊メイクだけやったって60代になれるわけじゃないから、当然本人には無茶ブリになるんだけど、これでやったら相当俺ららしい、と思ったんですよ」
岡「俺ららしい」
山「アプローチの仕方として岡田くんで通すというのは、これすげえおもしろい!と思ってその瞬間ワクワクした。バタバタとぼんやり困っちゃったなと思っていたことの答えが見えちゃって、すげえワクワクしてありじゃんということになって」
岡「へえ〜〜、それでオファーがきて」
山「当然フィフティーフィフティーでダメだと言われる可能性があるじゃないですか。ダメだといわれたら考え直そうと思っていたんだけど、やってくれそうです、ときたんで挑戦しがいがあることになってきたぞ、とかなり盛り上がりましたね」
岡「なんかだから、ぼくは暗闇だった。暗闇っていったらへんですけど、60代経験したことないし、90代なんてないし(笑)。ワンシーンだけ最後歳とって特殊メークで、みたいなのはよくあるじゃないですか。でもそういうのじゃないから、どうやるんだろうな〜って想像がつかないけど、山崎監督のやつを断るという選択が俺にはなくて。希望があるんだろうな〜って俺には希望は見えないけど(笑)」
山「岡田くんに託すという(笑)。だからほら三船敏郎さんがね、若い時がない役を、ずっと老人で通すという役をあえて三船さんで通すということをやっているわけですよ。なんだというと、その役者さんがそのやろうとしている人を体現している人であるという前提があってやっているわけですよね。だから同じだなと思って。こっちは若いときもあるんだから全然いいじゃないかと。だから岡田くんという発想に至ったときに見えた感じがして勝ったわと思って」

♪♪♪♪♪♪

岡「監督はやっぱりいろんな作品にチャレンジしていますけど、大事にしていることって何なんですか?やっぱりCGを、日本で成長させて世間に認めさせてきている、と言ったら言葉悪いですけど、僕ら10年前15年前くらい、やっぱりCGってばれるよね、っていうのから、今回みてもらったらわかると思うけど、全然わかんないというか、是非ぼくらがどういうところで撮影していたかということを知ってもらいたい(笑)」
山「知ってもらいたい(笑)役者の苦労を」
岡「公開されたらですよね。緑山スタジオの『風雲たけし城』をやっていたような広場で全部とれちゃうじゃないですか(笑)」
山「その前に空母乗ってるからね、大丈夫かなって。岡田くん自身赤城にのったことがあるんで、大丈夫だろうという勝手な思い込みがありましたね。初めてセットにつれてきて巨大な船があります、と言っても全くわかんないと思うんですよ」

岡「でも『永遠の0』でパイロットやったとき駐車場じゃないですか。」
山「あれやれたんだから日承丸くらい簡単にのれるだろうって」
岡「そうか〜」
山「CGすごいですね〜って言われるけど役者さんがすげえんだと思いますよね。役者さんが見えないものを見てくれるから違和感がなくなる。現場が大事。役者さんしだいでCGは良くなるしただつくっただけになるし、ということがありますよね」
岡「CGという意味ではどういうふうに捉えているんですか?“CGを変えてきた男”と日本ではね、トップランナーじゃないですか」
山「VFXということでいうと、そういう立ち位置にはいると思いますけど」
岡「2000年の『ジュブナイル』からですよね。もともとCGつくっていたんですよね?]
山「もっともというと、会社はいったときはミニチュアをつくっていたんですよ」
岡「あ、ミニチュアだったんですか。」
山「そのころCGはものすごいお金のかかるもの、大事なシーンだけ使うというものだった」
岡「一から勉強したんですか?」
山「うちの会社って仕事をいきなり振られるんですよ」
岡「あ、ジャニーズ事務所と一緒ですね」
山&岡「アハハハハ」
岡「とりあえずユー、出ちゃいなよ、っていう経験ですね」
山「完全に同じですね」
岡「2時間前にユー、バックダンサー出ちゃいなよ、って言われて振付されて、それで1万人とかの前に出るんですよ」
山「俺ね、86年に入社したんですけど、当時博覧会が大ブームで巨大映像とか。で君やってみる?って。ハタチそこそこですよね。本当にユーやっちゃいなよですよ。好きなようにやっていいからって。いきなり」
岡「言葉悪いけど、若造に任せる」
山「そうそう、いい会社だしひでえ会社だしって感じですよね(笑)。ここはCGじゃないとできません、っていうとCGのひとが本社から。」
岡「ディレクターとか監督とかの仕事をたたきあげられた」
山「そうそう、いきなりやらされて。やりたいとは言っていたんだけど」
岡「でもなんか見抜かれていたんですかね」
山「いやあ〜、どうなんだろう、見抜かれていたんならすごいし、、、なんとかするんじゃないかという感じだと思うんですけどね」

♪♪♪♪♪♪

【映画監督になった道のりをお聞きしました】
岡「そこから『ジュブナイル』まではタンタンタンといったんですか?」

山「タンタンタンというか、VFXの第一任者というかその業界でやっていきたかったので。伊丹十三監督の映画って結構VFXつかっているんですけど、そういうのをもらったりCMとかでもいつも手を上げているので先輩方が振ってくれて。だからCM界でのVFXはわりとちゃんと仕事が成立していたんです。でも困ったことに宇宙人や宇宙船が出てきたりということがないんですね。そもそも始まりは『スターウォーズ未知との遭遇』にやられた世代なんで、そういう奴をやりたくてこの業界に入ってきたのになかなかない。ちょっと悶々としていたんですよね」
岡「もともとはそういう広い世界の宇宙の壮大な」
山「なんかやりたかった仕事と違うな、と思って。企画を出す人になりたかった。監督になるしかないな、と思った」
岡「やっぱり映画か、と」
山「スクリーンに一度でいいから自分たちがつくった宇宙船が出てくる絵をみたかった。プロの人が音つけてくれて。これは監督になるしかないなと」
岡「そのころかいていたものとかは実現できているんですか?」
山「それがね、一番最初に映画にしようとしたプロジェクトがあって、これはね〜東洋のスターウォーズみたいなやつなんだけど、お金がかかりすぎるんで、まだやってないんですよ」
岡「へえ〜〜〜」
山「でも最初はROBOTの阿部社長がやらせようとしてくれたのがそれで。それをずっとやろうとしていたんだけどなかなかうまくいかなくて。阿部さんというのはご存じのようにちょっとおかしいじゃないですか(笑)」
岡「おかしいの代名詞(笑)アハハハ、そんなことないですよ(笑)」
山「そのときに予算20億でやろうと言ってたんですよ」
岡「はまんないですよね」
山「1998年とかの20億ですから、ちょっとおかしい(笑)しかも監督経験なし。それでもあの人10億くらい集めてきて。だけどあと10億集まらないというときに代案企画を出したんですよ., 『ジュブナイル』を。いろいろ調べたら監督のデビュー作って一億円なんですよ、だいたい。一億円で出来る企画をつくったんですよ。戦略的撤退(笑)」
岡「まずは」
山「まずは(笑)。お祖父さんになったときに“わしは昔映画監督になりかけてたんじゃよ”という人になりかけていたので(笑)それで初デビュー作品が決まったんですよ」
岡「それから数々(笑)。でも監督って現場でも、簡単にいうと偉ぶらないというか」
山「あ〜、だって別に監督なんて偉くないじゃないですか」
岡「いや、監督偉いでしょ」
山「いやそれは間違いその考えかたは間違い」
岡「だって監督のために俺たち集まりますから」
山「それはいいじゃないですか、ありがとうございます、っていうね」
岡「たとえばなんだろう、スタッフが大きいトレース運んでいたりすると、監督その中にいたりするじゃないですか(笑)」
山「だっておれも運んだ方が早いじゃないですか。それに監督って椅子にすわっているから一日の運動量が足りないんですよね。だから仕事も早いしもろもろいいわけですよ」
岡「役者の立場からいうと、的確だし」
山「おお!いいね!どんどん言って(笑)」
岡「(笑)誉めるのもなあ〜(笑)誉めるっていうか、、、たとえばモニターをみる、現場で芝居をみるって監督わかれていて。ぼくらのなかでは、往年の映画監督はモニター見ない。でドラマとかはモニターばっかり見てる。でも山崎監督は現場で芝居をすごい見てるし、でも絵で必要なときはパッとモニターを見にいったり。すごくバランスが、」
山「あ〜いいねえ〜いいね〜もっと言って。バランスねえ〜、すごいよね〜」
岡「自分で(笑)バランス感覚がなんていいんだろう、っていうか。現場で言われることも、今回60代やるって一人で考えていて、なんか話していないのに、今俺がどこで悩んでいるのを、“あそこさ、こうしてほしいんだよね”とか“こっちじゃないですか”とか話してないのに、言ってきてくれるんですよ」
山「へえ〜凄いなあ〜。それは良かった」
岡「それは俺今はなしていたっけなあ〜と、ちょっとテストでうまくいかなかったとことかだと思うんですけど、凄い見てくれていますよね」
山「う〜〜ん、なるほどね。気が合うね、きっと」
山&岡「アハハハ」
山「同じ問題を同じように表現するというか、目線が近しいんだと思いますよ、物事に対して。だから微妙な表情の変化を、そうそう俺も同じこと考えてた、と共感できると言いやすいじゃないですか。全然気が合わないひとだと、凄い悩んでいるんだけど、監督がちっとも俺のを拾ってくれないんだけど、とプロデューサーから言われることがある。だからきっと気が合うんだよ(笑)」
山&岡「(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「今回の海賊とよばれた男はエンターテイメントというより経済物であり伝記物であり。経済小説としてすごく優れているといわれてるもので、それをエンターテイメントとして撮っていくというのはすごい大変だったんじゃないですか?」

山「そうですね、だから本が持っているコアな部分をすくいだしながら映画にする。2時間何分をつきあってもらって面白かったねと言ってもらえる。人生を感じられる。感情が動くってことがエンターテイメントだと思っていて。感情が動くようにこの本をつくっていかなくていけないということでこの原作はすごく難しかったですね。結構悩みましたよね」
岡「一本の映画に落とし込んでいくっていくのは凄く難しい作業ですよね」
山「エピソードがたくさんあって、でひとつのことが成立するまでに大変なことがいっぱいあって。様々なことをやった挙句の日昇丸なんだけど、それをやっていたら2時間終わってしまうじゃないですか。そういうのをばっとはしょりながら芯のところは確実にとらえておかないといけない。それでなおかつおもしろかったね、という感想をもらえるにはどうしたらいいのかすごい悩んだし。結構インする前にいろいろやりとりあったじゃないですか」

岡「そうですね、話をしましたね」
山「うっかりつくると固い真面目なはなしになって終わっちゃうね、というところで岡田くんともいろいろ話をしてもらっていろんなアイディアをもらったし。あのころはしんどかったといえばしんどかったんだよね。鐡造さん、まずどうしたらみんなに、ぼくよりもそれは岡田くんのほうが大変だったと思うんだけど、そのキャラクターをどう造形していったらみんなが共感してくれて、よくやった!と思えるかという鐵造さん像をつくるのが難しかったし。あの〜いろんなことが、石油のはなしをエンターテイメントにするというのもなかなか高度なことだと思うんですよね」
岡「でも決して難しい話ではなく、わかりやすい映画に仕上がっていくというのがね」
山「それはね、みてもらって判断してもらうしかないんだけど、なんかエンターテイメントにはなったな〜と思っているんで。だから頑張ったな、みんな頑張ったなという感じですけどね」
岡「それでは最後にですね、監督が映画を通して伝えていきたいことってなんかあるんですか?」
山「映画を通して伝えたいことというのは、毎度毎度作品によって違うことは違うんですよ。その作品がもっているテーマというのはつくっているうちにわかったりするからね。でもね、最近の諦めがちなムードは何とかしたいという気持ちはあるんですよ」
岡「というと?」
山「簡単に若い子たちって“どうせ”っていうじゃないですか。鐡造さんたちだって“どうせ”っていったらもう終わる会社だから。門司港で終わっちゃう話だから。それを無茶な企画をたてながらやっていくわけじゃないですか。だから“どうせ”ってあきらめちゃわない人たちの話をいうのを何かやっていきたいな、と思っているんですよね」

♪♪♪国岡商店社歌♪♪♪ ←(泣けます。。。。)

<最後の岡田くんのまとめ>
ねえ〜、山崎さんも豪快に今日はねキャラつくって話してくれた、アハハハ、感じがしますけど。
なんかね、現場でもバランス良くて、今日も、なんか公開してすぐだからっていう気持ちでね、あんまり話してないことを話そうみたいなのを考えて来てくれた感じがすごくするし。
そういうね、なんかいろんなことを汲み取ってやっていく、考えていくというバランスをとるということをね、現場を見てすごいな、と思うんですよね。
今回60代を演じて、のめりこんでいましたね〜とか現場でも言われるんですけど、僕からすると監督が一番なんかどんどん汚くなっていくんですよね。わりと綺麗な感じで外にでてきたり今日もバッチシな感じで来られますけれども、撮影中はどんどん汚くなっていくんですよ。それだけ身を削ってこう撮影しているのを見ているから、やっぱりついていきたいな、と思える監督の一人だと凄く思わせてもらいます。
ぜひですね、先週から公開になっております、12月10日から公開になっております「海賊とよばれた男」是非劇場で見て下さい。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

山崎監督と岡田くん、とても楽しそうでした。
2作目で、どちらも役者にはかなり大変な役作りだったりクロマキー合成だったりと勝手の違う現場だったりしたんでしょうね。出来上がりを見ないとわからなかったり。
まあしかし、確かに年齢で役者を分けるというのが一般的ですね。それは岡田くんもなにかのインタビューで言っていましたし。でも、当たり前すぎて面白くないと思ってしまった。
岡田くんなら、っていうのは大当たりでしたね。もちろん、ほかの役者さんだって頼まれればやるのでしょうけど、岡田くんの60代は本当に違和感なかったです。
家族で見に行くことになっているので楽しみです。
ロングランになってくれますように。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:42| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

『Growing Reed』デザイン・マネジメントとはどんなお仕事ですか?

今日はお待ちかね、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:田子學(たごまなぶ)さん ・ アートディレクター/デザイナー
テーマ:デザイン・マネジメントとはどんなお仕事ですか?

<オープニング>
器から家電製品、そして街づくりまでデザインするまさにイノベーター。
田子さんがデザインの現場で大事にしているのが、デザインマネジメントという視点。
人と社会に幸せをもたらすというこのデザインマネジメントとはどのような考えなのでしょうか。
モノがあふれるこの時代に、必要なデザインについて今夜はじっくり探っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「田子さん、はじめまして。はじめましてなんですけど、実は一緒に仕事をしたことがあるんですよね。ぼくのV6の『GUILTY』という曲で、ご一緒させていただいたということで。どうでしたか?『GUILTY』のジャケット制作ですよね」
田「ぼく、最初聞かされてなくて。そのとりあえず横でやっているパートナーが、ガラスの破片ってCGでつくれるの?って(笑)いう話になり。やってみたら、あ〜いいね〜というかんじで。最初はどう使われるのかわからなかった」
岡「知らなかった?」
田「最初実験でちょっとやってみたいんだ、と言われて」
岡「へえ〜〜、そういうのもあるんですね」
田「ガラスが割れる瞬間とかはイメージしていたんですが、それをどうやってつくるかは考えていなくて探りをしていた中、つかってみようということになって」
岡「でも会えなかったんですよね」
田「そうなんですよ。打ち上げに声がかかったんですけど打ち上げが頓挫したみたいで。あ、やっていたら申し訳ないです(笑)」
岡「いやいや、やってないです(笑)」
岡&田「アハハハ」
岡「7年前、会いたかったなあ〜。聞いてますよ。ミラノサローネでは大きな身長を武器に闊歩してる。デザイナーとしてもう風きって歩いているって」
田「いやいや(笑)」
岡「どうなんですか?サローネとかも出店されたりとか?」
田「個人的な出店はいまはしていないですが、過去にはしたことあるんですけど。今は大学、教えている慶応大学のSDMというところで」
岡「なんかでもあれですよね。デザイナーという枠にとどまっていない、いろいろなことされてますよね。経営者とかに講義したり、町つくりしたり」
田「そうです。自分でもひろがってわけわからない状態です」
岡「器もつくって。これは3年前くらいですか」
田「2012年なので4年前です」
岡「これ5冠とかとってますよね。何者なんですか? 携帯電話、パソコン、食器、デザインだけにおさまらずいろいろなことしてますけど」
田「そうですね。ぼくの中ではデザインとして一本通っているんですね」
岡「でもデザインの感じ方がちがいますよね」
田「そうですね。多分一般的にいわれるデザインよりもう一歩踏み込んでいく。町つくりも人が単純によりよく働けるとか、幸せを想いながら暮らせる、とかそういった町つくりはどうやったら考えられるのか、とか考えていくのが基本になってくる。そもそもの構想段階から一緒に考えながらやっていく」
岡「へえ〜〜」
田「なので担当者じゃなくて経営者としてやることにすごく意味がある」

♪♪♪♪♪♪

岡「一貫したポリシーみたいなのあるんですか?」
田「ぼくは同じデザインという言葉はつかっていますが、デザインのマネジメントなんですね。なのでマネジメントしている人たちとデザインを本気になって考えて一つ形をつくるんでも、どういう意図があってこういう形をつくるのか、また製造方法はどういうものがいいのか、やっていく」
岡「デザイン自体をマネジメントしていく。もともとのものまでやっていく。根本からやっているんだと思うんですけど。デザインマネジメントってよく聞くようになりましたけど、なんて説明しますか?」
田「僕がよく言っているのは、一社が成功したから次につないでB社が成功することはあり得ないんですよ。その都度都度チューニングが必要だし他の事を考えていかなくてはいけないんですね。そういう意味では、そこに繋がる要素を考えて、どうやったら人を説得できるかを考えると、誰にあてていいかわからないラブレターみたいなのを書くもの、とすごい思っているんですね」
岡「誰にあてていいかわからないラブレター」
田「うん。だけども誰かがそれをぱっと開いたときに、あ、こんなに思っていてくれてんだ、とかこんなに感動するんだ、というふうに思ってもらいたい。そういったものをいっぱいつくっていきたいと思っているんです」
岡「それこそゼロからイチを生むという作業をしていくということですよね。難しくないですか?」
田「難しいですよ。かなり難しいですけど、成功というか、形になってきたとき、喜ぶ形が最後にみえてくるんですよ。それが最終的にはたまらないのでやってます」
岡「(笑)たまらない、、、、たとえばどういうのがあります?」
田「例としてよく取り上げられるのは、やっぱり『OSORO』ですね」←
https://www.japandesign.ne.jp/kiriyama/160_manabu_tago/osoro/
http://www.osoro.jp/
岡「『OSORO』!これはどこの製品のやつ?」
田「鳴海製陶ですね。」
岡「鳴海製陶って」
田「昔からあります」
岡「上の世代の方々がはやったっていう奴ですよね。」
田「そうです。でも今はある特定の人しかになってなくて、もっと多くのもしくは若い人にはリーチができていないので、約10年で6割くらいの業務体制になっちゃったんですね」
岡「それを回復するってどうやって説明していくんですか?」
田「これ話さかのぼると、凄い嬉しかったのはですね、会社から呼ばれたときに、デザインという目線で何が変われるかどうかをこの会社で実現してくれないかと言われたんですね。会社のなかにもデザインというものを意識づけするってことは必要だったんですね。最初の2年半くらいは中の人たちのコミュニケーションをどうするか、机の配置を考え、どうやったらみんなが一丸となってできるか、とオフィスづくりから始まったりとか。それをやった上で、誇りをもってつくれるもの、新しいメッセージとしてアプローチもちゃんとつくりましょうと」
岡「結局人ですね。人と人。情熱とか」
田「そうなんです。ぼくらがやっていて一番おもしろいのは、一緒にやっていて組織とふれあいながらやっていくと、いろんな人物があらわれてきて、途中途中でガラリと変わっていくんですよ、人が。そこがやっていて圧倒的におもしろいところです」
岡「化けた!という瞬間あるんですか?」
田「あります、あります。『OSORO』の例でいくと、担当の赤松さんが最初はあったとき中間管理職の代表みたいなかんじで、疲れたような感じの中間管理職だったんですね」
岡「絵にかいたような(笑)」
田「絵にかいたような。ところが彼らとゼロから何故これをやるのかを見つけていくと、彼らの意識がかわっていくんですね。最初メガネがかわったんですよ。いきなり顔をひきしめるようなカッコイイメガネに変わったんですね」
岡「アハハハ、刺激を与えた」
田「2年目、カバンがかわったんですよ。3年目スーツが変わっちゃって」
岡「へえ〜〜」
田「そのあと『OSORO』がリリースしまして賞をいただいて。ドイツからよばれて講演してくれと。赤松さんにしゃべってもらったんですけど。最初はこれを社内で企画していたときにはたどたどしく紙を見ながら読むかんじの人だったんだけど、もうこの頃には堂々とジョブスなみにプレゼンを(笑)」
岡「アハハハ、へえ〜〜、人までかえるのがデザインのチカラなんですかね〜」

♪♪♪♪♪♪

【田子さんの手掛ける町づくりのお話しをお伺いしました】
岡「物以外にもデザインマネジメントが通用するということで、与謝野町、京都。ここも地方再生ですよね。与謝野町はどういう課題を抱えていたんですか?」
田「まず高齢化」
岡「そういう街多いですよね」
田「ここに転機が訪れたのは、32歳の町長が誕生したんですよね」
岡「知ってるかも、その人。この前聞いたかも。伝統工芸の人たちが話してたなあ〜」
田「当時は一番若い人で。彼はもともと政治をやっていた人では無くてフランスで建築を学んでいた人間なんです」
岡「その人だ!」
田「あ、聞きました?」
岡「聞きました。なんかすごい面白いひとだって」
田「相当面白いです。そもそもきっかけはそれがまずひとつのターニングポイントなんですけど。当時はぼくはまったく知らなくて縁もなかった。が、彼がパートナーに選んだのが僕だった。一度はお話ししてみたいな、と思ったのでお会いしてみた。会ってみたら若い人で、地方が変わらないといけない中、自分が本気で変えたいと。目を輝かせて燃えたかんじに惚れてしまって、やりましょう、と」
岡「人のエネルギーですかね。何年前ですか?」
田「それがちょうど1年前です。会ったのはその一年前です。今ぼくはクリエイティブディレクターという役をいただいていますね」
岡「そんなのがあるんですね。町にクリエイティブディレクターができたと。どう変わっていきそうですか?10年20年かけて」
田「ホントは10年20年かけたいんですけど。政治家は任期が短いので、それよりも本質的なことをやりませんか、とやっている。何がこの町に足りないのか、何を失ってしまったんだろう、ということを議論していった」
岡「与謝野町行きたくなりますね」
田「ぜひぜひ」
岡「なにか目玉は?」
田「天野橋立を真一文字ですごく綺麗に見えるところなんですよ、与謝野町って。そこをうまく活用していなかった。内海で波がたたない海なのに、柵をつくってしまったので誰も海にはいらなくなっていた。そこで去年遊ばせる施策をつくったんです。今年の秋から講習つきでカヤック、サップをうごかし始めてますよ」
岡「いいところを見つけて気づいてもらって。すごいなあ〜、デザインマネジメント(笑)」

♪♪♪♪♪♪

田「デザインって、最終的には人に伝わらないといけないんで、伝わったときにハッと気づかされたりとか、その気付かされたことが次なる行動に移せるとか、そういうチカラをもたせないといけないと思っているんですね。形とか色とかは最終表現ではあるかもしれないけれど、でももうすこし前段階から考えると、もっといろんな人たちを惹きつけることができるし最終的には幸せにもなるし。そういう世界というのがぼくがつくりたいと同時にデザインの目指す目的でもあるんですよね」
岡「そういうデザインの捉え方って、もっと深いものその先にあるもの、その視点というのはどうやって育んできたんですか?」
田「これはですね、おもしろいことにいろんなことに興味をもっていると、なんか瞬時に捉えられるんですよ」
岡「いろんなことに興味をもつこと」
田「アンテナっていう言いかたが一番いいかもしれないですけど。いろんなことを経験すると、感度が高まるじゃないですか。チャンネルが増えることによって自分なりの編集力が増えるんですよ。ここは誰もが見てない目線だな、とか。見てないってことは世の中に出して訴えかけたらみんなが振り向いてくれるかもしれない、とかそういうことになっていくんですよね」
岡「いろんなことやるのってどうなの?ってことはなく」
田「大学でも教えているんですけど、学生に堂々と授業は真面目にやってもらいたいけど僕が唯一言えることは、一年通して遊べ!って言ってるんですよ」
岡「深い、遊べって楽しいだけじゃない遊び」
田「いや、楽しくていいんですよ」
岡「いい」
田「人って強制されるといやじゃないですか。遊べっていったら楽しいほうにずっといくじゃないですか。なぜ楽しいんだろう?と思うとそこに物凄い深いものがあるはずなんですよ。それが経験値として繋がっていくので。身体をつかって何をやってもいいから遊びなさい、ということを言っています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかデザインのあり方とか、いろいろ経験しろって、楽しいと思うことをやれって、すごくおもしろいというか、やっぱり人間力なんだと思うんですよね。
いろいろな話をしていて、なんかいろんな知識とかやっぱり人間力に勝てないんですよ、っていう人が僕が凄いなと思う人が言うことが多くて。
人間力を育てるというのは、何かを勉強してきたとかやってきたとか何かをやりつくしてきた、なんだろうな、経験だったり楽しんできた打ち込むことをやってきたっていうものだったりするから、そういう楽しむってことを捜すっていうのもね、自分自身を育てる強いものなんだろうな、というのを感じました。

*******

以上です。

来週のゲストは、映画監督の山崎貴さんです♪

==*==*==*==*==*==*==*==

デザインの話はやっぱり岡田くん、楽しそうですね。
鳴海製陶って、ボーンチャイナで有名なNARUMIなんですね。そこと組んで作ったということなんですね。
かなりスタイリッシュな食器の数々。組み合わせて使えるように作られてるみたいですね。

そして、来週は山崎監督。
岡田くんとは2作品作った関係ですね。
どんな話が飛び出すのか、楽しみです。
もう映画を見たからネタバレの心配もないし(^-^)
映画はなかなか大変な出だしだったみたいですが、ずっとじわじわと息の長い観客動員を目指してもらいたいなあと思います。
posted by さすらい母 at 22:30| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

祝!『海賊とよばれた男』公開!!

りりーさんが『海賊〜』ウィークに入られたので、『Growing Reed』のレポートはしばしお待ちを(^-^)
そう!
ついに公開されました、『海賊とよばれた男』。
初日舞台挨拶には縁がなく終わってしまったので、地元の映画館に行ってきました。
初回…というわけにはいかず、その映画館での3回目の上映でした。といってもそのシネコンでは2つの部屋(?)を『海賊〜』に使っていました。そのせいか、ばらけてしまってるんだと思いますが、ちょっと入りが…。でも、地元にしては入っているほうなんですよね。ほんとに…。
ああいう人がいたんだなあと。
本も旦那が読んでいて、おもしろいって言っていたのであとで借りてみようと思います。

前回のブログ更新から今日まで、たくさんの番組に出てましたね。
言い忘れていたけれど『しゃべくりセブン』で監督が「キャバクラでのホステスさんの反応でヒットするかどうかわかる」とおっしゃっていましたが、今回はどうだったんですかね〜。接待で連れて行ってもらえたでしょうかね。リサーチできたかな?
『嵐にしやがれ』では楽しくおいしいものを食べていた岡田くんでしたが、『夜会』では櫻井くんと二人で吞みながら語っていましたね。
なんだかちょっと切ない気持ちになってしまいました。
お互い「ぶっさん」「バンビ」と呼ばなくなった理由もお互いの立場を思ってのことだったり、それと、岡田くんのこれまでの思いとか…。
いや、だいたいほかのインタビューでも言っていたことなので初めて聞く話ではないのだけれど、岡田くんの口から語られるとやはり重みがあるというか、本当によくぞここまでって思います。
その中で出てきた「ある先輩が『俺は司会に命を懸けてるんだ。お前はなにに命を懸けてる?』って言ってましたが、やはりあれは中居くんだったみたいですね。
『行列のできる法律相談所』はちょっと物足りなかったです(^^;
でも、共演の先輩俳優さんから「60代に見える」とか「違和感ない」とか言われた話はうれしかったです。
努力が報われましたね。
ほんと、貫禄あったから!!

…あとなんかあったかな〜。


話は飛びますが『ラストコップ』が最終回でした。なんと、ところどころ生放送でのドラマでした。
唐沢さんが途中、どうもセリフを忘れたみたいでアドリブで切り抜けたらしきとき、窪田くんが笑っちゃって大変でした。
ほかにも佐々木希ちゃんが唐沢さんの娘役なんですが、呼びかけるときに「唐沢さん!!」ってやっちゃって、おかしかったです。
なんだかもうぐだぐだなところがあのドラマらしい感じもあって、おもしろかったです。

そういえば、『海賊〜』を見たときに出てきた予告で『慕情追憶』と『ラストコップ』がありました!!
慕情追憶』は小栗くんと共演ですね。楽しみです。
『ラストコップ』はやはり人気があるんだなぁと思いましたし、どちらも楽しみな映画です。
…で、その次が『関ケ原』ですかね〜。
これも楽しみです。
※『追憶』を『慕情』と間違えておりました。失礼しました。
 大昔の映画じゃんか〜(^^;
 すなふきんさん、ご指摘ありがとうございました!!



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

『Growing Reed』何故、Webメディア『くらしのきほん』を立ち上げたのですか?

『海賊と呼ばれた男』のPR活動がピークを迎えてますね。
雑誌なんてテレビ雑誌、映画雑誌中心に、婦人誌にまで登場して、これ、全部買ってたら大変なことになってしまうという事態。
ではどれを買うべきか…と見極めるのもむつかしい。
あ〜、誰か助けて〜(^^;
テレビもちょこちょこ出てますね。
特に金曜日は最大の山場を迎えます。
あまりの多さに録画担当の息子が「無理だ」と一言。
いや〜、そんなこと言わないで〜!!


いろんなドラマが最終回を迎えつつありますね。
私が大好きなのが『LAST COP』なんですが、最終回が生放送なんですって。
一体どういうことなんだろう??
楽しみ♪
TOKIOの松岡くんが主演の『家政婦のミタゾノ』もなんか妙な面白さがあってみております。
しかし、松岡くんも思い切った役を引き受けましたよね〜。
ずっと女装ですもんね。
「痛み入ります」っておしとやかにやっております。
岡田くんは「自分にはもうコメディは来ないんだと思う」って言ってますが、ひらパーのCMで見せてくれるコミカルなキャラクターは楽しいし、もちろん好評なので、誰かコメディをオファーしてほしいですよね。それが軽めのアクションがらみなら言うことなし!!
そう、『LAST COP』みたいな。
唐沢さんはデビュー当時スタントマンみたいなことをやっていて、今でも動けるし、相棒を務める窪田くんも動けていて、こういうのをやってほしいと思ってしまう…って、何回も書いているような気が…。
そういえば、『IQ246』のディーンフジオカさんもちょっといい感じでさらっとアクションしてますね。


あっ!!思い出しました。
何の雑誌だったか、岡田くんのこれまでの作品を並べてあったのですが『SP』が入ってなかったんですよ。
なんで?!
あれをはずすなんて。



では、りりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:松浦弥太郎さん・文筆家
テーマ:何故、Webメディア『くらしのきほん』を立ち上げたのですか?

<オープニング>
雑誌「暮しの手帖」の編集長を経て、現在はWebメディアのクックパッドに所属。
また本屋さんのオーナーとしての顔も持ち、幅広くご活躍されています。
松浦さんが日々発信しているのが、暮らしの基本。
基本はいつも自分を助けてくれる、と語る松浦さん。
基本の中に何を見出し、何を求めているのでしょうか。
今夜は暮らしとの向き合いかたについてじっくりとお話しをお伺いしたいと思います。

<音楽あけて>
岡「あの文筆業に書店のオーナー、Webメディアの運営など、松浦さん、忙しい毎日を送っていると思いますけれども、松浦さんの一日というのはどう始まってどう終わるんですか?」
松「アハハハ、一日ですか? 僕は一年365日毎朝5時に起きるんですよ」
岡「いや、早い!決まって!?ちなみにですけど、それ何年前からですか?」
松「10年くらい。感覚的には」
岡「5時に起きて」
松「目覚ましなしに自然に起きるんですよ。ぼくの中で一日のテーマというか、比較的大事にしているのって朝の7時なんですね」
岡「それは何故ですか?」
松「朝の7時に自分が何をしているのかというのは、自分自身のライフスタイルというか暮らしとかをある種あらわしている気がするの。これはあくまでも僕自身の勝手な思いですけれど、毎日朝の7時になにをしているのか、できれば自分がそこでいいな、とか素敵だな、ということをしておきたい」
岡「へえ〜〜〜」
松「そのために朝5時に自然に起きて、朝7時に何をしようかな、と思ってる(笑)」
岡「アハハハ、でもワクワクしますよね。朝起きて7時に何しようかな〜と考えてから仕事行かれるわけですよね」
松「そう。で、朝7時に自分が、あ、良かったな、という時間を過ごせると、もうその日一日がOKなんですよ」
岡「朝に幸せを起こしてしまうと」
松「そう、そうなんです。たとえば本を読むとか、美味しいコーヒーをいれるでも散歩をするでもギターを弾くでもいいんですけど、その7時のときに自分が幸せを感じられるようなひと時を過ごすというのが、僕のなかでのなんか基準というか」
岡「いいなあ〜(笑)ぼくも朝に勉強したいタイプなんですよ」
松「朝型ですか?」
岡「朝方じゃなかったので。でも朝に台本読んだりとか、仕事のことですけど、読みこんだりすると頭に入るんですよね。」
松「ほお〜そうですよね」
岡「朝のほうがはいるっていうのがあって。」
松「夜寝ている間に前の日に自分のなかにはいっているものが綺麗になくなるらしいですよ」
岡「あ、リセットされる」
松「だから朝は余白がいっぱいあるので、非常に自分の中に気持ちよくしみこんでいく」
岡「でもなかなかできないんですよね〜、朝。そのためには夜早く寝なきゃいけない」
松「そうですよ。だからぼくは毎日夜10時に寝るの」
岡「あ、10時」
松「話すとみんな絶句するんですよ」
岡「家族いるとできるのかなあ〜」
松「娘は一人暮らししているので、妻と二人暮らしなんですけど。7時くらいに帰ってきて、ぼんやりして軽く運動して10時には寝る、という」
岡「いいなあ〜。俺もそれしたいんですよね。規則的に生活したい人なんです、ほんとは。でも仕事の関係上なかなか。撮影が入ってくると4時とかに起きたり終わるのも何時かわからないし、ご飯も同じ時間には食べられない、とかなってくるので」
松「ま、理想ですよね。同じ時間に寝て起きて食べてというのは理想ですけど。人と会ったり会食とかもありますので、その時だけは遅くなります。いつもの自分のペースを守るというのが自分のライフスタイルのあらわれ」
岡「執筆やメディアの仕事もされていますけど、それは不規則になったりしないんですか?」
松「ならないですね。それも時間を決めておいて。もっと書けるぞ、と思っても2時間でできるだけやめるようにしています」
岡「う〜〜ん。いいですね〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「松浦さんが発信しているテーマというのが暮らし。みんなが持っているものですけど。ぼくの今手元にも『しごとのきほん くらしのきほん100』これまたシンプルで。アハハハ」
松「手元にあるとちょっとパラパラと、日々の心がけを書いてあるんですけど。大事なことってこういうことだよな〜とかあるじゃないですか。そういうことをきちんと言語化していおきたいというのが、僕の仕事の中で大切にしていることで。誰もまだ言語化してない語ってないことをこの本ではいっぱい書いた、という感じですよね」
岡「これあの、58番の『誉める讃える認める』これはなんですか?」
松「人の素敵なことは誉めなければいけないし讃えたり認めてあげる」
岡「“これがチームワークの極意であり人間関係の基本です”」
松「やっぱり素敵なところとかいいところをどんどん見つけてあげるというのが、人間関係を良くしていく基本じゃないかな、とぼくは思ったりしているんですけど」
岡「37番『聞きよくわかりよく品よく』」
松「そうね。それは今僕もそれをこころがけてお話ししていますけど。自分都合じゃなくて相手の方の耳に心地よいか、とかそういう話し方とか説明のしかたとか大事な気がしますけどね」
岡「素敵ないい言葉ばっかりが並んでいるんです。これは何ですか?67『ひとつだけにする』」
松「これはね、人間というのは欲張りなんで。これもあれもそれもって。そうすると一つ一つの思い出が分散するんで。話す時も一つに絞ったほうがよりよく伝わる」
岡「素敵な言葉が100個も詰まっているし。暮らしのなかで生きる上で基本的だけど大事だけど忘れがちなことがいっぱい詰まっている本だと思いますけれども」
松「ありがとうございます」
岡「昔からですか?そのなんだろう、シンプルな暮らしになっていったのは。いつごろ書こうと思ったんですか?」
松「書こうと思ったのは30代の終わりの頃で。自分が今まで経験したことこだわってきたこと。一回自分の内面をもう一回見つめて自分が大切にしてきたことを棚卸というか整理したかったんですよ。一つの記録として紙にかきだしていったんですね。そうしたら当たり前というか、だれもが素敵と思っていることだらけだったんだけど、気持ちが穏やかになったし、これから40代を迎えるにあたって、こういう自分の大切を持って仕事と暮らしをしていけばいいなあ〜と思ったんですよね」
岡「こういう言葉たちって出てくるの難しくないですか?基本なことって、なんだろう、自分のなかで言葉にしていくのが難しい言葉たちじゃないですか」
松「そう、シンプルであればあるほど難しくて。これからの時代、はっきりと言語化していく作業、必要がある。それを言語化していくのが自分の仕事、使命、と思っている。だからすごい大変ですよ。でもずっと考え続ける。どうやったらシンプルなことをわかってもらえるか。でも考えるっていうことも大事ですよね。今の時期、どんどん考えない時代になってくる、インターネットで調べてしまう。そういう便利な時代だからこそ自分で考える。間違っているかもしれないけれども発信する。人と人とのコミュニケーション。そこにはこだわっていきたいと思います」
岡「『自分の顔つきを知る』というのもありますけど」
松「鏡でみて、今日自分がどういう顔をしているのを見た方がいい。女性は良くみるけれど男って」
岡「見ないですよねー」
松「見ないんですよ。自分の顔って」
岡「怖そう、とかボーとして退屈そうとか、人に思われる顔つきをしてないかとかね」
松「そう、客観的にいつも自分を見ておくというのは大事な気がしますけどね」
岡「『暮らしの手帖』の編集長もされていた」
松「およそ9年やりましたね〜」
岡「“とと姉ちゃん”ですよね、やってた」
松「で、ぼくは創業者の大橋鎮子さんと出会いまして、編集長をお願いされて9年間やりました」

♪♪♪♪♪♪

【『暮らしの手帖』のお話しをお伺いしました】」
岡「もともとは編集とかやってなかった。。。なにを見て頼まれたんでしょうね?人柄ですかね、人間力」
松「ある展覧会のトークショーの話を聞いてくれたというのはあるんですけれども、僕は編集長の経験もないし編集ということに携ったことはなかった。でも文章は多少書いてた。でも是非やってもらいたいということを言っていただいて。最初は固辞していたんですけど引き受けて。なぜ僕が必要なんですか?と聞いたら『勘』と言われましたよね(笑)
岡「(笑)」
松「それでぼくはその一言で」
岡「そのころ、だってとと姉ちゃん、ご高齢」
松「90になるころですかね」
岡「その大先輩に勘っていわれて」
松「直感で思いました、って言われました。保証はないけれど、その一言で命をかけて仕事をさせていただきました」
岡「そこからWebの世界に、クックパッドに移動されましたけど」
松「紙の雑誌をつくっていながら非常に脅威に思っていた。どんどん便利になっていくし。インターネットが悔しかったんですよね。今日つくったものが今日発信できる。次の自分のチャレンジとしては自分が叶わないとか悔しいとか思っている真ん中に飛び込むしかないなと思った。編集の世界のすべてを捨てて何もしらない形でクックパッドの中にないって自分のメディアをつくりたい、と思った。年齢の話をすると40代は暮らしの手帖で費やした。49歳のときに50歳からの10年間でどういう仕事をしながら何を学んでどういう暮らし方をしていくのかを考えたときに新しいことをやりたいと思った。自分が困ってチャレンジする10年間にしたいと思ったんです。で、暮らしの基本というスマートホンメディアをつくりました」
岡「50代からのチャレンジを始めたんですね?」
松「だってそうしないと、なんとなくつまらない大人になりそうじゃないですか(笑)」
岡「でもそれまでに築き上げてきたものでこういうかんじかな〜といけるっちゃいけるじゃないですか」
松「ぼくね、偉くなりたくないんですよ。50代って偉くなるとつまらないんじゃないかな〜と。気持ちいいかもしれないけれど。僕は汗かいて働きたかったし、わからないことで困ったり、この10年間を初々しくいたいなあ〜と思いましたね」

♪♪♪♪♪♪

岡「それはやっぱり基本を大事にしているというのがあるんですか?」
松「自分がなにに一番興味があるんだろう、と考えたときに、世の中アレンジとかが多くて、そもそもこれの基本ってなんだったんだろう、というのことが見落とされているなあ〜というのがあったんですよね。正しいシャツの畳み方を知っている人ってあんまりいないんですよ。僕は50代、そういうことを一つ一つ自分で勉強してたくさんの人と分かちあえていけたらいいなあ〜と。一番おもしろいですよ、基本って」
岡「基本は、ず〜っと何人ものひとが考えてきて変わらなかったものだから、スタンダード、でもいいんですかね。そこを知っているか知っていないかはね」
松「スタンダードですね。基本をね繰り返すっていうのは楽しいし。それは豊かな暮らしに繋がるんじゃないかな〜と思いますけどね」
岡「“基本はいつも自分を助けてくれる”っておっしゃってますけど」
松「人っていうのは迷ったり悩んだりしますけど、その時になにに立ち返るのかというと起点というか、それを知っているか知らないかは大きな違いなんですよね」
岡「今、SNSとかインターネットが当たり前の世の中になってきていますけど、変えちゃいけない基本っていうのは何ですか?ぼくらがいつも思っていなきゃいけないよ、という」
松「なにをするにしても、その先には生身の人がいるってことを忘れちゃいけないですよね。」
岡「ほぉ〜〜〜」
松「それも生身の人は決して強くない、ということを忘れちゃいけないですよね。仕事というのは人を助けることだとおもっているんですよ」
岡「基本っていうのは、人がたくさんいて、自分がどう生きていくのか、自分を豊かに、自分自身って何なんだろうとか、自分はどう写るんだろう、とか暮らしを考えるのが基本」
松「そうです」
岡「これ聞いてみたかったんですけど、丁寧な暮らしってなんですか?丁寧に暮らしたいなと思っているんです」
松「うん。一つ一つどんなことでも作業と思わないことですよね。だれかのことを考えたり慮ったり。どんなことでも自分にとっての学びだと思って取り組むことですよ。そうするとそれがイコール丁寧ということになると思いますけどね」
岡「それでは最後に松浦さんにとって、理想の暮らし」
松「理想のくらし?なかなか難しいですけどね。人生の目標だと思うんですけど、家族とか友人とか仲間を自分の仕事なり暮らしで幸せにすることだったりしますし。でもそうだ、どんなことにもね、ありがとうという感謝の気持ちを持つことじゃないですか。それが一番理想だし僕にとっての幸せかな〜。いろんなこと起きますけど、できるだけありがとうという気持ちを持てるような自分でいることが、僕の理想の暮らしかなあ〜」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜なんかね、素敵な言葉たちを今日は聞けたかな〜という感じもしますし。
『しごとのきほん くらしのきほん100』というこの本にもやっぱり凄いハッとするようなこととか、そうだよなーと思うこととか、たくさんの素敵な言葉が詰まっている本ですので、是非皆さんも手に取ってみて下さい。
松浦さん、なんかでも素敵な方でしたね。
50代、一からチャレンジするとか、すごいいろいろ自分の人生がいろんな人にどう影響与えるのかとか、凄く考えて理解されて生きているんだなあ〜というのをすごく感じましたし。
もっといろんな言葉を聞きたいな、と思いました。

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!

とても穏やかな対談でした。
なるほどって思ったり。
岡田くんもそうだったんでしょうね。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:31| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

長野くん、祝ご結婚!!&『Growing Reed』最後まで書きたい希望とはどんなものですか?

今日は大きなニュースが入りましたね!!
長野くんの結婚。
おめでとうございます!
大安とはいえ、“いい肉の日”に婚姻届け提出というところが長野くんらしい?!
お相手は以前から言われていた白石美帆さんでした。
美香さんから朝電車に乗っているときに届いたLINEで教えていただいてびっくりしたんですよね。
で、ネットニュースにも載っていて、“会報でファンに真っ先に知らせた”と書いてあったんです。
“会報”というのがなんかちょっと不思議な気がしていて、家に帰ったら息子が「ジャニーズからなんか届いてる」と言われて見てみると、白い封筒が。
会報は青い封筒なのでちょっとどきどきしながら開けてみると、結婚式の招待状みたいなメッセージカードに結婚の報告が印刷されていました。
封筒を見ると、期日指定で今日届くようになっていて。
まあなんにしても、この律儀な真面目なところが長野くん、V6、らしいなあと嬉しくなりました。
いろいろ思う方もいらっしゃるのは承知の上で…。
アイドルとはいえ年齢的には充分踏みとどまってくれての結婚だと思います。
白石嬢も笑顔の素敵なかたですし、きっといい家庭になることと思います。
といいつつも、あの食べ歩きにどこまでついていけるのか!?
おいしいところに連れ行ってもらえるのは請け合いなのでそこらへんは羨ましいけれど、1000件はきついよな〜(^^;
がんばってね!!
…坂本くんが寂しいかなあ??(^^;

という私は『ベストアーティスト』を見ながら♪
ドラマの主題歌コーナーではいきなりの登場で嬉しかった(^-^)
本当の持ち時間はまだかな?
あ、星野源さん、体調不良で急きょ出演辞退だったそうですね。
以前見に行った『ドリフェス』で拝見していることもあってちょっと親近感があるので心配。
お大事に!!

いろいろ書いているうちにV6の出番になりました。
やはりちゃんと報告してくれましたね。
みんなからの祝福に嬉しそうな長野くん。
それでも控えめな感じは長野くんらしい。
『Beautiful World』は今の長野くんの気持ちそのものだろうなぁと思いながら聴いてました(^-^)
メンバーもそんなイメージで長野くんに接してましたね。
最後はまたまたジャニーズの子たちが集まって胴上げ。落とされそうでちょっと怖かったけれど、めでたいめでたい♪



では、りりーさんからいただいていた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:谷川直子さん・小説家
テーマ:最後まで書きたい希望とはどんなものですか?

<オープニング>
雑誌編集者としてスタートしながら競馬やファッションに関するエッセーを執筆。
2012年には50代にして新人賞を受賞し、現在に至るまで様々な作品を発表しています。
谷川さんがキャリアを重ねながら挑戦し続けた小説家の夢。
その夢が叶った今、作品を通して伝えたいこととはどんなことなのでしょうか。
今夜は注目の小説家の生き方と注目の新刊について伺います。

<音楽あけて>
岡「谷川さん、はじめまして」
谷「はじめまして」
岡「谷川さん、今、長崎の五島列島在住なんですよね」
谷「はい、離島です」
岡「住んでどれくらいですか?」
谷「もう11年になります」
岡「へえ〜〜、書きやすいんですか?」
谷「静かは静かですね(笑)。夜になると島民全員静かになります」
岡「いいところですよね〜。パンフレットいろいろ持ってきてくれて、、、(笑)優しい!谷川さん」
谷「海がすごい綺麗で。もうプライベートビーチみたいなところがたくさんあって」
岡「時間の流れ方がやっぱりちょっと違うんでしょうかね」
谷「違いますね〜。農民と漁民が多いので自然に身を預けるというか」
岡「その前はでも東京で、、、編集者とかやってたんですよね?」
谷「信じられない(笑)」
岡「でもきょうもおしゃれですけど。島で浮いてないですか(笑)?」
谷「島で着る服はわざわざ買いました。むこうに住み始めてから、ジャージを買いました」
岡「もともとファッション評論とか、競馬ライターも」
谷「はい。競馬は海外の競馬をずっとやっていて」
岡「五島列島に競馬はないでしょう?」
谷「ないですね〜、ただ中央競馬で走っていた馬が一頭きたんですよ、ずんだもちくんっていうんですけど」
岡「ずんだもちくん。。。。いい名前ですね〜(笑)。静かななかで書くのがいいっていうので行かれたんですか?」
谷「そうですね〜。行ったのは再婚した相手が五島市役所に務めていた人だったので仕方なく行ったんですけど。東京を離れたら仕事ができなくなるのではないかと心配だったんですけど、かえって東京とかのことを冷静にみられるようになって、それは良かったですね」
岡「もともとファッションとかライターをバリバリやっていて、『おしかくさま』でドタバタの、あれ文藝賞、第49回、それも50代で新人賞とられて。世界が変わると思うんですけど、なぜ小説家のほうに? 書きたかったんですか?」
谷「もともと競馬のライターをしていたこともあって、書くことは全然苦痛ではなかったんですよ。それを仕事にしたいと思っていたんですけど。競馬って小説よりすごい物語がどんどん生まれてくるんですよ。でなんか、こういう世界を自分でつくりだせたらいいなあ−と思って。あと前の旦那さんが小説家だったこともあって」
岡「名前いっていいんですか?」
谷「いいです、いいです」
岡「高橋源一郎さん」
谷「それをずっと横でみてて、なりたいなあ〜と思っていて」
岡「そのためには賞をとらないと食っていけないよ、と。シビアですよね。書けばいいというものではなくて」
谷「そうです。7年かかりました」
岡「え!?7年。書いて?」
谷「7年。応募し始めて7年。『おしかくさま』に行きつくまで7年間、10いくつ書いたんです」
岡「谷川さんの小説に出てくる登場人物って、バツイチだったりお金がなかったり鬱病だったりとかありますけど、これ、どういう?」
谷「自分が離婚したあとすごい落ち込んで、鬱病で苦しんで。すごい明るい性格だったのに。治るのに長いことかかっちゃって」
岡「小説『アイ・ラブ・エース!』のときに、夫に離婚を言い渡されたタカハシさんの奥さん」
谷「まんまですよね(笑)アハハハ」
岡「源一郎さん。。。。アハハハ」
谷「よっぽど大きな出来事だったので、15年くらい結婚していたので、長かったので」
岡「大変な経験ですものね〜。ご自身の経験が全部つまっている。でもなんか『おしかくさま』とかね、ユーモアのある」
谷「だからね、根はふざけてるんですよ(笑)」
岡「(笑)ドタバタの感じのイメージ」
谷「大好き。吉本新喜劇とか大好きです(笑)」
岡「へえ〜〜、そうなんですね。今も明るい感じのイメージですけど。でもなんか幸せって言えない状況でも笑いとかユーモアとか」
谷「なんかね、人が一番苦しんでいるときって、外からみたら笑える状況」
岡「え〜〜、そう思ったんですか?笑えないでしょう」

♪♪♪♪♪♪

谷「眠れないとか、食べられないとか、何もできないとか、本人本当に大変なんだけど、外からみたら怠けているようにしか見えないじゃないですか」
岡「あ〜、本人の辛さはわかりづらい」
谷「だからそこを一歩ひいてみると、冷静にひいてみると、現実社会のなかではなかなか受け入れられない行動を自分がしている」
岡「それは作家としてのアレですか、俯瞰してみる」
谷「そうなんですね。島に移住したときに村社会になかなかなじめなくて。でもちょっと一歩下がってみるとおもしろい」
岡「それ、気付ける視点っていうのは作家さんの特性なんですかね?」
谷「あ〜そうですね〜」
岡「そういうおもしろさを感じれないと、メッチャクチャ暗いはなしになっちゃう」
谷「そうですよね、はいってしまったら、ただの手記ですよね。よくブログとかであるじゃないですか」
岡「しんどいしんどい、っていっていても伝わらない」
谷「どうしんどいのか、なぜしんどいのか、どうしたら克服できるのか、を示してあげないとお話しにはならない」
岡「いい、いい言葉ですね」
谷「あ、そうですか、アハハ。たまには」
岡「作家さんの、へえ〜〜、今聞いている人たちにも目指している人が、J-waveリスナーとか、そういうの目指しているひと多い」
谷「なんか私が賞をとれなかった原因は一つには自分の言葉がつかめなかったことと、一歩ひいてみるというのがなかなか出来なかった」
岡「でも一歩ひいてみるって難しいですよね」
谷「難しいですね。普通渦中にあって苦しんでいるものだから、人間って。」
岡「ちょっとあったことをイヒッヒヒッって思える感じじゃないと」
谷「でもそういう苦境でなくて頑張っているときでも、自分一歩ひいてみて、あ、私頑張ってる、っていう感じ」
岡「希望をみせてくれる感じの作品が多いと思いますけど、それは意識しているんですか?」
谷「意識しています。ぐったりになって、あ〜というのは好きじゃないし」
岡「作家さんってわかれるじゃないですか。コアをめざす、なんか」
谷「うちのめすぞ!みたいな」
岡「なんかどすぐろくなってしまえ!みんな!みたいな。読んだあとに“うわ〜!”みたいな終わり方をさせたい人と、ちょっと、」
谷「競馬の世界にいたときに真っ黒なひとを見過ぎたのかもしれない(笑)」
岡「(笑)どういうことですか?」
谷「欲にまみれた人とか」
岡「あ、人間の本質みたいな、いろんなものを」
谷「それって悲しいから。書かなくてもいいかな〜と。自分が鬱だったときも最後に希望を与えてくれる本が残ったので」
岡「へえ〜〜」
谷「だから太宰治とか読んでも全然だめでしたものね」
岡「救われなったですか?」
谷「救われない。私のほうが苦しんでる、みたいな(笑)」
岡「(笑)そうですよね。太宰治とかは元気なときに読まないと」
谷「そうです、そうです」
岡「でもしんどい時はしんどいもの読みたくなることないですか?」
谷「あ〜、肯定してほしいみたいなね」
岡「どうなんですかね、浸りたいんですかね?」
谷「でも本当に苦しいときには浸る元気もないので」
岡「そうか、、、本当に苦しみをみて、50代で」
谷「遅咲きですよね?」
岡「いや〜でもかっこいいですよ」
谷「でもちょっと焦る部分もあって。あと何作書けるだろうとカウントしちゃう。だから日々精一杯生きなきゃって(笑)」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

【作品の核となる希望について伺いました】
岡「その日々精一杯生きる中、新刊が。『世界一ありふれた答え』。これはもう発売されましたけど、どういう?」
谷「これは鬱と真正面から取り組んだ小説で。離婚鬱で全く希望のない人が、ある男の人と出会うんですけど、その男のひとがジストニアという難病を患っているピアニスト」
岡「動かなくなるんですか?」
谷「そうです。指が動かなくなる」
岡「へえ〜〜」
谷「で、お互いに鬱を患っていて。で絶望をなめあって仲良くなっていくんですけど。あの、その段階で彼女はずっとカウンセリングを受けているんです。それで自分のどの見方がよくないのかに気付いていくという」
岡「視点がですか?考え方とか」
谷「愛情依存、報酬欲求、承認欲求にどっぷりと浸っていたのを気づいていく。鬱から脱却できる、ゆっくりとした時間のなかでピアニストにある曲を教えてもらうんですね。その練習をしていって、ピアノがひけないそのピアニストに希望を与える。わかります?」
岡「いや、わかる、わかる。読み終わった人が自分の世界が広くなる気持ちになるとか、ピアノの音色が聞こえるって」
谷「あ〜、そうですね。ビジュアルイメージは岡田准一さんで」
岡「どのひとですか?」
谷「その出てくるピアニストなんですけど。ジストニアの30歳でイケメンで新進気鋭っていう」
岡「(笑)すみません、目の前にいる僕が髭面で申し訳ない、アハハハ」
谷「いえいえ、そんなことないですぅ〜」
岡「ちょっと違いますよね」
谷「髭はちょっと違うかもしれないけど」
岡「多分ね。あ、若いんですね?」
谷「30のピアニストで主人公40の女の人なんです」
岡「あ、年下の」
谷「お互い鬱なので恋愛関係にはならないんだけど、こう師弟愛、じゃないな、兄弟愛みたいな」
岡「希望があるんですね」
谷「そうなんです。ピアノを練習することでしめすんです」
岡「ある曲っていいましたけど、それなんですか?」
谷「ドビッシーのアラベスク一番。ご存じないですか?」
岡「知ってますね」
谷「知ってますね♪」
岡「きいてもらいましょうか」

♪♪♪♪♪♪

岡「ていうことで」
谷「弾けます?」
岡「弾けない(笑)」
谷「私、練習したんですよ」
岡「ホントですか!」
谷「バリバリ。姉がピアニストなんで」
岡「僕も姉がピアニストなんですけど」
谷「聞きました。お母様もピアノの先生で」
岡「そうなんです。お姉ちゃん、今もピアノの先生になってますけどね。へえ〜〜一緒ですね。じゃあピアノの世界観というのも細かく知られていて」
谷「そうですね。私は凄くダメなピアノの生徒だったんですけど。弾けなくなったピアニストの話もきいて。凄い真面目な人がなると」
岡「まじめだから陥っちゃうんですよね。そういう病気とか精神的なものは」
谷「ピアノの上では動かないのに、ピアノから離れると手が動くという」
岡「大事にしたいものだけ精神的にできなくなるという。今回なんでピアノを?」
谷「脳に自分が支配されているということで。いつか音楽をモチーフにしたものがやりたいなと思っていたので」
岡「へえ〜〜、チャレンジじゃないですか。小説は音に行くと、音を響かせるってなんか文章にしていくって難しいじゃないですか。聞けば感じれるけど描写として書いていくのって。それが今の私なら書ける!と(笑)かっこいいですね」
谷「(笑)書いてみようかな〜と」
岡「書ききったわけですね」
谷「書ききりました。っていうか、アラベスクという曲はいい曲で今CMでも使われているんですけど」
岡「アラベスクにしたのは何故ですか?」
谷「初心者でも練習すれば弾ける曲というので設定したので。練習する女の人がソナチネまでやったことあるっていう設定で」
岡「ソナチネ、ソナタ、なつかしいですね」
谷「一生懸命練習しないとできないくらいの難しさがないとダメ。そうしたらドビッシーのアラベスクならいいかも、と姉が言ってくれて。最終的に右手と左手を二人で分けて弾くというところがあるんですけど、これを二人で弾いたら面白いな、と思って」
岡「へえ〜、じゃあその二人で弾くんですね。アハハハ、僕のイメージ、ビジュアルイメージを僕にした人と、」
谷「やせこけた40のおばさんが、一緒になって」
岡「美しいシーンになりそうですね」
谷「そうですね。そこが響いていただければ」
岡「響くんじゃないでしょうか」
谷「ぜひ」
岡「読まなきゃですね、この本は」
谷「是非、よろしくお願いします」

♪♪♪♪♪♪

岡「ルールとかあるんですか?」
谷「有名な人をなぞった小説もあると思うんですよ。でもそういうのではなくて何もできない普通の人間を主人公にしていきたい。なんか自分が普通のひとだと思っちゃったんですよね」
岡「深いなあ〜。特別じゃないと」
谷「うん。もし特別だったら、今こんな自分でいるはずがないって(笑)」
岡「アハハハ、わかる、でも」
谷「えっ!? わからないでしょ?」
岡「わかる、わかりますよ(笑)」
谷「え!?もっとですか?もっと望んでいるの?」
岡「僕もそうなんですよ。俺普通のひとだな、と思ったんですよ。それで努力をする。。。」
谷「あ〜〜、意外」
岡「あ、ぼくは天才とかそういうんじゃないんだ、って」
谷「そういう瞬間ってありますよね?」
岡「うん。仕事始めて、天才と思う人に会って。あ、俺って全然普通なんだな、って。でも普通さを大事にしながら。だから勉強しないといけないって」
谷「同じですよ。同じっていったらおこがましいけど。私は普通の人間で普通の人の気持ちはよくわかるし。普通の人に読んでもらいたいし」
岡「今、書けてますか?」
谷「はい。今島を舞台にした、農民とパチンコ中毒の人たちの、最低の奴らのはなしを」
岡「それ、おもしろそうだな」
谷「今回は岡田さん、出てきません(笑)」
岡「ほんとですか、それモデルがいるんですか?」
谷「一応頭のなかに、書くときに似顔絵まで書いて。何歳、何月生まれ。血液型とか書いて」
岡「目の前にはって」
谷「そうそう」
岡「次発売ですよね?」
谷「まだ書き終わってないので」
岡「『世界一ありふれた答え』ですよね」
谷「はい。世界一ありふれた答えが最後に出てきますけど、読んでいただければ希望がもてる答えになっているので是非読んでもらいたいと思います」
岡「では最後になりますが、谷川さん、今後書き続けていきたいこととは?」
谷「やっぱり最後に残る希望を書き続けていきたい。希望がないことはないのにみんなが言いすぎる。あるよ、ということを示す小説を書いていきたい」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんか凄く自分のこと、真面目な方なんでしょうね、自分のこと考えたり見てきたり。
小説家として、仕事も一生懸命がんばってきて。
どんどん成長していきながら新たなことに、50代を超えてチャレンジしている、という感じも凄くするし。
是非皆さんも『世界一ありふれた答え』10月27日から出版されていますので。
僕がなんかイメージで、ビジュアルイメージらしいんで、ちょっとね、僕の事イメージしてね(笑)、読んでいただくのもアリなんじゃないかと思いますんで、是非皆さん、読んでみて下さい。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!

なんかとても楽しそうで羨ましく思いました(^^;
ま、それはともかく、50代とは思えない明るい感じで若く思えました。
高橋源一郎さんの奥さんだったんですね。
といっても、実は谷川さんのことは存じ上げないのですが…(^^;
どんな作風なんだろう。
ドタバタ好きということなのでコミカルな作品なんでしょうかね?
こんど立ち読みしてみよう(それで相性を見るんです)。



では、レスり〜です!


レスり〜
posted by さすらい母 at 22:41| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

『しゃべくりセブン』

『しゃべくりセブン』、監督と仲良く出てましたね。
ああいうのに監督が出演なさるのってちょっと珍しくないですか?
駐車場で撮影をしていたと、ちょっとはにかみながら、そしていたずらっ子みたいな表情で強調していた岡田くんの様子がとてもかわいかったな〜。
みなさんびっくりしていましたが、よくそういうところで気持ちを持っていけるなぁと思います。
敵に囲まれて敵艦に突っ込んでいく、あのシーンも駐車場でなんて(^^;
さすがですよね。
今回も船はそうだったと。
監督が岡田くんの印象として「ストイックというか真面目ですね」とおっしゃっていて、そこまではよかったけれど「そこまでやらなくてもというくらい」なんて言い始めて「ひどい…。監督のためにやってるのに。映画は監督のものだから」ってちょっといじけてしまった岡田くんも可愛かったですね〜。
やりすぎるくらいにやってしまうところが監督が岡田くんを信頼できるところでもあると。
“映画は監督のもの”というのは監督にしたら嬉しいだろうな。
『海賊とよばれた男』では皆さんもご存じのとおり体重を増やしましたけど、バームクーヘンで体重を増やしたと言っていたのにはびっくり!
コンビニに売っているようなのを1日5,6回食べていたとのことです。
バームクーヘンって太るのか…とふと思ってしまいました。…いや、そりゃ太りますよね。
で、太らない食べ方もありますというので期待して聞いていたら「寝る前に食べなければいい」って…それだけかい!!?
でも…ちょっと心配になってしまったのは、そうやって甘いもので“太って”役作りをするのって体に良くないんじゃないかなぁと…。
栄養士とかトレーナーとかの指導のもとで体重を増やすのならよいような気がするのですが…。
なんだかんだいって岡田くんも36歳。役作りはもちろん大事なことだけど、だからこそ気を付けてほしいなぁって思ったものでした。
長野くんに指導してもらいなよ〜!!

それから、ひらパーでのイベントにも参加した模様。
まああのCMでは東京では見られない姿を見せていて、ほんと、羨ましい限りなんですよね。
おちゃめな岡田くん満載。
映画のパロディポスターも実際に枚方パークに掲示してあるんですが、よく映画会社が了承してるなと驚くものばかりです。というのも、岡田くんの映画はシリアスなものばかりで、笑える方向にもっていってるわけで、それがすごいなと。それはひらパースタッフの交渉力なのかな。岡田くんを園長に招聘した交渉力もありますし。
すごいことですね〜。
まだまだ楽しませてほしいですね。

あっ!!
それから、『紅白歌合戦』に出場決定ですね。
司会が相葉くんに決まったのでちょっと心配していたのですが、年末の楽しみができました(^-^)



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:47| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

地震

今朝は関東以北は大きな地震で目が覚めた方が多かったのではないでしょうか。
私も起きたところに地震が起きました。
大きな揺れの前にちょっとした地震があって、またか(前の日も朝に揺れたので)と思っていたら、息子のスマホからひゅんひゅんいう音がして、息子がスマホを見ながら「やばいやばい」と言い始めたんです。そしたらしばらくして大きな揺れが…。それもかなり長くゆらゆら揺れました。
※ウェザーニュース提供の“地震津波の会”というサービス
https://qt.weathernews.jp/
東北の最大震度5弱。
みなさんご無事でしたでしょうか?
津波も来ましたし、本当にちょっと嫌な記憶が呼び起されますね。
そういえば、ニュージーランドで大きな地震があったあと、日本でも大きな地震が起きているという話もありますね。今回も少し前にニュージーランドで大きな地震があった…。
本当にそういう流れがあるのかちゃんと検証したわけではないですけど、なんかつながってるんですかね?
あまりへんなデマに惑わされるのはよくないですが、ちょっと気になってしまいました。
とにかく、これからも地震は起きると思います。常に「ここで何かあったらどう行動するか」というのを頭の中でイメージするだけでも違うんではないかなぁと思います。それから、普段の荷物の中に、チョコレートや飴などのちょっとしたエネルギー源と小さくてもいいのでペットボトルなど水分をもっていると安心。懐中電灯、スマホの充電器、ホイッスルなども必需品かもしれません。それだけでも持っていれば、いざというときに少しは役に立つと思われます。
あと、私がなんとなく気になってるのがこれ!
“A4シェルター・タフ”
http://a4t.jp/
大きさや形が文房具の書類ケースなんです。だから通勤・通学のカバンに入れやすい。軽いですし。
それでいてちゃんとヘルメットの役割を果たしてくれるというのがすごいと思って。
ただですね…かぶった時の見た目がなんとも(^^;
ま〜しかし、命にかえられませんからね。…って、開発の方には申し訳ないか<(_ _)>
ほかにも折りたたみのヘルメットもありますが、やはり大きいし重い。価格もこれの倍くらいするので、これはあらゆる点で優れていると思うんですよね〜。
買っちゃおうかな。



では、レスり〜です!



レスり〜
ラベル:減災 震災
posted by さすらい母 at 23:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

『Growing Reed』何故メガバンクを辞めてファッションベンチャーを起業したのですか?

みなさん、岡田くんのお誕生日のお祝いはなさいましたか?
ちゃんとケーキでお祝いした方もいらっしゃるでしょうし、心の中でお祝いした方もいらっしゃるでしょうね。
形はそれぞれ違っても、気持ちは伝わっているに違いありません。
あ〜、それにしてももうすぐ12月。師走ですよ。
ほんとに一年って早い!!
恐ろしいです。



では、りりーさんからいただいていた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:小関翼(こせきつばさ)さん・スタイラー株式会社代表取締役
テーマ:何故メガバンクを辞めてファッションベンチャーを起業したのですか?

<オープニング>
スマートホンアプリを使った、とある画期的な買い物のシステムを開発し、ファッション業界から注目を集めています。
ネットショッピングが僕たちの生活の中で当たり前になりつつある今、古関さんが手がけるお買い物のさらなる可能性とはどんなものなんでしょうか。
そして何やらかなりユニークな経歴の持ち主である古関さん。
今に至るまでのストーリーも伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「古関さん、はじめまして」
古「はじめまして」
岡「34歳、82年生まれの。年下が来てくれるなんて嬉しいですよ」
古「いや、もう僕もお会いできるとは思いませんでした」
岡「なんかでも、めちゃくちゃな経歴をお持ちのかたなんですよね。今はスタイラーという会社の代表取締役ですけど」
古「はい。代表をしていて。実はいままでは一つの業界にいなくて。いろいろな業界を渡り歩いていたんですね」
岡「(笑)なにものなんですか、なにものなんですか?」
古「あの〜、なにものというか、自分のなかではやりたいことは一貫してたかな、と考えていて」
岡「もともとが東大の大学院から」
古「そうですね、ここのときには法律とインターネットテクノロジーを横断的に研究するということをやっていて。もともとインターネットを使ったビジネスがかなり興味があったんですね。で、大学院に所属しているときから、評論家のかたと仲良くしていただいて、自分も知識人として生きていこうかな、とあまり就職する気もなかったんですよね(笑)。なんですけど家族と話した結果、見事に就職することになりまして(笑)」
岡「(笑)え、なに、親の反対にあった? もともとは評論したり、いろんな論文を書いたり、言葉を発する人になろうと」
古「そうですね、社会に対して自分の意見とかを表明してそれでインパクトを与えるようなことをやりたいな、と考えていたんですね。で、ただし就職活動をいきなりやるといっても、もうその期間にやっていなかったので、たまたまその秋の時期に珍しくやっていた日本のメガバンクに入社することになったんですね。メガバンクの業務にも興味がありましたし。はいったあとも中部地区の大手の自動車会社の担当させていただいて、おもしろい仕事だった。ちょうどリーマンショックが起こったときで。ただやっぱり起業を考えている人があまりいない会社で。安泰だし社会的ステータスもあるし」
岡「ある程度、お金をうごかすっていったら変ですけど、そういうのやってたらやりがいもあるし」
古「おっしゃる通りですね。やりがいのある仕事は携らせていただけたかなと思うんですけど。独立のノウハウがたまる会社ではなかったですし、チームで起業するという組織ではないので、ネット系の事業に転職しようかなと考えてはいったのがamazonなんですよね」
岡「アマゾン、そんなに簡単に入れるんですか?俺多分聞いているなかでは一個とんだけど。国内のメガバンクからイギリスのメガバンクにまで行っているんですよね?」
古「あ、そうですね。イギリスのメガバンクに就職したのは、いろんな会社で自分のスキルを試せる環境があるのではないかな、と考えていたので。そのときにイギリスの銀行からお声がけいただいて」
岡「いや、あの簡単にいうと、めっちゃ仕事できるんですね」
古「いえいえ、いろんなところに興味があるというところなのかな、と考えますね」
岡「それでアマゾンに?」
古「そうですね。アマゾンでは学ばせていただいた、というか影響力が高かったです。入る前から買い物はほとんどアマゾンでやっていたんですよね。日用品からなんでもかんでも。いってみれば社員割引もあるので。いいサービスなんですけど、弱点もあって、ファッションを中心としたライフスタイルが苦手で。知らないものは買えないし、聞きたいニーズもありますし」
岡「着るものとかは、こう人の意見だったり見たりフィーリングだったりね」
古「実際聞いてみるとユーザーのかたは着て似合う似合わないで満足度が違うし。抽象的なニーズで店頭に行って店頭でコミュニケーションをとって買ったり、ディスプレイを見て購入するというのが普通のパターン。ただしそういうニーズ軸、物の調べかたはインターネット上では得意ではない。検索サイトとかで調べようとしても自分と同じようなニーズを表明することは難しいと思うんですよ。そこで目をつけてそういうファッションの問題解決をして、かつ買えるサービスをしようかなと」
岡「悩んでいる人にすべてが解決できるサイトを作ったと」
古「そうですね」

♪♪♪♪♪♪

古「僕が作ったスタイラーというサービスなんですけど、たとえばちょっと気のきいたバックパックがほしいです、とか」
岡「『気の利いたリュックを捜しています。スタイリッシュなやつ』」
古「はい。これって実際検索しにくいと思うんですね」
岡「あ、そういうことか。黒くて軽くて使いやすくて体にフィットするものが欲しいんです、とか書くと、提携しているショップから直接こういうのがありますよ、とプレゼンをうけれる」
古「おっしゃる通りです。ショップからすると、特にメンズに関しては、平日の日中とか天候が悪くなると客足が悪い。その時にお客さんを呼び込むツールとして使っていただくと」
岡「へえ〜〜、いや、便利だな」
古「結構こういうアイテムってインターネット上で調べにくいということもありますし、人が聞いていると買いたくなるということがある。人がバックパック捜していると自分も欲しいなと思うと思うんですよ。で、うちのサービスも見て楽しんでいる人が多い。たとえばグルメの口コミサービスも見ていく人は多いが、投稿するユーザーは少ないと思うんですよ。我々のサービスもその傾向があって、ほとんどの人は見て楽しんでいるんですよ」
岡「ショップの店員さんに聞くと時間がかかるけど、ここで聞くといろんなショップの店員さんがアドバイスしてくれる」
古「あ、そうです。こういうアイテムが流行っているんだとか。こういうユーザーの要望があるんだということもわかるんですね。なので両方にとってもいい。他のメディアにとっても価値が高い。さきほどのバックパップの記事は大手のファッションニュースサイトに掲載されておりまして『人とかぶらないバックパップ』として紹介させていただいています。スタイラーのことを知らないユーザーもこういう記事などで摂取して、そのアイテムをクリックするとリンクで飛んできたりする。そのうちそこからそのまま購入できるようにしようかな、と考えている」
岡「やり手!」
古「ありがとうございます(笑)」
岡「いつ思いついたんですか?それオーツ―オーっていうんですか?」
古「そうですね、オーツ―オーというのがOnline to Offlineで、オンラインで情報を得てオフラインでものを買うというサービスの総称ですね。思いついたのはアマゾンで。アマゾンで僕が一番勉強になったのは、アマゾンって徹底的にユーザー中心の会社なんですね。人間ってどういう存在なのかというのを徹底的に考えていて。どんな時代の人間もいかに安く便利にものを買いたいか、というのを数字におとしこんでいるのがアマゾンなんですよ。それは正しいなと僕は思っていて。ただしライフスタイル系のファッションはそういうものではないな、と考えたので。アマゾンでできることだったらあまり意味はないと考えて、こういうサービスをつくってます」

♪♪♪♪♪♪

【なぜ今ファッションを選んだのかお聞きしました】
岡「ユーザーの反応はどうですか?」
古「はい。今ユーザーの反応だと、月間で100万から200万の間くらい。多分記事を見たりとかで。反応はおもしろくて、結構お店に行っているんですよね」
岡「これでチェックして情報を手に入れて、自分の好きなものを見つけて行ったりする」
古「おっしゃる通りです。たとえば原宿と澁谷の中間にある神南エリアにある小規模なお店なんですけど、そこでヒアリングしてもらったら15%くらいがスタイラー経由でその72%が購入されるらしいんですよね」
岡「なにか質問とかで入ったりするんですか?若い世代が」
古「ユニークなものが投稿されていて、僕がおもしろいな、と思ったのが徳島県の14歳の女の子。『おしゃれを始めるにはまず何を買ったらいいですか?』」
岡「いい質問。可愛い質問ですね」
古「で実際、店頭で良くされていると思うんですね」
岡「お店では恥ずかしくて言えないとかね」
古「おっしゃるとおりですね。おしゃれな店であればあるほど気後れするじゃないですか。先ほどの質問も、おしゃれは足元から、とスニーカーを提案したりとか」
岡「アドバイスがあるんですね」
古「ユーザー以外の人もこういうのを見て、自分もこういうのを買ったらいいんだ、とかの情報を得られるんですよね」
岡「へえ〜、コミュニケーションが取れるのがいいですよね」
古「そうですね。ぼくらの考えていることも、コミュニケーションとECショッピングを融合させることを考えていて。いままでオフラインで取引されていたものがインターネットでどんどん繋がっていくようになった。なのでコミュニケーションをいかにユーザーにしていただいて且つ買い物を楽しんでいただくというサービスをどんどん追求したいな、と考えていますね」
岡「なんでファッションを選んだんですか?」
古「ぼくとすると将来的には他のライフスタイル系の分野。たとえば不動産を捜すとか転職の分野。人に聞きたいニーズが高いと思うんですよね。ファッションを選んだ理由はいくつかあって。一つは僕が好きだったから、というのはありますね。もう一つは他のライフスタイルと比べると取引の期間が短いんですよね。たとえば不動産とか転職とか数年に一度考えると思うんですよね。興味がないとフォローしないじゃないですか。ファッションだとそこを乗り越えやすいので先ずファッションでサービスを提供させていただいて。そこからいろんな情報提供を行おうかと考えていますね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今代表取締役としてやられていますけど、ぶっちゃけ聞きます。儲かりますか?」
古「今は実は自分自身の給与は多くは払っていないですね」
岡「何年目ですか?」
古「一年と半くらいですね」
岡「まだそんなもん・・・、それでこんなにデカく、なったんですか」
古「一歩一歩進めたからだと考えているんですけど」
岡「何人のユーザーを使っているんですか?」
古「メディアを含めると100万か200万で。実際我々のサービスでランディングしたのは月間10万人くらいですね」
岡「へえ〜〜、すごいね〜。今はなに、そんなに自分のは、、、」
古「自分の生活が足りるくらいにさせていただいていて。これから儲かればもうちょっと上げてもいいかなと思うんですけど(笑)」
岡「あ、そうか。自分で決めてる」
古「そうですね。株もほとんど自分が持っていますので。ただ何をモチベーションとして働くかを考えていて。多分ホントに大きな給与が欲しいのなら恐らく金融機関でずっと働いていたりとかのほうが合理的な選択肢。そういう意味では今のほうが幸福だと考えていますね」
岡「う〜〜ん。事業を進める上で大事にしていることは何ですか?」
古「僕とすると、ユーザーを中心に考えたいな、と考えているんですね。」
岡「アマゾンで学んだ」
古「そのとおりです。スマートホンは将来あるかどうかわからない、違う技術が社会に選択されて使われているかもしれない。ただし人はコミュニケーションはとりたい存在。なにかものを買う時に良いコミュニケーションをすると価値を帯びる。これは未来永劫かわらないのかな、と思う。いかにユーザーがコミュニケーションをしたくなるというか参考にしやすくする、というかそういうことを考えるサービスにしたいと考えています」
岡「将来的にはどうしたいと、どこに? ライフスタイル以外のことも狙っているでしょ?」
古「おっしゃる通りで、ぼくらとしてはアジアで展開したいんですよね。アジアはコミュニケーションのコマースというのが日本よりもどんどん進んでいて。中国には楽天のようなものがあるんですが、平均2回くらいコミュニ―ケーションを買う前と後にするんです。日本だとサイズがあるかないかを聞いていると思うんですが、値切ったりしている。なのでユーザーとしてもコミュニケーションしなければ買いたくないんです。ユーザーが凄い量投稿するんです。で、今はなしている内容というのは日本
の皆さんはあまり知らないと思うんですが、アジアでは急速に普及していてですね、それをカバーできるようなサービスをスタイラーでしたいな、と。特に日本のライフスタイル情報ってアジアでは価値が高いんですよね。そういうものを伝えるメディアがないのでそういうものをアジアで展開させて頂ければ、と考えています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜もう年下ですけど、頭の回転の早い現代の起業家、という感じが凄いしたし。
何か、ねえ、日本の働く起業家の方々、是非ね、世界に羽ばたいていって頑張ってもらいたいな、というのをすごく思うし。
頭いい人ですね。アハハハ、話していることも、なんか、頭いいんだろうな‾という感じもすごいしたし。
う〜〜ん、なんか今起業をめざしているJ-waveのリスナーの皆さんも何か勉強になったんじゃないかな、と凄く思うし。
嬉しいですよね、年下で。これだけなんか、起業家がでてきて。
オピニオンというか自分の意見を発信する人になりたかった、ということが基盤にあるようなしゃべり方をされるし。
今まだ30前半で、彼が50何歳になったときにね、どのくらいの会社に育て上げてて、凄く大きくなっていてすぐ売っちゃっていたりとかね(笑)なことないか(笑)
わかんないけど、なんか。どういうのになるんだろうな〜
でも何か日本の新しい、ね、起業おこしたいという人、応援したいですよね。
う〜〜ん、いっぱいこう、そうね、応援したいですよね。
日本の頑張る、これからの世代の会社を作ったりいろいろやっていったり、チャレンジしていくっていう人をね、応援したいなあ〜〜
そういう歳になったのかな〜、どうなんだろう。こういうこと言うのも早いのかな、どうなんだろう(笑)
でもすごく嬉しいんですよね。14で、個人的に働いたときに同世代が働いているというのが無くて、というのをずっと子供の頃から過ごして。で、同世代出てきたというのも、だいぶ前に経験できるようになってきて。今、下がどんどん凄い人が出てきたりするから嬉しいんですよね、偉そうかな(笑)わかんないけど。
応援させて頂けたらね、嬉しいですね。

*********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

同世代のゲストが出てくるといつもうれしそうですよね。
今回は実業家ですものね。だからいつもとちょっと違う感じでかわいい。
スタイラー、検索してみたら「これこれこういうのはありますか?」みたいなんですよ。これ、お客さんが問い合わせているってことなんですね。それに対応する商品を紹介していくという…。
確かにイメージだけはあるんだけど、どこで買えばいいかわからないときに助かりそうですね。
予算も提示すればそれにも対応してもらえるというところが便利。とはいえ、そんなに安いものは内容ない気がするけれど(^^;。それなりにしっかりした商品でしょうから、それなりの値段はしますよね。
あとはサイズですけど、そうなるとやはり実店舗で試着したいと思ってしまうかな。
そういう場合、スタイラーにはマージンは入らないんでしょうかね〜。
って、私は何を心配してるんだろう。
それにしても、ありそうでなかったサービスを考えたところがすごいですよね。
そういうスキマ案件ってなんかないかな〜。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:05| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

お誕生日おめでとう!!

みなさん、今日は言わずと知れた

岡田くんの
誕生日!!


です!!

早いもんでデビューしたときに14歳だった少年が36歳。
線の細かった姿も今やすっかりたくましく、男らしくなりました。
ほんと、あの頃の岡田くんが(ファンの皆さんも、ですけど)自分がこんなに変わるなんて思ってなかったでしょうね。
いろんな作品に引っ張りだこで本当に嬉しい。映画出演が途切れないですものね。
でも、そろそろテレビドラマにも出てほしいな。現代の世界物語で(^-^)
個人的には『ラストコップ』みたいなのが好みなんですけどね。
あ、なんて話が誕生日からそれちゃいました。
要は、いつでも会いたいってことです。
とにかく、これからの一年が岡田くんにとって素敵なものでありますように。
そして、ますます大きくなって(体が…ではなく(^^;)素晴らしい作品を見せてもらいたいです。

といったところで、よろしければお祝いコメントを書いていただけると嬉しいです。
5行までに収めていただけると幸いです。
よろしくお願いしますね!(^^)!

ラベル:岡田准一 誕生日
posted by さすらい母 at 00:20| 東京 ☀| Comment(16) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

『海賊と呼ばれた男』完成披露試写会と『Growing Reed』今、伝統工芸の現場が若返っているとは本当ですか?

またまたご無沙汰しております。
その間に、ノートパソコンを買っちゃいました!!
たまたま行った量販店で半年も経っていないのに型落ちというWindows10マシン。
一応Blu-rayディスクも再生できるとのことなのでこれから岡田くんの映画もこれで観られる♪
もちろんV6のディスクも。
なにより、ブログの更新も楽になるので多少は更新がまめにできるかなぁと思います。
というわけで、これからもよろしくお願いいたします。


さて、昨日(14日)は『海賊と呼ばれた男』の完成披露試写会でした。
自分では射止めることができなかったのですが、友達が当ててくれまして、ありがたいことにあの場にいることができました。
ワイドショーや各媒体でみなさんご覧になっていると思いますが、岡田くん、緊張のあまり冒頭で噛みまくってしまって、それが本当にかわいかったです。
映画ではしょっぱなから60いくつの老人(といってもバイタリティに溢れているけれど)です。
実年齢に近い状態は回想シーンのみです。
しかし、本当に違和感なく特殊メイクは単に見た目を修正するだけのもので、立ち居振る舞いは本当にその年齢としか思えないのです。
なにか雑誌のインタビューで、ふつうは老人の時と若い時とで役者を分けるのだけど…だからチャレンジだったというようなことを語っていましたが、こういうことができてしまうのが岡田准一なんだなと。だから選ばれたんだなと思いました。
映画の内容も見ているうちに引き込まれてしまい、非常におもしろい作品でした。
『永遠の0』はやはりかなり重い内容でしたけれど、そういうことはなかったです。
でも、見ていない作品もあるので間違っているかもしれませんが、山崎監督は日本人が忘れてはいけない日本人らしさというのを追い続けているのかもしれないと思いました。この作品もやはりそういうのを感じました。
そうそう、そして堤さん演じる日承丸船長もかっこよかったです。
舞台挨拶では岡田くんと二人でスーツに身を包んでおりましたが、これがまた…デジャヴですよね。もちろん井上と尾形です(*^-^*)
とにかく、一度はご覧いただきたい映画でした。

KIMG0231.JPG

では、りりーさんからいただいていた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:細尾真孝(ほそおまさたか)さん・西陣織の若き後継者
テーマ:今、伝統工芸の現場が若返っているとは本当ですか?

<オープニング>
着物の帯など最高級品として知られている西陣織ですが、実は今新たな領域が開拓されつつあると聞きます。
今夜はこの担い手である細尾真孝さんに、西陣織の今、そして新たな挑戦について伺います。

<音楽あけて>
岡「細尾さん、お会いできるのを楽しみにしていました。あの伝統工芸のコラボされている生駒さんが、凄い人がいると。凄い男がいるぞいうことでご紹介いただいて伺っていたんですけども(←
http://take-the-a-train.seesaa.net/archives/20160923-1.html
ぼくと三つくらいですか違う、年代的には一緒ですよね?」
細「今に38になったばかりなんですけど」
岡「2個上なのかな」
細「はい、78年ですね」
岡「なんか伝統をやられている若社長ですよね、12代目」
細「父親が社長をやっておりまして、僕のほうは海外事業、新規事業を中心にやっております」
岡「なんかあの〜今風なおしゃれな(笑)アハハハ、今風に横刈り上げちゃって(笑)」
細「すみません。。。」
岡「あの〜、細尾さんは歴史的には何年?」
細「創業が元禄元年。1688年。江戸時代ですね」
岡「長いですね。西陣織の歴史というとどういうかんじに?」
細「そうですね、西陣織の歴史自体は、1200年前から。主なクライアントというのは天皇、貴族、将軍家、寺社、仏閣。今でこそ帯のイメージが強いですけど、それは戦後のことでそれ以前は一部の限られた人しか着ることのできなかった織物と言われています。ことわざで『故郷に錦を飾る』とかの語源にもなっているといわれていまして、成功の晴の象徴、そういった晴の人しか着ることのできなかった憧れの象徴だったというのが西陣のバックグラウンドですね」
岡「へえ〜〜、特徴としてはどういうふうに?歴史もあるわけですよね」
細「シルクをベースに、その中に箔という和紙の上に本金を貼って、それを細かく糸状に裁断して。今手元にある写真の」
岡「へえ〜〜」
細「これを一本一本糸として織り込んでいくんですね。場合によってはプラチナを貼って織り込んだり、本金や貝殻を織り込んだりという宝飾的要素も含まれているというのが西陣織の特徴ですね」
岡「あ、織物のなかに」
細「ある意味西陣織はジュエリーだったと」
岡「ぼく、あの、すごく伝統工芸品とか大好きで。なんか若いひとたちが新たな伝統工芸品をがんばっているというのが」
細「そうですね、ここ3年数年で一気に流れがかわってきていて。僕と同世代のひとが海外に向けて展開していったり京都では特に面白い動きがでていますね」
岡「海外の作り手の人たちが、日本のこういう伝統工芸に注目していたり、と聞きますけど」
細「今まで国内だけでやってきていたものを、着物というかたちで発信はされていたけれど、まだまだできていなかったと思うんですけど。そういう意味では僕たちの世代が中心になりながら世界に向けて発信しだしていますので」
岡「着物という意味では着物を着る環境ではないじゃないですか。着物産業の現状というと?」
細「ただ、今、着物ってちょっと持ち直してきてまして、若い人でも着物着たい人ふえている」
岡「いいですよね、着物」
細「海外のパーティでもタキシードか着物かと二択もてているのって日本人の特権といいますか、そういう意味でも着物ってもっと可能性を見直される部分があるかな、と思っています」
岡「男の西陣織っていうと、どういうのが?」
細「結構帯で」
岡「女性ですよね」
細「西陣の男もありますね。普通の西陣のイメージって金銀のきらびやかなイメージがありますけど」
岡「みやびなイメージがありますよね、西陣織っていうと」

♪♪♪♪♪♪

岡「西陣は京都の北西部になるんですかね。そこに今も職人さんたちが」
細「そうですね。約7キロ圏内のエリアの中にそれぞれ染の職人さん、箔を貼る職人さん、織屋さんがファミリービジネスでいるんですね。織るまで約20工程あって。20人のマスタークラフトマンが担当して」
岡「あ、かっこいい!マスタークラフトマンが!」
細「完全分業で」
細「昔は刀でハンドカットで」
岡「20人以上のスペシャリストがつくって」
細「だからどうしても高くはなってしまうんですけど。見方をかえれば海外でコピーしようと思っても環境ごと持っていかないとできない」
岡「まあ、いいものはね〜、値段が高くなるのはまああれですけど。西陣っていうのはもともとどういう意味なんですか?」
細「もともと1200年まえからあったんですけど。そう呼ばれるようになったのは応仁の乱以降に、もともと西軍の陣地跡地だったんですね。そこに職人たちが戻ってきて」
岡「あ〜、おもしろい。そういうことも知っているとおもしろいですね」
細「1200年分の面白いストーリがありますね」
岡「真孝さん、後継者になられていますけど、なんか紆余曲折があるみたいで」
細「そうですね、家業を継ぐつもりがもともとなかったんですよ。ミュージシャンになろうと思っていて」
岡「ボーカルですか?」
細「もともとはコピーバンドをやっていて」
岡「何コピーしていたんですか?」
細「そのころはビートルズとか。結構飽き性で、人の曲を最後までコピーできたことがなかった」
岡「アハハハ、へえ〜〜」
細「それで高校1年生のときにセックス・ピストルズの『アナーキ・イン・ザ・UK』を聞いたときに衝撃を受けてですね。こうやってギター鳴らして叫べば音楽になるんだと思って。だったら自分でバンドを作った方がいいなあと思ってパンクバンドをスタートするんですよ」
岡「パンクやってたんですね。どちらかというと破壊のほうですよね」
細「家業の着物ってやだなという反動があったかもしれないです」
岡「なんで家業にもどってきたんですか?」
細「話すと2時間くらい長くなっちゃうんですけど。かいつまんでいくと、もともとクリエイティブなことをやりたかったので、ちょうど東京にいた時に家業が海外にむけて西陣織を売っていくということを実験的にやり始めていた。これって日本からブランドをつくれるかもしれないなと。音楽やるクリエイティブより自分しかできない西陣織の世界を展開していこうと、家業に戻ろうと」

♪♪♪♪♪♪

【世界に進出している西陣織についてお聞きしました】
岡「今、着物産業とか伝統工芸の変わる時期ってちょっと感じていますけど、細尾さん、西陣織に新しい風を吹き込んでいるということで、具体的にどういうことをやられているんですか?」
細「そうですね、西陣織の帯の幅って狭いんですよね。ですからインテリアとかの素材になかなかならないと。7年前に一年かけて150センチ幅の西陣織の織り機を開発しまして」
岡「150センチ織れるというと」
細「もともと150センチって珍しくはないんですが、西陣織の32センチだと海外のマーケットに参入しようとしてもその時点でダメだった。そこでできるかどうかわからなかったので紆余曲折しながらその織り機をつくったと」
岡「1200年の歴史のなかで始まって以来の。う〜〜ん。職人さんたちは戸惑ったりしなかったんですか?」
細「そこを超えていかないと本当の意味で世界進出できないなというのがありましたので。むしろチャンスなんじゃないかと思ってました」
岡「結果はどうでしたか?」
細「毎年今織機をふやして、この事業6台の織機がある。ベテランの職人が2名と残り10名ほど20代30代の若い工房になっていますね。今は職人募集すると倍率10倍20倍くらいで全国から来てくれます」
岡「へえ〜〜、でも結構芸大とか出ている人たちが伝統工芸で興味を持ってきてくれているというのはね」
細「そうなんですよ。特に20代の子に多いのが、日本のいいもので世界で勝負したいという子がふえてきていますね。今までになかった流れになっていますね」
岡「世界でも注目されている伝統工芸ですけれども、なんかいろいろ、帯じゃなくていろいろなものにかえてきているんですね」
細「そうですね。今インテリア、ファッション、現代アートとのコラボレーションとかやってまして。クリスチャンディオールさんのお店の壁面に西陣織が採用されていたりですね。内装材とかも。ホテルもそうですね、リッツカールトンさんとか」
岡「東京も?」
細「はい。去年リニューアルになって」
岡「へえ〜〜、見に行こう。泊まらないけど見に行こう(笑)」
細「京都のリッツカールトンさんもそうですので、ぜひ」
岡「京都! 京都なあ〜、う〜ん、ちょっとね〜、いってみようかな〜。今それ持ってきていただいて、桐箱でかっこいいのね〜」
細「和柄では全くなくて」
岡「さわってもいいですか?」
細「シルクベースで。本銀で、和紙に本物の銀をはって」
岡「どんな模様って表現すると?」
細「波の水面を写真にとって。その写真から織物をおこしたりとかですね」
岡「自然な描写が多いですね」
細「おっしゃるとおりです。これも葉っぱの葉脈を写真撮影して」
岡「あ、ほんとだ〜〜。葉脈の模様がはいってるんだけど、全体的に白と、プラチナですか?これ」
細「シルバーですね」
岡「シルバーはさりげなくまぶしてあるという感じだから。へえ〜〜、20工程あるんですものね。いやあ〜これ、だって」
細「9000本の経糸をコンピューターのプログラムによって1本1本自由に動かしていくんですね。西陣の場合はこのなかが立体」
岡「立体なんですね。平面なかんじだけど。ここに凄くたて糸とよこ糸とが」
細「凹凸。世界で一番立体的な織物で複雑な構造をもっている織物といえると思います」
岡「世界で一番複雑な。その技術が日本にはあるんですものね〜」
細「そうです、そうです。なので今までは帯しかなかったんですが、それが150の織機ができたことでようやく海外にでることができたという」

♪♪♪♪♪♪

岡「素朴な疑問ですけど、これ頑丈なんですか?こんだけ織ってたら強度強そうですよね?」
細「強度、強いんですよ。ですから今、アメリカのバッグで西陣織が採用されてですね。椅子の張地になるくらいの強さがありますね」
岡「そうですよね。帯で日常的に使ってもあまり劣化して行かないっていうか」
細「シルクって弱いイメージがありますけど、かなり強いチカラでうちこんんでいきますので相当強度はありますね」
岡「すごいなあ〜。時計もしてますね。コラボしたやつ」
細「今年、シチズンさんとのコラボレーションした」
岡「このまたデザインが」
細「ちょっと時計が見づらいかんじの時計で、パンクな時計だな〜って思って」
岡「パンクですよね〜、あの人頭おかしいもんね〜、アハハハ 藤本さん、藤本さんパンクだもん。藤本さんのつくるやつ、パンクすぎて、ね」
細「そうですね。ホントにパンク感じましたね」
岡「でもやっぱり伝統と革新というかね、曇りガラスではないんですよね。なんかデザインがはいった。。。」
細「光まとっているようなね」
岡「素材のなんか面白さをかんじて。じっくり時計を味わうかんじの。これに西陣織の伝統をかけあわせて」
細「相当変態だと思いますね」
岡「アハハハ、いい言葉ですよね。変態ですよね〜、変態なんだよなあ〜。細尾さんも、でもあれですよね、変態」
細「そうですね」
岡「日曜の深夜に変態変態いっててあれですけど(笑)」
細「(笑)」
岡「伝統と革新って、みんな悩んだわけじゃないですか」
細「伝統って時代時代で挑戦して変わり続ける、それがほんとに50年100年たって伝統だ、と言われることで。お茶でもそうですよね、千利休だってあのころは滅茶苦茶パンクだったと思うんですよ。それが時間がたって伝統になっていく。挑戦的なものというのがスタンダードになるのかなと思うんですけど」
岡「その上で大事にされていることってなんですか? 壊すって簡単にいうけど、壊すってなんでもいいわけじゃない、じゃないですか。かといって破壊っていうことって大事だったりするし理念であるけど、実際のものとは違うから難しいですよね」
細「伝統って妙な引力があってですね、結構引き戻されちゃうんですね。壊そうと思っても壊れない強さというのが伝統の強さなのかなと思ってまして。時代時代をみていても最先端をどんどん取り込んで変わり続ける、なんか新しいものをどんどんぶちこんでも壊れない強さが伝統の強さなので。だったら壊すつもりでいこうと思っております」
岡「2年前にはビジネス誌で日本の主役100人に選ばれていますから、」
細「いえいえ、そういう意味ではなにが起きるかわからないという(笑)。今年ちょうど7月からMIT、マサチューセッツ工科大学のディレクターフェローにも日本人初で就任することになりまして」
岡「なにをするんですか?」
細「最先端の技術と研究者がおりますので、西陣織をコンピューター化することができないかな、と思ってまして。この複雑な構造が織れる。この生地自体をコンピューター化していく」
岡「・・・(笑)へえ〜〜、でも未来はそうなる可能性が高いですよね」
細「どんどんそうなっていくはずだと思っていまして。そうなっていくと西陣織が宇宙服とか宇宙船に使われることがあるかもしれないし」
岡「世界で一番強度のある織り方だということは、いろいろな可能性がありますよね」
細「バイオテクノロジーもかなり進化していて。遺伝子組み換え技術をつかってクラゲのDNAを抽出してこれをカイコに組み替えると。光を変調させる機能を持ったカイコ。蜘蛛の強さとかいろいろ、可能性がいろいろ出てくると思う」
岡「細尾さんにとって伝統ってなんですか?」
細「そうですね。挑戦して変わり続けることかなと思っていまして。それがあとから伝統になるのかと。先人たちが挑戦して変わり続けてきたバトンを受け継いでいく、あくまで預かり物という意識がありまして。それをどう次の世代に繋げるか、そのためには挑戦して変わり続けなければだめかな、と。ダーウィンが進化論とかで、強いものが残るのではなく環境に合わせて変わり続けたものが残ると。それとまさに同じで挑戦して変わり続けることが伝統を守ることになるのかなと思っています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜なんかホントに、なんだろう、日本の誇りみたいなのをね、求められている時代で。その時に伝統工芸とか伝統工芸品とかが注目されているのは、すごく嬉しいですよね。
ほんとにね、すごい技術が。ぼくも好きなんですよ、伝統工芸品と和菓子が。
あの〜凄く好きで。そういうものが、なんか僕ら世代の若い人たちが、みんななんか考えて壊していきながら、世界に日本の技術とかね、今までの伝統の良さ、とかっていうのも、結果的に伝わることですからね、歴史とかっていうのが。そういうものがなんかモノづくりとかクラフトとかでね、世界に伝わっていくというのがね。
日本の製品ってすごいいいよね、って言われてた時代が、またなんかほんとにこの人たちすごいな、みたいなね。
なんかそういうものが新しい企業とかとねコラボしてなんかいろいろ生み出しているというのが素晴らしいなと思いますし。
どうなっていくのかね、楽しみですけど。どうなっていくのかなあ〜
でも伝統っていう意味では変わらないんでしょうね。
う〜ん、守るために革新があって、ダーウィンの進化論と同じだというのはすごく面白かったなあ〜と思います。
是非みなさんも、西陣織、改めて手にとってね、みてもらいたいなあ〜と思います。

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以上です。

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ありがとうございました!!

岡田くんの大好きな伝統工芸ですね。

西陣織、きれいですが、やはり高級で簡単に手に入れられるものではないイメージしかありません(^^;
それに、着物は着ないし。
でも、いろいろなものに展開していきつつあるのですね。
そのあたり、注目していきたいですね。
それにしても、すでにコンピューターが使われているというのも驚きました。
posted by さすらい母 at 00:37| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする