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2016年11月22日

地震

今朝は関東以北は大きな地震で目が覚めた方が多かったのではないでしょうか。
私も起きたところに地震が起きました。
大きな揺れの前にちょっとした地震があって、またか(前の日も朝に揺れたので)と思っていたら、息子のスマホからひゅんひゅんいう音がして、息子がスマホを見ながら「やばいやばい」と言い始めたんです。そしたらしばらくして大きな揺れが…。それもかなり長くゆらゆら揺れました。
※ウェザーニュース提供の“地震津波の会”というサービス
https://qt.weathernews.jp/
東北の最大震度5弱。
みなさんご無事でしたでしょうか?
津波も来ましたし、本当にちょっと嫌な記憶が呼び起されますね。
そういえば、ニュージーランドで大きな地震があったあと、日本でも大きな地震が起きているという話もありますね。今回も少し前にニュージーランドで大きな地震があった…。
本当にそういう流れがあるのかちゃんと検証したわけではないですけど、なんかつながってるんですかね?
あまりへんなデマに惑わされるのはよくないですが、ちょっと気になってしまいました。
とにかく、これからも地震は起きると思います。常に「ここで何かあったらどう行動するか」というのを頭の中でイメージするだけでも違うんではないかなぁと思います。それから、普段の荷物の中に、チョコレートや飴などのちょっとしたエネルギー源と小さくてもいいのでペットボトルなど水分をもっていると安心。懐中電灯、スマホの充電器、ホイッスルなども必需品かもしれません。それだけでも持っていれば、いざというときに少しは役に立つと思われます。
あと、私がなんとなく気になってるのがこれ!
“A4シェルター・タフ”
http://a4t.jp/
大きさや形が文房具の書類ケースなんです。だから通勤・通学のカバンに入れやすい。軽いですし。
それでいてちゃんとヘルメットの役割を果たしてくれるというのがすごいと思って。
ただですね…かぶった時の見た目がなんとも(^^;
ま〜しかし、命にかえられませんからね。…って、開発の方には申し訳ないか<(_ _)>
ほかにも折りたたみのヘルメットもありますが、やはり大きいし重い。価格もこれの倍くらいするので、これはあらゆる点で優れていると思うんですよね〜。
買っちゃおうかな。



では、レスり〜です!



レスり〜
タグ:減災 震災
posted by さすらい母 at 23:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

『Growing Reed』何故メガバンクを辞めてファッションベンチャーを起業したのですか?

みなさん、岡田くんのお誕生日のお祝いはなさいましたか?
ちゃんとケーキでお祝いした方もいらっしゃるでしょうし、心の中でお祝いした方もいらっしゃるでしょうね。
形はそれぞれ違っても、気持ちは伝わっているに違いありません。
あ〜、それにしてももうすぐ12月。師走ですよ。
ほんとに一年って早い!!
恐ろしいです。



では、りりーさんからいただいていた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:小関翼(こせきつばさ)さん・スタイラー株式会社代表取締役
テーマ:何故メガバンクを辞めてファッションベンチャーを起業したのですか?

<オープニング>
スマートホンアプリを使った、とある画期的な買い物のシステムを開発し、ファッション業界から注目を集めています。
ネットショッピングが僕たちの生活の中で当たり前になりつつある今、古関さんが手がけるお買い物のさらなる可能性とはどんなものなんでしょうか。
そして何やらかなりユニークな経歴の持ち主である古関さん。
今に至るまでのストーリーも伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「古関さん、はじめまして」
古「はじめまして」
岡「34歳、82年生まれの。年下が来てくれるなんて嬉しいですよ」
古「いや、もう僕もお会いできるとは思いませんでした」
岡「なんかでも、めちゃくちゃな経歴をお持ちのかたなんですよね。今はスタイラーという会社の代表取締役ですけど」
古「はい。代表をしていて。実はいままでは一つの業界にいなくて。いろいろな業界を渡り歩いていたんですね」
岡「(笑)なにものなんですか、なにものなんですか?」
古「あの〜、なにものというか、自分のなかではやりたいことは一貫してたかな、と考えていて」
岡「もともとが東大の大学院から」
古「そうですね、ここのときには法律とインターネットテクノロジーを横断的に研究するということをやっていて。もともとインターネットを使ったビジネスがかなり興味があったんですね。で、大学院に所属しているときから、評論家のかたと仲良くしていただいて、自分も知識人として生きていこうかな、とあまり就職する気もなかったんですよね(笑)。なんですけど家族と話した結果、見事に就職することになりまして(笑)」
岡「(笑)え、なに、親の反対にあった? もともとは評論したり、いろんな論文を書いたり、言葉を発する人になろうと」
古「そうですね、社会に対して自分の意見とかを表明してそれでインパクトを与えるようなことをやりたいな、と考えていたんですね。で、ただし就職活動をいきなりやるといっても、もうその期間にやっていなかったので、たまたまその秋の時期に珍しくやっていた日本のメガバンクに入社することになったんですね。メガバンクの業務にも興味がありましたし。はいったあとも中部地区の大手の自動車会社の担当させていただいて、おもしろい仕事だった。ちょうどリーマンショックが起こったときで。ただやっぱり起業を考えている人があまりいない会社で。安泰だし社会的ステータスもあるし」
岡「ある程度、お金をうごかすっていったら変ですけど、そういうのやってたらやりがいもあるし」
古「おっしゃる通りですね。やりがいのある仕事は携らせていただけたかなと思うんですけど。独立のノウハウがたまる会社ではなかったですし、チームで起業するという組織ではないので、ネット系の事業に転職しようかなと考えてはいったのがamazonなんですよね」
岡「アマゾン、そんなに簡単に入れるんですか?俺多分聞いているなかでは一個とんだけど。国内のメガバンクからイギリスのメガバンクにまで行っているんですよね?」
古「あ、そうですね。イギリスのメガバンクに就職したのは、いろんな会社で自分のスキルを試せる環境があるのではないかな、と考えていたので。そのときにイギリスの銀行からお声がけいただいて」
岡「いや、あの簡単にいうと、めっちゃ仕事できるんですね」
古「いえいえ、いろんなところに興味があるというところなのかな、と考えますね」
岡「それでアマゾンに?」
古「そうですね。アマゾンでは学ばせていただいた、というか影響力が高かったです。入る前から買い物はほとんどアマゾンでやっていたんですよね。日用品からなんでもかんでも。いってみれば社員割引もあるので。いいサービスなんですけど、弱点もあって、ファッションを中心としたライフスタイルが苦手で。知らないものは買えないし、聞きたいニーズもありますし」
岡「着るものとかは、こう人の意見だったり見たりフィーリングだったりね」
古「実際聞いてみるとユーザーのかたは着て似合う似合わないで満足度が違うし。抽象的なニーズで店頭に行って店頭でコミュニケーションをとって買ったり、ディスプレイを見て購入するというのが普通のパターン。ただしそういうニーズ軸、物の調べかたはインターネット上では得意ではない。検索サイトとかで調べようとしても自分と同じようなニーズを表明することは難しいと思うんですよ。そこで目をつけてそういうファッションの問題解決をして、かつ買えるサービスをしようかなと」
岡「悩んでいる人にすべてが解決できるサイトを作ったと」
古「そうですね」

♪♪♪♪♪♪

古「僕が作ったスタイラーというサービスなんですけど、たとえばちょっと気のきいたバックパックがほしいです、とか」
岡「『気の利いたリュックを捜しています。スタイリッシュなやつ』」
古「はい。これって実際検索しにくいと思うんですね」
岡「あ、そういうことか。黒くて軽くて使いやすくて体にフィットするものが欲しいんです、とか書くと、提携しているショップから直接こういうのがありますよ、とプレゼンをうけれる」
古「おっしゃる通りです。ショップからすると、特にメンズに関しては、平日の日中とか天候が悪くなると客足が悪い。その時にお客さんを呼び込むツールとして使っていただくと」
岡「へえ〜〜、いや、便利だな」
古「結構こういうアイテムってインターネット上で調べにくいということもありますし、人が聞いていると買いたくなるということがある。人がバックパック捜していると自分も欲しいなと思うと思うんですよ。で、うちのサービスも見て楽しんでいる人が多い。たとえばグルメの口コミサービスも見ていく人は多いが、投稿するユーザーは少ないと思うんですよ。我々のサービスもその傾向があって、ほとんどの人は見て楽しんでいるんですよ」
岡「ショップの店員さんに聞くと時間がかかるけど、ここで聞くといろんなショップの店員さんがアドバイスしてくれる」
古「あ、そうです。こういうアイテムが流行っているんだとか。こういうユーザーの要望があるんだということもわかるんですね。なので両方にとってもいい。他のメディアにとっても価値が高い。さきほどのバックパップの記事は大手のファッションニュースサイトに掲載されておりまして『人とかぶらないバックパップ』として紹介させていただいています。スタイラーのことを知らないユーザーもこういう記事などで摂取して、そのアイテムをクリックするとリンクで飛んできたりする。そのうちそこからそのまま購入できるようにしようかな、と考えている」
岡「やり手!」
古「ありがとうございます(笑)」
岡「いつ思いついたんですか?それオーツ―オーっていうんですか?」
古「そうですね、オーツ―オーというのがOnline to Offlineで、オンラインで情報を得てオフラインでものを買うというサービスの総称ですね。思いついたのはアマゾンで。アマゾンで僕が一番勉強になったのは、アマゾンって徹底的にユーザー中心の会社なんですね。人間ってどういう存在なのかというのを徹底的に考えていて。どんな時代の人間もいかに安く便利にものを買いたいか、というのを数字におとしこんでいるのがアマゾンなんですよ。それは正しいなと僕は思っていて。ただしライフスタイル系のファッションはそういうものではないな、と考えたので。アマゾンでできることだったらあまり意味はないと考えて、こういうサービスをつくってます」

♪♪♪♪♪♪

【なぜ今ファッションを選んだのかお聞きしました】
岡「ユーザーの反応はどうですか?」
古「はい。今ユーザーの反応だと、月間で100万から200万の間くらい。多分記事を見たりとかで。反応はおもしろくて、結構お店に行っているんですよね」
岡「これでチェックして情報を手に入れて、自分の好きなものを見つけて行ったりする」
古「おっしゃる通りです。たとえば原宿と澁谷の中間にある神南エリアにある小規模なお店なんですけど、そこでヒアリングしてもらったら15%くらいがスタイラー経由でその72%が購入されるらしいんですよね」
岡「なにか質問とかで入ったりするんですか?若い世代が」
古「ユニークなものが投稿されていて、僕がおもしろいな、と思ったのが徳島県の14歳の女の子。『おしゃれを始めるにはまず何を買ったらいいですか?』」
岡「いい質問。可愛い質問ですね」
古「で実際、店頭で良くされていると思うんですね」
岡「お店では恥ずかしくて言えないとかね」
古「おっしゃるとおりですね。おしゃれな店であればあるほど気後れするじゃないですか。先ほどの質問も、おしゃれは足元から、とスニーカーを提案したりとか」
岡「アドバイスがあるんですね」
古「ユーザー以外の人もこういうのを見て、自分もこういうのを買ったらいいんだ、とかの情報を得られるんですよね」
岡「へえ〜、コミュニケーションが取れるのがいいですよね」
古「そうですね。ぼくらの考えていることも、コミュニケーションとECショッピングを融合させることを考えていて。いままでオフラインで取引されていたものがインターネットでどんどん繋がっていくようになった。なのでコミュニケーションをいかにユーザーにしていただいて且つ買い物を楽しんでいただくというサービスをどんどん追求したいな、と考えていますね」
岡「なんでファッションを選んだんですか?」
古「ぼくとすると将来的には他のライフスタイル系の分野。たとえば不動産を捜すとか転職の分野。人に聞きたいニーズが高いと思うんですよね。ファッションを選んだ理由はいくつかあって。一つは僕が好きだったから、というのはありますね。もう一つは他のライフスタイルと比べると取引の期間が短いんですよね。たとえば不動産とか転職とか数年に一度考えると思うんですよね。興味がないとフォローしないじゃないですか。ファッションだとそこを乗り越えやすいので先ずファッションでサービスを提供させていただいて。そこからいろんな情報提供を行おうかと考えていますね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今代表取締役としてやられていますけど、ぶっちゃけ聞きます。儲かりますか?」
古「今は実は自分自身の給与は多くは払っていないですね」
岡「何年目ですか?」
古「一年と半くらいですね」
岡「まだそんなもん・・・、それでこんなにデカく、なったんですか」
古「一歩一歩進めたからだと考えているんですけど」
岡「何人のユーザーを使っているんですか?」
古「メディアを含めると100万か200万で。実際我々のサービスでランディングしたのは月間10万人くらいですね」
岡「へえ〜〜、すごいね〜。今はなに、そんなに自分のは、、、」
古「自分の生活が足りるくらいにさせていただいていて。これから儲かればもうちょっと上げてもいいかなと思うんですけど(笑)」
岡「あ、そうか。自分で決めてる」
古「そうですね。株もほとんど自分が持っていますので。ただ何をモチベーションとして働くかを考えていて。多分ホントに大きな給与が欲しいのなら恐らく金融機関でずっと働いていたりとかのほうが合理的な選択肢。そういう意味では今のほうが幸福だと考えていますね」
岡「う〜〜ん。事業を進める上で大事にしていることは何ですか?」
古「僕とすると、ユーザーを中心に考えたいな、と考えているんですね。」
岡「アマゾンで学んだ」
古「そのとおりです。スマートホンは将来あるかどうかわからない、違う技術が社会に選択されて使われているかもしれない。ただし人はコミュニケーションはとりたい存在。なにかものを買う時に良いコミュニケーションをすると価値を帯びる。これは未来永劫かわらないのかな、と思う。いかにユーザーがコミュニケーションをしたくなるというか参考にしやすくする、というかそういうことを考えるサービスにしたいと考えています」
岡「将来的にはどうしたいと、どこに? ライフスタイル以外のことも狙っているでしょ?」
古「おっしゃる通りで、ぼくらとしてはアジアで展開したいんですよね。アジアはコミュニケーションのコマースというのが日本よりもどんどん進んでいて。中国には楽天のようなものがあるんですが、平均2回くらいコミュニ―ケーションを買う前と後にするんです。日本だとサイズがあるかないかを聞いていると思うんですが、値切ったりしている。なのでユーザーとしてもコミュニケーションしなければ買いたくないんです。ユーザーが凄い量投稿するんです。で、今はなしている内容というのは日本
の皆さんはあまり知らないと思うんですが、アジアでは急速に普及していてですね、それをカバーできるようなサービスをスタイラーでしたいな、と。特に日本のライフスタイル情報ってアジアでは価値が高いんですよね。そういうものを伝えるメディアがないのでそういうものをアジアで展開させて頂ければ、と考えています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜もう年下ですけど、頭の回転の早い現代の起業家、という感じが凄いしたし。
何か、ねえ、日本の働く起業家の方々、是非ね、世界に羽ばたいていって頑張ってもらいたいな、というのをすごく思うし。
頭いい人ですね。アハハハ、話していることも、なんか、頭いいんだろうな‾という感じもすごいしたし。
う〜〜ん、なんか今起業をめざしているJ-waveのリスナーの皆さんも何か勉強になったんじゃないかな、と凄く思うし。
嬉しいですよね、年下で。これだけなんか、起業家がでてきて。
オピニオンというか自分の意見を発信する人になりたかった、ということが基盤にあるようなしゃべり方をされるし。
今まだ30前半で、彼が50何歳になったときにね、どのくらいの会社に育て上げてて、凄く大きくなっていてすぐ売っちゃっていたりとかね(笑)なことないか(笑)
わかんないけど、なんか。どういうのになるんだろうな〜
でも何か日本の新しい、ね、起業おこしたいという人、応援したいですよね。
う〜〜ん、いっぱいこう、そうね、応援したいですよね。
日本の頑張る、これからの世代の会社を作ったりいろいろやっていったり、チャレンジしていくっていう人をね、応援したいなあ〜〜
そういう歳になったのかな〜、どうなんだろう。こういうこと言うのも早いのかな、どうなんだろう(笑)
でもすごく嬉しいんですよね。14で、個人的に働いたときに同世代が働いているというのが無くて、というのをずっと子供の頃から過ごして。で、同世代出てきたというのも、だいぶ前に経験できるようになってきて。今、下がどんどん凄い人が出てきたりするから嬉しいんですよね、偉そうかな(笑)わかんないけど。
応援させて頂けたらね、嬉しいですね。

*********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

同世代のゲストが出てくるといつもうれしそうですよね。
今回は実業家ですものね。だからいつもとちょっと違う感じでかわいい。
スタイラー、検索してみたら「これこれこういうのはありますか?」みたいなんですよ。これ、お客さんが問い合わせているってことなんですね。それに対応する商品を紹介していくという…。
確かにイメージだけはあるんだけど、どこで買えばいいかわからないときに助かりそうですね。
予算も提示すればそれにも対応してもらえるというところが便利。とはいえ、そんなに安いものは内容ない気がするけれど(^^;。それなりにしっかりした商品でしょうから、それなりの値段はしますよね。
あとはサイズですけど、そうなるとやはり実店舗で試着したいと思ってしまうかな。
そういう場合、スタイラーにはマージンは入らないんでしょうかね〜。
って、私は何を心配してるんだろう。
それにしても、ありそうでなかったサービスを考えたところがすごいですよね。
そういうスキマ案件ってなんかないかな〜。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:05| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

お誕生日おめでとう!!

みなさん、今日は言わずと知れた

岡田くんの
誕生日!!


です!!

早いもんでデビューしたときに14歳だった少年が36歳。
線の細かった姿も今やすっかりたくましく、男らしくなりました。
ほんと、あの頃の岡田くんが(ファンの皆さんも、ですけど)自分がこんなに変わるなんて思ってなかったでしょうね。
いろんな作品に引っ張りだこで本当に嬉しい。映画出演が途切れないですものね。
でも、そろそろテレビドラマにも出てほしいな。現代の世界物語で(^-^)
個人的には『ラストコップ』みたいなのが好みなんですけどね。
あ、なんて話が誕生日からそれちゃいました。
要は、いつでも会いたいってことです。
とにかく、これからの一年が岡田くんにとって素敵なものでありますように。
そして、ますます大きくなって(体が…ではなく(^^;)素晴らしい作品を見せてもらいたいです。

といったところで、よろしければお祝いコメントを書いていただけると嬉しいです。
5行までに収めていただけると幸いです。
よろしくお願いしますね!(^^)!

posted by さすらい母 at 00:20| 東京 ☀| Comment(16) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

『海賊と呼ばれた男』完成披露試写会と『Growing Reed』今、伝統工芸の現場が若返っているとは本当ですか?

またまたご無沙汰しております。
その間に、ノートパソコンを買っちゃいました!!
たまたま行った量販店で半年も経っていないのに型落ちというWindows10マシン。
一応Blu-rayディスクも再生できるとのことなのでこれから岡田くんの映画もこれで観られる♪
もちろんV6のディスクも。
なにより、ブログの更新も楽になるので多少は更新がまめにできるかなぁと思います。
というわけで、これからもよろしくお願いいたします。


さて、昨日(14日)は『海賊と呼ばれた男』の完成披露試写会でした。
自分では射止めることができなかったのですが、友達が当ててくれまして、ありがたいことにあの場にいることができました。
ワイドショーや各媒体でみなさんご覧になっていると思いますが、岡田くん、緊張のあまり冒頭で噛みまくってしまって、それが本当にかわいかったです。
映画ではしょっぱなから60いくつの老人(といってもバイタリティに溢れているけれど)です。
実年齢に近い状態は回想シーンのみです。
しかし、本当に違和感なく特殊メイクは単に見た目を修正するだけのもので、立ち居振る舞いは本当にその年齢としか思えないのです。
なにか雑誌のインタビューで、ふつうは老人の時と若い時とで役者を分けるのだけど…だからチャレンジだったというようなことを語っていましたが、こういうことができてしまうのが岡田准一なんだなと。だから選ばれたんだなと思いました。
映画の内容も見ているうちに引き込まれてしまい、非常におもしろい作品でした。
『永遠の0』はやはりかなり重い内容でしたけれど、そういうことはなかったです。
でも、見ていない作品もあるので間違っているかもしれませんが、山崎監督は日本人が忘れてはいけない日本人らしさというのを追い続けているのかもしれないと思いました。この作品もやはりそういうのを感じました。
そうそう、そして堤さん演じる日承丸船長もかっこよかったです。
舞台挨拶では岡田くんと二人でスーツに身を包んでおりましたが、これがまた…デジャヴですよね。もちろん井上と尾形です(*^-^*)
とにかく、一度はご覧いただきたい映画でした。

KIMG0231.JPG

では、りりーさんからいただいていた『Growing Reed』です。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:細尾真孝(ほそおまさたか)さん・西陣織の若き後継者
テーマ:今、伝統工芸の現場が若返っているとは本当ですか?

<オープニング>
着物の帯など最高級品として知られている西陣織ですが、実は今新たな領域が開拓されつつあると聞きます。
今夜はこの担い手である細尾真孝さんに、西陣織の今、そして新たな挑戦について伺います。

<音楽あけて>
岡「細尾さん、お会いできるのを楽しみにしていました。あの伝統工芸のコラボされている生駒さんが、凄い人がいると。凄い男がいるぞいうことでご紹介いただいて伺っていたんですけども(←
http://take-the-a-train.seesaa.net/archives/20160923-1.html
ぼくと三つくらいですか違う、年代的には一緒ですよね?」
細「今に38になったばかりなんですけど」
岡「2個上なのかな」
細「はい、78年ですね」
岡「なんか伝統をやられている若社長ですよね、12代目」
細「父親が社長をやっておりまして、僕のほうは海外事業、新規事業を中心にやっております」
岡「なんかあの〜今風なおしゃれな(笑)アハハハ、今風に横刈り上げちゃって(笑)」
細「すみません。。。」
岡「あの〜、細尾さんは歴史的には何年?」
細「創業が元禄元年。1688年。江戸時代ですね」
岡「長いですね。西陣織の歴史というとどういうかんじに?」
細「そうですね、西陣織の歴史自体は、1200年前から。主なクライアントというのは天皇、貴族、将軍家、寺社、仏閣。今でこそ帯のイメージが強いですけど、それは戦後のことでそれ以前は一部の限られた人しか着ることのできなかった織物と言われています。ことわざで『故郷に錦を飾る』とかの語源にもなっているといわれていまして、成功の晴の象徴、そういった晴の人しか着ることのできなかった憧れの象徴だったというのが西陣のバックグラウンドですね」
岡「へえ〜〜、特徴としてはどういうふうに?歴史もあるわけですよね」
細「シルクをベースに、その中に箔という和紙の上に本金を貼って、それを細かく糸状に裁断して。今手元にある写真の」
岡「へえ〜〜」
細「これを一本一本糸として織り込んでいくんですね。場合によってはプラチナを貼って織り込んだり、本金や貝殻を織り込んだりという宝飾的要素も含まれているというのが西陣織の特徴ですね」
岡「あ、織物のなかに」
細「ある意味西陣織はジュエリーだったと」
岡「ぼく、あの、すごく伝統工芸品とか大好きで。なんか若いひとたちが新たな伝統工芸品をがんばっているというのが」
細「そうですね、ここ3年数年で一気に流れがかわってきていて。僕と同世代のひとが海外に向けて展開していったり京都では特に面白い動きがでていますね」
岡「海外の作り手の人たちが、日本のこういう伝統工芸に注目していたり、と聞きますけど」
細「今まで国内だけでやってきていたものを、着物というかたちで発信はされていたけれど、まだまだできていなかったと思うんですけど。そういう意味では僕たちの世代が中心になりながら世界に向けて発信しだしていますので」
岡「着物という意味では着物を着る環境ではないじゃないですか。着物産業の現状というと?」
細「ただ、今、着物ってちょっと持ち直してきてまして、若い人でも着物着たい人ふえている」
岡「いいですよね、着物」
細「海外のパーティでもタキシードか着物かと二択もてているのって日本人の特権といいますか、そういう意味でも着物ってもっと可能性を見直される部分があるかな、と思っています」
岡「男の西陣織っていうと、どういうのが?」
細「結構帯で」
岡「女性ですよね」
細「西陣の男もありますね。普通の西陣のイメージって金銀のきらびやかなイメージがありますけど」
岡「みやびなイメージがありますよね、西陣織っていうと」

♪♪♪♪♪♪

岡「西陣は京都の北西部になるんですかね。そこに今も職人さんたちが」
細「そうですね。約7キロ圏内のエリアの中にそれぞれ染の職人さん、箔を貼る職人さん、織屋さんがファミリービジネスでいるんですね。織るまで約20工程あって。20人のマスタークラフトマンが担当して」
岡「あ、かっこいい!マスタークラフトマンが!」
細「完全分業で」
細「昔は刀でハンドカットで」
岡「20人以上のスペシャリストがつくって」
細「だからどうしても高くはなってしまうんですけど。見方をかえれば海外でコピーしようと思っても環境ごと持っていかないとできない」
岡「まあ、いいものはね〜、値段が高くなるのはまああれですけど。西陣っていうのはもともとどういう意味なんですか?」
細「もともと1200年まえからあったんですけど。そう呼ばれるようになったのは応仁の乱以降に、もともと西軍の陣地跡地だったんですね。そこに職人たちが戻ってきて」
岡「あ〜、おもしろい。そういうことも知っているとおもしろいですね」
細「1200年分の面白いストーリがありますね」
岡「真孝さん、後継者になられていますけど、なんか紆余曲折があるみたいで」
細「そうですね、家業を継ぐつもりがもともとなかったんですよ。ミュージシャンになろうと思っていて」
岡「ボーカルですか?」
細「もともとはコピーバンドをやっていて」
岡「何コピーしていたんですか?」
細「そのころはビートルズとか。結構飽き性で、人の曲を最後までコピーできたことがなかった」
岡「アハハハ、へえ〜〜」
細「それで高校1年生のときにセックス・ピストルズの『アナーキ・イン・ザ・UK』を聞いたときに衝撃を受けてですね。こうやってギター鳴らして叫べば音楽になるんだと思って。だったら自分でバンドを作った方がいいなあと思ってパンクバンドをスタートするんですよ」
岡「パンクやってたんですね。どちらかというと破壊のほうですよね」
細「家業の着物ってやだなという反動があったかもしれないです」
岡「なんで家業にもどってきたんですか?」
細「話すと2時間くらい長くなっちゃうんですけど。かいつまんでいくと、もともとクリエイティブなことをやりたかったので、ちょうど東京にいた時に家業が海外にむけて西陣織を売っていくということを実験的にやり始めていた。これって日本からブランドをつくれるかもしれないなと。音楽やるクリエイティブより自分しかできない西陣織の世界を展開していこうと、家業に戻ろうと」

♪♪♪♪♪♪

【世界に進出している西陣織についてお聞きしました】
岡「今、着物産業とか伝統工芸の変わる時期ってちょっと感じていますけど、細尾さん、西陣織に新しい風を吹き込んでいるということで、具体的にどういうことをやられているんですか?」
細「そうですね、西陣織の帯の幅って狭いんですよね。ですからインテリアとかの素材になかなかならないと。7年前に一年かけて150センチ幅の西陣織の織り機を開発しまして」
岡「150センチ織れるというと」
細「もともと150センチって珍しくはないんですが、西陣織の32センチだと海外のマーケットに参入しようとしてもその時点でダメだった。そこでできるかどうかわからなかったので紆余曲折しながらその織り機をつくったと」
岡「1200年の歴史のなかで始まって以来の。う〜〜ん。職人さんたちは戸惑ったりしなかったんですか?」
細「そこを超えていかないと本当の意味で世界進出できないなというのがありましたので。むしろチャンスなんじゃないかと思ってました」
岡「結果はどうでしたか?」
細「毎年今織機をふやして、この事業6台の織機がある。ベテランの職人が2名と残り10名ほど20代30代の若い工房になっていますね。今は職人募集すると倍率10倍20倍くらいで全国から来てくれます」
岡「へえ〜〜、でも結構芸大とか出ている人たちが伝統工芸で興味を持ってきてくれているというのはね」
細「そうなんですよ。特に20代の子に多いのが、日本のいいもので世界で勝負したいという子がふえてきていますね。今までになかった流れになっていますね」
岡「世界でも注目されている伝統工芸ですけれども、なんかいろいろ、帯じゃなくていろいろなものにかえてきているんですね」
細「そうですね。今インテリア、ファッション、現代アートとのコラボレーションとかやってまして。クリスチャンディオールさんのお店の壁面に西陣織が採用されていたりですね。内装材とかも。ホテルもそうですね、リッツカールトンさんとか」
岡「東京も?」
細「はい。去年リニューアルになって」
岡「へえ〜〜、見に行こう。泊まらないけど見に行こう(笑)」
細「京都のリッツカールトンさんもそうですので、ぜひ」
岡「京都! 京都なあ〜、う〜ん、ちょっとね〜、いってみようかな〜。今それ持ってきていただいて、桐箱でかっこいいのね〜」
細「和柄では全くなくて」
岡「さわってもいいですか?」
細「シルクベースで。本銀で、和紙に本物の銀をはって」
岡「どんな模様って表現すると?」
細「波の水面を写真にとって。その写真から織物をおこしたりとかですね」
岡「自然な描写が多いですね」
細「おっしゃるとおりです。これも葉っぱの葉脈を写真撮影して」
岡「あ、ほんとだ〜〜。葉脈の模様がはいってるんだけど、全体的に白と、プラチナですか?これ」
細「シルバーですね」
岡「シルバーはさりげなくまぶしてあるという感じだから。へえ〜〜、20工程あるんですものね。いやあ〜これ、だって」
細「9000本の経糸をコンピューターのプログラムによって1本1本自由に動かしていくんですね。西陣の場合はこのなかが立体」
岡「立体なんですね。平面なかんじだけど。ここに凄くたて糸とよこ糸とが」
細「凹凸。世界で一番立体的な織物で複雑な構造をもっている織物といえると思います」
岡「世界で一番複雑な。その技術が日本にはあるんですものね〜」
細「そうです、そうです。なので今までは帯しかなかったんですが、それが150の織機ができたことでようやく海外にでることができたという」

♪♪♪♪♪♪

岡「素朴な疑問ですけど、これ頑丈なんですか?こんだけ織ってたら強度強そうですよね?」
細「強度、強いんですよ。ですから今、アメリカのバッグで西陣織が採用されてですね。椅子の張地になるくらいの強さがありますね」
岡「そうですよね。帯で日常的に使ってもあまり劣化して行かないっていうか」
細「シルクって弱いイメージがありますけど、かなり強いチカラでうちこんんでいきますので相当強度はありますね」
岡「すごいなあ〜。時計もしてますね。コラボしたやつ」
細「今年、シチズンさんとのコラボレーションした」
岡「このまたデザインが」
細「ちょっと時計が見づらいかんじの時計で、パンクな時計だな〜って思って」
岡「パンクですよね〜、あの人頭おかしいもんね〜、アハハハ 藤本さん、藤本さんパンクだもん。藤本さんのつくるやつ、パンクすぎて、ね」
細「そうですね。ホントにパンク感じましたね」
岡「でもやっぱり伝統と革新というかね、曇りガラスではないんですよね。なんかデザインがはいった。。。」
細「光まとっているようなね」
岡「素材のなんか面白さをかんじて。じっくり時計を味わうかんじの。これに西陣織の伝統をかけあわせて」
細「相当変態だと思いますね」
岡「アハハハ、いい言葉ですよね。変態ですよね〜、変態なんだよなあ〜。細尾さんも、でもあれですよね、変態」
細「そうですね」
岡「日曜の深夜に変態変態いっててあれですけど(笑)」
細「(笑)」
岡「伝統と革新って、みんな悩んだわけじゃないですか」
細「伝統って時代時代で挑戦して変わり続ける、それがほんとに50年100年たって伝統だ、と言われることで。お茶でもそうですよね、千利休だってあのころは滅茶苦茶パンクだったと思うんですよ。それが時間がたって伝統になっていく。挑戦的なものというのがスタンダードになるのかなと思うんですけど」
岡「その上で大事にされていることってなんですか? 壊すって簡単にいうけど、壊すってなんでもいいわけじゃない、じゃないですか。かといって破壊っていうことって大事だったりするし理念であるけど、実際のものとは違うから難しいですよね」
細「伝統って妙な引力があってですね、結構引き戻されちゃうんですね。壊そうと思っても壊れない強さというのが伝統の強さなのかなと思ってまして。時代時代をみていても最先端をどんどん取り込んで変わり続ける、なんか新しいものをどんどんぶちこんでも壊れない強さが伝統の強さなので。だったら壊すつもりでいこうと思っております」
岡「2年前にはビジネス誌で日本の主役100人に選ばれていますから、」
細「いえいえ、そういう意味ではなにが起きるかわからないという(笑)。今年ちょうど7月からMIT、マサチューセッツ工科大学のディレクターフェローにも日本人初で就任することになりまして」
岡「なにをするんですか?」
細「最先端の技術と研究者がおりますので、西陣織をコンピューター化することができないかな、と思ってまして。この複雑な構造が織れる。この生地自体をコンピューター化していく」
岡「・・・(笑)へえ〜〜、でも未来はそうなる可能性が高いですよね」
細「どんどんそうなっていくはずだと思っていまして。そうなっていくと西陣織が宇宙服とか宇宙船に使われることがあるかもしれないし」
岡「世界で一番強度のある織り方だということは、いろいろな可能性がありますよね」
細「バイオテクノロジーもかなり進化していて。遺伝子組み換え技術をつかってクラゲのDNAを抽出してこれをカイコに組み替えると。光を変調させる機能を持ったカイコ。蜘蛛の強さとかいろいろ、可能性がいろいろ出てくると思う」
岡「細尾さんにとって伝統ってなんですか?」
細「そうですね。挑戦して変わり続けることかなと思っていまして。それがあとから伝統になるのかと。先人たちが挑戦して変わり続けてきたバトンを受け継いでいく、あくまで預かり物という意識がありまして。それをどう次の世代に繋げるか、そのためには挑戦して変わり続けなければだめかな、と。ダーウィンが進化論とかで、強いものが残るのではなく環境に合わせて変わり続けたものが残ると。それとまさに同じで挑戦して変わり続けることが伝統を守ることになるのかなと思っています」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜なんかホントに、なんだろう、日本の誇りみたいなのをね、求められている時代で。その時に伝統工芸とか伝統工芸品とかが注目されているのは、すごく嬉しいですよね。
ほんとにね、すごい技術が。ぼくも好きなんですよ、伝統工芸品と和菓子が。
あの〜凄く好きで。そういうものが、なんか僕ら世代の若い人たちが、みんななんか考えて壊していきながら、世界に日本の技術とかね、今までの伝統の良さ、とかっていうのも、結果的に伝わることですからね、歴史とかっていうのが。そういうものがなんかモノづくりとかクラフトとかでね、世界に伝わっていくというのがね。
日本の製品ってすごいいいよね、って言われてた時代が、またなんかほんとにこの人たちすごいな、みたいなね。
なんかそういうものが新しい企業とかとねコラボしてなんかいろいろ生み出しているというのが素晴らしいなと思いますし。
どうなっていくのかね、楽しみですけど。どうなっていくのかなあ〜
でも伝統っていう意味では変わらないんでしょうね。
う〜ん、守るために革新があって、ダーウィンの進化論と同じだというのはすごく面白かったなあ〜と思います。
是非みなさんも、西陣織、改めて手にとってね、みてもらいたいなあ〜と思います。

*********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くんの大好きな伝統工芸ですね。

西陣織、きれいですが、やはり高級で簡単に手に入れられるものではないイメージしかありません(^^;
それに、着物は着ないし。
でも、いろいろなものに展開していきつつあるのですね。
そのあたり、注目していきたいですね。
それにしても、すでにコンピューターが使われているというのも驚きました。
posted by さすらい母 at 00:37| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月03日

HAPPY BIRTHDAY V6!!&『Growing Reed』次にデザインしたいものは何ですか?(書き直し)

さてさて、今更ながらですが、V6のお誕生日でした!
当日はうっかりしてしまって、酷いファンです。

改めてお誕生日、おめでとうございます!!
これからもメンバー仲良く、末永く活躍してください!!
いつまでも応援します!!

コメント、くださってありがとうございます(^^)
いまからでも遅くありません。気が向いたらコメント頂けると幸いです。




ところで、昨日の『中居正広のミになる図書館』が可笑しかったです。
40代の芸能人を集めて、加齢とともにおこる悲しい実態を紹介していたのですが、ほんと、私も思い当たることだらけで笑いました。
そして、走ったら止まれないという話になったとき、中居くんが「ダッシュしたことないから止まれないというのがわからない」。そこで現れた整形外科医が、止まれないのは足の筋肉(ももの前側)の筋肉が弱っているからと指摘。
その筋力を見るためのテストがあって、足だけで体育座りをして、今度はそこから手を使わずに立ち上がるというもの。
柴田さん(アンタッチャブル)、陣内智則さん、田中美奈子さん、細川茂樹さん、細川直美さんが40代として出ていて、当然中居くんも44歳。まもなく40ということで劇団ひとりさん。チャレンジしてました。
玉森くんも出ていて、若いからできるだろうと言われてやったら、なんと!座るのも怪しくて、さらには立ち上がるのも苦労していたのです。これにはびっくり!!
ダンスとかしてるのに…いや、それ以上に若いのに!!
他の40代はなんとか無理矢理でしたが足をクロスさせたりして立ったりしてました。
細川直美さんはあっさりできたような記憶があります。田中さんも足をクロスさせたら立ててました。
そして、中居くん!!
「何年ダンスやってると思うのよ」などと言っていたのですが、座るときに支えきれず尻もちをつくように着地。そして、いざ立とうという時に「俺、これ、動けない」とギブアップ。この惨状に出演者もびっくり。
私もできる自信は全くありませんが、中居くんなんてダンスもやってるし、ってびっくりしてしまいました。と同時に、玉森くんや中居くんでもできないなら私ができなくてもおかしくないか〜、と安心してしまいました(^^;)
そして思ったのは、V6なら全員あっさりとできるんだろうなということでした。



それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:長坂常(ながさかじょう)さん・建築家
テーマ:次にデザインしたいものは何ですか?

<オープニング>
青山にオフィスを構えるスキーマ建築計画の代表を務め、家具を始め住宅の建築、リノベーションを幅広く手がけられています。
話題のコーヒーショップ、ブルーボトルコーヒー、実はあの空間を作り上げたのも長坂さんなんです。
あらゆるもの、ことをデザインする長坂さんの頭の中、デザインの原点にあるものとは一体何なのでしょうか。

<音楽あけて>
岡「長坂さん、はじめまして。よろしくお願いします。なんか素敵なお兄さんという感じの(笑)」
長「そうですか(笑)」
岡「アハハハ、メガネがお似合いで、また」
長「ありがとうございます」
岡「あれですか?可愛いおじさんとかめざしてます?」
長「いや(笑)それすごい恥ずかしいです(笑)」
岡「ハハハハハ、素敵な感じですけれども。長坂さんの手がけられたショップや空間って、訪れた人もすごく多いと思うんですけど。ブルーボトルコーヒーとか。自由が丘にありますToday’s Specialとか、手掛けてらっしゃいますけど。そもそも98年に東京芸大の建築家を卒業後、スタジオスキーマ、今のスキーマ建築計画を設立されてますけど、建築家になろうと思ったのはいつごろなんですか?」
長「そうですね、多分94年にはいったので92年くらいだと思うんですけど。一回普通の大学にはいったんですけど」
岡「え!?ちなみにどこですか?」
長「明治大学なんですけど、すぐ行かなくなって。まわりにアーティストが多くてよくイベントをやっていたんですよね。それが面白くて。恥ずかしがりやなんで、舞台をセッテイングするとかそういうのが好きでやっていて。なんか新しい、予定調和じゃない表現の仕方とかを考えられないかな、とかを漠然と思ったんですよね」
岡「予定調和じゃないもの。。。。難しいですよね」
長「難しいですよね。僕多分アメリカ文化に育ったアメリカン映画を見て育ったので、その世界観と自分の世界観のずれを感じるというか、エンターテイメントの有り方とか。たとえばコンサートのチケットを3か月前から買って、何回も練習して見に行ってみんなと同じように踊って帰っていくということを何度か繰り返しているうちに、すごく気持ち悪いというか、それに疑いを持ち始めるようになって、もうちょっと自然に楽しめる環境ってないのかな、と思うようになって」
岡「へえ〜〜,う〜〜ん。システムから気になったということですね」
長「そうですね。もっと日常あるいていて、ふっと目に入るものから自分が感動するものをつくれないかな、と」
岡「それでもう一回大学に行き直した、ということですか?」
長「友達と一緒にやってたんですけど、もう一回勉強するかな、と思ったときに、建築をやるとそういう世界に近いのかな、と思って、芸大の建築学科をうけることにしたんです」
岡「どんな学生だったんです?」
長「建築やってみたらおもしろくて。建築が楽しかったんですね。4年間は建築が楽しくて毎日勉強してましたからね。最初の動機とは大学の時はあまりリンクせずに建築がおもしろいということでやっていて。でも最近なんかやっていることはどちらかというとその時の感覚に近づいているかな、とちょっと思っていますけどね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今、六本木でサローネイン六本木が開催されているんですけど。これ長坂さん、手がけてられているということで。これテーマはなににしているんですか?写真もね、ここにあるんですけど、またね(笑)長坂さん、かっこよく写っていますけど、アハハハ」
長「ありがたいですよね、ほんとに(笑)」
岡「きりっとした感じでかっこいい(笑)」
長「あ、こうやって写真ってかっこよくなるんだな、と(笑)」
岡「今回は何をテーマにしてつくられているんですか?」
長「難しいんですけど、ILCっていう」
岡「ILC、なんですか?」
長「International Linear Collider(インターナショナル リニア コライダー)っていって」
岡「あ、リニアコライダー!」←(あらん、岡田くん、よくわかったこと(^^♪)
長「そうそうそう、加速器なんですけど」
岡「素粒子の、なんかぶつけて、原子のまた小さいのを」←(GRで学んだこと、ちゃんと頭にはいっているのが素晴らしい!!!。。。聞いてさらにレポ書いていても全く頭に残っておりませぬ^^;)
長「よく知ってますね」
岡「その先生、何人かきてもらってますから、この番組にも(笑)。日本にもつくろうというやつですよね、」
長「あ、すごいよく知ってる。それをまずみなさんに知ってもらわなくてはならないということで。まあどこまで伝えられるかわからないですけど、プロモーションの意味を兼ねてインスタレーションしているということですね」
岡「ILCっていうんですね。これ、でも凄く、これを、インスタレーションする。。。」
長「ものすごいデカい話と物凄い小さい話じゃないですか。要は小さい世界を見るためにものすごい大きなものをつくって、という」
岡「細かい素粒子を見るために、30キロくらいのものをつくる。それを最先端科学をインスタレーションするということ?」
長「それを伝えるのはすごく難しいことなので、なにをしているかというと、それだけ大きいものを作るんですよ、ということと同時にどんだけ小さいものを調べるために、というそのギャップをなんとなく感じとってもらうことがまず面白いかなと思って」
岡「そこがひっかかってやろうと思ったわけですか?オファーがきたわけですよね」
長「ひっかかったのは、意味がわからないという(笑)」
岡「どういうオファーがきたんですか?」
長「リニアコライダ―をつくる上においてプロモーションするんだけど、なんかそのためのインスタレーションを考えてくれないか、という。そもそもリニアコライダ―がなんだかわからないんですけど、みたいな(笑)。まあ勉強するんですけど、わからないという。あまりのスケールの開きに、30キロと髪の毛の一万分の一の世界。そのためにすごい多額のお金を集めて宇宙の創生?」
岡「できかたとか、それを日本にもってこようという壮大な企画計画ですよね。その場所を日本につくろうという」
長「そこに自分がどうかかわるのか、イメージができないので」
岡「勉強したんですか?」
長「いや、読みましたよ。研究所も行かせていただいたんですけど。まだ全然わからないですよね」
岡「難しい世界ですよね、素粒子ですから。みんな日常で体験できることじゃないから」
長「そうですね、まず、スケール感のギャップを感じとってもらいたいと。その果てしない探求に興味を持つんですけど。その事実をみんな知らないと思う。その事実を知るきっかけを少しでも手助けできたらな、というのが僕の考えで」
岡「巨大な土の塊を。。どういう感じですか?口で説明すると」
長「あの〜、基本的には30キロというのを2000分の一の地形をつくって断面できったような」
岡「地層が見えるような断面を」
長「そうです。そういうインスタレーションになっています。それを建築の学生たちが大地をつくって。そこにホントにちいさい線が入っているんですが、それでスケール感を感じとってもらえるような。なかでビームとビームがぶつかり合うシーンを映像で見られるようになっています。それがミッドタウンの広場のところにポンと土の塊として置かれているんですが」
岡「壮大な、メッチャクチャ時間がかかりそうですね。スタッフは何人くらいですか?」
長「何人くらいでしたっけ、、、、300人」
岡「アハハハハ、学生呼んで」
長「いろんなところから集まって」
岡「へえ〜〜、いい経験ですね」

♪♪♪♪♪♪

【建築やデザインの原動力についてお聞きしました】
岡「いつも自分の中心にあるものって何ですか?デザインでも設計でもしている中で。大事にしていることでもいいですけど」
長「知の更新っていってるんですけど。知らなかったことを知るっていうことが最初のアイデアの基になる。自分がデザインしたことによって、デザインの辞書があったとしたら、1ページの一角でも新しい知識をそこに残して行けたらいいな、と思っているんですけれども」
岡「う〜〜ん」
長「そこが一番のモチベーションになっている。それをみんなに共有してもらうためにデザインに置き換えている」
岡「今ですね、スキーマ建築計画の代表ですよね。なんでそういう名前にしたんですか?」
長「スキーマってスキームの語源なんですけど。大学でたてに事務所を開いたので最初の名前のスタジオスキーマだと家具屋さんなんですね、って言われて。建築をうしろにつければ、あ、建築やってるんだな、と伝わる」
岡「なんで計画っていれたんですか?」
長「あ、確かに」
岡「計画してるんです、っていう? 企んでいるという感じですかね?」
長「そんなに深く考えてなかったです(笑)」
岡「長坂さん、本もいっぱい出しているんですよね?」
長「はい。いっぱいじゃないです」
岡「2冊。あしたですね。10月31日。タイトル『常に思っていること』これはどういう本になるんですか?」
長「編集者のかたが7人の人に声をかけてくれて、常のことを語ってもらうという」
岡「長坂さんについて」
長「そうですね。いくつかのプロジェクトを見にいってもらって。で、それを介してぼくのことを語るという体なんですが、まったく僕のことを語っていないんですけどね(笑)7人が書いてくれた文章に僕が加筆していくんです」
岡「いろんな解釈みたいなのを。おもしろそう」
長「7人に対して必死に言い訳を書いていると、矛盾をきたしていくんですよね。多分読んでいる人もつっこめる、というか。新しいことを考えるきっかけが出来たらな、と思いながらつくった本ですね」
岡「考えてやっぱりもらいたい?」
長「う〜ん、考えるきっかけになったらいいなと思う。本を読んでいるときに受身だけじゃなく、自分の生活にフィールドバックしていくというのが本にあってほしいな、というのがあるんですけど。読んだことによって、日常考えることがちょっとでも変わってくれたらいいなということをおもって、つくりかたをくふうして作った本です」
岡「やっぱり日常の中での気づきだとか発見とか、そういうのは凄く意識されているんですか?」
長「そうですね、どっちに向いても自分にとって居心地のいい場所があるという、そういうような場所をずっとつくりたいな、と思っていて」
岡「僕らが今行きやすいのは、ブルーボトルコーヒーとか、青山とか六本木とか。あそこを作るというのはどういうイメージでつくっていかれたんですか?」
長「ブルーボトルはブランドとしての意識があるので、それをぼくなりに解釈をして空間におとしているんですけれども。基本的に彼らはフラットな関係といって。お店のひとも豆を作っている人もそれを飲む人たちも関係がフラット。それをできるだけ空間で感じとってもらえるような。お客さんがいてお店のひとがいて。どこかに頂点があるわけではなく」
岡「う〜〜ん。行こう!ハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「今、今後デザインしてみたいもの、ことっていうと何がありますか?」
長「そうですね、島を昔からデザインしてみたいっていうのが」
岡「島!どれくらいの島ですか?規模的にいうと」
岡「あの、小っちゃい方がいいかな、と思っているんですけど。何がしたいかというと、インフラから切り離された島をつくりたいと思っているんですけど。それは、沖縄の離島とか行くとそれは本島のほうからインフラが届けてしまうので、そういうのでなく自立した島をつくってみたい。そのためにはエネルギーの技術とかぼくのものではないものとコラボレーションしながらつくらなくてはいけない、というそういうテクノロジーとからんで物事をデザインしたときに、自分では想像していなかったところにたどりつけるんじゃないか、と思っていて。それが今回のの話とILCも非常にリンクしていて」
岡「どういうところが?」
長「要は住宅をつくるというと、与えられる材料と条件と必要とされる知識というのはある程度同じものなんですけど。いったんその枠を超えた技術と手を組んでデザインをするとなると、自分では想像しなかったところにたどり着けるんじゃないかと思っていて。リニアコライダ―も今全く想像できてないので、でもきっと関わっているうちになんか僕の役割もでてくるんじゃないかと思っているんですけど。それと同じように島も扱ったこともないような材料をベースにデザインを考えていくと、自分が想像していなかった空間とかにぶち当たることができるのかな、と。それがとても楽しみで。島じゃなくてもいいんですけど、島のほうがいろいろなものが必要とされそうでいいかなと思ってイメージしているんですけど」
岡「なんか聞いていると、未知なこととか、わからないこととかにチャレンジすることを凄く楽しんでいらっしゃる感じがしますけど。そういうものは怖くはないですか?知識がわからないとか、何をしたらいいのかわからない、というところにまで行くことじゃないですか」
長「そうですね。でもまあ知らないことは、きっと当然知っている人がいて。その人に聞いていくことで僕は知らなかった知識を得て考えていくので、そんなに怖いことではないと思うんですけど」
岡「明大に行って、また戻ったりとか、一貫してチャレンジして生きている感じが。いろいろリスナーの聞いている世代にとっても凄くチャレンジしているな、というか感じがすると思うんですけど」
長「そうですね、自分がやったことをもう一回なぞるということはかなり苦痛なことだなと思っていて。やっぱり次知らなかったことに踏み込んでいって、見えない世界が見えてくるという、建築を通してそれが出来るというのは凄く幸せなことだな、と思ってやっていますけど。普段考えていない目線を体験していくということはきっと誰もが楽しいと思うことで。
多分旅をするという動機もきっとそういうところがあるように、建築を介して、そういう世界観、旅をしていくような感覚なのかなと思っているんですけど」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかでも、優しいほんわかした感じの中にある、変化を楽しむとかね、島をつくりたいというのもすごくおもしろいな〜と思いましたし。
今現在六本木にあります、東京ミッドタウンで、リニアコライダーのインスタレーションをつくっているみたいなので、是非皆さんも。
11月6日までやっておりますので、是非皆さん、見に行って下さい。お願いします。

**********

以上です。

次回は再来週です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

(すなふきんさんのご指摘通りでした。ありがとうございました)

というわけで、何を書こうかなぁと思っているうちに更新してましたね(^^;)
前のを上書きしているので…
で、今回出てきた“リニアコライダー”、過去に2回ほど出てきてますね。
岡田くん、思いだしましたね。
『素粒子研究で、我々の世界はどう変わりますか?』
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/376885296.html
『“超ひも理論”とはどんな理論ですか?』
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/423170351.html
いずれにしても難しい。それを門外漢の長坂さんがインスタレーションしなければいけないとは…って、この“インスタレーション”のイメージがネットで調べてもわかないんですけど。
わからないことばかりな回でした(^^;)


では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 01:35| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

『Growing Reed』撮るべきモノは時代が作るとはどういうことですか?

御無沙汰してすみません。



先日BSプレミアムで放送した長野くんの『長野博のこだわり美学』という番組、ごらんになりましたか?
比内鶏の卵で究極の目玉焼きをつくるというものでした。
同行者は千鳥のノブさん。
否応なく長野くんのこだわりの世界へ引きずり込まれてました。
手法は、卵を黄身と白身に分けて時間差で土鍋で焼くというもの。
こんな手間のかかる方法は私には向かないわ〜と思いながら見てました。
でも、相当美味しかったみたいで、長野くんが「時間をかけただけ美味しくなる。時間は嘘をつかない」みたいな名言(?)を述べておりました(^^)
他にも、ノブさんがそれだけ食べ歩いているのにおなかが全然出てないのはなぜか?と訊いた時、「今もやってますよ」と一言。
息を吐くときにおなかをぎゅーっとひっこめると。さらにおしりもかちかちにしてケツ筋を鍛えるというのです。それで長野くんの固いおしりが作られているのか!!
いやいや、確かにおなかをひっこめるというのは“ドローイン”というものでダイエットによいと言われてますよね。それはなんとかできるとして、同時に(なのかな?)おしりまで固めるのはかなりむつかしいです。
それはそうとして、やっぱり長野くんはどんなときでも意識していてすごいなぁと思いました。
そういうのは道具もなにもいらないし、まとまった時間を取られるわけでもないから、地道に気がついた時にやったらいいですね。
癖付けされるまでは大変だけど、思いだしたらやるようにします♪



それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:篠山紀信さん・写真家
テーマ:撮るべきモノは時代が作るとはどういうことですか?

<オープニング>
紀信さんといえば言わずと知れた日本を代表する写真家。
1960年代から2010年代の今に至るまで50年以上にわたり常に第一線であらゆる人を激写し続けています。
そんな篠山紀信さんの最新作は『快楽の館』。
原美術館を舞台に撮ったヌード写真を原美術館に展示という前代未聞の展覧会を開催中です。
なぜ紀信さんは快楽の館に原美術館を選んだのか。
紀信さんにとっての快楽とは何なのか。
今夜はちょっと刺激的な快楽の館を覗いてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「紀信さん、お久しぶりです」
篠「いや〜、久しぶりですね」
岡「最近あれですね、撮ってくんないですね」
篠「何言ってんですか(笑)もう」
岡「アハハハ、撮ってくんないじゃないですか」
篠「老人のカメラマンよりも若いきれいなカメラマンのところに行って、撮ってもらっているから(笑)」
岡「(笑)切り返された、アハハ、10年くらい前まで結構撮って、海岸行ったりいろんな」
篠「こんな今みたいな髭はやしたさ、じじいじゃなくてさ。あの時の、、、、」
岡「じじいになって撮ってくれなくなったじゃないですか」
篠「いやいや、そうね、男もやっぱり若いうちがいいよね(笑)」
岡「アハハハハ(爆笑)。今めっちゃ忙しいですね。今箱根彫刻の森美術館でも開催してますよね。『KISHIN meets ART』っていう写真展もやっているし、原美術館で『快楽の館』。あれもやってるんですよね、『写真力』。全国で回ってるんですよね」
篠「うん。横浜に来年の1月4日から始まりますね」
岡「これいいっすよね〜。この写真集」
篠「僕ずっと美術館っていうのはね、作品の死体置き場だとか言って、すごいね、嫌ってたの、俺」
岡「アハハハ、ずっとですか?若い時から?」
篠「美術館っていうと、写真を額に入れてさ、これは芸術でございますから鑑賞しなさい、っていう感じが嫌いで。もっと開かれたものじゃないかと」
岡「パワーありますからね」
篠「そう。だからね、あんなところでやりたくない。で、このくらいの歳でやるとさ、もう回顧展、総集編、篠山もいっちょあがり展とか言われてね」
岡「アッハハハ」
篠「そういうところでやりたくない!って言ってたら誰も頼みにこなかったね」
岡「ずっとですか?」
篠「(笑)だけどね5年くらい前に熊本の現代美術館からちょっとやってみたらどうですか?と言われて。非日常的な空間にすっごい写真のチカラが満ち満ちた写真を大きく伸ばして置いたらどうなるか。空間力対写真力のバトル」
岡「あ、戦いなんですね!?」
篠「そう、それをやろうとしたのが写真力展ってやつなんですよ」
岡「写真力のね、写真集。これ凄いですよね。パワーあふれまくっているというか。数々の有名な方からミッキーマウスまで。ね」
篠「これおもしろかったですよ。こんなに巨大に引き延ばしたこと無かったんで、初めてみるような感じがするの、僕自身が」
岡「あ〜〜」
篠「でね、写真を4枚くらい繋げてのばすね、横9メートル縦3メートルくらいの写真をね、感動したね。僕も初めて見て」
岡「へえ〜〜。ご自身でこれだけ撮られているわけじゃないですか。振り返ってみてどうなんですか?もうパワーが違うじゃないですか。紀信しゃん、、、紀信しゃんって言っちゃったけど(笑)紀信さんの作品って」
篠「そう?」
岡「パワーあると思わないですか、自分の写真に。だって写真は芸術だなんて、言いたくないんですよね。芸術じゃねえよ、って」
篠「うん。もっと開かれたもの。芸術的なものも一部にはあるけれど、もっと写真ってさ、いろいろなことできるじゃない。たとえば男の子を、ね、。。。させるとかね」
岡「今。ピーはいったかな(笑)?大丈夫かな。深夜だから大丈夫かな(笑)」
篠「感動させるとかいろいろできるからさ。僕は雑誌が好きなんだよね。アート雑誌じゃなくて。岡田さんの写真で覚えているのはさ、女性自身で撮らなかった?海行って」
岡「とりました。だんだん脱がされていったやつね」
篠「あんときさ、岡田くんって綺麗な子だな〜と思ったよ、俺」
岡「それこそ24、5くらいの」←2003年の夏号だから岡田くん22歳です)
篠「ほんとに、あんた美少年だったね〜」
岡「俺ね、わすれもしないですよ。その時期何回か撮ってもらったんですよね。スタジオにもお邪魔したりとか。紀信さんと作品をつくるとかも多くて。紀信さん、のってくるとね、ちょっと上着脱いでみようか、みたいなね。脱がされていくんですよ。こうやって脱がしていくんだな〜って(笑)」
篠「海だからさ、波がくる、濡れる。当たり前じゃない。結構ノってたよ(笑)」
岡「そりゃ紀信さんにとりあえず脱いでみようかっていわれたら(笑)。自然に。魔力ですよ。紀信マジック」
篠「エロかったね、、あの写真ね。しかも。俺ね、あれ忘れられない」
岡「エロかったですね。思い出の写真残ってます?」
篠「残ってるよ。でもだいたい撮ったことを覚えているね」
岡「構図として覚えているわけじゃないんですか?」
篠「そんなこと無いよ、人間」
岡「あ、じゃあ、これ勝新さんとか。これ都庁ですか?都庁の前で座頭市の恰好して下駄飛ばしてんですよね(笑)」
篠「当時ね、東京を代表する建物といったら都庁だったのよ。だからその前でやろうと言ったら、突然下駄をパーンと飛ばしたの。その一瞬を逃さず撮っているカメラマンのうまさ(笑)」
岡「すごいですね。いい位置に下駄飛んでるんですよね(笑)。見てもらいたいなあ〜、写真展。三島さん、三島由紀夫さん、これ矢にささってますよ(笑)」
篠「これ三島さんが亡くなる1年前だよ」
岡「ムキムキの、ゴリゴリのときですよね」
篠「男の死にざまとかそういうのを撮りたいっていってね」
岡「捜してたときですよね」
篠「セバスチャンの殉教っていう有名な絵があるんだけど、矢がささってくるんですよ」
岡「死にざまを捜している、もろその時ですよね」
篠「テレビだとヌードだすといけないけど、ラジオだとなんでも言えるじゃん。ちょっとヌードの話してよ」
岡「ヌードね、いま、原美術館」
篠「あ〜、原美術館」
岡「忘れないで下さい(笑)そのために来てくれてるんですから、(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「原美術館。行きましょう、じゃあ。原美術館で開催中の『快楽の館』。これなんかすごいですね。品川の原美術館ですよね」
篠「そう。行ったことある?」
岡「あります。たまに行きます」
篠「いいでしょ?」
岡「いい場所ですよね」
篠「あの美術館は80年近く前に建てた原さんの邸宅だったの。で、そこを40年前くらいに美術館にしたんですよね。だからいろんな歴史があって。趣がある。品川の閑静な住宅街にある」
岡「此処でヌードを、ここで撮った写真をここに返す」
篠「アイディアとして、全部ここで作品を撮ろうと。それで作品をここに返そう。と。原館長がおもしろいじゃないかと。どうせならヌードでやりたいと言ったら、ヌードいいじゃないかと。写真ってすごく場が大切なのよ。そういう歴史のある建物だから建物自身に色気がある。空間に庭があったり、タイルが貼ってあったり」
岡「これ何枚くらい撮ったんですか?」
篠「33人のモデルと77点の作品が飾られてますね、今」
岡「すごいなあ〜」
篠「これね、新体操やる女の子でね、すごいよね。それは壇蜜さんだよ」
岡「壇蜜さんですよね、お札のようなかんじで」
篠「そう」
岡「原美術館のどこですか?これ」
篠「裏の庭のほうに行くとそういう門があるの」
岡「へえ〜〜。寝転んだり。やっぱりヌードはこだわりが強いですか?歴史がありますよね、紀信さんは」
篠「作品をつくるときに、僕の思いとか考えを一番直接的に表現できるというのはヌードが一番いいと思ったの」
岡「なんか作られているの嫌いですよね?」
篠「そう」
岡「俺もなんか写真撮ったときに、なんかこうメイクさんとかが直しにきて綺麗につくろうつくろうとしているものが好きじゃないですよね」
篠「だって、岡田准一さ〜、すっごいチャーミングでさ、男前でさ、こんなのをヘアメイクだなんだっていって、顔塗りたくってもらいたくないよ、俺は」←(紀信さん、ありがとうございます(^^♪)
岡「アハハハ、生身のなんかうつる、そのものの本質を撮ろう、みたいな感じが強いですよね。現場でもそう、写真みてもそうですけど。生身のもっとなんか深いものを撮りたいみたいな」
篠「それでどんどん反応していくとさ、そうあの海で撮ったときだって、波なんかきて全身波まみれになっちゃったときにさ、こう撮られてる気分が高揚してきてさ、あれエロかったよ、あれすごいいい写真だよ」
岡「(笑)すっごい誉めてくれますね。俺とやったあの海のね」
篠「そう、あれはすっごい憶えてる」
岡「快楽の、これめっちゃ大きく引き伸ばして」
篠「そう、もうほぼモデルは等身大、それ以上ね」
岡「本人より小さいことはない」
篠「だって美術館なんだから壁面すごく大きいんだもの。3台のカメラを繋げて同時にシャッターをきれるようにして、それを巨大に伸ばして3枚つなげるわけ。だから壁面いっぱいくらいになる」
岡「男性も撮ってるんですね?」
篠「たったひとりだけね、オカダ・カズチカさんっていってね」
岡「プロレスラー」
篠「そう!この人がたまたまほかの雑誌でヌード特集をやるというので。ちょうど僕のスケジュールとあったんですよ」
岡「すっげえなあ〜。迫力ありますよね」
篠「きれいだよね、この人」

♪♪♪♪♪♪

【紀信さんがなぜヌードを撮り続けるのかお聞きしました】
岡「そもそも歴史長いじゃないですか。ヌードを撮り続けている原動力ってなんですか?」
篠「ヌードっていうのは便利なんだよ。その人の素が出るじゃない。スッポンポンのほうが僕のイメージを直接的に表現できるわけよ。だいたいヌードっていうのはみんな見たがるのよね。うん。見たいでしょ?岡田くん?」
岡「言葉は控えさせていただきます(笑)」
篠「え〜!そうなの〜!?」
岡「アハハハハ、いやでもパワーあるからなあ〜。ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんのこの写真だって世界で絶賛されている。。。」
篠「なぜこの写真が有名になったかというと、このキスしているのは、彼らの最後のアルバムとなったダブルファンタジーっていうののジャケット写真を頼まれたんだよ。夕暮れ時の写真で。その撮った3か月後に凶弾に倒れて殺されちゃうわけよ。だから最後の写真だからみんな印象が強いんだよね」
岡「なんかそういう歴史と共に近くに紀信さんがいる感じがするじゃないですか」
篠「まあ撮ったあとに亡くなるとか、私が撮ったら亡くなるというわけじゃないんだよ(笑)」
岡「ハハハハ、時代の近くにいるというか」
篠「時代の突出した人を撮ることが多いからね。だから後から見ると、その写真が時代を表現しているということになるわけだよね」

♪♪♪♪♪♪

岡「いまだにパワー有り余った写真を撮られていると思いますが、その秘訣はなんですか?」
篠「秘訣、、、」
岡「10年前と変わらないじゃないですか、紀信さん」
篠「いやいや、確実に歳をとっている、疲れているんですけど。撮るということは僕はね、善意の写真家で。その人の一番魅力的なところを引っ張り出そうとする。それにはね、その人に対してのリスペクトというか、“この人こんなことやるんだ、すげえ人だな〜”とか“この人の横顔こんなに綺麗なんだ、すごいなあ〜”とそういうふうにいつも思って、その人の一番いいところを撮ろうとする。この人の仮面をはがしてやろうとかいう思いは全くないわけ。そう。みなさん、みてください。10年前の海辺のヌード、ヌードじゃないか、裸の。いいよ、今でも」
岡「乳首は出てたと思いますけど(笑)脱がされて脱がされて。アハハハ、、そうか、みてみようかな〜、もう一回」
篠「あの写真、いいよ」
岡「(笑)もう一回みたいな〜。まあ快楽の、もう一回戻りますけど、来年の1月9日まで。巡回しないんですね?」
篠「これは原美術館で撮って、原美術館に返すことに意味があるんだって。だから巡回展ってできないのよ。一回ぽっきり。貴い展覧会ですよ。早く行ってくださいよ。あしたの月曜日は休館日だから火曜日行ってくださいよ」
岡「アハハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「これから撮っていきたいものってなんですか?」
篠「僕はずっと撮っているのはさ、その時代に突出した人、こと、ものを撮っているわけだからさ、僕が考えるよりも時代が生んでくれるんだよね」
岡「ほお〜〜」
篠「だから結局ぼくが考えるより時代に聞いてもらいたいっていう感じですね、アハハ」
岡「紀信さんって、ちょっと個人的なアレですけど、結構ノリで撮っていますか?」
篠「ノリですね。直感ですね」
岡「考えてきたというより、現場でアシスタントの人と話すわけでもなく、なんかはい終わり〜って(笑)」
篠「考えてくるって最悪なのよ」
岡「考えたことないですか?」
篠「ロケハンもしないもん。ロケハンしたってその日の天気だって雨になったらどうすんのよ」
岡「若い時から考えたことないですか?写真で」
篠「(笑)バカじゃないから一応考えるんだけど。考えるっていうのは、絵をつくってくるんじゃない。だから僕はね直感、出会いがしらドーンと。だから僕のは早いじゃない。あっという間に終わっちゃうじゃない」
岡「はい。めっちゃ早いです。え、え、え、え、はいOKみたいな。ただ脱がされましたけど(笑)」
篠「でも岡田くんね、誰でも脱げって言ってるわけじゃあないよ。ちょっと岡田くんは狙ったの。ちょっとこの美少年を脱がしたい、と思ったの(笑)ちょっとはにかみながらっていうか、ちょっとう〜んっていうね、そこがまた可愛くてね(笑)良かったですよ」
岡「おめがねにかなったという(笑)。また機会があったら撮ってくださいよ。まだぼくやってますよ。おじさんになりましたけど。アハハ、もう脱げないと思いますけど」
篠「え、そうなの?」
岡「恥ずかしいから。ハハハハ、20代だけですよ」
篠「でもあれだよね。歳をとるとそれなりの良さがでてくるから、人間って」
岡「そうですよね」
篠「おもしろいよね」
岡「じゃあ今ぼくを撮るとしたらどうします?どこで?」
篠「ここで脱いでもらおうか(笑)」
岡「ここかい!(笑)J-waveの」
篠「ガラス越しにほら結構女の人が期待して待ってるよ。あれ!?岡田さん、ホントに脱がなくていいのよ!?」
岡「アハハハ、脱いでないから(笑)ラジオマジック使わなくていいですよ(笑)。ね、これからどんどん楽しみに。あ、歳いいたくないですか?お歳秘密ですか?」
篠「そう秘密。聞かれると100何歳だったかな〜」
岡「170くらい」
篠「金さん、銀さん、紀信さん、ってね、3人きょうだいなんだ、俺」
岡「これからも時代を撮っていってくださいね」
篠「そう、よろしくね。撮りましょうね」
岡「ぜひ」
篠「でもね、ぼくから岡田さんを撮りたいっていうよりもね、岡田さんが、今度の雑誌の企画は篠山に頼んでよ、と言ってくれればいいんだよ。こないだラジオで撮るって約束したから絶対OKだからって」
岡「わかりました。ここぞという時にお願いします」
篠「よろしく、うん」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
やっぱパワフルですよね。
現場でもお会いしたりとか、写真を見て思うのは、なんか楽しまれている感じがするんですよね。
今日は何撮れるのかな〜みたいな、童心といったら怒られるのかな、何がうまれてくるのかなと楽しみながら、その時の感じたことを撮るとおっしゃいましたけど、そういう感じをずっと忘れてないんだろうな、と。それを忘れないでいれる、ってずごい難しいじゃないですか。
50年以上やってきて。こんなもんだろう、あんなもんだろう、と経験で思いがちなことを、なんか、結構笑いながら撮っているんですよね、紀信さんって。
それがとても印象的で。今の『快楽の館』ですか、原美術館でやっているの、なんかガハハハッってあそこ行ってみようか、って楽しく撮ってすごい迫力のある写真が原美術館に1月9日までやっていますので、見に行っていただけたらいいなと思いますし。
あと、写真力ですね、これも1月4日から横浜のほうで順次回っているようなので。
この写真力はね、すごい写真集だと思うんだよね。
是非皆さんも、あの、見に行って下さい。

******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

紀信さん、あっきーのお父さんでしたね。
息子よりまだまだパワフルな感じ。
その、岡田くんのヌードは私はまだ岡田くんに注目していなかったので目に触れずに来てしまいました。
どんなんだったのかな。
それにしても、恥ずかしそうにしているところがいいなんて、紀信さん、S?!
そして、ジョンレノンオノヨーコさんのあの写真も紀信さんの作品だったなんて、今まで知らなかったです。お恥ずかしい…。
宮沢りえさんの16歳?くらいだったかのヌード写真も確か紀信さんでしたよね。あれも衝撃でした。でも、衝撃だけどいやらしさはなかったですよね。そこらへん、やはりうまく引き出しているということなのかもですね。
まだまだ要注目の紀信さんですね。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 15:10| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

V6のドリフェス&『Growing Reed』なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

ずいぶんご無沙汰してしまいました。

昨日は友人がテレビ朝日のイベント『ドリームフェスティバル』に連れていってくれました。
3日間のイベントで、昨日は2日目。
われらがV6の出演日。
とにかくすごいの一言。
トップバッターでした。
曲目は三宅くんが考えたといいます。それがもう…。
これぞV6という要素がぎゅぎゅっと詰まった曲目に演出。
開場をあっという間にひとつにしたのでした。
それを証明するように、Twitterでも話題になったようですし、プロの方のレポートにも書かれてました。それがまたうれしくて。
風間大洋さんというかたのブログに非常に詳しくレポートされていますので是非検索してみてください。
記事のタイトルは『V6からエレカシ、いきものがかりまで、ジャンルを超越した数々の瞬間 テレビ朝日ドリームフェスティバル 2016・2日目』
そして、tweetのまとめもあって、これは『【未知との遭遇】V6の『ドリフェス』のステージにジャニーズ初体験組が衝撃!「演出が凄い」「感動」』で探してみてください。
曲目は
1. MUSIC FOR THE PEOPLE、2. TAKE ME HIGHER、3. Believe Your Smile、4. HONEY BEAT、5. fAKE、6. Will、7. SP<エスピー>“Break The Wall”、8. Beautiful World、9. Over、10. Wait for You、11. Darling、12. CHANGE THE WORLD、13. 愛なん、14. WAになっておどろう
すごいでしょう!!
いのっちと三宅くんのじゃれ合いもあったり、短い中で本当に贅沢なものでした。
やっぱりライブはいいですね〜!!
これでまたファンが増えたりして!!

いつ帰ろうかと思っていたんですが、結局やっぱり普段は見ないアーティストのステージも楽しくて、最後までいました。
それぞれ趣向を凝らして持ち味があってよかったです。
そしてどのグループもV6に驚いたというようなことをおっしゃってくださって、それもまたうれしかったです。
星野源さんはギター一本での弾き語り。それでも時間が短く感じられたのはさすが。
トップバッターがV6で、次がレキシで賑やか…とかなんとか口走ってしまって、次の出演者がレキシとばらしてしまった源さんでした(^^;)。内緒にしておかなきゃいけなかったみたいです。
しかし、特に面白かったのが、初めて知った(“聴いた”ではない)レキシというバンド(リードボーカル氏の芸名なのかな?)。歴史をネタにした曲を歌うのが特徴のひとつのようで、そのなかの曲で弥生時代になって狩猟から農業に移ったみたいな歌なんですけど、そこでファンがグッズとして手にしていた“稲穂”が活躍の時を迎えます。
でもファンじゃない私らみたいな人たちは手を稲穂みたいにぶらぶらさせて参加してくださいということになって。
そしたらレキシさんが『輪になって踊ろう』のメロディーで「うおーううおー。さあこうやって踊ろう。ららららら〜稲に見えるから」って歌いだして。バンドもそれに対応して演奏し始めるし。他にもいきものがかりの歌のメロディーで「稲穂だよ〜」とか、星野源さんの曲でも替え歌をしてました。
なんか楽しかったですよ。
PUFFYは全然変わりない。もう20周年なんですって!!息もぴったりでした。で、ペンライトに興味を覚えたらしく「それ、V6のグッズ?」なんて聞いてましたよ。
エレカシはものすごい入念なサウンドチェックをしていて、音にこだわりがあるんだなあと思いました。ボーカルの宮本さんが花道を走って行ったり来たりすると、背後でローディーかなぁ、スタッフがマイクのシールドを歌いやすいように手で繰っているのが見えて、かなりステージングにこだわりがあると見受けました。歌はパワフルでしたね〜。
そして最後はいきものがかり。バラードが有名ですが、結構激し目な曲もあってびっくり。
ボーカルの子がジャンプしたり走り回ったりと、テレビで見たことのない元気いっぱいな姿でした。
最後だったからアンコールもあってそこはちょっとうらやましかったです。
まあでも、V6が最後だったらきっとジャニーズのアイドルを聴いてもしょうがないって、聴きもせずに帰るお客さんも多かったと思われ、その点ではトップバッターというのはよかったなぁと思いました。


それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
今回も周回遅れで申し訳ないです。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:青山邦彦さん・絵本作家
テーマ:なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

<オープニング>
実は青山さん、かつて建築設計事務所に働き、現場監督や建築コンペに参加していたというキャリアの持ち主。
建築の世界から絵本作家に転身した青山さんが描きたかったものとは一体なんなのでしょうか。
今夜は青山さんの選択から、自分らしく生きるためのヒントを探ります。

<音楽あけて>
岡「青山さん、初めまして」
青「あ、どうもはじめまして」
岡「よろしくお願いします。今ぼくの目の前に青山さんの作品が並んでいますけど。すごいですね。これ、ちょっと見させてもらって、滅茶苦茶細かいですね、絵が」
青「それしか能がない(笑)」
岡「なかなか、絵描きさんでもこれだけ細かく描かれるというのもなかなかないんじゃないですか?」
青「いやあ、結構いるような気がするんですけどね〜」
岡「ほんとですか。『どこにいる?だれがいる?さがせ!』、っていうの、日本の歴史のやつで、これぼく大好きです(笑)」
青「あ、ありがとうございます」
岡「これおもしろいですね〜〜。すっごく細かいですものね〜この絵が」
青「さがせ、という目的で描いたんでね、どんどん描きこんじゃってください、みたいなことは言われていたんですけども」
岡「へえ〜〜、こんなに細かくね。戦国時代でザビエルさがしたり、キリシタン大名さがしたり、大阪冬の陣で猿飛佐助、服部半蔵、真田幸村、伊達政宗とかね、いろいろ捜したりする絵本ですけど。ねえ、日本の歴史を時代ごとにかいているのもあれば、スカイツリーまでありますけど」
青「まあ、形あるものは、ね、かけちゃいますね」
岡「形あるものが好き?」
青「好きというか、どうでしょうね〜、まあ、空間をかくのが好きといえばよろしいでしょうかね」
岡「青山さんのファン層というのはどういう人なんですか?」
青「いや、知りません(笑)というか、ファンをみたことがない(笑)」
岡「アハハハ、そんなこと無いでしょ」
青「あの〜、岡田さんのお仕事みたいにね、ファンの方々と向かい合ってやることないですから。向き合うのは編集さんばっかり、という感じでね。読者さんというのは本のむこうにいる方々という感じで」
岡「う〜〜ん。もともとは建築家。」
青「建築学科を卒業して建築事務所にはいって、というかんじで」
岡「それどういうあれなんですか?」
青「もともと小さいころは漫画家を目指していまして。で、手塚治虫さんの大ファンだったんですね。スケッチブック片手に」
岡「テレビをスケッチしていたんですか?」
青「テレビの中のレオとかね、だからもう疲れましたね」
岡「へえ〜〜、そういうのをスケッチする子供だったと」
青「そうですね、かけるようになればクラスでもすげえ〜とか言われるんだろうな〜と思いながら。大概の漫画家が勉強なんかできなくて漫画ばっかり描いてたというのを読んでいて、手塚治虫さんもそうなんだろうなと思っていたら優等生でしたね」
岡「手塚さん、そうですよね」
青「ええ、なんかすごい優等生で」
岡「青山さんはどうでしたか?」
青「それを見るまでは全然勉強なんかしなかったんですけど、どうしても近づきたいと。やっぱりこんなに品があるのは優等生だったからかと」
岡「哲学があったりとか」
青「そうですね。なのでこれはいかんと思って、優等生にならなきゃと思って。小学校5年生くらいから受験勉強を始めてしまうわけですね」
岡「忙しかったですね、受験勉強はじめながら絵も描いて」
青「まあ、野球もやってましたから、3本立てみたい感じでしたね。一応医者をめざせばいいんだな、と思っちゃったわけですけど」
岡「あぁ、はいはい」
青「で、一応私立に合格してね、中高一貫校の私立に行ってね。勉強大変な学校だったんですけど、そのうち数学とか得意になりはじめちゃって。高3のはじめかなんか、テレビの特集で、細密画をアクリル絵の具とエアーブラシでかいているのを見て、そのころから漫画家からイラストへ。真似事で描いていって」

♪♪♪♪♪♪

青「ですからそういうところでちょっとイラストに転向して、という感じね。それで手塚治虫さんがちょっと薄れてきちゃって。それで数学が得意になってきちゃってて、理系で絵をかくところってないのかな、となったときに、建築という(笑)」
岡「それで建築にいったんですか(笑)。それは図面ということですか?」
青「建築を一応めざして」
岡「早稲田いってるんですね。また勉強しましたね。早稲田の工学部建築学科」
青「はいってみたら、違いましたね。かなり絵的な要素が多くて。先輩の課題を手伝うというならわしがあって。それまでは本格的な設計はしないんですね。設計じみたことをやるのはほとんど3年生からなんですけど。それを後輩率いて手伝わせる。そこでやり方を覚える」
岡「きょうもこのスタジオに入って来られた時に、外を嬉しそうに見ていらっしゃいましたけど、景色とか好きなんですか?」
青「そうですね、やはり舞台として舞台空間として、見る感覚。だから絵本といってもほんわかという感じというよりは、まあ建築やっていたときから、ずっと絵本、、、まあ絵本作家になろうとは思ってはいなかったんですけど」
岡「もともとは絵本作家になるとは思っていなかった?」
青「思ってなかったですね。今から考えると」
岡「転機になったのは何なんですか?」
青「そうですね。アトリエ事務所にはいって、3年くらいたったときに、大分県でホテルをやることになって。そこで現場管理で行ったんですけど。そのとき一日の終わりにどうなったかというのをスケッチして。それを本にしたのがこれなんですけど」
岡「あるんですね、目の前に。へえ〜〜!凄い。分厚い、ほんとに辞書みたいな。こんなに描いたんですか!?」
青「ほとんど暇人っていわれてましたけどね」
岡「暇人じゃないでしょ(笑)だって現場に仕事としていって、終わってからこれ描いた。へえ〜〜、建築絵日記ですね」
青「そうですね。まあなんかね、バラの紙にかいてみるのを本にしてみるのとでは違うんだなと」
岡「これね、なんにもないところから基礎造りのところから、これ模写ですか?イメージもはいってます?」
青「いや、はいっていません。その場をみただけ」
岡「なんか季節の移り変わりもはいっていて。日付も天気もあって、どんどん出来上がっていくんだ、おもしろいですね」
青「まあこの頃から潜在的に絵本のことは考えていたのかもしれませんね」
岡「はっきり思いだしたのはいつなんですか?このときはまだ思っていないんですね」
青「漠然と思っていたんですけど。30を前にして。なんかやんなきゃなって。
岡「あ、ありますよね。30と35くらいにありますよね」
青「あ、35でもあります?わたし30でやっちゃったんで(笑)」
岡「30くらいのときに、やっぱりこれでいいのか?とか」
青「あ〜、毎日思っていました(笑)」

♪♪♪♪♪♪

【青山さんの絵本の神髄に迫りました】
岡「それで、ちゃんとしたって言ったら変ですけど、なかなかやりたいことがあっても辞められないでしょ?」
青「大手じゃなくてアトリエ事務所だったので」
岡「でも辞められなくないですか?」
青「逆にアトリエ事務所とかは独立前提で行ったりするので。どうもゼネコンにいくのが怖かったので」
岡「どのくらいで辞めるってきめたんですか?」
青「ホテルやっている最中にどうも違うな、と思って。その間に建築コンペに出したんですね。絵だけ描いてだすもので。絵本的なイメージだなと思ってだしたら入賞して。表彰式にいったらほかの人たちは全然違う感じで。自分だけ絵本タッチで。もしかしたら建築業界は自分の表現の場所じゃないのかもしれないと。入選してこれから建築頑張るぞ!じゃなくて、もしかしたらやめた方がいいんじゃないか、というきっかけになってしまったのかもしれませんね」
岡「いつどうやって、俺絵本だ!って思ったんですか?」
青「そうですね〜、辞めてから30になる年にやめちゃったんですけど。その時にどうしようかな、ととりあえず絵を描かなきゃと思って。一枚の絵をかくんじゃなくて、ストーリーに乗ったドラマを展開したいな、と思ったときに絵本なんだろうか、と思ったんですけど」
岡「やっぱりなんか風景を見ても物語というか、ストーリーが感じられる?」
青「なんか最初のほうがクライマックスシーンが思い浮かんで(笑)。このクライマックスシーンに持って行くためにはどういう展開がいいんだろう、とかね。そういう組立かたで。そして、どういう媒体の手段だったら表現できるのだろうかと」
岡「イラストレーターも全盛という時期じゃないですか。デザイン系にいくのか、イラストレーターに行くのか、絵を描くっていっても、漫画家なのか、とか」
青「ぴったりいく表現手段はなんだろうか、というときに絵本だったという」
岡「う〜〜ん」
青「これに合った表現が絵本だった、というスタートでしたね」
岡「いっぱいたくさん今日持ってきていただいたんですけど。タイプもいろいろあるようで。いろいろな種類を描かれているというか」
青「完全に子供向けという絵本もつくりたいというのもあれば、建築図解をお願いしますというのもあって」
岡「そうですよね〜へえ〜〜、すごいですね。『総合商社図鑑』とかも。“知れば知るほど”“精密でありながらダイナミックな描写で総合商社の仕事がまるわかり”興味あるなあ〜〜、あ〜こういうことか〜〜、こういうのもやるんですね。ホントに。説明しようと思ったけど難しい(笑)日本で生まれて世界で育った総合商社っていうのがあるのは日本だけで、電気ガスコンビニエンスストアお弁当などで総合商社の業がいきている。天然ガスだったり電気、地球の恵みを総合力を発揮して世界に届ける、これまた難しい。。。」
青「うん、まあ一言で説明できない仕事を絵で紹介していこうというシリーズ」
岡「絵でね。おもしろい、これ子供に見せたい。こういう勉強になることも、へえ〜〜、いいですね、こんだけ細かく絵で描いてくれてたら興味持ちやすいですものね。全部取材するんですか?どのくらいかけて?」
青「半年くらいかけますね、やっぱり。たとえば社会科の絵本とかは、もう漁船とか乗っちゃったりとかね」
岡「そういうのもあれば、永遠の空間、描かれた世界遺産。うわあ〜」
青「これどこも行ってないんですけどね(笑)」
岡「アハハ、行ってないんですか。どうやって描くんですか?」
青「図面から起こすってかんじで」
岡「あ、じゃあ建築やってたアレが生かされた。すご〜い。めっちゃ細かいんだけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「10月下旬に青山さんの新しい作品が講談社から出版されるんですね。それが『大阪城 絵で見る日本の城づくり』」
青「見覚えございませんか(笑)?」
岡「ありますよ。大阪城には関わってますから、アハハハ。実際大阪に住んでましたし。大阪城はやっぱり演じる上では何度も行ってますからね。大阪城が出来上がっていく様子をイラストで楽しむ一冊。これおもしろいですね。まさに建築ですよね」
青「建築現場のスケッチを思いおこしながら描いていましたけどね」
岡「へえ〜〜、実際調べて資料あつめておこしていく」
青「この時代を見た人はひとりもいませんからね〜、想像するしかないんですよね」
岡「でも文献とかそういうのでおこしていくわけですよね。あ、石運んで、、、、原画も持ってきてくださって」
青「ここに」
岡「うわ、凄い。へえ〜〜、原画、こまかい。すごいなあ〜やっぱり綺麗、原画」
青「そうですか、私もね、ひさしぶりに」
岡「結構大きく。これはB2?」
青「A2くらいですかね」
岡「へえ〜〜、きれい。これ原画なんですね〜。細かいなあ〜、葉っぱ全部、畑とかも、わあ〜これも細かいわあ〜」
青「西洋のお城をつくる本を描く方が描きやすいと思いますよ」
岡「もうね、今見てるのは、石垣がおわって木を職人さんが建てていってる構図なんですけど。これ構図考えるの大変ですよね」
青「そうですね。絵本という限られたページ数のなかで効果的に見せるにはどうしたらいいかと」
岡「みんなが生き生きと働いている。あ、おもしろい、どんどん出来てきた!大阪城。すごいなあ〜、あ、できた。これ秀吉ですか?」
青「ですね。よくおわかりですね。良かった良かった」
岡「黒田官兵衛いないんですか?」
青「官兵衛さん、ここにしか登場していないかな〜、官兵衛さん、どこかな、」
岡「あ、いるんですか。官兵衛さん、いるんだ。ぼく官兵衛さん、やったことある」
青「官兵衛さん、ここです」
岡「あ、これ官兵衛さんですか。石田三成いないですか?」
青「三成さんはちょっとご登場願えませんでした」
岡「ほんと?」
青「アポとれなかったもんですから」
岡「じゃあ、ちょっと官兵衛さんとこに三成さん描いて。でちょっと俺もいれておいてくれてたら。これぼくだよ、とは言えないですけど、ぼくっぽいのははいっても怒られない(笑)」
青「私よくこういう場面とか描くんですけど、場面にたつような気分ってどういうご気分ですか?一度聞いてみたかったんですけど」
岡「演じる上で?」
青「そうそうそう、なんか逆の視点じゃないですか」
岡「うん。なんかね、時代をできるだけ体験しようとするじゃないですか。そのときの価値観であったり作法礼法だったり時代背景、文化を学んで行った上でたつ、じゃないですか。そういう意味では絵を描かれるのと似ているんじゃないですかね」
青「なんかそういう予感していたんでね。おはなし聞いてみたいと思っていたんですよね」
岡「ただ描くだけじゃ描けないじゃないですか。建築も知っているから描けたり、文化だったり着るものだったり,なんだろう、細かい所まで知って」
青「そう。エキストラとか一度経験してみたいな、とずっと思っていて」
岡「ほんとですか。でも大人のひとが見ても楽しめるものですね」
青「そういうものを目指しているんですけどね」
岡「なんかでも東京スカイツリーもそうですし、大人むけの日本の歴史もあるし」
青「大学の就活している人にも売れているみたいで」
岡「絵もね、細かい繊細な描写で描かれているし。自分で貫いていくというか、自分の選択をしていくということで、大事にされていたことってなんですか?」
青「う〜〜ん、やっぱりこれしかできない、という感じで描いていますからね。自分をだしていくしかないと。それで人が喜んでくれればベストだと。基本楽しんでいただきたいと。スローガンをなげかけようとかはなくて楽しんでほしいなあ〜とそれが最初であって最後。ドミノ倒しと似ていますよね。準備はすごくかかるけど皆さんの前に現れるのはほんの一瞬。それがホントに作品の運命というのか、それがまたいい所かなと思っていますけどね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
ほんとにね〜、大人が見ても楽しめる、絵本というか、なんだろう、勉強になる感じの本も描かれているし。
ホントに精密なんですよね。精密のなかに人物があって、この人を捜してみよう、みたいなのもあったりして。
なんか家族で見ても楽しめるだろうし。
ね、是非皆さんにも見てもらいたいなと思いますし。
これしかできない、って言ってたけどね、そこまで持っていくのが大事なことなのかな〜って。
俺これしかできないんだよね〜って言うのって、持てるところまでやれるっていうのがね、やっぱりすごいことっだな〜と思うし。
それってやってきた時間とやってきた強さがあるから言えるせりふなのかな、って凄く感じました。
『絵で見る、日本の城づくり』ぜひ大阪城をね、皆さんに見ていただけると。
僕はもえたんですけどね。皆さん、どうでしょうかね?
是非皆さん見てください。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くん、やっぱり興味は尽きないのですね。
建築出身の絵本作家というのもおもしろいですね。
posted by さすらい母 at 00:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

Growing Reed

ずいぶんご無沙汰してしまいました。
最近どうも…
それに、もうすぐ『ラブセン』もおわってしまう…。
なんかいろいろ寂しいですね。



それでは気を取り直して、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
周回遅れで申し訳ないです。
りりーさんの名誉のために…りりーさんはしっかり翌日月曜日にはレポートを届けてくださっております。
私の都合で本当にすみません。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:太田進さん・「週刊ホテルレストラン」を発行する株式会社オータパブリケイションズ代表取締役社長
テーマ:2020年、東京の宿泊はどう変わりますか?

<オープニング>
業界唯一と言われるホテルとレストラン事情に焦点を当てた雑誌は創刊し今年50周年を迎えたそうです。
オリンピックを控えて俄然注目を集める東京のホテル事情。
今様変わりしようとしている東京の宿泊施設の現状など、今夜は日々取材を通して、その最前線を見つめる太田さんにじっくりと伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「太田さん、はじめまして」
太「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「よろしくお願いします。あれですね、あの、ギラギラされてますね(笑)」
太「ごめんなさい。昨日海にいって(笑)」
岡「海焼けですか(笑)」
太「5月のゴールデンウィーク開けから10月までもう毎週のように。ワンちゃんの散歩がてらに行って(笑)」
岡「へえ〜〜、でも50周年を迎えられた『週刊ホテルレストラン』。これを発行されているということで。業界唯一の専門誌なんですよね。どういう雑誌なんですか?最前線を紹介しているという」
太「まあ、ホテルレストランの経営者とか、そこにお金を貸している金融関係の人だったりとか、家具だとか食材とかフロア建設会社さんとか、そういう人たちのため
になるような情報を流したりトレンドをピックアップしたりデーターを集めたり、と
いうのがうちの仕事で」
岡「たとえばどういう、、、、今目の前に『週刊ホテルレストラン』がたくさんあるんですけど、どういう特集をされているんですか?料理人の世界っていうのもある」
太「そうですね、ご存じのようにホテルっていうのは間口が広くて。あらゆる使い方がある。そこにありとあらゆる人がからんでいる。そういう人の仕事がもっとやりやすく効率よくならないか、という情報。ホテルと人の間にたっているコネクターのような存在ですかね」
岡「へえ〜〜。企業と企業。人と人をひきあわせる、繋ぎ合わせる」
太「そうですね、そんなような仕事だと思っています。ぼくらはピッチにたっているサポーターという同志という感じのイメージでやっております」
岡「読者はどんな方がいらっしゃるんですか?」
太「さきほども言いましたが、ホテルレストランの経営者、開発担当者、金融関係、教育関係の方、かなり多岐にわたっています。ただまあ、ホテルに出入りするいろいろな方と幅広くお付き合いさせてもらっています」
岡「太田さんは筋金入りの親子3代でホスピタリティの世界にいるということですけど。15歳で単身渡米されているんですか?」
太「はい」
岡「その目的は?」
太「学業がもともとあんまり得意じゃなくて。もともと音楽が好きでドラムとかやっていて音楽の世界にはいりたいな、と。それであればアメリカかイギリスに行ったほうがいい。向こうにいって英語を覚えること。環境をみること、なんとか親父に頼んで行かせてくれと。それでハワイに最初はいって。結局バイトをしながらお皿洗ったりウエイターしながら。このままこの世界にはいろうと。深く深くレストランで成功するためにはどういうことが大事なのかなと.。そのとき一番思ったのは、表のサービスは楽しかったんですが、やっぱり経営者になるということは、料理人とときには喧嘩しなくてはいけない。それで料理学校へ行こうと。料理のマネージメントを学ぶためにはアメリカのほうがいいと思ってアメリカへ行った。帰って来て、うちの家業がこういう雑誌を出しているもんですから、親父にもいろいろ迷惑かけたしお金もサポートしてもらったしで、入ってくれよということだったので。この雑誌をやる立場だと、世界中のホテルレストランに行ったりいろいろ回れるのでこれはおもしろいなと。で、いろいろやっているうちに、自分の立ち位置はどこなんだろうな、と思ったときに、あ、俺は観客でもプレイヤーでもない。しかしピッチにたってこの人たちを救うことができるんだと思って、しっくりきたんですよ。それ以降そのメンタリティーでやっております」



♪♪♪♪♪♪



岡「お父さがもともとこの雑誌をつくられた?」
太「そうなんですね」
岡「今、写真があるんですけど、似ていらっしゃいますね?(笑)」
太「そうですか。一応親子なんで(笑)。でもこの人には100年がんばっても追いつけないような偉大さとか寛大さとか。ぼくはもう90%彼の思いで、太田進という人間はできていると言っても間違いないくらい可愛がってもらいましたし、いろんなこと教えてもらいました」
岡「50年前からというと」
太「1966年。ちょうどビートルズが来た年。笑点がはじまった年ですよね」
岡「当時っていうとホテルっていうとどういう感じだったんですかね?」
太「やっぱり敷居が高くてね、特別な人しか行きません、みたいなね。」
岡「ビートルズが泊まった帝国ホテルの。。。」
太「ヒルトンホテルです(笑)」
岡「あ、ヒルトンホテル(笑)。ヒルトンホテルの何々、そこに好んで泊まっていたとか。。。」
太「そうなんですよ。それが段段ホテルの数が増えてきて、一時25年30年前くらいかな、週末のホテルの4割が関東一円から来て泊まっているんですよ。そのころからそういうトレンドが始まっていて。他の国っていうのは海外から来た人が泊まるものというものだけど、日本ではちょっと違うかたち。ちょっと自分にご褒美とか、ありとあらゆる使いかたをするので、ほかの国とは違う事情が違うかんじがしますよね」
岡「なんか紹介してて楽しいところとかあるんですか?」
太「僕はホテルを生き物みたいに捉えてて、今年あいたホテルは赤ちゃん。それに対してあそこのサービス遅いよね、とかできたばっかりなのに、そういう悪評をもらってしまうこともあるわけですけれど、やっぱり5年10年かけて、学んでいって大人になっていくような。そういう風格は時間をかけてたどりつくようなものだと思っているので。このホテルはおもしろいよ、というのは難しいんですけど、ビジネスホテルみたいなものもあればもっと小さいものもありますよね」
岡「歴史がめっちゃ長いとかいうのもありますよね。そういうのもあれば新しい日本としてのホテルとしての、、、星野さんとかもそうですよね、一回来ていただきましたけど ←
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/215499851.html#comment
どんどんチャレンジしていっぱいつくられましたよね。10年、7年前かな〜、結構前に来ていただいて、まだそんなになかったんですよ。メッチャクチャできちゃって」
太「ご存じのようについ最近は東京のど真ん中に旅館をあけたんですよ」
岡「できましたよね」
太「はい。これはもううちの親父も僕もずっと何十年も前から、なぜ日本は日本的なデザイン、おもてなしを前面にだしたものをつくらないんだろう、と思っていたんですね。日本でつくるホテルも横文字でカーペットをひいてあってベッドで寝かせるというね。これでニューヨーク、パリ、ロンドンと戦っていくの?やっぱり日本にきたら、日本らしいものを求める。そうだとやっぱり京都に連れていくとなってしまう。東京にないから。なので真っ先に彼が挑戦してくれたということは素晴らしいことだと思います」
岡「ザ・日本の文化をいれたホテルを作られたという」
太「これも生れたばかりの赤ちゃんなので、みんなで磨いて磨いて振り返ったときに、あ〜いい子が生まれたねって言ってもらえるホテルにしてもらいたいと思いますけどね」
岡「レストランとかホテルとかおもてなしの頂点といわれているものでなんか育てるっていうじゃないですか。そういう何だろう、どんどん育っていくという感じはあるんですか?」
太「あります、あります。見てて、いろいろ一年目はクレームがはいっていたけどだんだんできるようになったよね〜とか。料理も」
岡「いろんなホテル見てると、個性的で、面白いんですね。歴史とかもあるだろうし。シェフもいろいろ変わっていて」
太「星野さんと同じ時期に、もう一つプリンスさんが赤坂プリンスをぶっ壊して、ちょっと前よりも高級感のあるホテルになって。これなんかもプリンスの人たちの思いがはいっていて。そういうことが世界でもいっぱい起きている。直さなければならないならバサッと新しく建て直して。まさに今オークラホテルはそれをやろうとしています」
岡「地方もやっぱり凄いですものね。ニセコとかは有名ですよね」
太「パウダースノー、世界一なんですって」
岡「世界一なんですか、へえ〜〜」
太「ここ数年で、スウェーデンとかノルウェーとか来る。スノーボーダーとか何か月もいる。そういう情報もネットやSNSで知って来てくれるというのが有難いなと。来てくれた時はおもてなし。伸びしろはいっぱいあるんじゃないかと思っています」

♪♪♪♪♪♪

【2020年に向けた傾向と対策についてもお聞きしました】
岡「様々なホテルがありますけど、一番大事なのはホスピタリティ、ということで。太田さんが思うホスピタリティとは何ですか?」
太「これはもう各ホテルに勤めている人の思いとか姿勢なんですね。このホテルの看板を背負っている。良かったね、また来たいね、と思って貰うことが最終的なゴールであるわけですから。滞在中にありとあらゆるリクエストも受けるでしょうし。個々の人の判断、その人の思い、そして姿勢がホスピタリティを生んでいくんですけれど、日本は比較的他の国よりもレベルが高いという評価が得られている。これは日本人が持っているDNAなのかな、と。学校でも先生のいうことを聞かなくちゃいけないですよね。比較的できる国民性をもっている」
岡「でもプライドは感じたりします。ホテルのかたの美学とか。それぞれの研鑽してきた経験と技術と何を喜んでもらいたいのかとか。ホテルによっては、お客様のために使っていいお金が一ヶ月にこれだけあるよ、とか」
太「(笑)詳しいですね〜、あります」
岡「ありますよね。それはやっぱり美学。日本人の方が世界で有名な、イギリスかな?何処かのチーフ?になられていますよね?」
太「あ、コンシェルジュですよね。イギリスのサボイ。日本人は痒い所に手が届くことに長けていて、問題ハードルは言葉だったりとか。サボイで頑張っている人がどんどんフォーカスされることによって、あ、俺もこういうふうになりたいな、と思っている人が多分もういると思うので、いい流れだなと思っています。料理人とかも今やパリでミシュランを持っている日本人って20人くらいいるんですよ。今日本の料理人はヨーロッパで実はものすごく人気なんですよ。次回パリに行くときは何人か紹介しますよ」
岡「へえ〜〜、どんどん変化をしている」
太「日本って凄いんだけど、あんまり人に言わないとかあるじゃないですか。押しの強さとか負けてたと思うんだけど、ガンガン外に行って戦えば、音楽の世界でも多分クリエイターの世界でも、まだまだやれる。もっとホスピタリティの世界の人たちが増えたらいいなあ〜と思っています」
岡「ホスピタリティって挑戦も必要なんですよね」
太「何の仕事も一緒だと思うけど人間を磨くこと。自分自身の魅力を磨いていくことが、同じようにプロとしてのレベルが上がっていくことなんじゃないかと思うんですね。そういう人をサポートするのが我々の仕事なんで」

♪♪♪♪♪♪

岡「じゃあ最後に、太田さんが思う、幸せが贈れるホテルとは?難しいですね」
太「難しいですね。あなたがほっとする一曲はなんですか?というのと同じですからね。やってきた映画でこれが一番はなんですか?と同じですから。ま、自分自身はね、人は求めているものはみんな違うので、冒頭に話したように、海とかプールがあるようなリゾートホテルが好きなのでそんなような環境でまったりできることがベストだと思うし。そこには過剰なものをサービスに求めることは僕はしない。私が求めるものをポンポンだしてくれるホテルが多分自分にとっての幸せなホテルなのかな、と思いますね」
岡「ホテルでの楽しみ方って、ちょっとわがままになっていいんですかね?」
太「いいんです。お客様ですから。みんなお客さんなのに、いわないんですよね、文句を」
岡「日本人、言う感覚ないですよね。僕もコンシェルの人とかに話しかけた事一度もないし。でもホントは話したりとかして」
太「是非是非」
岡「今日はこういう日なんだけど、何かいい案ないか、みたいなこととか」
太「もう皆さんにやっていただきたいことで。そうすることで磨かれるので。なにも言われないと、喜んでるんだか満足しているのかわからないんですよね。海外の人は言葉でこれはいい、ダメ、こうしたいああしたいと。すり寄って相談してほしいですよ。それがうまく返せるか返せないかっていうのも皆さんのホテルの評価、経験になって、選ぶ基準になっていくわけで。たくさんわがままを言われた方が実は人間育つので。深く考えずにぶつけて下さい」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜ねえ〜ホテルのホスピタリティというのはね、やっぱり自分自身の、生き方だったりね、自分自身を磨くことだっていうのは、すごくなんか、そうだな〜、やっぱりそうだな〜と思いましたし。
ホテルのね、なんかプライドとかそういうのも何か体験するのも、ちょっとわがままになんなきゃいけないんだよね〜
わがままになれないんだよなあ〜〜 (←そんなあなたが好きです^^)
何かコンシェルジュに頼めないですよね、頼めるのかな、みんな。
よくこうドキュメンタリーとか見たんですよ、それこそサボイの日本人の。
でもずっとひっきりなしにお願いをお客さんから聞いて、無理なお願いを断らない。
凄い人だ、みたいなテレビ番組を見て、あ〜すごいなあ〜と思って。
こだわってお仕事をしているってことの、仕事としてのプライドみたいなね、人と接する仕事のトップだから、すごいな〜と思って、見ながらですけど。
でもお客さんがすごいいろいろ頼んでて。こんな頼んだことないなあ〜と思って。
でもちょっとね、わがままになって。わがままになっていいんですよね。
今度行ったら、ちょっと何かお願いしてみようかな、なんて思ったり(笑)
ホテルにちょっと行ってみたくなったし、なんか日本独自のホテルの有り方とか、前にね、一度来てくださった星野リゾートの星野さんとか、なんか、行きます!と言ってまだ行ってないからね。アハハハ、ちゃんと行きたいな、と思っております。

*****

以上です。
==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

コンシェルジュに頼めないって言うのが可愛いですね。
岡田くんのお願いならみんな喜んで聞いてくれちゃうよ(^^)
頼んだことはないですが、なにか聞いて教えてもらったことはあるような気がします。
コンシェルジュのかたのお仕事がそういう仕事なのだから、よほど理不尽なことでもない限り、お願いするのは構わないというか、むしろ頼って欲しいと思ってらっしゃるのかもしれないですね。
難しいリクエストをクリアしたときの達成感というのもあるでしょうし。
まあでもわがままが言えないという岡田くん、りりーさんの一言と同じで、そういうところがいいですよね。

posted by さすらい母 at 23:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

Growing Reed『浮世絵で伝えたいことは何ですか?』

暑いんだか寒いんだかわからない日が続いていますね。
台風は最初言われていたルートをはずれ、関東圏は難を免れましたが、皆さんの地域はいかがでしたでしょうか。
阿蘇山も36年ぶりの爆発的噴火と言っていて、それはいつだと思ったら1980年って、つい最近って思っておりましたよ(^^;)
こちらも心配です。関西圏でも降灰があったようですし。
お気をつけください。

ではまた少し遅れてしまいましたが、りりーさんから月曜日に届いたレポートをお送りいたします(^^)

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:石川真澄(いしかわますみ)さん・浮世絵師
テーマ:浮世絵で伝えたいことは何ですか?

<オープニング>
伝統的なスタイルをベースにしながら現代版にアップデートしたその作品はモダン浮世絵と呼ばれ、世界的ロックバンドやあのルーカスフィルムからも依頼がくるほどです。
今、日本以上に世界各国で熱い注目を集める浮世絵。
今夜は現代の浮世絵師の仕事に迫ります。

<音楽あけて>
岡「浮世絵師、と聞いてちょっと年配の方をイメージしたんですけど、なんとお若い! 石川さん、同世代ですよね」
石「そうですね、はい。38です」
岡「そうなんですよ〜、嬉しいです、同世代で〜。僕知ってますよ、作品」
石「ありがとうごさいます(笑)」
岡「アハハハ、すごいですよね。何か2000年に6代目歌川豊国さんのもとで浮世絵を学び、と聞いていますけど。でもなんか浮世絵師と呼ばれるのがなんか違うっていう風に言っているって」
石「まあそうですね。僕自身は浮世絵を好きは好きなので、その様式を使って、自分なりにとりいれたものをアップデートできたらな〜という」
岡「もともと浮世絵というのは何人かで分担作業してやるものですよね」
石「そうですね。もともと江戸時代にあった伝統的な浮世絵の木版画というのは、絵師と彫り師と摺り師(すりし)という分業でやってましたね」
岡「う〜ん。それを初め習いにいったときには、豊国さん、歌川家っていったらアレですよね、広重さん。『東海道五十三次』の作者ですよね?」
石「そうですね。いわゆる歌川派」
岡「へえ〜〜、あと鳥居派ってありましたっけ?」←(あら!岡田くん、よくご存じで♪)
石「はい。歌舞伎座の看板絵をやられている」
岡「歌川派なんですね」
石「はい。歌川派が好きで」
岡「へえ〜〜、なんで学ぼうと思ったんですか? それはもともと分担しているものを最後までひとりでやりたいと作りたいと思ってやられているんですね」
石「そうですね。もともとは高校のときですかね、駅のポスターで歌川国芳の浮世絵展のポスターを見た時に感動を覚えまして。それがきっかけ」
岡「もともと国芳だったんですか?」
石「そうですね。国芳の絵がすごい好きで」
岡「へえ〜〜」
石「それまでは歴史の教科書で北斎ですとか歌麿とは写楽とかを知ってはいたんですが、たまたまそのポスターをみたとき衝撃的で」
岡「どんなのですか?」
石「相馬の古内裏っていう、右側からでっかいどくろがぐわーっと」←
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/kuniyoshi022/
岡「あ〜〜、知ってます。国貞じゃなかったですか?」
石「国芳です」
岡「どろどろしいですよね。かっこいいですよね。それを見て」
石「はい。それをみたとき衝撃的で、すぐに図書館にいって資料を捜したりして調べましたね」
岡「調べて」
石「それでいろんな絵師さんがいるんだな、とそのときわかったんですけど」
岡「現代で、結構残っているんですか?その絵師さんって」
石「そうですね〜〜、いや、」
岡「なになに派っていうのも、4つ5つくらいですよね?」
石「そうですね。まあいろいろあることはあるんですけど。残っているのはいわゆる歌川派っていうのと鳥居派っていう二つだけだと思います。鳥居派も後を継がれる方がいらっしゃるのかどうかという感じですし。歌川派も兄弟子がいるんでその方がいるくらいなのでほぼほぼいない、という感じですね」
岡「だって師匠の6代目歌川豊国さんも習っている途中に亡くならなられたんですよね?」
石「そうです。ぼくが弟子入りを志願してからすぐ数か月で他界されまして」
岡「どんな師匠だったんですか?」
石「そうですね、ぼくがあった当時も97歳だったんですけど、その歳を感じさせないアクティブな方で、エネルギッシュなかたでしたね」
岡「へえ〜〜、では改めて、浮世絵ということで、目の前に作品をもってきていただいて、見していただいていいですか?」
石「ぜひ」
岡「あれ、有名ですよね?スターウォーズとコラボしていて。あれメッチャクチャ目にしましたよ」←
http://tabi-labo.com/156634/starwars-ukiyoe
石「あ、ありがとうございます」

♪♪♪♪♪♪

岡「うわあ〜、かっこいい!」
石「ありがとうございます」
岡「これは!?じゃあ一枚一枚ご説明いただいて」
石「はい。これはあの〜うちにいた猫がモデルなんですけど」
岡「原画ですか?これは」
石「はい原画なんです」
岡「さわっていいですか?」
石「あ、どうぞどうぞ」
岡「へえ〜〜、すごい!これ自分ちの猫が原画?」
石「うちの猫が糖尿病になってしまって、その時の闘病祈願みたいな形で。病気を妖怪に例えて、それと戦っているという」
岡「着物着た槍を持った猫が雲の隙間から出てくる妖怪と対峙しているという、見せたいなあ〜ラジオじゃ、(笑)これは、妖怪の描き方も結構伝統な」→
http://h.hatena.ne.jp/dai6tenmaow/225695364981889401
石「まあそうですね。一応自分の好きな様式を自分なりに表現しているつもりなんですけど」
岡「これなんて書いてあるんですか?」
石「あ、題名ですか?『國眞妖異伝之内傑士虎仁王逢魔ヶ時(くにまさよういでんのうちけっしこにおうおうまがとき)』というんですけど。うちの猫がコニという名前だったので当て字にして」
岡「へえ〜、字は奥様が書かれて」
石「はい。絵はかけるんですけど、字はへたなもんで(笑)」
岡「(笑)コラボしてるんですね、奥様と。ありがとうございます。すごいなあ〜〜。色味もなんかいいですね」
石「鮮やかなものが好きなので」
岡「そういう浮世絵みたいなのは、祈願みたいなのでかいたりするんですか?」
石「そうですね、いろんな意味合いが要素としてあるものが浮世絵といってもいいので、当時からいろんな役割の絵がいろいろ出ているので」
岡「へえ〜〜、なんか予測みたいなので、国貞さんの作品で江戸末期のときにスカイツリーを」
石「あ〜国芳ですね。風景ですよね。ネタばらしをするようですがあれはやぐらなんです。井戸掘りの。当時たまたまそこにたっていたやぐらの形がスカイツリーに似ているので、予知してたんじゃないかと。。。。あんまり言うとつまらなくなってしまうのであれなんですけど。実はそういうこと」
岡「へえ〜、おもしろい。でもいろんな意味合いがあって描かれていたり旅祈願だったり、エロいのもあったりしてね(笑)では次の。。。。綺麗だなあ‾‾」←(紙を広げる音がしています)
石「これは浮世絵的な粋な男が着物にストールを巻いているような。ストールの柄をペイズリーにして、ちょっと西洋かぶれ的なところを出して」
岡「へえ〜、おもしろいですね。でもあでっぽい、、あだっぽいなあ〜。髪の毛からちょっとでてくる乱れもあだっぽいなあ〜、ありがとうございます。すげえいっぱいある。(パラパラ)あ、すごい色味が鮮やか。(笑)これ、どう(笑)なんですか?これ」
石「これ、まいまいこわいっていう題名で、単純にぼくがカタツムリが苦手で恐怖症になってしまいまして。その内面を描いた」←
http://www.konjakulabo.com/works
岡「これどこで見れますか?聞いてて見たい人いっぱいいると思うんですけど」
石「ホームページのギャラリーをみていただければ」
岡「石川真澄さんで調べて泣いている少年の顔のあたまにでっかいかたつむり。本物キレイ。色味が。ウェブの色味とはまた違うかもしれない。一度ウェブでみてもらって」→
http://www.konjakulabo.com/about
石「どんな感じが見てもらえると」
岡「これどうやって描くんですか?いろんな手法があるんですよね」
石「ぼくの場合は肉筆なので、木版画とは違うんですけど。木版画ってフラットな雰囲気というか油絵みたいに盛り上がってないじゃないですか。それがぼく凄い好きで。それを肉筆で表現したいな、と思って。試行錯誤しながら今の画材を使っているんですけど。エアブラシとか使ったりして」
岡「エアブラシとかも使うんですね!?」
石「アクリルをメインに使うんですけど」
岡「ホントに今風」
石「そうですね。今ですね。今の画材でやってます」
岡「へえ〜〜。もう新しい時代にもあわせた。モダン浮世絵と呼ばれているんですものね。だってKISSとコラボしたり」
石「ちょっと忠臣蔵と見立てたかんじのね」
岡「これオーダーがくるんですか?俺ら妖怪にしてくれって」
石「いや、ぼくが勝手にイメージして(笑)」
岡「へえ〜、すごいなあ〜」

♪♪♪♪♪♪

【浮世絵の描き方についてお聞きしました】
岡「一枚できるのにどれくらいかかるんですか?」
石「そうですね、絵によって違うんですけど、早ければ数日でできるものもあれば、数か月になるものもでてきます。僕のやり方がフラットなスタイルにしたいので、どうしても一か所間違えると、そこだけ修正しようとするとそこだけ盛り上がって世界観がおかしくなってしまうので」
岡「あ〜〜、大変」
石「たとえば全部出来上がって、ここの一か所の色の修正がきかない場合は全部初めからやり直すんですよ。下絵からかいて」
岡「あとでここ違ったってことあるんですか?」
石「あります、あります」
岡「そうしたらなり直すんですか?」
石「やり直します、時もあります。そういう時は相当へこみますけど。さ〜と血の気がひいてしまうんですけど。9割できててそれが良ければいいほどへこみますけどね」
岡「そうですよね。何考えて、っていうか何を、、、浮世絵のちゃんとしたところに弟子入りをして、伝統の勉強して、分担作業を自分で最後までやりたいとやって。新しいかきかたも見ながら。一度もミスできない。だいたいピリピリしますよね。それをこれだ!とやるわけですよね」
石「結構めんどくさい作業をやっているなと思いますけどね」
岡「逆に楽しいと思うことはなんですか?」
石「楽しい、、、、仕上がった後ですかね。完成したなと思ったときに達成感をもちつつ出来上がった作品を見る時が一番幸せというか幸福感がある瞬間なので。最中は楽しいと思ったことはないですね」
岡「う〜ん。ないですよね。思えないですからね。うわあ〜楽しいぜって。いやなんかこういうこと言うと語弊があってぼくも勘違いされるかもしれないですけど、お芝居好きなんですけど、やってて楽し〜い!!って思ったことないですよ」
石「あ、じゃないかなと思いました。僕も今聞こうかな、と思ったんですけど」
岡「なんかみんな仕事で表現される仕事をしている人で、楽し〜い!って思ってやってんのかな、みんな(笑)」
石「僕は多分、なんかそういうときも多少あるかもしれないですけど、絵を描き始めて終わるまでっていうのは、楽しい瞬間は多少あったとしても、苦悩したり悩んだり心にあるものをだそうともがきながら一生懸命仕上げていくんで、楽しいを含んだおもしろみというか。面白いということばを僕つかうんですけど、総じて面白いっていうんですけど。楽しいと思ったことは正直ないですね」
岡「僕最近苦しすぎて、やめたんです。(笑)もう完璧楽しもうと思って。次の作品は、今まで悩んで悩んで出来上がっても、う〜んって自分のことは満足できないし。だから次は、せっかく生きてて仕事してて、うーって考えて毎日お腹痛くて、」
石「はい、ぼくも胃が痛くなります」
岡「(そういう)仕事するの止めようと思って(笑)。次の作品はおもいっきり楽しんでやってやろうと思っているんですけど、できるかな(笑)またう〜って思ってなっちゃうのかな〜って。どうなんですかね?」
石「ぼくはもう諦めちゃって。そういうもんだと思って。なんかそうやって苦しんで経験していって先に進んでいくしかないと思って」
岡「いつかホントにね、楽しいしかないときがくるかもしれないですものね」
石「かもしれないですけどね、どうなんですかね〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「あの〜、西洋の絵にはない浮世絵ならではの楽しみとか醍醐味」
石「そうですね〜、独特な表現方法といいますか、たとえば顔のかきかただったり、指ですかね。爪の上にもりあがっている指の形とか。当時の日本人の独特なものの見方とか。北斎の富士山をバックの波の表現も北斎にしかかけないというか、日本人にしかわからない海の表現というか稀有な表現ですかね。なんかこうひいてみるのが西洋だとすると、日本人は間近でみても細かく表現できてるというか、遠くでみるとダイナミックなんですけど近くでみるとすごく繊細な作業をしているのが浮世絵の醍醐味というか良さかな〜と思いますけど」
(またパラパラとみる音がしています)
岡「あ〜、見たことある!わあ〜メドゥーサ!これはタイトルは?」
石「東西化物真勢合(とうざいばけものまぜあわせ)ていう本題で副題がきよひめメドゥーサ。西洋でいうとメドゥーサ。日本でいうところの今昔物語ででてくる道成寺のはなし。清姫と安珍。安珍という美しい僧侶がいてそれを追っかける清姫の執念が蛇体化していくんですね。そういった執念情念とあわせたもの」
岡「なんかこう、仏像に通じる描き方、がどことなくあるというか。全体的に黒バックでぼかしながら、一発勝負。一点物だものね〜」
石「そうですね。桜も一枚ずつぼかしいれていって、蛇も一体ずつぼかしや色をいれていくんで」
岡「これは細かいなあ〜〜、ホントだ、ぼかしもすごくはいっていて。色味も違うし。これはもうアレですね、絵を描く人のなかでもいっちゃっている所業の、、表現をいろいろ考えましたけど(笑)ねえ、いっちゃってる、時間がかかる」
石「さすがに仕上がった直後に熱がでましたけど」
岡「こんな色味をさがすのでも大変ですよね。あだっぽい、色味。ちょうどいい色ってなんかあるじゃないですか。なんだろう」
石「そうですね、自分のなかの正解の色を出すというのは絵描きとしてすごく難しいですよね」
岡「目元のブルーとかも絶妙な、色味じゃないですか。もうちょっと濃かったらまた違うだろうし、薄いとわかりづらいし。これを一発で描いちゃってるというのがいっちゃってる、、、すごいなあ〜〜」
石「ありがとうございます」
岡「今、若い人たち、世界に浮世絵が注目されていたり、スターウォーズと組んだり
KISSと組んだり、海外でもぼくあの〜浮世絵をモチーフにした作品を見たことがあるんですけど、海外でも浮世絵が評価されてたりすると思いますけれども」
石「最近、日本でも若い人中心に浮世絵が人気がでていると思うんですけど。そうじゃなかったときも外国の人のほうが浮世絵の良さを分かってるんじゃないかと思うほど人気があったので、浮世絵に影響を受けた作家さんの作品は多くあると思います」
岡「こういうコラボはどうだったんですか?」
石「ルーカスフィルムさんのほうに、こういう絵でいきますという確認をさせていただくんですけど、まあNGもなくOKいただいてスムーズにすすめることができたので、浮世絵に対するリスペクトも持っていただいているんだな、と思いましたね」
岡「世界中の人に見てもらえるといいですね。最後にこれから石川さんが浮世絵で描いていきたいものとは?」
石「そうですね、基本的にはかわらないんですけど、自分の内面心象風景を浮世絵の様式を使って表現したいというのがずっとテーマとしてあって。ぼくの好きな浮世絵の様式で表現できたらなというふうに思っていますね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
やあ〜いいですね。ぼく同世代のかたがこうああやって、なんだろう、嬉しくてしょうがないんですよね。
やっぱりホントに細かく絵とかって作り手の思いとか、これこうやったら大変だったろうな、とか見ていくとすごく面白かったりするし。
浮世絵を伝統をしっかり学びながらも、新しい描き方や見せ方でやられているというのもね、革新者なかんじも凄くすばらしいな、と思いますし。
是非、もっともっと作品つくってもらって、またなんか個展をやりま〜すっておっしゃってましたので、その機会があればぼくも見に行きたいと思いますし。
でも自分の心情のものを描いていくってしんどいですよね。
その世界にいかれているっていうのは凄いなと思うし。う〜〜ん。
そう簡単に出てこないでしょ、自分のことって。
ハハハ、出てくんのかな?俺そんなに。。。。。
僕そんなに出てこなくて、自分のことを、こう掘り下げて捜しても、そんなに自分のもの出てこなくて、怖いもんとか、、、
う〜〜ん。だからよく作家さんとか、絵を描かれるとかって、ホントにすごいな〜、といつも思うし。
なんかね〜〜
一枚いくらだか聞くの忘れたね。。。。失礼か(笑)ハハハ、すぐ値段きくのも失礼か。
是非皆さんも石川さんの作品、見てみてください。

*****

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

浮世絵と言っても今風なんですね。
そして岡田くんの仕事上のお悩みが(^^;)
なかなか楽しんでいけないんですね。
やっぱりやるからには完璧を求めてしまう性なんだろうなぁ。それはもうしかたないですよね。そういう点が岡田くんの信頼につながっているとも思えるし。
作品の公開が待ち遠しい!!


では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 15:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

『Growing Reed』なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

本当になかなか更新ができなくて申し訳ないです。

またまた台風が…。
今回は日本全体に影響がありそうで、お互い気を付けましょう!!

先日、息子がカンピロバクターにかかったんです。
原因と思われるのが焼き鳥屋さんで食べた鶏のたたきだったようです。
その話を獣医の友人に話したところ「鶏肉はだめだよ」と即答。
鶏は生でも大丈夫と思われているけれど、100パーセントアウトだというのです。
実際、鶏の生を食べてカンピロバクターにかかる人は多いらしいです。
豚はそもそも危ないという認識がありますね。牛はひき肉でなければ大丈夫と思ってしまうけれど、やはり時々病原性大腸菌の被害がありますので、まあまあ気を付ける…かな。
比較的大丈夫なのが馬肉だそう。それでも絶対とは言い切れないので体調の良い時に信用できるお店でのみ食すことに越したことはないです。
ちなみに、普通の大腸菌は食中毒のもとにはならないと聞いたことがあります。大腸菌が居る状態が問題というだけで。
でも、食中毒事件を起こす怖い大腸菌もいるわけで、そういうのにはわざわざ“病原性”って言葉がついているからやっぱり普通の大腸菌は病原ではないってことか、と改めて思ったりして…ってだからなに?って話ですけど(^^;)
まあなにしろ何が起きるかわかりません。
ちゃんと熱を通して食べるのが一番ですね。


では、りりーさんからほぼ一週間前にいただいたレポートです。
本当にいつも申し訳ありません。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:山口由美さん・旅行作家
テーマ:なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

<オープニング>
旅行業界の専門誌の記者を経て、現在は旅行作家として活躍中。
日本の粋な宿から世界屈指のリゾートホテルまで取材を重ね、幅広い分野で執筆されています。
そんな山口さんが最新著書でスポットを当てているのがスリランカが生んだ建築家、ジェフリー・バワ。
リゾートホテル界に絶大な影響を与えたといわれ、熱帯建築家と呼ばれる彼に魅了された山口さんはバワ建築から何を感じとり何を伝えようとしているんでしょうか。
今夜はリゾートホテルが与えてくれえる幸せとは何か、考えてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「山口さんは、そもそも旅行作家になろうと思ったきっかけは何なんですか?」
山「私の出身は箱根の富士屋ホテルの創業一族なんですが」
岡「え〜〜!!」
山「エヘヘ、ええ、母がその娘だったんですが。母が旅行作家をしていたんですね。若くして亡くなったんですけれども、あんまり母の跡を継ごうとか同じ仕事をしたいというわけではなかったんですけど、その母が与えてくれた環境とそれから書くことが好きだったということが今の仕事に繋がっているのかな、という気がします」
岡「じゃあ、家がホテルの一族というか、小さいころの山口さんにとってホテルとか旅というのはどういうものだったんですか?」
山「そうですね、すごく身近なものですよね。ホテルも経営の一族だったし、旅も母は旅行作家であると同時に小さな旅行代理店もやっていたんですね」
岡「へえ〜〜、じゃあホントに旅行と旅とホテルが好きなお母様だったんですね」
山「そうですね。だから家に当時の海外旅行のパンフレットがいつも送られてきていたし、ガイドブックがあり時刻表があり、というそういう中でそういうのをおもちゃみたいにして育ったという」
岡「へえ〜〜、聞いてみたかったんですけど、旅ってなんですか?山口さんにとって」
山「う〜〜ん」
岡「ぼくらだったらリラックスしたり、新しい刺激があったり、癒されたりみたいな」
山「どちらかというと、今自分の日常にないものを私は求めたいですね。癒しだけだと刺激がないかなと」
岡「そもそも何か国くらい行っていますか?」
山「そうですね、数えてみてだいたい50か国くらいだと思います。こういう仕事をする人間としてはそう多くはないんです」
岡「あ、そうなんですね」
山「だけどもパプアニューギニアとか、数を重ねてしまう」
岡「箱根からパプアニューギニアまで、いろいろ執筆されているということですけど、今回は最新著書の舞台がなんとスリランカ。『熱帯建築家ジェフリー・バワの冒険』隈研吾さんと一緒に書かれてるということで。ジェフリー・バワ、僕実は何年前だろう、3年前。行ってるんですよ。いいですよね〜、ジェフリー・バワ。なんで今ジェフリー・バワだったんですか?」
山「あの、もともとこの本を出す前に『アマン伝説』という本を出したんですが、」
岡「来た!アマン!アマンねえ〜〜、行ったことないんですよね〜、すごいいいって言いますよね」
山「そうですね。これはアマンを中心にアジアンリゾートの成り立ちを書いた本なんですけれど、この取材をしている中でこのアジアンリゾートの原点にジェフリー・バワという建築家がいると知って」
岡「じゃあアマンの原点」
山「といってもいいと思います」
岡「どういうところがですか?」
山「二つ要素があると思うんですね。アジアンリゾートってアマンがもちろん有名なんですけど、実はその前にもインドネシアのバリ島のほうでブテイックリゾートがひとつありまして、そこが始めたリゾートの形があって、そういうライフスタイルと、もう一つ建築なんですよね。建築が西洋は閉ざしたもの、でも熱帯では自然は感じたい。そういう関係性のある建築というのがアマンの要素で。その原点になったのがジェフリー・バワと大きく言えると思います」
岡「ぼくも行ったんですけど、岩のなかにあるホテル」
山「カンダラマ、ヘリタンスカンダラマ」
岡「サルはいってくるやつです(笑)」
山「そうです、そうです(笑)」
岡「サルはいってくるから窓あけるときは覚悟してくださいって言われるんだけど、朝起きたらサルがウェルカムフルーツみたいなの頑張ってとりにいくんですよね」
山「サルと一緒にうつっている写真ありますよ、このなかに」
岡「あ、どれだろう。。。カンダラマ、良かったですよね。あ、あった!サルね、こんな感じですよね。ほんとだ、サルがね、こんにちは、って言って言いにくるんだけど、本当に自然と融合した建築と自然を一つにまとめたバワの建築っていうね」
山「そうそれがやっぱりバワの建築のこれまでなかったとことなんですね。で、隈研吾さんがね、書いてくださった冒頭のタイトルが“庭のなかの孤独な人”っていうタイトルなんですけど。庭のなかっていうのは、庭も建築だよ、と考えたのがバワなんですよね」
岡「今なんでバワだ、っていうふうに?ぼくが行ったときにはバワのこういうガイドブックってなかったんですよ。僕が行くときに作っておいてくれたら良かったのに」
←(なんかいいかた可愛かったです^^)
山「いや、私のなかでは、別に今がバワにふさわしい時だから出したというのではなくて、たまたまアマン伝説という本をやっていてバワが出てきて、あ、これはもっと
知ってもらわなくては!と思って出したのがたまたまこのタイミングだったんですけど。でも私以外にもバワ関連の本が去年から今年にかけて出ていますし、同時多発だけど相談したわけではないんですよ」
岡「最近そうですよね。雑誌とかでもバワの特集多いですし、また注目されているなというのもありますけれども」

♪♪♪♪♪♪

岡「“今世界中のリゾート地で見かけるアレもバワがうみだしたもの”っていうふうに、アレってなんですか?」
山「アレはインフニティプールのことじゃないですか」
岡「インフニティプール、、、あの水平線と同じラインでプールがある、というか」
山「そうですね、向こう側の海であるとか借景とプールが一体化するというプールです」
岡「う〜〜ん。」
山「カンダラマにもありましたよね?インフニティプール」
岡「ありました。あとね、南のほうのライトハウス」
山「それよりもアフンガーラじゃないかと思うんだけど」
岡「アフンガーラかな?…アフンガーラはね、ぼくら行ってないんですよ」
山「アフンガーラがね、そこが世界で最初のインフニティプールのホテルなんです」
岡「え〜〜!!これ載ってます?」
山「載ってますよ。今はね、温泉地のホテルのお風呂であるとか都市ホテルでも使われるようになりましたけど」
岡「あ、これか〜!へえ〜、これが最初なんですね」
山「このプールね、実際中にはいって泳ぐとぴったり一緒になるんです」
岡「へえ〜〜、海に繋がっているかのようなプールがあって。へえ〜〜、おもしろい。あそこも良かったですね、ライトハウス」
山「そうですね、ライトハウスもやはりカンダラマと並んで代表作ですからね。」
岡「室内の壁の奴とか天井とか」
山「ライトハウスはロケーションをいかしたホテルであると同時に、ゴールという世界遺産が近くにありますよね。あの歴史もデザインのなかにすごく入っているんですよ。バーの天井とかじゃないですか?」
岡「そうそう、旗みたいなのがバーッてあって」
山「昔スリランカといいましたけど、その昔の歴史にスポットをあてたデザインなんです。昔の王国の旗」
岡「あ、王国のね。ホテルというのがその場所での産業としていろんな人のチカラになるための運動みたいなものをバワはやっているというので、循環をさせたいというのでカンダラマのほうも、となりで焼却炉があったり、それで紙をつくったり、象の糞で紙をつくったりとか循環さすようにやってたり、それはびっくりしましたけどね。そこらへんはご覧になりましたか?」
山「え〜とね、それは私は見てない」
岡「あら、是非(笑)ぜひ見てください。ぼくのほうが詳しいかもしれない(笑)」
←(あら、ちょっと岡田くん得意そう・笑 嬉しそうで良かったね^^)
山「(笑)そうですね」
岡「いいですよね。入口に蛇みたいなの、、、」
山「カンダラマですよね。はいってプールの手前ですよね」
岡「白い蛇がね、彫刻のね、あとフクロウもいたりね」
山「バワは、大きな特徴としていろんなアーティストとコラボレーションしたんでね。だからああいうのはいつも一緒に仕事した人の作品が多いですね」
岡「この本でバワだけで、何か所いったんですか? 滅茶行ってますよね? 見せないですよ、アハハハ、忘れている感じしましたけど」
←(お、いたずらっ子准くんですね^^)
山「14個ですかね」
岡「ホントですか、14個。載ってないホテルもあるわけですよね。う〜〜ん、ね、バワと日本のこんにちはとか」
山「あ、そうそう、バウはスリランカの人で私の本のタイトルの遠い熱帯建築家なんですけど」
岡「どういう意味ですか?熱帯建築家って」
山「熱帯でだけ活躍した建築家という意味です。北半球にはほとんど作品がない」
岡「あ、そういうことか」
山「で、今、大阪万博のときのがあったと思うんですけど、唯一といってもいい北半球の作品。今はないですけどセイロンパビリオンだったんですね」
岡「ぼく、このチャンナ・ダスワッタさんに会いに行きましたよ」
山「あ、そうですか!」
岡「うん、バワの一番弟子ですよね。チャンナさんの家に行って、お話しをして」
山「あの例えば、カンダラマの客室の改装なんかもチャンナさんがやっていて、結構代表作の改装増築とかやられていますね」
岡「うん。なんか作っていましたね。いいですね〜〜、今バワをやるっていうのも。何か凄く素敵で。シチリアロックも行きました?」
山「行きましたよ(笑)」
岡「大変ですよね、あそこの。スリランカは好きな国ですか?旅行の中では」
山「好きな国ですね。なんていうか国民性がわりと穏やかでのんびりしていて。それは感じませんでした?(笑)インドとかと比べると」
岡「インドは、スリランカの上ですよね?インドはちょっとね、個性が強いですよね」
山「皆さん、アグレッシブだし。でもなんか同じサリー着て、同じようだけど穏やかで」
岡「優しいですよね。う〜ん。山口さんは取材を重ねる上で見えてきたジェフリー・バワの美学ってなんですか?」
山「やはりその土地の持っている、チカラとか魅力みたいなものを建築にうまく合わせていく、それぞれの土地があってそこにホテルが建築がある。たとえばカンダラマをそのまま日本に持ってきても絶対にカンダラマにはならない。その土地のチカラがあるから。その土地ならではのチカラをうまく使うというか、そういう意味でのオンリーワンですよね。バワを旅することは同時にスリランカのそれぞれの場所をよりいい形で知ることにもなる。だからどこでも同じではないものをつくる、その土地と会話するというのが美学なんじゃないかなと思います」
岡「う〜〜ん。またちょっと行きたくなってきましたけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「なんか山口さんと一緒に現地を訪れるツアーがある。これなんですか?」
山「10月の8日からなんですけど。“建築家ジェフリー・バワの美学にふれるスリランカの旅”ということで今お話ししたヘリタンス、カンダラマ、ライトハウス、などの、それぞれ2泊ずつ」
岡「行けるんですか?また行きたいなあ〜〜」
山「全部で4か所に泊まるという旅です。あと国会議事堂って行かれました?」
岡「行った〜、行きました。和風な、外からしか見てないですけど」
山「そうですね、ちょっとそう見えますけど。あれ日本の建築会社が関わっているんですけども。普段あそこは見られないんですけど、」
岡「あれ中はいれるんですか?」
山「私のツアーで行けば(笑)」
岡「へえ〜、でもあれ素敵な建築で」
山「あれはね、アジアのいろんな要素がはいっているんですって」
岡「あ、言ってた言ってた」
山「それで、私達は日本人じゃないですか、だから日本を感じるんです」
岡「そう、チャイナさんが教えてくれました。そうだ!そう、みんなが懐かしいと感じる場所にしたくてアジアの人にとってはどの国の人たちにとっても。。。そうそうそう、思い出した」
←(岡田くん、よく覚えているわ〜、と忘れっぽい私は感心(^^))
山「思い出しましたか(笑)」
岡「その中も?それは山口さんのチカラですか?」
山「私のチカラというよりもこれを企画してくれた方のチカラでしょう」
岡「へえ〜〜、行きたくなってきましたね〜〜、またジェフリー・バワ。でも僕いろんなとこ行ったりとか、仕事でですけど、なんか凄く体験しながら学べるホテルというか、なんかこうリラックスしたりとか、迎えてくれたりだけでなく、すごくいろんなことを考えられたり、バワの哲学に触れて学んだ気がするホテルだったんですよね」
山「アジアンリゾートというとただリラックスだけしに行くところって思いますけどもバワは違いますよね?」
岡「バワはなんかそうなんですよね、違う感じがして」
山「もっといろんなこと考えさせられるし。さっきバワの美学ってその土地のチカラをうまく利用しているって言いましたけど、ホテルの中にいて出なくても、そのスリランカの土地をバワが解釈した形で教えてくれているような。そんな感じなんじゃないかと思うんですよ」
岡「その土地がもっている良さ、文化をそこにいて学べるみたいな考えかたとか。カンダラマは特にそうだと」
山「特にそうですよね。岩山をだきかかえているみたいに」
岡「岩とホテルが一体化しているんですよね。すごく面白いホテルだったなあ〜というのも。まだ完成してないって、言ってましたっけ・・・?」
山「岩山って変わっていきますよね。木がどんどん生えていったり。だから整ってはいないと思います」
岡「それを言っていました。もっと何年か後にどんどん変化していくから、生命が続く限り形も変わるし変化していくから完成してないとも言えるんだって」
山「結局建築は土地と自然とともにあるから、それが変化していけば、それが建築の一部であるバワの作品はどんどん変化していくということなんでしょうね。」

♪♪♪♪♪♪

岡「世界中旅をされていると思いますけど、やっぱりこのジェフリー・バワはおもしろいですか?」
山「そうですね、おもしろいですね。ホテルにいくことが多いんですけど、やっぱりホテルとしてはピカイチに面白いと思います。」
岡「日本の建築家とかも影響を受けてたりするんですか?」
山「う〜〜ん。あんまり直接的にこのかたが、ということはないですが、今リゾートの形というのが昔とは大きくかわったんですよね。日本のみならず世界のリゾート建築に関わる人たちというのは何らか間接的に影響を受けているのでは、と思います。バワは1970年代にインドネシアのバリに作品をつくるんですね。70年代というとアジアンリゾートが生れるちょっと前ですよね。のちのバリのリゾートにこのバワの作品が影響を与えていくんです」
岡「そこから影響を受けてと。じゃあバワ以前にアジアンリゾートというのは存在しなかった?」
山「ジェフリ・バワを呼んだ人というのが1960年代に、トロピカルリゾートホテルを作った人。今もありますよ。ここのオーナーがバワを呼んだ。いろいろなお話しがあるんで、それはすみません、『アマン伝説』に書いてあるんですけど」
岡「じゃあ『アマン伝説』読みましょう、山口さんのね。読みます!」
岡「最後にですね。これから山口さんが旅行作家として伝えていきたいこと、なんですか?」
山「今の世の中、南極から北極まで誰もが観光客として行くことは行ける、発信もできる。そういう時代にプロの旅行作家としては何ができるかというと、ただ漫然と行ったのではわからない、その土地の物語というものに変えて伝えていくことだと思うんですね。そこから生まれてくる物語というのを伝えていきたいと思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
懐かしいな‾‾と思って、ジェフリー・バワ。
ホントに僕も行かせてもらったんですけど、勉強になった場所だったんですよね。
なんか建物というのは、その国の歴史であったり、それこそ文化や宗教やいろんなことを考えながら作っていたりとかね。
それでいて持続可能な長く続くものは、とかの代表格であったり。
リゾートという面でも一番最初の影響を与えたという、う〜ん、なんか凄くその国を知れた気もしたし。スリランカという国を知れた気もしたし。
やっぱりどっかの国に行ったときにホテルってすごい大事なのかな、って思わせてくれた、う〜ん。ジェフリー・バワの思想みたいなものにね、是非皆さんに触れていただくと凄いおもしろいんじゃないかな、と思います。
なんか旅があるみたいんですね。まだ間に合うんですかね、10月8日からです。6泊8日の旅を山口さんと一緒に行く。山口由美氏とめぐるバワ事務局というのを調べてもらえれば出てくるみたいなんで、是非皆さんバワの体験をしてみてください。

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以上です。

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ありがとうございました!!


では、レスり〜♪


レスり〜
posted by さすらい母 at 00:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする