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2016年11月03日

HAPPY BIRTHDAY V6!!&『Growing Reed』次にデザインしたいものは何ですか?(書き直し)

さてさて、今更ながらですが、V6のお誕生日でした!
当日はうっかりしてしまって、酷いファンです。

改めてお誕生日、おめでとうございます!!
これからもメンバー仲良く、末永く活躍してください!!
いつまでも応援します!!

コメント、くださってありがとうございます(^^)
いまからでも遅くありません。気が向いたらコメント頂けると幸いです。




ところで、昨日の『中居正広のミになる図書館』が可笑しかったです。
40代の芸能人を集めて、加齢とともにおこる悲しい実態を紹介していたのですが、ほんと、私も思い当たることだらけで笑いました。
そして、走ったら止まれないという話になったとき、中居くんが「ダッシュしたことないから止まれないというのがわからない」。そこで現れた整形外科医が、止まれないのは足の筋肉(ももの前側)の筋肉が弱っているからと指摘。
その筋力を見るためのテストがあって、足だけで体育座りをして、今度はそこから手を使わずに立ち上がるというもの。
柴田さん(アンタッチャブル)、陣内智則さん、田中美奈子さん、細川茂樹さん、細川直美さんが40代として出ていて、当然中居くんも44歳。まもなく40ということで劇団ひとりさん。チャレンジしてました。
玉森くんも出ていて、若いからできるだろうと言われてやったら、なんと!座るのも怪しくて、さらには立ち上がるのも苦労していたのです。これにはびっくり!!
ダンスとかしてるのに…いや、それ以上に若いのに!!
他の40代はなんとか無理矢理でしたが足をクロスさせたりして立ったりしてました。
細川直美さんはあっさりできたような記憶があります。田中さんも足をクロスさせたら立ててました。
そして、中居くん!!
「何年ダンスやってると思うのよ」などと言っていたのですが、座るときに支えきれず尻もちをつくように着地。そして、いざ立とうという時に「俺、これ、動けない」とギブアップ。この惨状に出演者もびっくり。
私もできる自信は全くありませんが、中居くんなんてダンスもやってるし、ってびっくりしてしまいました。と同時に、玉森くんや中居くんでもできないなら私ができなくてもおかしくないか〜、と安心してしまいました(^^;)
そして思ったのは、V6なら全員あっさりとできるんだろうなということでした。



それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:長坂常(ながさかじょう)さん・建築家
テーマ:次にデザインしたいものは何ですか?

<オープニング>
青山にオフィスを構えるスキーマ建築計画の代表を務め、家具を始め住宅の建築、リノベーションを幅広く手がけられています。
話題のコーヒーショップ、ブルーボトルコーヒー、実はあの空間を作り上げたのも長坂さんなんです。
あらゆるもの、ことをデザインする長坂さんの頭の中、デザインの原点にあるものとは一体何なのでしょうか。

<音楽あけて>
岡「長坂さん、はじめまして。よろしくお願いします。なんか素敵なお兄さんという感じの(笑)」
長「そうですか(笑)」
岡「アハハハ、メガネがお似合いで、また」
長「ありがとうございます」
岡「あれですか?可愛いおじさんとかめざしてます?」
長「いや(笑)それすごい恥ずかしいです(笑)」
岡「ハハハハハ、素敵な感じですけれども。長坂さんの手がけられたショップや空間って、訪れた人もすごく多いと思うんですけど。ブルーボトルコーヒーとか。自由が丘にありますToday’s Specialとか、手掛けてらっしゃいますけど。そもそも98年に東京芸大の建築家を卒業後、スタジオスキーマ、今のスキーマ建築計画を設立されてますけど、建築家になろうと思ったのはいつごろなんですか?」
長「そうですね、多分94年にはいったので92年くらいだと思うんですけど。一回普通の大学にはいったんですけど」
岡「え!?ちなみにどこですか?」
長「明治大学なんですけど、すぐ行かなくなって。まわりにアーティストが多くてよくイベントをやっていたんですよね。それが面白くて。恥ずかしがりやなんで、舞台をセッテイングするとかそういうのが好きでやっていて。なんか新しい、予定調和じゃない表現の仕方とかを考えられないかな、とかを漠然と思ったんですよね」
岡「予定調和じゃないもの。。。。難しいですよね」
長「難しいですよね。僕多分アメリカ文化に育ったアメリカン映画を見て育ったので、その世界観と自分の世界観のずれを感じるというか、エンターテイメントの有り方とか。たとえばコンサートのチケットを3か月前から買って、何回も練習して見に行ってみんなと同じように踊って帰っていくということを何度か繰り返しているうちに、すごく気持ち悪いというか、それに疑いを持ち始めるようになって、もうちょっと自然に楽しめる環境ってないのかな、と思うようになって」
岡「へえ〜〜,う〜〜ん。システムから気になったということですね」
長「そうですね。もっと日常あるいていて、ふっと目に入るものから自分が感動するものをつくれないかな、と」
岡「それでもう一回大学に行き直した、ということですか?」
長「友達と一緒にやってたんですけど、もう一回勉強するかな、と思ったときに、建築をやるとそういう世界に近いのかな、と思って、芸大の建築学科をうけることにしたんです」
岡「どんな学生だったんです?」
長「建築やってみたらおもしろくて。建築が楽しかったんですね。4年間は建築が楽しくて毎日勉強してましたからね。最初の動機とは大学の時はあまりリンクせずに建築がおもしろいということでやっていて。でも最近なんかやっていることはどちらかというとその時の感覚に近づいているかな、とちょっと思っていますけどね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今、六本木でサローネイン六本木が開催されているんですけど。これ長坂さん、手がけてられているということで。これテーマはなににしているんですか?写真もね、ここにあるんですけど、またね(笑)長坂さん、かっこよく写っていますけど、アハハハ」
長「ありがたいですよね、ほんとに(笑)」
岡「きりっとした感じでかっこいい(笑)」
長「あ、こうやって写真ってかっこよくなるんだな、と(笑)」
岡「今回は何をテーマにしてつくられているんですか?」
長「難しいんですけど、ILCっていう」
岡「ILC、なんですか?」
長「International Linear Collider(インターナショナル リニア コライダー)っていって」
岡「あ、リニアコライダー!」←(あらん、岡田くん、よくわかったこと(^^♪)
長「そうそうそう、加速器なんですけど」
岡「素粒子の、なんかぶつけて、原子のまた小さいのを」←(GRで学んだこと、ちゃんと頭にはいっているのが素晴らしい!!!。。。聞いてさらにレポ書いていても全く頭に残っておりませぬ^^;)
長「よく知ってますね」
岡「その先生、何人かきてもらってますから、この番組にも(笑)。日本にもつくろうというやつですよね、」
長「あ、すごいよく知ってる。それをまずみなさんに知ってもらわなくてはならないということで。まあどこまで伝えられるかわからないですけど、プロモーションの意味を兼ねてインスタレーションしているということですね」
岡「ILCっていうんですね。これ、でも凄く、これを、インスタレーションする。。。」
長「ものすごいデカい話と物凄い小さい話じゃないですか。要は小さい世界を見るためにものすごい大きなものをつくって、という」
岡「細かい素粒子を見るために、30キロくらいのものをつくる。それを最先端科学をインスタレーションするということ?」
長「それを伝えるのはすごく難しいことなので、なにをしているかというと、それだけ大きいものを作るんですよ、ということと同時にどんだけ小さいものを調べるために、というそのギャップをなんとなく感じとってもらうことがまず面白いかなと思って」
岡「そこがひっかかってやろうと思ったわけですか?オファーがきたわけですよね」
長「ひっかかったのは、意味がわからないという(笑)」
岡「どういうオファーがきたんですか?」
長「リニアコライダ―をつくる上においてプロモーションするんだけど、なんかそのためのインスタレーションを考えてくれないか、という。そもそもリニアコライダ―がなんだかわからないんですけど、みたいな(笑)。まあ勉強するんですけど、わからないという。あまりのスケールの開きに、30キロと髪の毛の一万分の一の世界。そのためにすごい多額のお金を集めて宇宙の創生?」
岡「できかたとか、それを日本にもってこようという壮大な企画計画ですよね。その場所を日本につくろうという」
長「そこに自分がどうかかわるのか、イメージができないので」
岡「勉強したんですか?」
長「いや、読みましたよ。研究所も行かせていただいたんですけど。まだ全然わからないですよね」
岡「難しい世界ですよね、素粒子ですから。みんな日常で体験できることじゃないから」
長「そうですね、まず、スケール感のギャップを感じとってもらいたいと。その果てしない探求に興味を持つんですけど。その事実をみんな知らないと思う。その事実を知るきっかけを少しでも手助けできたらな、というのが僕の考えで」
岡「巨大な土の塊を。。どういう感じですか?口で説明すると」
長「あの〜、基本的には30キロというのを2000分の一の地形をつくって断面できったような」
岡「地層が見えるような断面を」
長「そうです。そういうインスタレーションになっています。それを建築の学生たちが大地をつくって。そこにホントにちいさい線が入っているんですが、それでスケール感を感じとってもらえるような。なかでビームとビームがぶつかり合うシーンを映像で見られるようになっています。それがミッドタウンの広場のところにポンと土の塊として置かれているんですが」
岡「壮大な、メッチャクチャ時間がかかりそうですね。スタッフは何人くらいですか?」
長「何人くらいでしたっけ、、、、300人」
岡「アハハハハ、学生呼んで」
長「いろんなところから集まって」
岡「へえ〜〜、いい経験ですね」

♪♪♪♪♪♪

【建築やデザインの原動力についてお聞きしました】
岡「いつも自分の中心にあるものって何ですか?デザインでも設計でもしている中で。大事にしていることでもいいですけど」
長「知の更新っていってるんですけど。知らなかったことを知るっていうことが最初のアイデアの基になる。自分がデザインしたことによって、デザインの辞書があったとしたら、1ページの一角でも新しい知識をそこに残して行けたらいいな、と思っているんですけれども」
岡「う〜〜ん」
長「そこが一番のモチベーションになっている。それをみんなに共有してもらうためにデザインに置き換えている」
岡「今ですね、スキーマ建築計画の代表ですよね。なんでそういう名前にしたんですか?」
長「スキーマってスキームの語源なんですけど。大学でたてに事務所を開いたので最初の名前のスタジオスキーマだと家具屋さんなんですね、って言われて。建築をうしろにつければ、あ、建築やってるんだな、と伝わる」
岡「なんで計画っていれたんですか?」
長「あ、確かに」
岡「計画してるんです、っていう? 企んでいるという感じですかね?」
長「そんなに深く考えてなかったです(笑)」
岡「長坂さん、本もいっぱい出しているんですよね?」
長「はい。いっぱいじゃないです」
岡「2冊。あしたですね。10月31日。タイトル『常に思っていること』これはどういう本になるんですか?」
長「編集者のかたが7人の人に声をかけてくれて、常のことを語ってもらうという」
岡「長坂さんについて」
長「そうですね。いくつかのプロジェクトを見にいってもらって。で、それを介してぼくのことを語るという体なんですが、まったく僕のことを語っていないんですけどね(笑)7人が書いてくれた文章に僕が加筆していくんです」
岡「いろんな解釈みたいなのを。おもしろそう」
長「7人に対して必死に言い訳を書いていると、矛盾をきたしていくんですよね。多分読んでいる人もつっこめる、というか。新しいことを考えるきっかけが出来たらな、と思いながらつくった本ですね」
岡「考えてやっぱりもらいたい?」
長「う〜ん、考えるきっかけになったらいいなと思う。本を読んでいるときに受身だけじゃなく、自分の生活にフィールドバックしていくというのが本にあってほしいな、というのがあるんですけど。読んだことによって、日常考えることがちょっとでも変わってくれたらいいなということをおもって、つくりかたをくふうして作った本です」
岡「やっぱり日常の中での気づきだとか発見とか、そういうのは凄く意識されているんですか?」
長「そうですね、どっちに向いても自分にとって居心地のいい場所があるという、そういうような場所をずっとつくりたいな、と思っていて」
岡「僕らが今行きやすいのは、ブルーボトルコーヒーとか、青山とか六本木とか。あそこを作るというのはどういうイメージでつくっていかれたんですか?」
長「ブルーボトルはブランドとしての意識があるので、それをぼくなりに解釈をして空間におとしているんですけれども。基本的に彼らはフラットな関係といって。お店のひとも豆を作っている人もそれを飲む人たちも関係がフラット。それをできるだけ空間で感じとってもらえるような。お客さんがいてお店のひとがいて。どこかに頂点があるわけではなく」
岡「う〜〜ん。行こう!ハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「今、今後デザインしてみたいもの、ことっていうと何がありますか?」
長「そうですね、島を昔からデザインしてみたいっていうのが」
岡「島!どれくらいの島ですか?規模的にいうと」
岡「あの、小っちゃい方がいいかな、と思っているんですけど。何がしたいかというと、インフラから切り離された島をつくりたいと思っているんですけど。それは、沖縄の離島とか行くとそれは本島のほうからインフラが届けてしまうので、そういうのでなく自立した島をつくってみたい。そのためにはエネルギーの技術とかぼくのものではないものとコラボレーションしながらつくらなくてはいけない、というそういうテクノロジーとからんで物事をデザインしたときに、自分では想像していなかったところにたどりつけるんじゃないか、と思っていて。それが今回のの話とILCも非常にリンクしていて」
岡「どういうところが?」
長「要は住宅をつくるというと、与えられる材料と条件と必要とされる知識というのはある程度同じものなんですけど。いったんその枠を超えた技術と手を組んでデザインをするとなると、自分では想像しなかったところにたどり着けるんじゃないかと思っていて。リニアコライダ―も今全く想像できてないので、でもきっと関わっているうちになんか僕の役割もでてくるんじゃないかと思っているんですけど。それと同じように島も扱ったこともないような材料をベースにデザインを考えていくと、自分が想像していなかった空間とかにぶち当たることができるのかな、と。それがとても楽しみで。島じゃなくてもいいんですけど、島のほうがいろいろなものが必要とされそうでいいかなと思ってイメージしているんですけど」
岡「なんか聞いていると、未知なこととか、わからないこととかにチャレンジすることを凄く楽しんでいらっしゃる感じがしますけど。そういうものは怖くはないですか?知識がわからないとか、何をしたらいいのかわからない、というところにまで行くことじゃないですか」
長「そうですね。でもまあ知らないことは、きっと当然知っている人がいて。その人に聞いていくことで僕は知らなかった知識を得て考えていくので、そんなに怖いことではないと思うんですけど」
岡「明大に行って、また戻ったりとか、一貫してチャレンジして生きている感じが。いろいろリスナーの聞いている世代にとっても凄くチャレンジしているな、というか感じがすると思うんですけど」
長「そうですね、自分がやったことをもう一回なぞるということはかなり苦痛なことだなと思っていて。やっぱり次知らなかったことに踏み込んでいって、見えない世界が見えてくるという、建築を通してそれが出来るというのは凄く幸せなことだな、と思ってやっていますけど。普段考えていない目線を体験していくということはきっと誰もが楽しいと思うことで。
多分旅をするという動機もきっとそういうところがあるように、建築を介して、そういう世界観、旅をしていくような感覚なのかなと思っているんですけど」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかでも、優しいほんわかした感じの中にある、変化を楽しむとかね、島をつくりたいというのもすごくおもしろいな〜と思いましたし。
今現在六本木にあります、東京ミッドタウンで、リニアコライダーのインスタレーションをつくっているみたいなので、是非皆さんも。
11月6日までやっておりますので、是非皆さん、見に行って下さい。お願いします。

**********

以上です。

次回は再来週です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

(すなふきんさんのご指摘通りでした。ありがとうございました)

というわけで、何を書こうかなぁと思っているうちに更新してましたね(^^;)
前のを上書きしているので…
で、今回出てきた“リニアコライダー”、過去に2回ほど出てきてますね。
岡田くん、思いだしましたね。
『素粒子研究で、我々の世界はどう変わりますか?』
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/376885296.html
『“超ひも理論”とはどんな理論ですか?』
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/423170351.html
いずれにしても難しい。それを門外漢の長坂さんがインスタレーションしなければいけないとは…って、この“インスタレーション”のイメージがネットで調べてもわかないんですけど。
わからないことばかりな回でした(^^;)


では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 01:35| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

『Growing Reed』撮るべきモノは時代が作るとはどういうことですか?

御無沙汰してすみません。



先日BSプレミアムで放送した長野くんの『長野博のこだわり美学』という番組、ごらんになりましたか?
比内鶏の卵で究極の目玉焼きをつくるというものでした。
同行者は千鳥のノブさん。
否応なく長野くんのこだわりの世界へ引きずり込まれてました。
手法は、卵を黄身と白身に分けて時間差で土鍋で焼くというもの。
こんな手間のかかる方法は私には向かないわ〜と思いながら見てました。
でも、相当美味しかったみたいで、長野くんが「時間をかけただけ美味しくなる。時間は嘘をつかない」みたいな名言(?)を述べておりました(^^)
他にも、ノブさんがそれだけ食べ歩いているのにおなかが全然出てないのはなぜか?と訊いた時、「今もやってますよ」と一言。
息を吐くときにおなかをぎゅーっとひっこめると。さらにおしりもかちかちにしてケツ筋を鍛えるというのです。それで長野くんの固いおしりが作られているのか!!
いやいや、確かにおなかをひっこめるというのは“ドローイン”というものでダイエットによいと言われてますよね。それはなんとかできるとして、同時に(なのかな?)おしりまで固めるのはかなりむつかしいです。
それはそうとして、やっぱり長野くんはどんなときでも意識していてすごいなぁと思いました。
そういうのは道具もなにもいらないし、まとまった時間を取られるわけでもないから、地道に気がついた時にやったらいいですね。
癖付けされるまでは大変だけど、思いだしたらやるようにします♪



それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:篠山紀信さん・写真家
テーマ:撮るべきモノは時代が作るとはどういうことですか?

<オープニング>
紀信さんといえば言わずと知れた日本を代表する写真家。
1960年代から2010年代の今に至るまで50年以上にわたり常に第一線であらゆる人を激写し続けています。
そんな篠山紀信さんの最新作は『快楽の館』。
原美術館を舞台に撮ったヌード写真を原美術館に展示という前代未聞の展覧会を開催中です。
なぜ紀信さんは快楽の館に原美術館を選んだのか。
紀信さんにとっての快楽とは何なのか。
今夜はちょっと刺激的な快楽の館を覗いてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「紀信さん、お久しぶりです」
篠「いや〜、久しぶりですね」
岡「最近あれですね、撮ってくんないですね」
篠「何言ってんですか(笑)もう」
岡「アハハハ、撮ってくんないじゃないですか」
篠「老人のカメラマンよりも若いきれいなカメラマンのところに行って、撮ってもらっているから(笑)」
岡「(笑)切り返された、アハハ、10年くらい前まで結構撮って、海岸行ったりいろんな」
篠「こんな今みたいな髭はやしたさ、じじいじゃなくてさ。あの時の、、、、」
岡「じじいになって撮ってくれなくなったじゃないですか」
篠「いやいや、そうね、男もやっぱり若いうちがいいよね(笑)」
岡「アハハハハ(爆笑)。今めっちゃ忙しいですね。今箱根彫刻の森美術館でも開催してますよね。『KISHIN meets ART』っていう写真展もやっているし、原美術館で『快楽の館』。あれもやってるんですよね、『写真力』。全国で回ってるんですよね」
篠「うん。横浜に来年の1月4日から始まりますね」
岡「これいいっすよね〜。この写真集」
篠「僕ずっと美術館っていうのはね、作品の死体置き場だとか言って、すごいね、嫌ってたの、俺」
岡「アハハハ、ずっとですか?若い時から?」
篠「美術館っていうと、写真を額に入れてさ、これは芸術でございますから鑑賞しなさい、っていう感じが嫌いで。もっと開かれたものじゃないかと」
岡「パワーありますからね」
篠「そう。だからね、あんなところでやりたくない。で、このくらいの歳でやるとさ、もう回顧展、総集編、篠山もいっちょあがり展とか言われてね」
岡「アッハハハ」
篠「そういうところでやりたくない!って言ってたら誰も頼みにこなかったね」
岡「ずっとですか?」
篠「(笑)だけどね5年くらい前に熊本の現代美術館からちょっとやってみたらどうですか?と言われて。非日常的な空間にすっごい写真のチカラが満ち満ちた写真を大きく伸ばして置いたらどうなるか。空間力対写真力のバトル」
岡「あ、戦いなんですね!?」
篠「そう、それをやろうとしたのが写真力展ってやつなんですよ」
岡「写真力のね、写真集。これ凄いですよね。パワーあふれまくっているというか。数々の有名な方からミッキーマウスまで。ね」
篠「これおもしろかったですよ。こんなに巨大に引き延ばしたこと無かったんで、初めてみるような感じがするの、僕自身が」
岡「あ〜〜」
篠「でね、写真を4枚くらい繋げてのばすね、横9メートル縦3メートルくらいの写真をね、感動したね。僕も初めて見て」
岡「へえ〜〜。ご自身でこれだけ撮られているわけじゃないですか。振り返ってみてどうなんですか?もうパワーが違うじゃないですか。紀信しゃん、、、紀信しゃんって言っちゃったけど(笑)紀信さんの作品って」
篠「そう?」
岡「パワーあると思わないですか、自分の写真に。だって写真は芸術だなんて、言いたくないんですよね。芸術じゃねえよ、って」
篠「うん。もっと開かれたもの。芸術的なものも一部にはあるけれど、もっと写真ってさ、いろいろなことできるじゃない。たとえば男の子を、ね、。。。させるとかね」
岡「今。ピーはいったかな(笑)?大丈夫かな。深夜だから大丈夫かな(笑)」
篠「感動させるとかいろいろできるからさ。僕は雑誌が好きなんだよね。アート雑誌じゃなくて。岡田さんの写真で覚えているのはさ、女性自身で撮らなかった?海行って」
岡「とりました。だんだん脱がされていったやつね」
篠「あんときさ、岡田くんって綺麗な子だな〜と思ったよ、俺」
岡「それこそ24、5くらいの」←2003年の夏号だから岡田くん22歳です)
篠「ほんとに、あんた美少年だったね〜」
岡「俺ね、わすれもしないですよ。その時期何回か撮ってもらったんですよね。スタジオにもお邪魔したりとか。紀信さんと作品をつくるとかも多くて。紀信さん、のってくるとね、ちょっと上着脱いでみようか、みたいなね。脱がされていくんですよ。こうやって脱がしていくんだな〜って(笑)」
篠「海だからさ、波がくる、濡れる。当たり前じゃない。結構ノってたよ(笑)」
岡「そりゃ紀信さんにとりあえず脱いでみようかっていわれたら(笑)。自然に。魔力ですよ。紀信マジック」
篠「エロかったね、、あの写真ね。しかも。俺ね、あれ忘れられない」
岡「エロかったですね。思い出の写真残ってます?」
篠「残ってるよ。でもだいたい撮ったことを覚えているね」
岡「構図として覚えているわけじゃないんですか?」
篠「そんなこと無いよ、人間」
岡「あ、じゃあ、これ勝新さんとか。これ都庁ですか?都庁の前で座頭市の恰好して下駄飛ばしてんですよね(笑)」
篠「当時ね、東京を代表する建物といったら都庁だったのよ。だからその前でやろうと言ったら、突然下駄をパーンと飛ばしたの。その一瞬を逃さず撮っているカメラマンのうまさ(笑)」
岡「すごいですね。いい位置に下駄飛んでるんですよね(笑)。見てもらいたいなあ〜、写真展。三島さん、三島由紀夫さん、これ矢にささってますよ(笑)」
篠「これ三島さんが亡くなる1年前だよ」
岡「ムキムキの、ゴリゴリのときですよね」
篠「男の死にざまとかそういうのを撮りたいっていってね」
岡「捜してたときですよね」
篠「セバスチャンの殉教っていう有名な絵があるんだけど、矢がささってくるんですよ」
岡「死にざまを捜している、もろその時ですよね」
篠「テレビだとヌードだすといけないけど、ラジオだとなんでも言えるじゃん。ちょっとヌードの話してよ」
岡「ヌードね、いま、原美術館」
篠「あ〜、原美術館」
岡「忘れないで下さい(笑)そのために来てくれてるんですから、(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「原美術館。行きましょう、じゃあ。原美術館で開催中の『快楽の館』。これなんかすごいですね。品川の原美術館ですよね」
篠「そう。行ったことある?」
岡「あります。たまに行きます」
篠「いいでしょ?」
岡「いい場所ですよね」
篠「あの美術館は80年近く前に建てた原さんの邸宅だったの。で、そこを40年前くらいに美術館にしたんですよね。だからいろんな歴史があって。趣がある。品川の閑静な住宅街にある」
岡「此処でヌードを、ここで撮った写真をここに返す」
篠「アイディアとして、全部ここで作品を撮ろうと。それで作品をここに返そう。と。原館長がおもしろいじゃないかと。どうせならヌードでやりたいと言ったら、ヌードいいじゃないかと。写真ってすごく場が大切なのよ。そういう歴史のある建物だから建物自身に色気がある。空間に庭があったり、タイルが貼ってあったり」
岡「これ何枚くらい撮ったんですか?」
篠「33人のモデルと77点の作品が飾られてますね、今」
岡「すごいなあ〜」
篠「これね、新体操やる女の子でね、すごいよね。それは壇蜜さんだよ」
岡「壇蜜さんですよね、お札のようなかんじで」
篠「そう」
岡「原美術館のどこですか?これ」
篠「裏の庭のほうに行くとそういう門があるの」
岡「へえ〜〜。寝転んだり。やっぱりヌードはこだわりが強いですか?歴史がありますよね、紀信さんは」
篠「作品をつくるときに、僕の思いとか考えを一番直接的に表現できるというのはヌードが一番いいと思ったの」
岡「なんか作られているの嫌いですよね?」
篠「そう」
岡「俺もなんか写真撮ったときに、なんかこうメイクさんとかが直しにきて綺麗につくろうつくろうとしているものが好きじゃないですよね」
篠「だって、岡田准一さ〜、すっごいチャーミングでさ、男前でさ、こんなのをヘアメイクだなんだっていって、顔塗りたくってもらいたくないよ、俺は」←(紀信さん、ありがとうございます(^^♪)
岡「アハハハ、生身のなんかうつる、そのものの本質を撮ろう、みたいな感じが強いですよね。現場でもそう、写真みてもそうですけど。生身のもっとなんか深いものを撮りたいみたいな」
篠「それでどんどん反応していくとさ、そうあの海で撮ったときだって、波なんかきて全身波まみれになっちゃったときにさ、こう撮られてる気分が高揚してきてさ、あれエロかったよ、あれすごいいい写真だよ」
岡「(笑)すっごい誉めてくれますね。俺とやったあの海のね」
篠「そう、あれはすっごい憶えてる」
岡「快楽の、これめっちゃ大きく引き伸ばして」
篠「そう、もうほぼモデルは等身大、それ以上ね」
岡「本人より小さいことはない」
篠「だって美術館なんだから壁面すごく大きいんだもの。3台のカメラを繋げて同時にシャッターをきれるようにして、それを巨大に伸ばして3枚つなげるわけ。だから壁面いっぱいくらいになる」
岡「男性も撮ってるんですね?」
篠「たったひとりだけね、オカダ・カズチカさんっていってね」
岡「プロレスラー」
篠「そう!この人がたまたまほかの雑誌でヌード特集をやるというので。ちょうど僕のスケジュールとあったんですよ」
岡「すっげえなあ〜。迫力ありますよね」
篠「きれいだよね、この人」

♪♪♪♪♪♪

【紀信さんがなぜヌードを撮り続けるのかお聞きしました】
岡「そもそも歴史長いじゃないですか。ヌードを撮り続けている原動力ってなんですか?」
篠「ヌードっていうのは便利なんだよ。その人の素が出るじゃない。スッポンポンのほうが僕のイメージを直接的に表現できるわけよ。だいたいヌードっていうのはみんな見たがるのよね。うん。見たいでしょ?岡田くん?」
岡「言葉は控えさせていただきます(笑)」
篠「え〜!そうなの〜!?」
岡「アハハハハ、いやでもパワーあるからなあ〜。ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんのこの写真だって世界で絶賛されている。。。」
篠「なぜこの写真が有名になったかというと、このキスしているのは、彼らの最後のアルバムとなったダブルファンタジーっていうののジャケット写真を頼まれたんだよ。夕暮れ時の写真で。その撮った3か月後に凶弾に倒れて殺されちゃうわけよ。だから最後の写真だからみんな印象が強いんだよね」
岡「なんかそういう歴史と共に近くに紀信さんがいる感じがするじゃないですか」
篠「まあ撮ったあとに亡くなるとか、私が撮ったら亡くなるというわけじゃないんだよ(笑)」
岡「ハハハハ、時代の近くにいるというか」
篠「時代の突出した人を撮ることが多いからね。だから後から見ると、その写真が時代を表現しているということになるわけだよね」

♪♪♪♪♪♪

岡「いまだにパワー有り余った写真を撮られていると思いますが、その秘訣はなんですか?」
篠「秘訣、、、」
岡「10年前と変わらないじゃないですか、紀信さん」
篠「いやいや、確実に歳をとっている、疲れているんですけど。撮るということは僕はね、善意の写真家で。その人の一番魅力的なところを引っ張り出そうとする。それにはね、その人に対してのリスペクトというか、“この人こんなことやるんだ、すげえ人だな〜”とか“この人の横顔こんなに綺麗なんだ、すごいなあ〜”とそういうふうにいつも思って、その人の一番いいところを撮ろうとする。この人の仮面をはがしてやろうとかいう思いは全くないわけ。そう。みなさん、みてください。10年前の海辺のヌード、ヌードじゃないか、裸の。いいよ、今でも」
岡「乳首は出てたと思いますけど(笑)脱がされて脱がされて。アハハハ、、そうか、みてみようかな〜、もう一回」
篠「あの写真、いいよ」
岡「(笑)もう一回みたいな〜。まあ快楽の、もう一回戻りますけど、来年の1月9日まで。巡回しないんですね?」
篠「これは原美術館で撮って、原美術館に返すことに意味があるんだって。だから巡回展ってできないのよ。一回ぽっきり。貴い展覧会ですよ。早く行ってくださいよ。あしたの月曜日は休館日だから火曜日行ってくださいよ」
岡「アハハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「これから撮っていきたいものってなんですか?」
篠「僕はずっと撮っているのはさ、その時代に突出した人、こと、ものを撮っているわけだからさ、僕が考えるよりも時代が生んでくれるんだよね」
岡「ほお〜〜」
篠「だから結局ぼくが考えるより時代に聞いてもらいたいっていう感じですね、アハハ」
岡「紀信さんって、ちょっと個人的なアレですけど、結構ノリで撮っていますか?」
篠「ノリですね。直感ですね」
岡「考えてきたというより、現場でアシスタントの人と話すわけでもなく、なんかはい終わり〜って(笑)」
篠「考えてくるって最悪なのよ」
岡「考えたことないですか?」
篠「ロケハンもしないもん。ロケハンしたってその日の天気だって雨になったらどうすんのよ」
岡「若い時から考えたことないですか?写真で」
篠「(笑)バカじゃないから一応考えるんだけど。考えるっていうのは、絵をつくってくるんじゃない。だから僕はね直感、出会いがしらドーンと。だから僕のは早いじゃない。あっという間に終わっちゃうじゃない」
岡「はい。めっちゃ早いです。え、え、え、え、はいOKみたいな。ただ脱がされましたけど(笑)」
篠「でも岡田くんね、誰でも脱げって言ってるわけじゃあないよ。ちょっと岡田くんは狙ったの。ちょっとこの美少年を脱がしたい、と思ったの(笑)ちょっとはにかみながらっていうか、ちょっとう〜んっていうね、そこがまた可愛くてね(笑)良かったですよ」
岡「おめがねにかなったという(笑)。また機会があったら撮ってくださいよ。まだぼくやってますよ。おじさんになりましたけど。アハハ、もう脱げないと思いますけど」
篠「え、そうなの?」
岡「恥ずかしいから。ハハハハ、20代だけですよ」
篠「でもあれだよね。歳をとるとそれなりの良さがでてくるから、人間って」
岡「そうですよね」
篠「おもしろいよね」
岡「じゃあ今ぼくを撮るとしたらどうします?どこで?」
篠「ここで脱いでもらおうか(笑)」
岡「ここかい!(笑)J-waveの」
篠「ガラス越しにほら結構女の人が期待して待ってるよ。あれ!?岡田さん、ホントに脱がなくていいのよ!?」
岡「アハハハ、脱いでないから(笑)ラジオマジック使わなくていいですよ(笑)。ね、これからどんどん楽しみに。あ、歳いいたくないですか?お歳秘密ですか?」
篠「そう秘密。聞かれると100何歳だったかな〜」
岡「170くらい」
篠「金さん、銀さん、紀信さん、ってね、3人きょうだいなんだ、俺」
岡「これからも時代を撮っていってくださいね」
篠「そう、よろしくね。撮りましょうね」
岡「ぜひ」
篠「でもね、ぼくから岡田さんを撮りたいっていうよりもね、岡田さんが、今度の雑誌の企画は篠山に頼んでよ、と言ってくれればいいんだよ。こないだラジオで撮るって約束したから絶対OKだからって」
岡「わかりました。ここぞという時にお願いします」
篠「よろしく、うん」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
やっぱパワフルですよね。
現場でもお会いしたりとか、写真を見て思うのは、なんか楽しまれている感じがするんですよね。
今日は何撮れるのかな〜みたいな、童心といったら怒られるのかな、何がうまれてくるのかなと楽しみながら、その時の感じたことを撮るとおっしゃいましたけど、そういう感じをずっと忘れてないんだろうな、と。それを忘れないでいれる、ってずごい難しいじゃないですか。
50年以上やってきて。こんなもんだろう、あんなもんだろう、と経験で思いがちなことを、なんか、結構笑いながら撮っているんですよね、紀信さんって。
それがとても印象的で。今の『快楽の館』ですか、原美術館でやっているの、なんかガハハハッってあそこ行ってみようか、って楽しく撮ってすごい迫力のある写真が原美術館に1月9日までやっていますので、見に行っていただけたらいいなと思いますし。
あと、写真力ですね、これも1月4日から横浜のほうで順次回っているようなので。
この写真力はね、すごい写真集だと思うんだよね。
是非皆さんも、あの、見に行って下さい。

******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

紀信さん、あっきーのお父さんでしたね。
息子よりまだまだパワフルな感じ。
その、岡田くんのヌードは私はまだ岡田くんに注目していなかったので目に触れずに来てしまいました。
どんなんだったのかな。
それにしても、恥ずかしそうにしているところがいいなんて、紀信さん、S?!
そして、ジョンレノンオノヨーコさんのあの写真も紀信さんの作品だったなんて、今まで知らなかったです。お恥ずかしい…。
宮沢りえさんの16歳?くらいだったかのヌード写真も確か紀信さんでしたよね。あれも衝撃でした。でも、衝撃だけどいやらしさはなかったですよね。そこらへん、やはりうまく引き出しているということなのかもですね。
まだまだ要注目の紀信さんですね。



では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 15:10| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

V6のドリフェス&『Growing Reed』なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

ずいぶんご無沙汰してしまいました。

昨日は友人がテレビ朝日のイベント『ドリームフェスティバル』に連れていってくれました。
3日間のイベントで、昨日は2日目。
われらがV6の出演日。
とにかくすごいの一言。
トップバッターでした。
曲目は三宅くんが考えたといいます。それがもう…。
これぞV6という要素がぎゅぎゅっと詰まった曲目に演出。
開場をあっという間にひとつにしたのでした。
それを証明するように、Twitterでも話題になったようですし、プロの方のレポートにも書かれてました。それがまたうれしくて。
風間大洋さんというかたのブログに非常に詳しくレポートされていますので是非検索してみてください。
記事のタイトルは『V6からエレカシ、いきものがかりまで、ジャンルを超越した数々の瞬間 テレビ朝日ドリームフェスティバル 2016・2日目』
そして、tweetのまとめもあって、これは『【未知との遭遇】V6の『ドリフェス』のステージにジャニーズ初体験組が衝撃!「演出が凄い」「感動」』で探してみてください。
曲目は
1. MUSIC FOR THE PEOPLE、2. TAKE ME HIGHER、3. Believe Your Smile、4. HONEY BEAT、5. fAKE、6. Will、7. SP<エスピー>“Break The Wall”、8. Beautiful World、9. Over、10. Wait for You、11. Darling、12. CHANGE THE WORLD、13. 愛なん、14. WAになっておどろう
すごいでしょう!!
いのっちと三宅くんのじゃれ合いもあったり、短い中で本当に贅沢なものでした。
やっぱりライブはいいですね〜!!
これでまたファンが増えたりして!!

いつ帰ろうかと思っていたんですが、結局やっぱり普段は見ないアーティストのステージも楽しくて、最後までいました。
それぞれ趣向を凝らして持ち味があってよかったです。
そしてどのグループもV6に驚いたというようなことをおっしゃってくださって、それもまたうれしかったです。
星野源さんはギター一本での弾き語り。それでも時間が短く感じられたのはさすが。
トップバッターがV6で、次がレキシで賑やか…とかなんとか口走ってしまって、次の出演者がレキシとばらしてしまった源さんでした(^^;)。内緒にしておかなきゃいけなかったみたいです。
しかし、特に面白かったのが、初めて知った(“聴いた”ではない)レキシというバンド(リードボーカル氏の芸名なのかな?)。歴史をネタにした曲を歌うのが特徴のひとつのようで、そのなかの曲で弥生時代になって狩猟から農業に移ったみたいな歌なんですけど、そこでファンがグッズとして手にしていた“稲穂”が活躍の時を迎えます。
でもファンじゃない私らみたいな人たちは手を稲穂みたいにぶらぶらさせて参加してくださいということになって。
そしたらレキシさんが『輪になって踊ろう』のメロディーで「うおーううおー。さあこうやって踊ろう。ららららら〜稲に見えるから」って歌いだして。バンドもそれに対応して演奏し始めるし。他にもいきものがかりの歌のメロディーで「稲穂だよ〜」とか、星野源さんの曲でも替え歌をしてました。
なんか楽しかったですよ。
PUFFYは全然変わりない。もう20周年なんですって!!息もぴったりでした。で、ペンライトに興味を覚えたらしく「それ、V6のグッズ?」なんて聞いてましたよ。
エレカシはものすごい入念なサウンドチェックをしていて、音にこだわりがあるんだなあと思いました。ボーカルの宮本さんが花道を走って行ったり来たりすると、背後でローディーかなぁ、スタッフがマイクのシールドを歌いやすいように手で繰っているのが見えて、かなりステージングにこだわりがあると見受けました。歌はパワフルでしたね〜。
そして最後はいきものがかり。バラードが有名ですが、結構激し目な曲もあってびっくり。
ボーカルの子がジャンプしたり走り回ったりと、テレビで見たことのない元気いっぱいな姿でした。
最後だったからアンコールもあってそこはちょっとうらやましかったです。
まあでも、V6が最後だったらきっとジャニーズのアイドルを聴いてもしょうがないって、聴きもせずに帰るお客さんも多かったと思われ、その点ではトップバッターというのはよかったなぁと思いました。


それでは、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
今回も周回遅れで申し訳ないです。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:青山邦彦さん・絵本作家
テーマ:なぜ建築の世界から絵本作家に転向されたのですか?

<オープニング>
実は青山さん、かつて建築設計事務所に働き、現場監督や建築コンペに参加していたというキャリアの持ち主。
建築の世界から絵本作家に転身した青山さんが描きたかったものとは一体なんなのでしょうか。
今夜は青山さんの選択から、自分らしく生きるためのヒントを探ります。

<音楽あけて>
岡「青山さん、初めまして」
青「あ、どうもはじめまして」
岡「よろしくお願いします。今ぼくの目の前に青山さんの作品が並んでいますけど。すごいですね。これ、ちょっと見させてもらって、滅茶苦茶細かいですね、絵が」
青「それしか能がない(笑)」
岡「なかなか、絵描きさんでもこれだけ細かく描かれるというのもなかなかないんじゃないですか?」
青「いやあ、結構いるような気がするんですけどね〜」
岡「ほんとですか。『どこにいる?だれがいる?さがせ!』、っていうの、日本の歴史のやつで、これぼく大好きです(笑)」
青「あ、ありがとうございます」
岡「これおもしろいですね〜〜。すっごく細かいですものね〜この絵が」
青「さがせ、という目的で描いたんでね、どんどん描きこんじゃってください、みたいなことは言われていたんですけども」
岡「へえ〜〜、こんなに細かくね。戦国時代でザビエルさがしたり、キリシタン大名さがしたり、大阪冬の陣で猿飛佐助、服部半蔵、真田幸村、伊達政宗とかね、いろいろ捜したりする絵本ですけど。ねえ、日本の歴史を時代ごとにかいているのもあれば、スカイツリーまでありますけど」
青「まあ、形あるものは、ね、かけちゃいますね」
岡「形あるものが好き?」
青「好きというか、どうでしょうね〜、まあ、空間をかくのが好きといえばよろしいでしょうかね」
岡「青山さんのファン層というのはどういう人なんですか?」
青「いや、知りません(笑)というか、ファンをみたことがない(笑)」
岡「アハハハ、そんなこと無いでしょ」
青「あの〜、岡田さんのお仕事みたいにね、ファンの方々と向かい合ってやることないですから。向き合うのは編集さんばっかり、という感じでね。読者さんというのは本のむこうにいる方々という感じで」
岡「う〜〜ん。もともとは建築家。」
青「建築学科を卒業して建築事務所にはいって、というかんじで」
岡「それどういうあれなんですか?」
青「もともと小さいころは漫画家を目指していまして。で、手塚治虫さんの大ファンだったんですね。スケッチブック片手に」
岡「テレビをスケッチしていたんですか?」
青「テレビの中のレオとかね、だからもう疲れましたね」
岡「へえ〜〜、そういうのをスケッチする子供だったと」
青「そうですね、かけるようになればクラスでもすげえ〜とか言われるんだろうな〜と思いながら。大概の漫画家が勉強なんかできなくて漫画ばっかり描いてたというのを読んでいて、手塚治虫さんもそうなんだろうなと思っていたら優等生でしたね」
岡「手塚さん、そうですよね」
青「ええ、なんかすごい優等生で」
岡「青山さんはどうでしたか?」
青「それを見るまでは全然勉強なんかしなかったんですけど、どうしても近づきたいと。やっぱりこんなに品があるのは優等生だったからかと」
岡「哲学があったりとか」
青「そうですね。なのでこれはいかんと思って、優等生にならなきゃと思って。小学校5年生くらいから受験勉強を始めてしまうわけですね」
岡「忙しかったですね、受験勉強はじめながら絵も描いて」
青「まあ、野球もやってましたから、3本立てみたい感じでしたね。一応医者をめざせばいいんだな、と思っちゃったわけですけど」
岡「あぁ、はいはい」
青「で、一応私立に合格してね、中高一貫校の私立に行ってね。勉強大変な学校だったんですけど、そのうち数学とか得意になりはじめちゃって。高3のはじめかなんか、テレビの特集で、細密画をアクリル絵の具とエアーブラシでかいているのを見て、そのころから漫画家からイラストへ。真似事で描いていって」

♪♪♪♪♪♪

青「ですからそういうところでちょっとイラストに転向して、という感じね。それで手塚治虫さんがちょっと薄れてきちゃって。それで数学が得意になってきちゃってて、理系で絵をかくところってないのかな、となったときに、建築という(笑)」
岡「それで建築にいったんですか(笑)。それは図面ということですか?」
青「建築を一応めざして」
岡「早稲田いってるんですね。また勉強しましたね。早稲田の工学部建築学科」
青「はいってみたら、違いましたね。かなり絵的な要素が多くて。先輩の課題を手伝うというならわしがあって。それまでは本格的な設計はしないんですね。設計じみたことをやるのはほとんど3年生からなんですけど。それを後輩率いて手伝わせる。そこでやり方を覚える」
岡「きょうもこのスタジオに入って来られた時に、外を嬉しそうに見ていらっしゃいましたけど、景色とか好きなんですか?」
青「そうですね、やはり舞台として舞台空間として、見る感覚。だから絵本といってもほんわかという感じというよりは、まあ建築やっていたときから、ずっと絵本、、、まあ絵本作家になろうとは思ってはいなかったんですけど」
岡「もともとは絵本作家になるとは思っていなかった?」
青「思ってなかったですね。今から考えると」
岡「転機になったのは何なんですか?」
青「そうですね。アトリエ事務所にはいって、3年くらいたったときに、大分県でホテルをやることになって。そこで現場管理で行ったんですけど。そのとき一日の終わりにどうなったかというのをスケッチして。それを本にしたのがこれなんですけど」
岡「あるんですね、目の前に。へえ〜〜!凄い。分厚い、ほんとに辞書みたいな。こんなに描いたんですか!?」
青「ほとんど暇人っていわれてましたけどね」
岡「暇人じゃないでしょ(笑)だって現場に仕事としていって、終わってからこれ描いた。へえ〜〜、建築絵日記ですね」
青「そうですね。まあなんかね、バラの紙にかいてみるのを本にしてみるのとでは違うんだなと」
岡「これね、なんにもないところから基礎造りのところから、これ模写ですか?イメージもはいってます?」
青「いや、はいっていません。その場をみただけ」
岡「なんか季節の移り変わりもはいっていて。日付も天気もあって、どんどん出来上がっていくんだ、おもしろいですね」
青「まあこの頃から潜在的に絵本のことは考えていたのかもしれませんね」
岡「はっきり思いだしたのはいつなんですか?このときはまだ思っていないんですね」
青「漠然と思っていたんですけど。30を前にして。なんかやんなきゃなって。
岡「あ、ありますよね。30と35くらいにありますよね」
青「あ、35でもあります?わたし30でやっちゃったんで(笑)」
岡「30くらいのときに、やっぱりこれでいいのか?とか」
青「あ〜、毎日思っていました(笑)」

♪♪♪♪♪♪

【青山さんの絵本の神髄に迫りました】
岡「それで、ちゃんとしたって言ったら変ですけど、なかなかやりたいことがあっても辞められないでしょ?」
青「大手じゃなくてアトリエ事務所だったので」
岡「でも辞められなくないですか?」
青「逆にアトリエ事務所とかは独立前提で行ったりするので。どうもゼネコンにいくのが怖かったので」
岡「どのくらいで辞めるってきめたんですか?」
青「ホテルやっている最中にどうも違うな、と思って。その間に建築コンペに出したんですね。絵だけ描いてだすもので。絵本的なイメージだなと思ってだしたら入賞して。表彰式にいったらほかの人たちは全然違う感じで。自分だけ絵本タッチで。もしかしたら建築業界は自分の表現の場所じゃないのかもしれないと。入選してこれから建築頑張るぞ!じゃなくて、もしかしたらやめた方がいいんじゃないか、というきっかけになってしまったのかもしれませんね」
岡「いつどうやって、俺絵本だ!って思ったんですか?」
青「そうですね〜、辞めてから30になる年にやめちゃったんですけど。その時にどうしようかな、ととりあえず絵を描かなきゃと思って。一枚の絵をかくんじゃなくて、ストーリーに乗ったドラマを展開したいな、と思ったときに絵本なんだろうか、と思ったんですけど」
岡「やっぱりなんか風景を見ても物語というか、ストーリーが感じられる?」
青「なんか最初のほうがクライマックスシーンが思い浮かんで(笑)。このクライマックスシーンに持って行くためにはどういう展開がいいんだろう、とかね。そういう組立かたで。そして、どういう媒体の手段だったら表現できるのだろうかと」
岡「イラストレーターも全盛という時期じゃないですか。デザイン系にいくのか、イラストレーターに行くのか、絵を描くっていっても、漫画家なのか、とか」
青「ぴったりいく表現手段はなんだろうか、というときに絵本だったという」
岡「う〜〜ん」
青「これに合った表現が絵本だった、というスタートでしたね」
岡「いっぱいたくさん今日持ってきていただいたんですけど。タイプもいろいろあるようで。いろいろな種類を描かれているというか」
青「完全に子供向けという絵本もつくりたいというのもあれば、建築図解をお願いしますというのもあって」
岡「そうですよね〜へえ〜〜、すごいですね。『総合商社図鑑』とかも。“知れば知るほど”“精密でありながらダイナミックな描写で総合商社の仕事がまるわかり”興味あるなあ〜〜、あ〜こういうことか〜〜、こういうのもやるんですね。ホントに。説明しようと思ったけど難しい(笑)日本で生まれて世界で育った総合商社っていうのがあるのは日本だけで、電気ガスコンビニエンスストアお弁当などで総合商社の業がいきている。天然ガスだったり電気、地球の恵みを総合力を発揮して世界に届ける、これまた難しい。。。」
青「うん、まあ一言で説明できない仕事を絵で紹介していこうというシリーズ」
岡「絵でね。おもしろい、これ子供に見せたい。こういう勉強になることも、へえ〜〜、いいですね、こんだけ細かく絵で描いてくれてたら興味持ちやすいですものね。全部取材するんですか?どのくらいかけて?」
青「半年くらいかけますね、やっぱり。たとえば社会科の絵本とかは、もう漁船とか乗っちゃったりとかね」
岡「そういうのもあれば、永遠の空間、描かれた世界遺産。うわあ〜」
青「これどこも行ってないんですけどね(笑)」
岡「アハハ、行ってないんですか。どうやって描くんですか?」
青「図面から起こすってかんじで」
岡「あ、じゃあ建築やってたアレが生かされた。すご〜い。めっちゃ細かいんだけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「10月下旬に青山さんの新しい作品が講談社から出版されるんですね。それが『大阪城 絵で見る日本の城づくり』」
青「見覚えございませんか(笑)?」
岡「ありますよ。大阪城には関わってますから、アハハハ。実際大阪に住んでましたし。大阪城はやっぱり演じる上では何度も行ってますからね。大阪城が出来上がっていく様子をイラストで楽しむ一冊。これおもしろいですね。まさに建築ですよね」
青「建築現場のスケッチを思いおこしながら描いていましたけどね」
岡「へえ〜〜、実際調べて資料あつめておこしていく」
青「この時代を見た人はひとりもいませんからね〜、想像するしかないんですよね」
岡「でも文献とかそういうのでおこしていくわけですよね。あ、石運んで、、、、原画も持ってきてくださって」
青「ここに」
岡「うわ、凄い。へえ〜〜、原画、こまかい。すごいなあ〜やっぱり綺麗、原画」
青「そうですか、私もね、ひさしぶりに」
岡「結構大きく。これはB2?」
青「A2くらいですかね」
岡「へえ〜〜、きれい。これ原画なんですね〜。細かいなあ〜、葉っぱ全部、畑とかも、わあ〜これも細かいわあ〜」
青「西洋のお城をつくる本を描く方が描きやすいと思いますよ」
岡「もうね、今見てるのは、石垣がおわって木を職人さんが建てていってる構図なんですけど。これ構図考えるの大変ですよね」
青「そうですね。絵本という限られたページ数のなかで効果的に見せるにはどうしたらいいかと」
岡「みんなが生き生きと働いている。あ、おもしろい、どんどん出来てきた!大阪城。すごいなあ〜、あ、できた。これ秀吉ですか?」
青「ですね。よくおわかりですね。良かった良かった」
岡「黒田官兵衛いないんですか?」
青「官兵衛さん、ここにしか登場していないかな〜、官兵衛さん、どこかな、」
岡「あ、いるんですか。官兵衛さん、いるんだ。ぼく官兵衛さん、やったことある」
青「官兵衛さん、ここです」
岡「あ、これ官兵衛さんですか。石田三成いないですか?」
青「三成さんはちょっとご登場願えませんでした」
岡「ほんと?」
青「アポとれなかったもんですから」
岡「じゃあ、ちょっと官兵衛さんとこに三成さん描いて。でちょっと俺もいれておいてくれてたら。これぼくだよ、とは言えないですけど、ぼくっぽいのははいっても怒られない(笑)」
青「私よくこういう場面とか描くんですけど、場面にたつような気分ってどういうご気分ですか?一度聞いてみたかったんですけど」
岡「演じる上で?」
青「そうそうそう、なんか逆の視点じゃないですか」
岡「うん。なんかね、時代をできるだけ体験しようとするじゃないですか。そのときの価値観であったり作法礼法だったり時代背景、文化を学んで行った上でたつ、じゃないですか。そういう意味では絵を描かれるのと似ているんじゃないですかね」
青「なんかそういう予感していたんでね。おはなし聞いてみたいと思っていたんですよね」
岡「ただ描くだけじゃ描けないじゃないですか。建築も知っているから描けたり、文化だったり着るものだったり,なんだろう、細かい所まで知って」
青「そう。エキストラとか一度経験してみたいな、とずっと思っていて」
岡「ほんとですか。でも大人のひとが見ても楽しめるものですね」
青「そういうものを目指しているんですけどね」
岡「なんかでも東京スカイツリーもそうですし、大人むけの日本の歴史もあるし」
青「大学の就活している人にも売れているみたいで」
岡「絵もね、細かい繊細な描写で描かれているし。自分で貫いていくというか、自分の選択をしていくということで、大事にされていたことってなんですか?」
青「う〜〜ん、やっぱりこれしかできない、という感じで描いていますからね。自分をだしていくしかないと。それで人が喜んでくれればベストだと。基本楽しんでいただきたいと。スローガンをなげかけようとかはなくて楽しんでほしいなあ〜とそれが最初であって最後。ドミノ倒しと似ていますよね。準備はすごくかかるけど皆さんの前に現れるのはほんの一瞬。それがホントに作品の運命というのか、それがまたいい所かなと思っていますけどね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
ほんとにね〜、大人が見ても楽しめる、絵本というか、なんだろう、勉強になる感じの本も描かれているし。
ホントに精密なんですよね。精密のなかに人物があって、この人を捜してみよう、みたいなのもあったりして。
なんか家族で見ても楽しめるだろうし。
ね、是非皆さんにも見てもらいたいなと思いますし。
これしかできない、って言ってたけどね、そこまで持っていくのが大事なことなのかな〜って。
俺これしかできないんだよね〜って言うのって、持てるところまでやれるっていうのがね、やっぱりすごいことっだな〜と思うし。
それってやってきた時間とやってきた強さがあるから言えるせりふなのかな、って凄く感じました。
『絵で見る、日本の城づくり』ぜひ大阪城をね、皆さんに見ていただけると。
僕はもえたんですけどね。皆さん、どうでしょうかね?
是非皆さん見てください。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くん、やっぱり興味は尽きないのですね。
建築出身の絵本作家というのもおもしろいですね。
posted by さすらい母 at 00:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

Growing Reed

ずいぶんご無沙汰してしまいました。
最近どうも…
それに、もうすぐ『ラブセン』もおわってしまう…。
なんかいろいろ寂しいですね。



それでは気を取り直して、りりーさんからいただいた『Growing Reed』をお送り致します。
周回遅れで申し訳ないです。
りりーさんの名誉のために…りりーさんはしっかり翌日月曜日にはレポートを届けてくださっております。
私の都合で本当にすみません。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:太田進さん・「週刊ホテルレストラン」を発行する株式会社オータパブリケイションズ代表取締役社長
テーマ:2020年、東京の宿泊はどう変わりますか?

<オープニング>
業界唯一と言われるホテルとレストラン事情に焦点を当てた雑誌は創刊し今年50周年を迎えたそうです。
オリンピックを控えて俄然注目を集める東京のホテル事情。
今様変わりしようとしている東京の宿泊施設の現状など、今夜は日々取材を通して、その最前線を見つめる太田さんにじっくりと伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「太田さん、はじめまして」
太「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「よろしくお願いします。あれですね、あの、ギラギラされてますね(笑)」
太「ごめんなさい。昨日海にいって(笑)」
岡「海焼けですか(笑)」
太「5月のゴールデンウィーク開けから10月までもう毎週のように。ワンちゃんの散歩がてらに行って(笑)」
岡「へえ〜〜、でも50周年を迎えられた『週刊ホテルレストラン』。これを発行されているということで。業界唯一の専門誌なんですよね。どういう雑誌なんですか?最前線を紹介しているという」
太「まあ、ホテルレストランの経営者とか、そこにお金を貸している金融関係の人だったりとか、家具だとか食材とかフロア建設会社さんとか、そういう人たちのため
になるような情報を流したりトレンドをピックアップしたりデーターを集めたり、と
いうのがうちの仕事で」
岡「たとえばどういう、、、、今目の前に『週刊ホテルレストラン』がたくさんあるんですけど、どういう特集をされているんですか?料理人の世界っていうのもある」
太「そうですね、ご存じのようにホテルっていうのは間口が広くて。あらゆる使い方がある。そこにありとあらゆる人がからんでいる。そういう人の仕事がもっとやりやすく効率よくならないか、という情報。ホテルと人の間にたっているコネクターのような存在ですかね」
岡「へえ〜〜。企業と企業。人と人をひきあわせる、繋ぎ合わせる」
太「そうですね、そんなような仕事だと思っています。ぼくらはピッチにたっているサポーターという同志という感じのイメージでやっております」
岡「読者はどんな方がいらっしゃるんですか?」
太「さきほども言いましたが、ホテルレストランの経営者、開発担当者、金融関係、教育関係の方、かなり多岐にわたっています。ただまあ、ホテルに出入りするいろいろな方と幅広くお付き合いさせてもらっています」
岡「太田さんは筋金入りの親子3代でホスピタリティの世界にいるということですけど。15歳で単身渡米されているんですか?」
太「はい」
岡「その目的は?」
太「学業がもともとあんまり得意じゃなくて。もともと音楽が好きでドラムとかやっていて音楽の世界にはいりたいな、と。それであればアメリカかイギリスに行ったほうがいい。向こうにいって英語を覚えること。環境をみること、なんとか親父に頼んで行かせてくれと。それでハワイに最初はいって。結局バイトをしながらお皿洗ったりウエイターしながら。このままこの世界にはいろうと。深く深くレストランで成功するためにはどういうことが大事なのかなと.。そのとき一番思ったのは、表のサービスは楽しかったんですが、やっぱり経営者になるということは、料理人とときには喧嘩しなくてはいけない。それで料理学校へ行こうと。料理のマネージメントを学ぶためにはアメリカのほうがいいと思ってアメリカへ行った。帰って来て、うちの家業がこういう雑誌を出しているもんですから、親父にもいろいろ迷惑かけたしお金もサポートしてもらったしで、入ってくれよということだったので。この雑誌をやる立場だと、世界中のホテルレストランに行ったりいろいろ回れるのでこれはおもしろいなと。で、いろいろやっているうちに、自分の立ち位置はどこなんだろうな、と思ったときに、あ、俺は観客でもプレイヤーでもない。しかしピッチにたってこの人たちを救うことができるんだと思って、しっくりきたんですよ。それ以降そのメンタリティーでやっております」



♪♪♪♪♪♪



岡「お父さがもともとこの雑誌をつくられた?」
太「そうなんですね」
岡「今、写真があるんですけど、似ていらっしゃいますね?(笑)」
太「そうですか。一応親子なんで(笑)。でもこの人には100年がんばっても追いつけないような偉大さとか寛大さとか。ぼくはもう90%彼の思いで、太田進という人間はできていると言っても間違いないくらい可愛がってもらいましたし、いろんなこと教えてもらいました」
岡「50年前からというと」
太「1966年。ちょうどビートルズが来た年。笑点がはじまった年ですよね」
岡「当時っていうとホテルっていうとどういう感じだったんですかね?」
太「やっぱり敷居が高くてね、特別な人しか行きません、みたいなね。」
岡「ビートルズが泊まった帝国ホテルの。。。」
太「ヒルトンホテルです(笑)」
岡「あ、ヒルトンホテル(笑)。ヒルトンホテルの何々、そこに好んで泊まっていたとか。。。」
太「そうなんですよ。それが段段ホテルの数が増えてきて、一時25年30年前くらいかな、週末のホテルの4割が関東一円から来て泊まっているんですよ。そのころからそういうトレンドが始まっていて。他の国っていうのは海外から来た人が泊まるものというものだけど、日本ではちょっと違うかたち。ちょっと自分にご褒美とか、ありとあらゆる使いかたをするので、ほかの国とは違う事情が違うかんじがしますよね」
岡「なんか紹介してて楽しいところとかあるんですか?」
太「僕はホテルを生き物みたいに捉えてて、今年あいたホテルは赤ちゃん。それに対してあそこのサービス遅いよね、とかできたばっかりなのに、そういう悪評をもらってしまうこともあるわけですけれど、やっぱり5年10年かけて、学んでいって大人になっていくような。そういう風格は時間をかけてたどりつくようなものだと思っているので。このホテルはおもしろいよ、というのは難しいんですけど、ビジネスホテルみたいなものもあればもっと小さいものもありますよね」
岡「歴史がめっちゃ長いとかいうのもありますよね。そういうのもあれば新しい日本としてのホテルとしての、、、星野さんとかもそうですよね、一回来ていただきましたけど ←
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/215499851.html#comment
どんどんチャレンジしていっぱいつくられましたよね。10年、7年前かな〜、結構前に来ていただいて、まだそんなになかったんですよ。メッチャクチャできちゃって」
太「ご存じのようについ最近は東京のど真ん中に旅館をあけたんですよ」
岡「できましたよね」
太「はい。これはもううちの親父も僕もずっと何十年も前から、なぜ日本は日本的なデザイン、おもてなしを前面にだしたものをつくらないんだろう、と思っていたんですね。日本でつくるホテルも横文字でカーペットをひいてあってベッドで寝かせるというね。これでニューヨーク、パリ、ロンドンと戦っていくの?やっぱり日本にきたら、日本らしいものを求める。そうだとやっぱり京都に連れていくとなってしまう。東京にないから。なので真っ先に彼が挑戦してくれたということは素晴らしいことだと思います」
岡「ザ・日本の文化をいれたホテルを作られたという」
太「これも生れたばかりの赤ちゃんなので、みんなで磨いて磨いて振り返ったときに、あ〜いい子が生まれたねって言ってもらえるホテルにしてもらいたいと思いますけどね」
岡「レストランとかホテルとかおもてなしの頂点といわれているものでなんか育てるっていうじゃないですか。そういう何だろう、どんどん育っていくという感じはあるんですか?」
太「あります、あります。見てて、いろいろ一年目はクレームがはいっていたけどだんだんできるようになったよね〜とか。料理も」
岡「いろんなホテル見てると、個性的で、面白いんですね。歴史とかもあるだろうし。シェフもいろいろ変わっていて」
太「星野さんと同じ時期に、もう一つプリンスさんが赤坂プリンスをぶっ壊して、ちょっと前よりも高級感のあるホテルになって。これなんかもプリンスの人たちの思いがはいっていて。そういうことが世界でもいっぱい起きている。直さなければならないならバサッと新しく建て直して。まさに今オークラホテルはそれをやろうとしています」
岡「地方もやっぱり凄いですものね。ニセコとかは有名ですよね」
太「パウダースノー、世界一なんですって」
岡「世界一なんですか、へえ〜〜」
太「ここ数年で、スウェーデンとかノルウェーとか来る。スノーボーダーとか何か月もいる。そういう情報もネットやSNSで知って来てくれるというのが有難いなと。来てくれた時はおもてなし。伸びしろはいっぱいあるんじゃないかと思っています」

♪♪♪♪♪♪

【2020年に向けた傾向と対策についてもお聞きしました】
岡「様々なホテルがありますけど、一番大事なのはホスピタリティ、ということで。太田さんが思うホスピタリティとは何ですか?」
太「これはもう各ホテルに勤めている人の思いとか姿勢なんですね。このホテルの看板を背負っている。良かったね、また来たいね、と思って貰うことが最終的なゴールであるわけですから。滞在中にありとあらゆるリクエストも受けるでしょうし。個々の人の判断、その人の思い、そして姿勢がホスピタリティを生んでいくんですけれど、日本は比較的他の国よりもレベルが高いという評価が得られている。これは日本人が持っているDNAなのかな、と。学校でも先生のいうことを聞かなくちゃいけないですよね。比較的できる国民性をもっている」
岡「でもプライドは感じたりします。ホテルのかたの美学とか。それぞれの研鑽してきた経験と技術と何を喜んでもらいたいのかとか。ホテルによっては、お客様のために使っていいお金が一ヶ月にこれだけあるよ、とか」
太「(笑)詳しいですね〜、あります」
岡「ありますよね。それはやっぱり美学。日本人の方が世界で有名な、イギリスかな?何処かのチーフ?になられていますよね?」
太「あ、コンシェルジュですよね。イギリスのサボイ。日本人は痒い所に手が届くことに長けていて、問題ハードルは言葉だったりとか。サボイで頑張っている人がどんどんフォーカスされることによって、あ、俺もこういうふうになりたいな、と思っている人が多分もういると思うので、いい流れだなと思っています。料理人とかも今やパリでミシュランを持っている日本人って20人くらいいるんですよ。今日本の料理人はヨーロッパで実はものすごく人気なんですよ。次回パリに行くときは何人か紹介しますよ」
岡「へえ〜〜、どんどん変化をしている」
太「日本って凄いんだけど、あんまり人に言わないとかあるじゃないですか。押しの強さとか負けてたと思うんだけど、ガンガン外に行って戦えば、音楽の世界でも多分クリエイターの世界でも、まだまだやれる。もっとホスピタリティの世界の人たちが増えたらいいなあ〜と思っています」
岡「ホスピタリティって挑戦も必要なんですよね」
太「何の仕事も一緒だと思うけど人間を磨くこと。自分自身の魅力を磨いていくことが、同じようにプロとしてのレベルが上がっていくことなんじゃないかと思うんですね。そういう人をサポートするのが我々の仕事なんで」

♪♪♪♪♪♪

岡「じゃあ最後に、太田さんが思う、幸せが贈れるホテルとは?難しいですね」
太「難しいですね。あなたがほっとする一曲はなんですか?というのと同じですからね。やってきた映画でこれが一番はなんですか?と同じですから。ま、自分自身はね、人は求めているものはみんな違うので、冒頭に話したように、海とかプールがあるようなリゾートホテルが好きなのでそんなような環境でまったりできることがベストだと思うし。そこには過剰なものをサービスに求めることは僕はしない。私が求めるものをポンポンだしてくれるホテルが多分自分にとっての幸せなホテルなのかな、と思いますね」
岡「ホテルでの楽しみ方って、ちょっとわがままになっていいんですかね?」
太「いいんです。お客様ですから。みんなお客さんなのに、いわないんですよね、文句を」
岡「日本人、言う感覚ないですよね。僕もコンシェルの人とかに話しかけた事一度もないし。でもホントは話したりとかして」
太「是非是非」
岡「今日はこういう日なんだけど、何かいい案ないか、みたいなこととか」
太「もう皆さんにやっていただきたいことで。そうすることで磨かれるので。なにも言われないと、喜んでるんだか満足しているのかわからないんですよね。海外の人は言葉でこれはいい、ダメ、こうしたいああしたいと。すり寄って相談してほしいですよ。それがうまく返せるか返せないかっていうのも皆さんのホテルの評価、経験になって、選ぶ基準になっていくわけで。たくさんわがままを言われた方が実は人間育つので。深く考えずにぶつけて下さい」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜ねえ〜ホテルのホスピタリティというのはね、やっぱり自分自身の、生き方だったりね、自分自身を磨くことだっていうのは、すごくなんか、そうだな〜、やっぱりそうだな〜と思いましたし。
ホテルのね、なんかプライドとかそういうのも何か体験するのも、ちょっとわがままになんなきゃいけないんだよね〜
わがままになれないんだよなあ〜〜 (←そんなあなたが好きです^^)
何かコンシェルジュに頼めないですよね、頼めるのかな、みんな。
よくこうドキュメンタリーとか見たんですよ、それこそサボイの日本人の。
でもずっとひっきりなしにお願いをお客さんから聞いて、無理なお願いを断らない。
凄い人だ、みたいなテレビ番組を見て、あ〜すごいなあ〜と思って。
こだわってお仕事をしているってことの、仕事としてのプライドみたいなね、人と接する仕事のトップだから、すごいな〜と思って、見ながらですけど。
でもお客さんがすごいいろいろ頼んでて。こんな頼んだことないなあ〜と思って。
でもちょっとね、わがままになって。わがままになっていいんですよね。
今度行ったら、ちょっと何かお願いしてみようかな、なんて思ったり(笑)
ホテルにちょっと行ってみたくなったし、なんか日本独自のホテルの有り方とか、前にね、一度来てくださった星野リゾートの星野さんとか、なんか、行きます!と言ってまだ行ってないからね。アハハハ、ちゃんと行きたいな、と思っております。

*****

以上です。
==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

コンシェルジュに頼めないって言うのが可愛いですね。
岡田くんのお願いならみんな喜んで聞いてくれちゃうよ(^^)
頼んだことはないですが、なにか聞いて教えてもらったことはあるような気がします。
コンシェルジュのかたのお仕事がそういう仕事なのだから、よほど理不尽なことでもない限り、お願いするのは構わないというか、むしろ頼って欲しいと思ってらっしゃるのかもしれないですね。
難しいリクエストをクリアしたときの達成感というのもあるでしょうし。
まあでもわがままが言えないという岡田くん、りりーさんの一言と同じで、そういうところがいいですよね。

posted by さすらい母 at 23:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

Growing Reed『浮世絵で伝えたいことは何ですか?』

暑いんだか寒いんだかわからない日が続いていますね。
台風は最初言われていたルートをはずれ、関東圏は難を免れましたが、皆さんの地域はいかがでしたでしょうか。
阿蘇山も36年ぶりの爆発的噴火と言っていて、それはいつだと思ったら1980年って、つい最近って思っておりましたよ(^^;)
こちらも心配です。関西圏でも降灰があったようですし。
お気をつけください。

ではまた少し遅れてしまいましたが、りりーさんから月曜日に届いたレポートをお送りいたします(^^)

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:石川真澄(いしかわますみ)さん・浮世絵師
テーマ:浮世絵で伝えたいことは何ですか?

<オープニング>
伝統的なスタイルをベースにしながら現代版にアップデートしたその作品はモダン浮世絵と呼ばれ、世界的ロックバンドやあのルーカスフィルムからも依頼がくるほどです。
今、日本以上に世界各国で熱い注目を集める浮世絵。
今夜は現代の浮世絵師の仕事に迫ります。

<音楽あけて>
岡「浮世絵師、と聞いてちょっと年配の方をイメージしたんですけど、なんとお若い! 石川さん、同世代ですよね」
石「そうですね、はい。38です」
岡「そうなんですよ〜、嬉しいです、同世代で〜。僕知ってますよ、作品」
石「ありがとうごさいます(笑)」
岡「アハハハ、すごいですよね。何か2000年に6代目歌川豊国さんのもとで浮世絵を学び、と聞いていますけど。でもなんか浮世絵師と呼ばれるのがなんか違うっていう風に言っているって」
石「まあそうですね。僕自身は浮世絵を好きは好きなので、その様式を使って、自分なりにとりいれたものをアップデートできたらな〜という」
岡「もともと浮世絵というのは何人かで分担作業してやるものですよね」
石「そうですね。もともと江戸時代にあった伝統的な浮世絵の木版画というのは、絵師と彫り師と摺り師(すりし)という分業でやってましたね」
岡「う〜ん。それを初め習いにいったときには、豊国さん、歌川家っていったらアレですよね、広重さん。『東海道五十三次』の作者ですよね?」
石「そうですね。いわゆる歌川派」
岡「へえ〜〜、あと鳥居派ってありましたっけ?」←(あら!岡田くん、よくご存じで♪)
石「はい。歌舞伎座の看板絵をやられている」
岡「歌川派なんですね」
石「はい。歌川派が好きで」
岡「へえ〜〜、なんで学ぼうと思ったんですか? それはもともと分担しているものを最後までひとりでやりたいと作りたいと思ってやられているんですね」
石「そうですね。もともとは高校のときですかね、駅のポスターで歌川国芳の浮世絵展のポスターを見た時に感動を覚えまして。それがきっかけ」
岡「もともと国芳だったんですか?」
石「そうですね。国芳の絵がすごい好きで」
岡「へえ〜〜」
石「それまでは歴史の教科書で北斎ですとか歌麿とは写楽とかを知ってはいたんですが、たまたまそのポスターをみたとき衝撃的で」
岡「どんなのですか?」
石「相馬の古内裏っていう、右側からでっかいどくろがぐわーっと」←
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/kuniyoshi022/
岡「あ〜〜、知ってます。国貞じゃなかったですか?」
石「国芳です」
岡「どろどろしいですよね。かっこいいですよね。それを見て」
石「はい。それをみたとき衝撃的で、すぐに図書館にいって資料を捜したりして調べましたね」
岡「調べて」
石「それでいろんな絵師さんがいるんだな、とそのときわかったんですけど」
岡「現代で、結構残っているんですか?その絵師さんって」
石「そうですね〜〜、いや、」
岡「なになに派っていうのも、4つ5つくらいですよね?」
石「そうですね。まあいろいろあることはあるんですけど。残っているのはいわゆる歌川派っていうのと鳥居派っていう二つだけだと思います。鳥居派も後を継がれる方がいらっしゃるのかどうかという感じですし。歌川派も兄弟子がいるんでその方がいるくらいなのでほぼほぼいない、という感じですね」
岡「だって師匠の6代目歌川豊国さんも習っている途中に亡くならなられたんですよね?」
石「そうです。ぼくが弟子入りを志願してからすぐ数か月で他界されまして」
岡「どんな師匠だったんですか?」
石「そうですね、ぼくがあった当時も97歳だったんですけど、その歳を感じさせないアクティブな方で、エネルギッシュなかたでしたね」
岡「へえ〜〜、では改めて、浮世絵ということで、目の前に作品をもってきていただいて、見していただいていいですか?」
石「ぜひ」
岡「あれ、有名ですよね?スターウォーズとコラボしていて。あれメッチャクチャ目にしましたよ」←
http://tabi-labo.com/156634/starwars-ukiyoe
石「あ、ありがとうございます」

♪♪♪♪♪♪

岡「うわあ〜、かっこいい!」
石「ありがとうございます」
岡「これは!?じゃあ一枚一枚ご説明いただいて」
石「はい。これはあの〜うちにいた猫がモデルなんですけど」
岡「原画ですか?これは」
石「はい原画なんです」
岡「さわっていいですか?」
石「あ、どうぞどうぞ」
岡「へえ〜〜、すごい!これ自分ちの猫が原画?」
石「うちの猫が糖尿病になってしまって、その時の闘病祈願みたいな形で。病気を妖怪に例えて、それと戦っているという」
岡「着物着た槍を持った猫が雲の隙間から出てくる妖怪と対峙しているという、見せたいなあ〜ラジオじゃ、(笑)これは、妖怪の描き方も結構伝統な」→
http://h.hatena.ne.jp/dai6tenmaow/225695364981889401
石「まあそうですね。一応自分の好きな様式を自分なりに表現しているつもりなんですけど」
岡「これなんて書いてあるんですか?」
石「あ、題名ですか?『國眞妖異伝之内傑士虎仁王逢魔ヶ時(くにまさよういでんのうちけっしこにおうおうまがとき)』というんですけど。うちの猫がコニという名前だったので当て字にして」
岡「へえ〜、字は奥様が書かれて」
石「はい。絵はかけるんですけど、字はへたなもんで(笑)」
岡「(笑)コラボしてるんですね、奥様と。ありがとうございます。すごいなあ〜〜。色味もなんかいいですね」
石「鮮やかなものが好きなので」
岡「そういう浮世絵みたいなのは、祈願みたいなのでかいたりするんですか?」
石「そうですね、いろんな意味合いが要素としてあるものが浮世絵といってもいいので、当時からいろんな役割の絵がいろいろ出ているので」
岡「へえ〜〜、なんか予測みたいなので、国貞さんの作品で江戸末期のときにスカイツリーを」
石「あ〜国芳ですね。風景ですよね。ネタばらしをするようですがあれはやぐらなんです。井戸掘りの。当時たまたまそこにたっていたやぐらの形がスカイツリーに似ているので、予知してたんじゃないかと。。。。あんまり言うとつまらなくなってしまうのであれなんですけど。実はそういうこと」
岡「へえ〜、おもしろい。でもいろんな意味合いがあって描かれていたり旅祈願だったり、エロいのもあったりしてね(笑)では次の。。。。綺麗だなあ‾‾」←(紙を広げる音がしています)
石「これは浮世絵的な粋な男が着物にストールを巻いているような。ストールの柄をペイズリーにして、ちょっと西洋かぶれ的なところを出して」
岡「へえ〜、おもしろいですね。でもあでっぽい、、あだっぽいなあ〜。髪の毛からちょっとでてくる乱れもあだっぽいなあ〜、ありがとうございます。すげえいっぱいある。(パラパラ)あ、すごい色味が鮮やか。(笑)これ、どう(笑)なんですか?これ」
石「これ、まいまいこわいっていう題名で、単純にぼくがカタツムリが苦手で恐怖症になってしまいまして。その内面を描いた」←
http://www.konjakulabo.com/works
岡「これどこで見れますか?聞いてて見たい人いっぱいいると思うんですけど」
石「ホームページのギャラリーをみていただければ」
岡「石川真澄さんで調べて泣いている少年の顔のあたまにでっかいかたつむり。本物キレイ。色味が。ウェブの色味とはまた違うかもしれない。一度ウェブでみてもらって」→
http://www.konjakulabo.com/about
石「どんな感じが見てもらえると」
岡「これどうやって描くんですか?いろんな手法があるんですよね」
石「ぼくの場合は肉筆なので、木版画とは違うんですけど。木版画ってフラットな雰囲気というか油絵みたいに盛り上がってないじゃないですか。それがぼく凄い好きで。それを肉筆で表現したいな、と思って。試行錯誤しながら今の画材を使っているんですけど。エアブラシとか使ったりして」
岡「エアブラシとかも使うんですね!?」
石「アクリルをメインに使うんですけど」
岡「ホントに今風」
石「そうですね。今ですね。今の画材でやってます」
岡「へえ〜〜。もう新しい時代にもあわせた。モダン浮世絵と呼ばれているんですものね。だってKISSとコラボしたり」
石「ちょっと忠臣蔵と見立てたかんじのね」
岡「これオーダーがくるんですか?俺ら妖怪にしてくれって」
石「いや、ぼくが勝手にイメージして(笑)」
岡「へえ〜、すごいなあ〜」

♪♪♪♪♪♪

【浮世絵の描き方についてお聞きしました】
岡「一枚できるのにどれくらいかかるんですか?」
石「そうですね、絵によって違うんですけど、早ければ数日でできるものもあれば、数か月になるものもでてきます。僕のやり方がフラットなスタイルにしたいので、どうしても一か所間違えると、そこだけ修正しようとするとそこだけ盛り上がって世界観がおかしくなってしまうので」
岡「あ〜〜、大変」
石「たとえば全部出来上がって、ここの一か所の色の修正がきかない場合は全部初めからやり直すんですよ。下絵からかいて」
岡「あとでここ違ったってことあるんですか?」
石「あります、あります」
岡「そうしたらなり直すんですか?」
石「やり直します、時もあります。そういう時は相当へこみますけど。さ〜と血の気がひいてしまうんですけど。9割できててそれが良ければいいほどへこみますけどね」
岡「そうですよね。何考えて、っていうか何を、、、浮世絵のちゃんとしたところに弟子入りをして、伝統の勉強して、分担作業を自分で最後までやりたいとやって。新しいかきかたも見ながら。一度もミスできない。だいたいピリピリしますよね。それをこれだ!とやるわけですよね」
石「結構めんどくさい作業をやっているなと思いますけどね」
岡「逆に楽しいと思うことはなんですか?」
石「楽しい、、、、仕上がった後ですかね。完成したなと思ったときに達成感をもちつつ出来上がった作品を見る時が一番幸せというか幸福感がある瞬間なので。最中は楽しいと思ったことはないですね」
岡「う〜ん。ないですよね。思えないですからね。うわあ〜楽しいぜって。いやなんかこういうこと言うと語弊があってぼくも勘違いされるかもしれないですけど、お芝居好きなんですけど、やってて楽し〜い!!って思ったことないですよ」
石「あ、じゃないかなと思いました。僕も今聞こうかな、と思ったんですけど」
岡「なんかみんな仕事で表現される仕事をしている人で、楽し〜い!って思ってやってんのかな、みんな(笑)」
石「僕は多分、なんかそういうときも多少あるかもしれないですけど、絵を描き始めて終わるまでっていうのは、楽しい瞬間は多少あったとしても、苦悩したり悩んだり心にあるものをだそうともがきながら一生懸命仕上げていくんで、楽しいを含んだおもしろみというか。面白いということばを僕つかうんですけど、総じて面白いっていうんですけど。楽しいと思ったことは正直ないですね」
岡「僕最近苦しすぎて、やめたんです。(笑)もう完璧楽しもうと思って。次の作品は、今まで悩んで悩んで出来上がっても、う〜んって自分のことは満足できないし。だから次は、せっかく生きてて仕事してて、うーって考えて毎日お腹痛くて、」
石「はい、ぼくも胃が痛くなります」
岡「(そういう)仕事するの止めようと思って(笑)。次の作品はおもいっきり楽しんでやってやろうと思っているんですけど、できるかな(笑)またう〜って思ってなっちゃうのかな〜って。どうなんですかね?」
石「ぼくはもう諦めちゃって。そういうもんだと思って。なんかそうやって苦しんで経験していって先に進んでいくしかないと思って」
岡「いつかホントにね、楽しいしかないときがくるかもしれないですものね」
石「かもしれないですけどね、どうなんですかね〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「あの〜、西洋の絵にはない浮世絵ならではの楽しみとか醍醐味」
石「そうですね〜、独特な表現方法といいますか、たとえば顔のかきかただったり、指ですかね。爪の上にもりあがっている指の形とか。当時の日本人の独特なものの見方とか。北斎の富士山をバックの波の表現も北斎にしかかけないというか、日本人にしかわからない海の表現というか稀有な表現ですかね。なんかこうひいてみるのが西洋だとすると、日本人は間近でみても細かく表現できてるというか、遠くでみるとダイナミックなんですけど近くでみるとすごく繊細な作業をしているのが浮世絵の醍醐味というか良さかな〜と思いますけど」
(またパラパラとみる音がしています)
岡「あ〜、見たことある!わあ〜メドゥーサ!これはタイトルは?」
石「東西化物真勢合(とうざいばけものまぜあわせ)ていう本題で副題がきよひめメドゥーサ。西洋でいうとメドゥーサ。日本でいうところの今昔物語ででてくる道成寺のはなし。清姫と安珍。安珍という美しい僧侶がいてそれを追っかける清姫の執念が蛇体化していくんですね。そういった執念情念とあわせたもの」
岡「なんかこう、仏像に通じる描き方、がどことなくあるというか。全体的に黒バックでぼかしながら、一発勝負。一点物だものね〜」
石「そうですね。桜も一枚ずつぼかしいれていって、蛇も一体ずつぼかしや色をいれていくんで」
岡「これは細かいなあ〜〜、ホントだ、ぼかしもすごくはいっていて。色味も違うし。これはもうアレですね、絵を描く人のなかでもいっちゃっている所業の、、表現をいろいろ考えましたけど(笑)ねえ、いっちゃってる、時間がかかる」
石「さすがに仕上がった直後に熱がでましたけど」
岡「こんな色味をさがすのでも大変ですよね。あだっぽい、色味。ちょうどいい色ってなんかあるじゃないですか。なんだろう」
石「そうですね、自分のなかの正解の色を出すというのは絵描きとしてすごく難しいですよね」
岡「目元のブルーとかも絶妙な、色味じゃないですか。もうちょっと濃かったらまた違うだろうし、薄いとわかりづらいし。これを一発で描いちゃってるというのがいっちゃってる、、、すごいなあ〜〜」
石「ありがとうございます」
岡「今、若い人たち、世界に浮世絵が注目されていたり、スターウォーズと組んだり
KISSと組んだり、海外でもぼくあの〜浮世絵をモチーフにした作品を見たことがあるんですけど、海外でも浮世絵が評価されてたりすると思いますけれども」
石「最近、日本でも若い人中心に浮世絵が人気がでていると思うんですけど。そうじゃなかったときも外国の人のほうが浮世絵の良さを分かってるんじゃないかと思うほど人気があったので、浮世絵に影響を受けた作家さんの作品は多くあると思います」
岡「こういうコラボはどうだったんですか?」
石「ルーカスフィルムさんのほうに、こういう絵でいきますという確認をさせていただくんですけど、まあNGもなくOKいただいてスムーズにすすめることができたので、浮世絵に対するリスペクトも持っていただいているんだな、と思いましたね」
岡「世界中の人に見てもらえるといいですね。最後にこれから石川さんが浮世絵で描いていきたいものとは?」
石「そうですね、基本的にはかわらないんですけど、自分の内面心象風景を浮世絵の様式を使って表現したいというのがずっとテーマとしてあって。ぼくの好きな浮世絵の様式で表現できたらなというふうに思っていますね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
やあ〜いいですね。ぼく同世代のかたがこうああやって、なんだろう、嬉しくてしょうがないんですよね。
やっぱりホントに細かく絵とかって作り手の思いとか、これこうやったら大変だったろうな、とか見ていくとすごく面白かったりするし。
浮世絵を伝統をしっかり学びながらも、新しい描き方や見せ方でやられているというのもね、革新者なかんじも凄くすばらしいな、と思いますし。
是非、もっともっと作品つくってもらって、またなんか個展をやりま〜すっておっしゃってましたので、その機会があればぼくも見に行きたいと思いますし。
でも自分の心情のものを描いていくってしんどいですよね。
その世界にいかれているっていうのは凄いなと思うし。う〜〜ん。
そう簡単に出てこないでしょ、自分のことって。
ハハハ、出てくんのかな?俺そんなに。。。。。
僕そんなに出てこなくて、自分のことを、こう掘り下げて捜しても、そんなに自分のもの出てこなくて、怖いもんとか、、、
う〜〜ん。だからよく作家さんとか、絵を描かれるとかって、ホントにすごいな〜、といつも思うし。
なんかね〜〜
一枚いくらだか聞くの忘れたね。。。。失礼か(笑)ハハハ、すぐ値段きくのも失礼か。
是非皆さんも石川さんの作品、見てみてください。

*****

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

浮世絵と言っても今風なんですね。
そして岡田くんの仕事上のお悩みが(^^;)
なかなか楽しんでいけないんですね。
やっぱりやるからには完璧を求めてしまう性なんだろうなぁ。それはもうしかたないですよね。そういう点が岡田くんの信頼につながっているとも思えるし。
作品の公開が待ち遠しい!!


では、レスり〜です!



レスり〜
posted by さすらい母 at 15:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

『Growing Reed』なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

本当になかなか更新ができなくて申し訳ないです。

またまた台風が…。
今回は日本全体に影響がありそうで、お互い気を付けましょう!!

先日、息子がカンピロバクターにかかったんです。
原因と思われるのが焼き鳥屋さんで食べた鶏のたたきだったようです。
その話を獣医の友人に話したところ「鶏肉はだめだよ」と即答。
鶏は生でも大丈夫と思われているけれど、100パーセントアウトだというのです。
実際、鶏の生を食べてカンピロバクターにかかる人は多いらしいです。
豚はそもそも危ないという認識がありますね。牛はひき肉でなければ大丈夫と思ってしまうけれど、やはり時々病原性大腸菌の被害がありますので、まあまあ気を付ける…かな。
比較的大丈夫なのが馬肉だそう。それでも絶対とは言い切れないので体調の良い時に信用できるお店でのみ食すことに越したことはないです。
ちなみに、普通の大腸菌は食中毒のもとにはならないと聞いたことがあります。大腸菌が居る状態が問題というだけで。
でも、食中毒事件を起こす怖い大腸菌もいるわけで、そういうのにはわざわざ“病原性”って言葉がついているからやっぱり普通の大腸菌は病原ではないってことか、と改めて思ったりして…ってだからなに?って話ですけど(^^;)
まあなにしろ何が起きるかわかりません。
ちゃんと熱を通して食べるのが一番ですね。


では、りりーさんからほぼ一週間前にいただいたレポートです。
本当にいつも申し訳ありません。
どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪



ゲスト:山口由美さん・旅行作家
テーマ:なぜ今スリランカの建築家、ジェフリー・バワに注目したのですか?

<オープニング>
旅行業界の専門誌の記者を経て、現在は旅行作家として活躍中。
日本の粋な宿から世界屈指のリゾートホテルまで取材を重ね、幅広い分野で執筆されています。
そんな山口さんが最新著書でスポットを当てているのがスリランカが生んだ建築家、ジェフリー・バワ。
リゾートホテル界に絶大な影響を与えたといわれ、熱帯建築家と呼ばれる彼に魅了された山口さんはバワ建築から何を感じとり何を伝えようとしているんでしょうか。
今夜はリゾートホテルが与えてくれえる幸せとは何か、考えてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「山口さんは、そもそも旅行作家になろうと思ったきっかけは何なんですか?」
山「私の出身は箱根の富士屋ホテルの創業一族なんですが」
岡「え〜〜!!」
山「エヘヘ、ええ、母がその娘だったんですが。母が旅行作家をしていたんですね。若くして亡くなったんですけれども、あんまり母の跡を継ごうとか同じ仕事をしたいというわけではなかったんですけど、その母が与えてくれた環境とそれから書くことが好きだったということが今の仕事に繋がっているのかな、という気がします」
岡「じゃあ、家がホテルの一族というか、小さいころの山口さんにとってホテルとか旅というのはどういうものだったんですか?」
山「そうですね、すごく身近なものですよね。ホテルも経営の一族だったし、旅も母は旅行作家であると同時に小さな旅行代理店もやっていたんですね」
岡「へえ〜〜、じゃあホントに旅行と旅とホテルが好きなお母様だったんですね」
山「そうですね。だから家に当時の海外旅行のパンフレットがいつも送られてきていたし、ガイドブックがあり時刻表があり、というそういう中でそういうのをおもちゃみたいにして育ったという」
岡「へえ〜〜、聞いてみたかったんですけど、旅ってなんですか?山口さんにとって」
山「う〜〜ん」
岡「ぼくらだったらリラックスしたり、新しい刺激があったり、癒されたりみたいな」
山「どちらかというと、今自分の日常にないものを私は求めたいですね。癒しだけだと刺激がないかなと」
岡「そもそも何か国くらい行っていますか?」
山「そうですね、数えてみてだいたい50か国くらいだと思います。こういう仕事をする人間としてはそう多くはないんです」
岡「あ、そうなんですね」
山「だけどもパプアニューギニアとか、数を重ねてしまう」
岡「箱根からパプアニューギニアまで、いろいろ執筆されているということですけど、今回は最新著書の舞台がなんとスリランカ。『熱帯建築家ジェフリー・バワの冒険』隈研吾さんと一緒に書かれてるということで。ジェフリー・バワ、僕実は何年前だろう、3年前。行ってるんですよ。いいですよね〜、ジェフリー・バワ。なんで今ジェフリー・バワだったんですか?」
山「あの、もともとこの本を出す前に『アマン伝説』という本を出したんですが、」
岡「来た!アマン!アマンねえ〜〜、行ったことないんですよね〜、すごいいいって言いますよね」
山「そうですね。これはアマンを中心にアジアンリゾートの成り立ちを書いた本なんですけれど、この取材をしている中でこのアジアンリゾートの原点にジェフリー・バワという建築家がいると知って」
岡「じゃあアマンの原点」
山「といってもいいと思います」
岡「どういうところがですか?」
山「二つ要素があると思うんですね。アジアンリゾートってアマンがもちろん有名なんですけど、実はその前にもインドネシアのバリ島のほうでブテイックリゾートがひとつありまして、そこが始めたリゾートの形があって、そういうライフスタイルと、もう一つ建築なんですよね。建築が西洋は閉ざしたもの、でも熱帯では自然は感じたい。そういう関係性のある建築というのがアマンの要素で。その原点になったのがジェフリー・バワと大きく言えると思います」
岡「ぼくも行ったんですけど、岩のなかにあるホテル」
山「カンダラマ、ヘリタンスカンダラマ」
岡「サルはいってくるやつです(笑)」
山「そうです、そうです(笑)」
岡「サルはいってくるから窓あけるときは覚悟してくださいって言われるんだけど、朝起きたらサルがウェルカムフルーツみたいなの頑張ってとりにいくんですよね」
山「サルと一緒にうつっている写真ありますよ、このなかに」
岡「あ、どれだろう。。。カンダラマ、良かったですよね。あ、あった!サルね、こんな感じですよね。ほんとだ、サルがね、こんにちは、って言って言いにくるんだけど、本当に自然と融合した建築と自然を一つにまとめたバワの建築っていうね」
山「そうそれがやっぱりバワの建築のこれまでなかったとことなんですね。で、隈研吾さんがね、書いてくださった冒頭のタイトルが“庭のなかの孤独な人”っていうタイトルなんですけど。庭のなかっていうのは、庭も建築だよ、と考えたのがバワなんですよね」
岡「今なんでバワだ、っていうふうに?ぼくが行ったときにはバワのこういうガイドブックってなかったんですよ。僕が行くときに作っておいてくれたら良かったのに」
←(なんかいいかた可愛かったです^^)
山「いや、私のなかでは、別に今がバワにふさわしい時だから出したというのではなくて、たまたまアマン伝説という本をやっていてバワが出てきて、あ、これはもっと
知ってもらわなくては!と思って出したのがたまたまこのタイミングだったんですけど。でも私以外にもバワ関連の本が去年から今年にかけて出ていますし、同時多発だけど相談したわけではないんですよ」
岡「最近そうですよね。雑誌とかでもバワの特集多いですし、また注目されているなというのもありますけれども」

♪♪♪♪♪♪

岡「“今世界中のリゾート地で見かけるアレもバワがうみだしたもの”っていうふうに、アレってなんですか?」
山「アレはインフニティプールのことじゃないですか」
岡「インフニティプール、、、あの水平線と同じラインでプールがある、というか」
山「そうですね、向こう側の海であるとか借景とプールが一体化するというプールです」
岡「う〜〜ん。」
山「カンダラマにもありましたよね?インフニティプール」
岡「ありました。あとね、南のほうのライトハウス」
山「それよりもアフンガーラじゃないかと思うんだけど」
岡「アフンガーラかな?…アフンガーラはね、ぼくら行ってないんですよ」
山「アフンガーラがね、そこが世界で最初のインフニティプールのホテルなんです」
岡「え〜〜!!これ載ってます?」
山「載ってますよ。今はね、温泉地のホテルのお風呂であるとか都市ホテルでも使われるようになりましたけど」
岡「あ、これか〜!へえ〜、これが最初なんですね」
山「このプールね、実際中にはいって泳ぐとぴったり一緒になるんです」
岡「へえ〜〜、海に繋がっているかのようなプールがあって。へえ〜〜、おもしろい。あそこも良かったですね、ライトハウス」
山「そうですね、ライトハウスもやはりカンダラマと並んで代表作ですからね。」
岡「室内の壁の奴とか天井とか」
山「ライトハウスはロケーションをいかしたホテルであると同時に、ゴールという世界遺産が近くにありますよね。あの歴史もデザインのなかにすごく入っているんですよ。バーの天井とかじゃないですか?」
岡「そうそう、旗みたいなのがバーッてあって」
山「昔スリランカといいましたけど、その昔の歴史にスポットをあてたデザインなんです。昔の王国の旗」
岡「あ、王国のね。ホテルというのがその場所での産業としていろんな人のチカラになるための運動みたいなものをバワはやっているというので、循環をさせたいというのでカンダラマのほうも、となりで焼却炉があったり、それで紙をつくったり、象の糞で紙をつくったりとか循環さすようにやってたり、それはびっくりしましたけどね。そこらへんはご覧になりましたか?」
山「え〜とね、それは私は見てない」
岡「あら、是非(笑)ぜひ見てください。ぼくのほうが詳しいかもしれない(笑)」
←(あら、ちょっと岡田くん得意そう・笑 嬉しそうで良かったね^^)
山「(笑)そうですね」
岡「いいですよね。入口に蛇みたいなの、、、」
山「カンダラマですよね。はいってプールの手前ですよね」
岡「白い蛇がね、彫刻のね、あとフクロウもいたりね」
山「バワは、大きな特徴としていろんなアーティストとコラボレーションしたんでね。だからああいうのはいつも一緒に仕事した人の作品が多いですね」
岡「この本でバワだけで、何か所いったんですか? 滅茶行ってますよね? 見せないですよ、アハハハ、忘れている感じしましたけど」
←(お、いたずらっ子准くんですね^^)
山「14個ですかね」
岡「ホントですか、14個。載ってないホテルもあるわけですよね。う〜〜ん、ね、バワと日本のこんにちはとか」
山「あ、そうそう、バウはスリランカの人で私の本のタイトルの遠い熱帯建築家なんですけど」
岡「どういう意味ですか?熱帯建築家って」
山「熱帯でだけ活躍した建築家という意味です。北半球にはほとんど作品がない」
岡「あ、そういうことか」
山「で、今、大阪万博のときのがあったと思うんですけど、唯一といってもいい北半球の作品。今はないですけどセイロンパビリオンだったんですね」
岡「ぼく、このチャンナ・ダスワッタさんに会いに行きましたよ」
山「あ、そうですか!」
岡「うん、バワの一番弟子ですよね。チャンナさんの家に行って、お話しをして」
山「あの例えば、カンダラマの客室の改装なんかもチャンナさんがやっていて、結構代表作の改装増築とかやられていますね」
岡「うん。なんか作っていましたね。いいですね〜〜、今バワをやるっていうのも。何か凄く素敵で。シチリアロックも行きました?」
山「行きましたよ(笑)」
岡「大変ですよね、あそこの。スリランカは好きな国ですか?旅行の中では」
山「好きな国ですね。なんていうか国民性がわりと穏やかでのんびりしていて。それは感じませんでした?(笑)インドとかと比べると」
岡「インドは、スリランカの上ですよね?インドはちょっとね、個性が強いですよね」
山「皆さん、アグレッシブだし。でもなんか同じサリー着て、同じようだけど穏やかで」
岡「優しいですよね。う〜ん。山口さんは取材を重ねる上で見えてきたジェフリー・バワの美学ってなんですか?」
山「やはりその土地の持っている、チカラとか魅力みたいなものを建築にうまく合わせていく、それぞれの土地があってそこにホテルが建築がある。たとえばカンダラマをそのまま日本に持ってきても絶対にカンダラマにはならない。その土地のチカラがあるから。その土地ならではのチカラをうまく使うというか、そういう意味でのオンリーワンですよね。バワを旅することは同時にスリランカのそれぞれの場所をよりいい形で知ることにもなる。だからどこでも同じではないものをつくる、その土地と会話するというのが美学なんじゃないかなと思います」
岡「う〜〜ん。またちょっと行きたくなってきましたけど」

♪♪♪♪♪♪

岡「なんか山口さんと一緒に現地を訪れるツアーがある。これなんですか?」
山「10月の8日からなんですけど。“建築家ジェフリー・バワの美学にふれるスリランカの旅”ということで今お話ししたヘリタンス、カンダラマ、ライトハウス、などの、それぞれ2泊ずつ」
岡「行けるんですか?また行きたいなあ〜〜」
山「全部で4か所に泊まるという旅です。あと国会議事堂って行かれました?」
岡「行った〜、行きました。和風な、外からしか見てないですけど」
山「そうですね、ちょっとそう見えますけど。あれ日本の建築会社が関わっているんですけども。普段あそこは見られないんですけど、」
岡「あれ中はいれるんですか?」
山「私のツアーで行けば(笑)」
岡「へえ〜、でもあれ素敵な建築で」
山「あれはね、アジアのいろんな要素がはいっているんですって」
岡「あ、言ってた言ってた」
山「それで、私達は日本人じゃないですか、だから日本を感じるんです」
岡「そう、チャイナさんが教えてくれました。そうだ!そう、みんなが懐かしいと感じる場所にしたくてアジアの人にとってはどの国の人たちにとっても。。。そうそうそう、思い出した」
←(岡田くん、よく覚えているわ〜、と忘れっぽい私は感心(^^))
山「思い出しましたか(笑)」
岡「その中も?それは山口さんのチカラですか?」
山「私のチカラというよりもこれを企画してくれた方のチカラでしょう」
岡「へえ〜〜、行きたくなってきましたね〜〜、またジェフリー・バワ。でも僕いろんなとこ行ったりとか、仕事でですけど、なんか凄く体験しながら学べるホテルというか、なんかこうリラックスしたりとか、迎えてくれたりだけでなく、すごくいろんなことを考えられたり、バワの哲学に触れて学んだ気がするホテルだったんですよね」
山「アジアンリゾートというとただリラックスだけしに行くところって思いますけどもバワは違いますよね?」
岡「バワはなんかそうなんですよね、違う感じがして」
山「もっといろんなこと考えさせられるし。さっきバワの美学ってその土地のチカラをうまく利用しているって言いましたけど、ホテルの中にいて出なくても、そのスリランカの土地をバワが解釈した形で教えてくれているような。そんな感じなんじゃないかと思うんですよ」
岡「その土地がもっている良さ、文化をそこにいて学べるみたいな考えかたとか。カンダラマは特にそうだと」
山「特にそうですよね。岩山をだきかかえているみたいに」
岡「岩とホテルが一体化しているんですよね。すごく面白いホテルだったなあ〜というのも。まだ完成してないって、言ってましたっけ・・・?」
山「岩山って変わっていきますよね。木がどんどん生えていったり。だから整ってはいないと思います」
岡「それを言っていました。もっと何年か後にどんどん変化していくから、生命が続く限り形も変わるし変化していくから完成してないとも言えるんだって」
山「結局建築は土地と自然とともにあるから、それが変化していけば、それが建築の一部であるバワの作品はどんどん変化していくということなんでしょうね。」

♪♪♪♪♪♪

岡「世界中旅をされていると思いますけど、やっぱりこのジェフリー・バワはおもしろいですか?」
山「そうですね、おもしろいですね。ホテルにいくことが多いんですけど、やっぱりホテルとしてはピカイチに面白いと思います。」
岡「日本の建築家とかも影響を受けてたりするんですか?」
山「う〜〜ん。あんまり直接的にこのかたが、ということはないですが、今リゾートの形というのが昔とは大きくかわったんですよね。日本のみならず世界のリゾート建築に関わる人たちというのは何らか間接的に影響を受けているのでは、と思います。バワは1970年代にインドネシアのバリに作品をつくるんですね。70年代というとアジアンリゾートが生れるちょっと前ですよね。のちのバリのリゾートにこのバワの作品が影響を与えていくんです」
岡「そこから影響を受けてと。じゃあバワ以前にアジアンリゾートというのは存在しなかった?」
山「ジェフリ・バワを呼んだ人というのが1960年代に、トロピカルリゾートホテルを作った人。今もありますよ。ここのオーナーがバワを呼んだ。いろいろなお話しがあるんで、それはすみません、『アマン伝説』に書いてあるんですけど」
岡「じゃあ『アマン伝説』読みましょう、山口さんのね。読みます!」
岡「最後にですね。これから山口さんが旅行作家として伝えていきたいこと、なんですか?」
山「今の世の中、南極から北極まで誰もが観光客として行くことは行ける、発信もできる。そういう時代にプロの旅行作家としては何ができるかというと、ただ漫然と行ったのではわからない、その土地の物語というものに変えて伝えていくことだと思うんですね。そこから生まれてくる物語というのを伝えていきたいと思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
懐かしいな‾‾と思って、ジェフリー・バワ。
ホントに僕も行かせてもらったんですけど、勉強になった場所だったんですよね。
なんか建物というのは、その国の歴史であったり、それこそ文化や宗教やいろんなことを考えながら作っていたりとかね。
それでいて持続可能な長く続くものは、とかの代表格であったり。
リゾートという面でも一番最初の影響を与えたという、う〜ん、なんか凄くその国を知れた気もしたし。スリランカという国を知れた気もしたし。
やっぱりどっかの国に行ったときにホテルってすごい大事なのかな、って思わせてくれた、う〜ん。ジェフリー・バワの思想みたいなものにね、是非皆さんに触れていただくと凄いおもしろいんじゃないかな、と思います。
なんか旅があるみたいんですね。まだ間に合うんですかね、10月8日からです。6泊8日の旅を山口さんと一緒に行く。山口由美氏とめぐるバワ事務局というのを調べてもらえれば出てくるみたいなんで、是非皆さんバワの体験をしてみてください。

******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!


では、レスり〜♪


レスり〜
posted by さすらい母 at 00:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

『Growing Reed』なぜ作家にしてバーに立つのですか?

隙を見て更新!!

先週分です♪

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:島地勝彦さん ・ エッセイスト、バーマン
テーマ:なぜ作家にしてバーに立つのですか?

<オープニング>
80年代に雑誌『週刊プレイボーイ』の編集長に就任
雑誌業界では異例の100万部を売り上げた伝説の編集長として知られています。
現在、執筆活動の傍ら、ご自身がプロデュースするバーには、島地さんに話を聞いてほしいという大人の男女たちがこぞって集う場所になっているそうです。
今夜はそんな島地さんをお迎えして大人の楽しみについてじっくり伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして」
島「はじめまして」
岡「よろしくお願いします。かっこいいですね」
島「いえいえ」
岡「噂で、島地さん、かっこいい大人の、男のかっこよさ持っている人だっていうの、ずっと聞いていたんで」
島「いえいえ、わがままに生きてきただけで」
岡「アハハハ、わがままなんですか?」
島「わがままっていうか、自分が美しいな、おもしろいな、と思うこと以外やったことないですからね」
岡「へえ〜〜
島「集英社という会社に」
岡「うんうん、『週刊プレイボーイ』ですよね」
島「そうでございます」
岡「あれをもう100万部雑誌にまで成長させたっていう」
島「それはもうその時のスタッフが私と一丸となってね、まあ鬼のように働かせたんですよ、ほめごろしで」
岡「アハハハ、そうでしょうね。編集長として」
島「ただあの時期はみんな興奮したと思うし。私の人生、今75ですけど、41歳で編集長になって、あの時代がわたくしの人生のなかで真夏日でしたね」
岡「真夏日」
島「うん。みんなもそうだと思う、あの瞬間は」
岡「真夏日っていうのは、いっこの暑いエネルギッシュな時期というか」
島「そう、徹夜しても興奮してるって感じですかね」
岡「どうやって人を動かしていったんですか?男として」
島「それは、」
岡「当時おいくつぐらいですか?」
島「41です」
岡「41で編集長っていったら早いですよね」
島「サラリーマンの世界は才能があっても上の常務や社長がひっぱってくれないとだめなの。どんなに才能があっても。ね、まあいくらか運が良かった。私の才能を引いてくれた人がいた」
岡「ぼくらが『週刊プレイボーイ』をしっているのは。。。」
島「あなた今いくつですか?」
岡「ぼく35です」
島「35というのは、、、今の『プレイボーイ』でしょうね。私がつくっていた『プレイボーイ』は34年くらい前ですから」
岡「ちょうどぼくが1歳くらいの時ですね」
島「(笑)生れたときくらいかな」
岡「すごいなあ〜、すごい『プレイボーイ』有名にしたのも島地さんのチカラですから」
島「時代ですよ」
岡「どうやって率いていったんですか?かっこいい男としてなにを言っていったんですか?」
島「一言でいえば、この仕事に命がけでやって、本当に俺はもう才能あるなんて自分で思うくらい仕事したら、絶対女にもてるよ、といったの」
岡「(笑)やりぬいたら女にもてるよ、と(笑)」
島「そう。やっぱりね男はね、仕事に輝いている顔はね、異性はほっとかない、そういうもんですよ」
岡「う〜〜ん。島地さんは今もキラキラされていますけど、70超えていますよね?」
島「75です」
岡「75!」
島「とにかく人に会うこと。だから岡田さんは、35でしょ。40までは男の顔というのはね両親がつくった作品です。まだまだあなたのイケメンの顔は両親の作品なんです。しかし40過ぎると自分の作品になります」
岡「深い、深いなあ〜〜」
島「ね、そこからね本を読んだり人と会う。自語りするということがすごい重要。岡田さんがこれずっと連載して50歳ころまでやっていたら、もっともっといい顔になると思う。自分の顔。ね、今はまだまだ両親の作品」
岡「(笑)40から。。。40から自分の顔になる。深いなあ〜」←(前回の『an・an』“オカダのジショ”で言っていましたよね^^)
島「こういう顔になりたいなあ〜と思う顔になる」
岡「へえ〜〜〜」
島「それには本を読んで自分の時間を大切にすること。いろんな人に会うこと。私はエッセイを書き週末バーでね、伊勢丹のメンズ館の8階で小さなバーをやっているんです」
岡「サロン・ド・シマジ」
島「そうです。それでいろんな人に会う。私の本を読んだファンが全国からやってくる。その人たちと自語りして。これはすごい私にとって、若さの最大の栄養剤というかモチベーションになっているんじゃないですかね」
岡「サロンドシマジにはセレクトした男の道具みたいなのもあったり、全国から島地さんに悩み相談に来る人とか」
島「悩み相談は来ますけど、私は人生相談のコーナーがあるんです。バーでほかの人のいるところで個人的な悩みを聞くというのも失礼な感じなので、文章にして送ってくださいと。そうしたら優先的に答えますよと。私は、人生は民主主義よりも依怙贔屓(えこひいき)が文化を生むと思っているんです」
岡「あ〜〜、深いなあ〜、民主主義より依怙贔屓が文化を生む」
島「うむんです」
岡「あ〜〜」
島「いろいろこういう格言をコースターに書いて渡すわけです。これなんていいでしょう?」
岡「“浮気はばれると実刑はないが時効もない”」
島「そうです。だから絶対墓場まで持っていく秘密にしなくてはいけない」
岡「ハハハハ、ふ〜ん、死ぬまで言われるよ、と」
島「そうです。そこが大人か子供の差だね」
岡「213年の名言もありますよ。“男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる”」
島「あ〜」
岡「なかなかの名言ですね。」
島「最近ね、いろいろな人の意見きいたら、ここはこう直してくれ、と常連のお客がいうわけ」
岡「はい。なんですか?」
島「理解して別れるんじゃなくて、理解して我慢する、ってしてくれって。それが結婚でしょ」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「たくさん名言を残されている。“人生は冗談の連続である””迷ったら二つとも買え“」
島「うん。これは私が商人として考えたものです。もう編集者から商人&バーマンになったでしょ。商人と編集者というのは良く似てる」
岡「へえ〜〜」
島「『週刊プレイボーイ』を100万部にした最大の要因が三つあるとしたら、一つは美しいもの。グラピアに女優を裸にしたり。それから珍しいもの、珍しいはなし。それから一番最高はおもしろい話ですよ。特集記事。この3つは商人にも共通して。あの小さなスペースに私が愛用したえらんできた美しいもの、めずらしいもの、おもしろいものを見ると、必ず売れるんです。編集者と商人はよく似てる。そっくりだと思うな。商品は違っても精神は同じだと思います」
岡「今、バーマンと」
島「わたしはね、バーテンダーという言葉がきらいなんですよ。これはアメリカの英語なんですよ」
岡「バーマンは?」
島「これは英国です。というのはねバーテンダーを日本人はバーテンという。運転手さんを運ちゃんというようなもんでしょ。ちょっと蔑視してるのよ。バーマンはバーテンみたいに省略することが不可能なのよ、短いからね。短いけど迫力がある。付加価値と名誉と勲章をあげたいと思ってる。それで、物書きで、いいですか?バーマンをやっているのは私が世界中でひとりでしょ。反対にバーマンが作家になった人はいっぱいいますよ。それこそ村上春樹さんもそうだし」
岡「あ、村上春樹さんもそうなんですか」
島「あと有名なのは、半村良さん」
岡「バーマンって、なんだろう、全部知ってなくちゃいけないし、美学がないと」
島「そうです。美学っていうか、そんなきどったもんじゃないけども、人の喜びも悲しみも知ってなきゃね。カウンターっていうのは、なんていうかな〜、男っていうのはね、墓場と酒場で裁かれるんじゃないかと思うんだよ」
岡「(笑)アハハ、かっこいい〜〜、墓場と、もう一回いいですか?墓場と酒場で裁かれる」
島「死んで、ね、どれくらい墓に生きている人が通ってくるか。私は勿論岡田さんもそうですよ、無になっていくんだなあ〜。それを私は師匠今東光大僧正っているんです。上野寛永寺の霊園に墓があるんです。自分がデザインした墓が。そこにみんなが私のファンが寄ってくれる。いつも花がきれいに飾ってある。私が今先生の魅力をみんなに伝えてみんながお線香をあげにくる」
岡「う〜〜ん。裁かれるんですね」
島「バーでも酒の飲み方でわかるんです」
岡「そうですよね。かっこいい飲み方ってなんですか?」
島「まずね、絶対ストレートでのまないこと。理由はスコットランドのバーでは絶対にストレートではのみません。あれはジョン・ウェインがいけないんだと思うけど。あれを一気に飲む姿をみたおじいさんがかっこいいと真似をする。それをみたお父さんが真似をする。代々日本人はストレートに飲むのがかっこいいと。一つにはウイスキーが高価だったということもありますわね、山口瞳さんはエッセーで“おれはウイスキーを水で割るほど貧乏してない”と。それでガンで死んじゃった。開高健さんもそうだった。スコットランドの本当の実体をしらない。だからストレートに飲むのは日本人とアメリカ人だけですよ」
岡「バーカウンターは人生の勉強机だと。これタモリさんが“圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している”。これも珍しい、タモリさんが書くのも珍しいですけど。悪魔と天使が一緒にいると。今日ぼくに会って、僕を見て、おまえにこの言葉をあげる、といったら何を?」
島「ことばをあげるのは難しいけれど、さっき言ったように、この番組をあと20年くらいやったらいい。で、なかなかあなたこの番組いいと思うな。メンバーみたけど。養老さん、僕親しいけど。今のちゃんとした一流の人に短い時間だけど会う。それでね、興味もったらその人と二人で酒を呑むとかしたほうがいいと思います。これはよそいきのはなしだから本当の話できませんよ。公共放送だし」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

【島地さんが生み出した格言を引き続きお聞きしました】
岡「“万年筆を知らない大人はまだ子供である”。これはホントですか?」
島「ボールペンを使うのはクロネコヤマトの伝票かくくらいかな。万年筆は12、3本しか持ってませんが、一時凝って。夏目漱石と森鴎外が愛用してつかった100年前の万年筆を手に入れて。小さいからすぐにインクがなくなるんだけど。今度私の家に遊びに来たら見せてあげますよ。それが一番かな」
岡「歴史がちゃんとあるんですね」
島「もちろんです。私はものには物語がないと、たんなる物ですよ。物語がないものは生命が入ってないと思います。漱石と鴎外が同時代で使った万年筆を持っていると、なんとなくそれでかくとその世界に入った気持ちでゾーンにはいれるというか、だから使っているのよ。女房と万年筆は人に貸すなって」
岡「意味があるんですよね、万年筆」
島「万年筆ってかいているうちに自分の筆圧とか書き癖とかがちゃんと宿るんですね」
岡「う〜〜ん。魂が宿る」
島「だから新品をかったほうがいいよね。その100年前のものは珍しく未使用だったのよ。箱入りだった。やっぱり人間と、今日あなたと私が出会うでしょ、ものと人間も出会いなんですよ。そのとき借金しても買わなきゃだめだと思いましたよ」
岡「時計はどうですか?男も、万年筆もそうだけど、時計も持っとけ、みたいなのあるじゃないですか?」
島「正直いってね、時計と車は財力が回らなかったね。あまりにもシングルモルトと葉巻をインして限界を超えているから。私の趣味、考えからいくと煙になったり灰になったりおしっこになって東京湾に流れる、このはかなさが好き。岡田さんはお酒のむの?」
岡「のみます」
島「葉巻はやんないでしょ?葉巻やったほうがいいですよ」
岡「葉巻すすめられたのは初めて(笑)でも葉巻わかんないですよね〜」
島「私は柴田錬三郎先生からおそわった。シガレットの紙巻はやめましたね、うまさが全然違う。葉巻を吸う余裕というか時間が必要ですよ」
岡「香りや時間を楽しむために」
島「温泉付きバーはみんな今葉巻ありますから、バーはみんな吸いかた知っていますから、そういうところで教わるのもいいだろうし。私は一日いまでも5本吸っています。最低でも30万かかる。葉巻代ですよ。それだからこれだけ働いているの、75歳で。これが知る悲しみですよ。知る悲しみってね、知らない悲しみより上質なんです」
岡「ほぉ〜〜、深いですね、また」
島「旨いとおもって葉巻をのんで、シングルモルトを飲んで旨いと思ったら、もう他がのめなくなる。それを知る悲しみ。女性もそうでしょ、きっと。すごい女性に会ってそれにふられたら当分、ね、知る悲しみしったから立ち上がれない」
岡「どんどん名言がでてきますけど。“ひとりの時間を楽しくできない人間は二人の時間も楽しくできない”」
島「そうです」
岡「“まずやるべきことは人と笑顔で接する。練習なのでは無く一人の時間を楽しむ術を見つける”」
島「というのはね、人生うまれて良かったなあ〜と思うくらい楽しく時間をね、おもしろい本を読んでゾーンに入った時の感動は相当なもんですよ。これを知るか知らないかは重要。それと、やっぱりね、一人でいて寂しいなんて思うのはこれ子供ですよ。それは、一人の時、私はね、本を読んだり、申し訳ないけれどテレビはあんまり見ませんけれど、オペラ聞いたり。シングルモルトのんで葉巻をすう。もちろん原稿をかくのに忙しいですから書いたあとでね、その高揚感が満ち満ちているときにその興奮は最高だね。67まで普通のサラリーマンみたいなことやってました。普通はもう日向ぼっこして年金生活している。私はじっと待ってた。そうしたら全くしらない編集者がきてこういうもの書いてください、と寄ってきた。なにが言いたいかというと、大西社長からセレクトショップとバーマンをやってくれと」
岡「伊勢丹の社長ですね」
島「これ凄い人ですよ。インタビューしたことあります?」
岡「ないですね。」
島「いつでも紹介します」
岡「あ、ほんとですか、是非」
島「ほんとにほんとに。これは素敵な男。男が男に素敵だなあ〜と思うとね、なんでも言うこと聞いてやろうと思うのよ。それが依怙贔屓」

♪♪♪♪♪♪

島「普通一毛作で終わるの。いいですか、人生は。私は68から二毛作にはいったんです。全く組織からはずれて一人で働いて。稼いだもの全部つかって。浪費することの面白さっていうかね。人生の二毛作で。二毛作でもきっと真夏日がくるんじゃないかと思ってるんだ、もう一回くらいは。たった一人の孤独で原稿をかいている。今日もここにくるまでに一本書いたんですけど、今日のはなしも原稿にしようかな〜と思ってる。というのはあなたのファンはいっぱいいるし、あなたのおチカラをお借りして」
岡「いやいや、すごいですね。じゃあ、ちょっと難しいかもしんないですけど、最後にかっこいい大人をめざす、僕も含めてですけども、すべてのリスナーの皆さんに言葉をあげるとしたら」
島「それは私の大好きな言葉で、アンリ・ド・レニエという19世紀終わりのフランスの詩人がいるんですが、その人の言葉で『まことの賢人は砂上に家を建つる人なり』って書いているんだよ。これは何を意味しているかというと、人生というのは蜃気楼だと思うよ。だから素敵な蜃気楼を見て俺は人生楽しかったなあ〜と死ねるかどうか。それは美味しい酒をのむ。イイ女に恋する。すべて。いい仕事をすることも含めて。まあ、ふっと振り返れば蜃気楼なのよ。残んない。なにもないから。むなしいんだけどその瞬間、ね、全身全霊一分でも一秒でもどれだけエンジョイしているかですよ。今日は私は岡田さんに会ってエンジョイしている。それができるかどうか。そして40からが自分の作品なんですから。そこに履歴書以上にはいっていますから。
秘密も悪いことをやったこともいいことをやったことも全部皺一本には記憶されているんじゃないですか。それが表情にあらわれ、相手に対する印象とかあると思う。私が今先生に頂いた字で『遊戯三昧』“ゆげざんまい”と読むんですよ。仏教語では。それは遊びの中にこそ真実がある、という言葉です。私のバーに来ればその本物の先生の墨で書いた字が飾ってあります。その遊戯三昧がわかるかどうかっていうのは、やっぱり最終コーナーかな。私は28か9でその字をもらったんですよ。今わからなくても将来これがわかれ、と。そうしたらお前の人生も本物になるぞと言われたの。やっとほんの少し遊戯三昧の遊戯(ゆげ)が最近少しわかってきたかな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜、なんかやっぱりかっこいい大人のかたでしたね〜
なんかぼくも格言をいえるようになりたいな、っていうね(笑)
やっぱり40からですけどね。40から、やっぱり島地さんは親にもらった顔ではなくて自分のやっぱり生き様が出るね、顔が出来るって言ってますけどね。
痺れますよね。
男はね、やっぱりこういうの聞くと何かやっぱり、いい言葉きくと痺れるんですけどね。
う〜〜ん、是非ね、ふたりでしっぽりこう飲みながら、ほんとのことをね、今日は教えてくれないって言ってましたから。
また聞きたいなあ〜と思うし。
なんかやっぱり、う〜〜ん、いい言葉は豊かですよね、生きる上でなんか人生の深さとかも感じるし。
う〜〜ん、なんか物に物語があるとかというのも、やっぱり本当の楽しみ方のひとつだと思うし。
なんかものだけじゃなくていろんなものに物語があって、ってそういうものを感じようとする人の心っていうのがね、何よりも大事だったりするのもあるし。
“遊戯三昧”とかいて“ゆげざんまい”と読む、ゆげざんまいを知るというのが人生の目標のひとつだというふうに言ってましたけど。
しりたいなあ〜、遊戯三昧。
伊勢丹メンズ館8階ですね〜、サロン・ド・シマジ。
ちょっとお話しを聞きにね、行ってみたいと思いました。

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くんが大好きな大人の男。
バーテンではなく、バーマンなのか〜。
そのあたりからして、なかなかにこだわりの強い方と思われますね。
ちょっと気難しい感じもあるのかななんて思ったりもして。
でも、岡田くんのことはなんとなく気に入っていらっしゃるご様子。
岡田くん、年上の人に可愛がられるんだよな〜(^^)。でもそれはきっと大事な才能の一つですよね。
こうやって人脈を広げていって人生を豊かにしていってほしいですね。

posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

『Growing Reed』時代を編集するとはどういう意味ですか?

本当にご無沙汰しております。
父が調子を崩してしまい、なかなか自分の時間が作れなくてどうしようもなく…。
少しずつ元に戻りつつあるのでよかったのですが…。
というわけで、りりーさんがせっかく月曜日にレポートを送ってくださっているのにアップできなくて申し訳ありませんでした。
とりあえず、先々週のものからお送りいたします。

あっ!その前に、V6が『MusicStation』のスペシャルに出ましたね。
何時からかなぁと思っていたのですが、息子が「三宅くんがEテレのパラリンピック番組を8時からやってるからそのあとじゃないか?」と。確かにそのあと、最後から二組目というタイミングで出てきましたね。
KinkiKids、TOKIOと一緒で。
岡田くん、官兵衛さんでしたね〜…光成か!
堂本剛くんにさんざん「つけひげを取れ!!」って言われて。「いや、これは自毛」と必死に言う姿がかわいかったです。
森田くんの「嫌いなんだよ」発言も相変わらず。
かっこいいところも見せてくれて久しぶりに6人の姿を見ることができてうれしかったです。
それから、三宅くんもパラリンピックの番組、よかったですね。ちょっと真面目だった(^^)

ではどうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==


それではざっくりといってみましょう♪

ゲスト:生駒芳子(いこまよしこ)さん ・ ファッションジャーナリスト
テーマ:時代を編集するとはどういう意味ですか?

<オープニング>
雑誌VOGUE, ELLEの副編集長、マリ・クレール日本版編集長を経て、2008年に独立。
エシカルファッションの第一人者として、ファッション、アート、エコロジーなどに関する執筆を手掛けながら、2011年からは伝統工芸開発プロジェクトWAOのプロデューサーとしてもご活躍中です。
今夜は生駒さんが常に貫いているという時代を編集するとはどういうことなのか、じっくりと伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「生駒さん、お久しぶりですね」←(すごい優しい言いかたでした^^)
生「はい。」
岡「ハハハ、言っていいんですか、マリ・クレ時代ですね」
生「全然かまいません」
岡「マリ・クレール、雑誌のときに、ぼく、むかし」
生「そうなんですよ〜、11年前ですね」
岡「11年前か〜、」
生「マリ・クレの編集長だったときに、表紙に岡田さんに出ていただいた」
岡「そうそう、24くらいのときに、ね」
生「そう、憶えてらっしゃるかしら?」
岡「憶えてます。マリ・クレが男性表紙がなかなか無いみたいな、時」
生「初めてで。ホントに本が良くうれました。ありがとうございました(笑)」
岡「アハハハ、ホントですか!?」
生「いまだに感謝してます」
岡「いやいやこちらこそありがとうございます。生駒さん、なにかめちゃくちゃやられているみたいで。なんか話題の場所やおしゃれな場所に生駒さん、絶対にいると」
生「あ、そうですか?」
岡「言われてるみたいですよ。ファッションジャーナリストになるんですか?今は」
生「そうですね。私はずっとパリコレクションとかミラノコレクションを見て、雑誌の編集をするというのが本業だったんですけど、今はフリーでいろんなファッションの側面を見てるという。それを文章で表現したり、企画でちょっと表現したりということをしています」
岡「今どのくらいやってるんですか? 滅茶苦茶やってるっていう」
生「プロジェクトの数ですか?」
岡「うん、何を(笑)いろいろ、じゃあ、今手掛けているものでこれおもしろいよ、というものを」
生「今一番熱中しているのは、日本の伝統の工芸を再生させることなんです」
岡「それは、WAOといわれるやつですよね。みてワオってびっくりする奴ですよね(笑)」
生「一番おいしいところをついていただいたんですけど(笑)」
岡「どういうやつですか?」
生「2010年に金沢に行ったんですね。そのときはファッションコンクールの審査員長として行ったんですよ。行ったときに生駒さんのような人に伝統工芸を見てほしいと言われたんですね。強い興味はなかったんですけど、加賀友禅、加賀縫い、それから象嵌(ぞうがん)その三つのアトリエに連れていかれたんですよ。行ったら、すべて素晴らしかったんですよ。だけど全員がおっしゃったことが未来がない、販路がない。何をつくっていいのかわからない。それを言われたときに人生がシフトしちゃったんですね。ファッションだけ見てきた人間から、伝統工芸の世界がファッションに繋げられるな、と思ったんですよ。そこからちょっとWAOの活動を始めることになった」
岡「最近、ここ何年か、伝統工芸品とたくさんコラボしてたりとか、伝統工芸品が気になる、ようになったんですよ」
生「え!岡田さんが、ですか?」
岡「うん、ここ何年か、めちゃくちゃ気になって」
生「え、たとえばどういった?」
岡「いや、だから何個か持ってますよ、僕WAOの」
生「え、ほんとに!?」
岡「うん」
生「南部鉄器とか?」
岡「(笑)南部鉄器は持ってない」
生駒さんがなにかページをめくっているかんじがします
岡「持ってる、持ってる(笑)」
生「持ってる?、え!」
岡「こないだ撮影で輪島のほうに行ったので、輪島塗も滅茶苦茶見回りましたし。いいものはやっぱり高かったですけどね、アハハハ、輪島塗は」
生「あららら、、、あ、そうですか」
岡「気になる、流れを生駒さんとか作られたり、今日本中いたるところでそういう動きが出てきてると思いますね」
生「ここ2,3年すごいですね、勢いが。その当時クールジャパンの会議に出ていたんですね。日本の文化をもっともっと世界にアピールしたいなと。ファッションもそうですけど、伝統工芸からアートまで。日本は発信ベタなんですよ。いつも海外の方がきてこれいいね。と。それを逆輸入するんですよ」
岡「生駒さんの活動の軸になっている考え方みたいなのあるんですか?なんかワードみたいなもので」
生「時代ごとに変わっていくと思うんですけどね。今までの考え方とかをシフトする。それが今だと思うんですよ。途上国のひとたちに作ってもらってそれを都会で買うという。その循環。オーガニックコットン。あとインターネットがでたことで、モノづくりの裏側が見えるようになったんです。いい部分もあるけれど、労働条件の悪いところで働いているということも見えてしまう。そういうことでみんなちゃんと作られたものがほしいな、と思うようになってきた。それがエシカルファッションというものなんですけどね」
岡「エシカル、倫理的なという意味ですよね」
生「そう、ちょっと堅苦しいでしょ、でもその言葉が2000年前後くらいからロンドンから主にでてきて、今凄くひろまりつつあるんですよね」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「この考えが日本に広まった背景というのは?」
生「私は3・11の影響が大きかったと思うんですよね。自然の脅威というか、あと物があれだけ壊されて。皆さんすごいショックをうけたと思う。どうやってものとつきあっていったらいいだろうか、とか、素敵なものとどうやって出会ったらいいだろうか、とか原点にかえるようなところがあの震災ってありましたよね。ものづくりに対する考えかたも変わったと思う」
岡「だいぶ聞くようになりましたよね、エシカル、エシカルって。雑誌とかみても」
生「伊勢丹とか東急とかルミネとか大きなところでエシカルウィークとかやっているんですよ」
岡「エシカルファッションとかって、簡単にいうと人と地球に優しい、という意味がある」
生「そうです。エコって自然環境に優しいということですよね。それプラス人にも優しいから、働いている人の労働条件とかをクリアに見ていくとか。だから値段を安くするために下請けの給料を安くしがちなんですよね。だから関わっている人がそれなりに幸せになれるように、それがエシカルの考えですね」
岡「このシチズンのやつも、藤本さんとやっているんですね、また濃い〜いふたりですね。藤本さん、建築の、好きですけど(笑)これもエシカルな。人と環境に優しい時計」
生「そう、記憶するかぎり日本の大手企業さんでエシカルをテーマにしているところって無かったんですよ。なのですごいびっくりして。本腰いれてなさってるんですよ。紛争鉱物使わないと書いてあるんですよ」
岡「プライドですよね」
生「おっしゃるとおりです。持続可能なことをやってもダメなんですよ。あとシチズンはエコドライブっていう自然の光で時計が稼働していくというシステムを開発されて40年ですよ、凄い早い時代にエコにも取り組んでいらっしゃって。で今伝統工芸もとりこんで」
岡「あ、これですか、ちょっと見せてくださいよ」
生「これ藤本さんがデザインした時計です」
http://www.afpbb.com/articles/-/3091099
岡「藤本さん、ちょっとアレだからなあ〜、頭おかしい、アハハハ、いやいや知らないですよ、会ったことないんですよ、会ったこと無いけど作品みると、もういってるな、って(笑)。個人的な意見です(笑)。すみません、藤本さんには伝えた事ないし、いい意味でね。悪口になっちゃったらあれですけど。いつも作品みて、この人頭おかしいな、って思ってて」
生「もういっちゃってるんです」
岡「いっちゃってますよね(笑)だから天才なんだろうけど」
生「そう、だから時計を開発するとき全部すりガラスになっちゃって、藤本さん、針が見えないんですけど、って(笑)」
岡「すりガラスになってて、美しいですけどね」
生「しばらくサンプルでつけていたんですけど、すごいいいんですよ。西陣織なんですよ」
岡「あ!、これね!西陣織ね、ベルトの部分、ホントだ、西陣織の」
生「京都の西陣織のメーカーの方に織ってもらったんですけど。細尾さんはまた凄い方で、技術とセンスがすごい。もう一つのシリーズは漆をつかったの」
岡「え、これ漆?さわっていいですか?」
生「漆でこれもアクセサリー」
岡「これブレスレットですか?」
生「なのでシチズンさんで世界発信。私楽しい嬉しいプロジェクトになりました」
岡「日本の伝統のものを新しいものとコラボして世界に知ってもらったり、日本人にも改めて知ってもらうって、すごく。だって輪島塗もWAOですけど、ヴィトンと」
生「そう、このルイヴィトンと輪島塗は2007年に能登半島沖地震があったときにルイヴィトンさんが心配してこのモノグラムで塗りの箱をつくって限定で売って、職人さんに寄付されたの」
岡「ヴィトンが心配して。モノ作りは心があるんですね」
生「フェンディは私がコーディネートしたんです。フェンディのバッグに加賀の刺繍をつけたのを販売して。クオリティー的に日本の伝統工芸に一番注目しているのは海外のラグジュアリーブランドさんなんですよ」
岡「う〜〜ん。技術と洗練と」
生「おっしゃるとおりで、あとディテールの美とかね、細かいところまでキレイに仕上げますでしょ」

♪♪♪♪♪♪

【最先端×伝統工芸の話をさらにお聞きしました】
岡「伝統工芸を一時期10年前どうしたらいいかわからないと言われたとこから再生するために今頑張っていらっしゃると思いますが、なにが必要だと思いますか?」
生「人手不足なんですね」
岡「それ作り手のですか?」
生「後継者不足がおびただしくて。あと売上げがどの業界も10分の一になっちゃっているんですよ。有田焼にいっても着物業界に行っても。あと人手がたりない。人手不足に関していえば新しい現象としては若い女性がはいっているという」
岡「継ぎてとして」
生「うん。今2,30代の美大を出た人たちが。なにが節約が何が贅沢か。もっと高く売っていいと思う」
岡「へえ〜〜〜」
生「安く売るために塗る回数を減らしたりしたら、何かを損なうと思った。やっぱり付加価値をつけて高くうることを伝統工芸はすべきかなと。いっぱい取材しているんですね。日本は宝の山なのに、ブランドがほとんど生れていない。唯一育っているブランドがファッションの領域であるんですけどご存じか、どこかわかります?」
岡「え、どこだろう??シンキングタイムね。。。メガネとか??」
生「ちょっときょうの私のファッションにヒントがあるんですけど」
岡「。。。真珠?」
生「そう」
岡「真珠はどこが有名。。。。」
生「多分ご存じだと思う、ミキモト」
岡「あ〜〜!ミキモト!知ってる(笑)知ってるっていうかミキモトしらない、ね、僕世代のひといないと思うけど」
生「三重県出身のミキモトさん。やり方に気が付いたのが御木本幸吉さん」
岡「なんで気が付いたんだろう(笑)」
生「もっともっと日本ではブランドが生れてくるだろうなと思っている。このシチズンさんのも私にとってはその一つなんです。このバングルとクラッチと時計のセットで桐箱入りで。ちょっと高いですけど」
岡「この人か、細尾さん? あ、細尾さん、若いんですね」
生「細尾さん、30代でね」
岡「同世代かな〜、今度番組に来てもらおうかなあ〜」
生「あ。来てもらうといいですよ。最高ですよ。伝統工芸ってそのまま作り続けていると古びていっちゃうんですよ。新しい発想がないと、ピンクの南部鉄瓶とかね」
岡「伝統は守らなきゃならないものもあるし、革新的なものも足していかなくてはいけないし、両方ないとなかなか育たない」
生「そうです、そうです、伝統と革新というのがキーワードですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「生駒さん、オープニングでも言ったんですけど、時代を編集するっていうのを常に貫いているということなんですが、どういうことですか?」
生「雑誌の編集長をやっていたじゃないですか。それこそ岡田さんに出ていただいた表紙の年はラブキャンペーンというのをやっていたんですよね。編集者なので社会課題をいうのを雑誌のなかで提案していくんですよね。なのでチェックする癖があるんですよね。時代が必要とするものは何かなと考えたときに、あの時は日本人に愛が足りないと思ったんですよ。女性が韓流の男性に走っていたんですよ、2005年」
岡「ヨン様ヨン様いってた時代ですね(笑)」
生「すごい危機感覚えて、日本人の愛の」
岡「日本の男、興味ないみたいな時代でしたよね(笑)」
生「そうなの、それで変な話話題になるのはセックスレスみたいなね。だから日本人の愛のエンゲル係数を上げようと思って。それでラブキャンペーンを一年やったときに、表紙にそれならば魅力的な男性に出ていただこうと思って、岡田さんに」
岡「いえいえ(笑)」
生「ラブキャンペーンの次はプラネットキャンペーンで地球の環境を考えようというのをやったんですね。時代に必要なものってなんだろう、とそれを発信していきたいと思っている。伝統工芸も困っているじゃないですか、困っている人を助けようと思って。今はね旅ガラスなんですよ。三重県のクリエイティブディレクターやってまして」
岡「俺、今一番行きたいです、三重」
生「どちらに?」
岡「三重まわりたい」
生「岡田さん!」
岡「むかしから三重にいきたい、と思っているんだけどなかなか行く機会がないんですよね」
生「ほんとに!?三重のどこに行きたいんですかね?」
岡「どこ行こうかなあ〜〜」
生「伊勢志摩とか?」
岡「う〜ん、伊勢志摩もそうだし、熊野古道もそうだし、なんかやっぱり濃いじゃないですか。大阪の横で。行ってないな、みたいな、でも日本人行かなきゃ、みたいな、感じが、歴史が古くて、それが守られている感じもするし。大事にしている感じもするし、でも行ってないな、みたいな」
生「よくご存じですね。ぜひ来てください、もう歓迎しちゃいます」(だめ!!)
岡「おもしろいですか?三重」
生「めちゃおもしろいですね。日本人の心のふるさとみたいなね。のんびりしたところもあるし、伝統工芸もありますし。私としては常にいろいろアクション起こして産地を訪ねている状態ですね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかほんとに素敵なことをされているなあーというのも思うし。
なんか伝統工芸が日本の誇れる文化として、なんかどうしていいのかわからないというのを聞いて結構たつけど、生駒さんみたいなひとがね、ファッションを知り尽くして、今の販売とか編集を経て、こういう方をサポートしてるっていうのが凄い素敵だし。
ぼくもね、ロケとかで地方に行くと必ず伝統工芸を見て手に入れたりしたりするんですよ。
最近は和菓子と伝統工芸が大好きで。
う〜〜ん、もっといろんなものを見たいなと思うし。
ホントに若手の僕世代の革新者がたくさん出てきているらしくて、そういう人たちにもどんどん会いたいなと思ったりします。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

岡田くんと女性との会話が楽しそうだとなぜか胸がざわつく…。
我ながら大人げないと思うのですが(^^;)

工芸品、なかなか買わないですが、見ていて面白いですよね。

では、レスり〜
こちらもすっかり遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
レスり〜
posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

『Growing Reed』よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

台風10号、東北や北海道の被害の大きさに驚いております。
関東は最初上陸が危ぶまれましたが、東にずれ、結果、東北に上陸したわけですが…。
ちょっとした場所の違いで、近い場所でも被害がさほどでもなかったりするわけで、本当に無情だと思います。
被害を受けた地域の一刻も早い復旧をお祈り致します。


そんななか、仲間のはからいで『ビニールの城』を観ることが出来ました。
唐十郎さんですし、蜷川さんですし…。
ご想像の通り難解な物語でありました。
ですが、森田くんの存在感はやはり光っていましたね〜。パワーを感じました。
しかしほんと、こういう難しい作品をしっかり演じ、演出家の信用を得ているって凄いなぁとおもいます。


それから、昨日の中居くんの『ミになる図書館』を観ていたら(ニュースからの流れでいつも観ているんですよね)、田中圭くんが出ていたんです。
で、なにやら気弱な役なのにモニターで演技を確認したときに自分の腕が余りにむきむきで気持ち悪かったと。役にも合ってなくて危機感を覚えたらしい(^^;)
そもそも鍛えるきっかけは、ご存じ、岡田くん。
それを聞いて中居くんが「岡田はストイックだもんなぁ…」としみじみ。ほかの出演者も納得してました。
共演したとき(もちろん『図書館戦争』ですね)、かっこいいなぁと思って少しでも近づけるようにとトレーニングを始めたとのこと。
でも、役と合わない位に鍛えてしまったので今は腕の筋トレはやっていないそうです。
中居くんが「メイキングでトレーニング風景がうつっているそうですね」と言って、映画での堂上のアクションシーンと、メイキングでのトレーニングシーンが映されました。
トレーニングは、上半身裸の人(だれだろう?)が腕を挙げようとしているのを岡田くんが正面から押さえつけているもの。かなりきつそうでした。
圭くんの話だと、全員でお風呂に入るシーンだったので“パワーアップ”(←おそらく“パンプアップ”では?)しようとして、1時間半もやったとのことです。
…岡田准一、恐るべし!!
まあしかし、思いもかけず岡田くんの話が出たり、映像が出たりと嬉しくなってしまいました(^^)
ありがとう、中居くん、圭くん。
そのあと、圭くんは懸垂をさせられてましたが、とても軽やかにやってましたよ。



それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:橋本野乃子(はしもとののこ)さん・長谷川町子美術館学芸員
テーマ:よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

<オープニング>
1946年に新聞の連載でスタートした漫画「サザエさん」
サザエさん生誕70年の記念すべきこの年。
長谷川町子さんの生涯に焦点をあてた初の回顧展がただいま全国巡回中。
なぜこんなにもサザエさん一家は日本人に愛され続けているのでしょうか。
今夜は長谷川町子さんの生涯を良く知る学芸員の橋本さんと共に、その魅力をひも解いてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして。よろしくお願いします」
橋「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「長谷川町子美術館で学芸員をされている、ののちゃんですね、いい名前ですね(笑)」(←何言ってるんだ?!by母)
橋「(笑)ありがとうございます」
岡「あの〜、長谷川町子美術館の所在地というのは、え〜とどこに、世田谷区ですね」
橋「世田谷区の桜新町の駅から歩いて7分ほどなんですが。渋谷から東急田園都市線で4つ目の駅になりますね。」
岡「長谷川町子さんって日本で最初の女性漫画家?」
橋「女流漫画家のプロの女流漫画家ということになっております」
岡「サザエさんって、ぼくらやっぱり、落ち着くって感じかな、子供のころからやっているし、見てるから、なんかなつかしいような、でもいまだに」
橋「え〜え〜、どちらがあれですかね? アニメでご覧いただいているほうですかね」
岡「アニメです、やっぱり。“おさかなくわえたどら猫♪”(←ふしをつけてちょっと歌ってくれました^^)がもうしみついている」
橋「そうですね〜、アニメのほうも放送されてから今年で47年目になっているので。もうだいたいアニメでご存じのかたが多いんですけど。ま、当館は長谷川町子美術館ということで、その原作、町子が描いた4コマ漫画のほうを展示する美術館」
岡「サザエさんは最初は4コマ漫画だったんですね」
橋「そうです、新聞に連載されたのが初めてで」
岡「それは何年ですか?」
橋「昭和21年。戦後まもなくですね」
岡「戦後の日本とともに進んでいる」
橋「そうです。それこそ戦後の昭和史そのものといわれているんですけども。戦後の経済的にもかなり苦しい生活をみな余儀なくされているなかでサザエさんに出てくる家族たちはその日その日を明るく目いっぱい精一杯楽しんでいきているというのが、その当時の漫画としても皆さんの支持を得たんだと思います」
岡「やっぱり戦後の生活というのかそういうのも」
橋「出てますね。お料理にしても皆さんご存じない闇市ですとか」
岡「アニメのほうは闇市とかあります?あんまり見た覚えがない。。。」
橋「いえいえ、アニメはもう戦後は経済復興が終わったあとの時代で世の中が豊かになった時代を想定した中での一家なので出てこないですけども、もともとの4コマの原作の初めというのは、配給制度があったり闇市があったりがそこかしこに出てくる漫画が多いですね」
岡「へえ〜〜、サザエさんの漫画を全部読めば、日本の戦後史が、」
橋「あ、わかります。それで研究なさっているかたもたくさんいらっしゃいますね」
岡「橋本さんは、学芸員って具体的にどういう仕事?」
橋「私は、簡単にいってしまえば、そこにある美術資料を整理収集し保管して、あと展覧会の準備企画をするというのが主なんですが、あの〜、うちの長谷川町子美術館はもともとは長谷川町子が自分の作品を展示するために建てたものではなかったんですね」
岡「あ、そうなんですか?」
橋「あの〜もともとは漫画で得た収益を使って、いろいろ美術品工芸品を買い集めまして、それがかなり自宅で収蔵しておくには余りあるほどになってきて、それを広く一般のかたに公開するために美術館として昭和60年1985年にオープンしたのが最初なんです」
岡「う〜〜ん、たくさんのかたに持っているものを見ていただこうと」
橋「そうなんです。だから純粋の美術館として始まったんですけど、それがやはり長谷川町子がつくったということを聞きつけた人たちは町子の作品がある美術館だろうと思っていらっしゃるので、そこに町子の作品がひとつもないことで苦情もたくさんいただいて。それで小さな町子ルームというものをつくりまして、町子の著作資料を展示する部屋を一部つくったという」
岡「やっぱり戦後を生き抜いて、初めて女流としてあがってきたかただから、そういう美術品とかもたくさんの方にみていただいて、なにかを育むとか育てるとかを意識して集められたんですかね」
橋「あ〜、とっかかりは最初ほんとに単純なことではあったんですけど。あるかたに、自分だけでこんなにいい作品を見ているのはもったいないよ、という指摘をうけて」
岡「あ、ハハハ、へえ〜〜」
橋「で、奮起して、美術館をつくろうということになったんですけど。で、町子のなかでももっともっとたくさんのかたに見ていただきたいという気持ちはでてきたんだろうと思いますね」
岡「そこに自分の作品が入って、今、ほとんど自分の作品でみていただくというのは」
橋「実はですね、今ほとんど自分の作品というわけではない」
岡「へえ〜〜」
橋「町子が姉の毬子(まりこ)と収集した作品が800点ほどありまして。通常は収蔵コレクションというかたちで年4回美術品工芸品をご覧いただく展覧会が主になっています。それで年1回長谷川町子の漫画資料、アニメも含めた展示を毎年夏に行っているかたちですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今年、サザエさん生誕70周年、メモリアルイヤーということで、お忙しいんじゃないですか?」
橋「そうですね、今年はいろいろそういう意味では、年があけて早々から長谷川町子に関するいろいろな書籍が出版されて、いろいろな展覧会も立ち上がって、初めての巡回展ということで、『よりぬき長谷川町子展』というのがこの4月から京都をかわきりに広島、そして東京にもやってきます」
岡「きのう始まってるんですね。なんでよりぬき、よりぬき展というのをやろうと思ったんですか?」
橋「今までですね、長谷川町子の展覧会というのはほとんどやられてこなかったんです。というのは長谷川町子自身が自分の作品、収蔵作品含めて、他家に貸すこともなければ借りてきて自分のところで展示するということも一切しない。自分のところにある作品のみで美術館を運営していくというスタンスでずっとやってきまして。それがここ数年、ぽつぽつと長谷川町子展というのが地方でも開催されるようになって。大きな展覧会としてはじめての試みです」
岡「今、目の前に、『よりぬき長谷川町子展』、かわいい。留め方もちょっと」
橋「そうなんですよ、装丁がかわってまして。背表紙のところに通常はここにタイトルがはいるんですが、見開きをぱっとひらくとどこを開いてもフラットにきれいに開ける。見やすい製本を心がけてつくってあります。装丁も柿木原さんがデザインしてくださいまして」
岡「柿木原さん!この番組にもきていただいて、おもしろかったですね。かきちゃん、といっても怒られなさそうな方ですよね(笑)」→(レポはこちらに
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/283950964.html
岡「でもすごいですよね、僕が思っているより歴史を感じる」
橋「そうですね、長谷川町子は最初漫画家になろうと思って、田川水泡の弟子入りを志願して、その時に初めて持って行ったスケッチブックから始まって資料をこの図録のなかには入れているので膨大な」
岡「残っているんですね〜〜。すげえ〜、長谷川町子さんが15歳の、可愛いですね」
橋「可愛い少女なんです。このときデビュー作がちょうど15歳。狸の面という作品で。ちょっとこちらの作品ですね」
岡「あ、狸の面。すごいな、こういうスケッチブックが残ってるんですね。」
橋「そうなんです。これを見て田川水泡はすぐに弟子入りを許したんですけども。」
岡「う〜〜ん。でも長谷川町子さん、ベールに包まれている感じもあったんですけども」
橋「そうですね〜〜、町子自身がとってもシャイな性格ということもあって一切自ら外にでることもしない。マスコミにも極力出ない。そういう状況のなかでしたので、町子の私生活というのは、ほとんど表には出てこなかったんですね」
岡「書いてありますね『町子は一日中おもしろいことを言って、うちじゅうを笑わせるのに、お客さまの前では急におとなしくなるんですよ。ふずまの陰から恥ずかしそうに挨拶する振り返って』昔のことばだからあれですけど、」
橋「そうですね〜、そういうシャイなところは昔からあったんですが。外にでると、お転婆娘で男の子とやりあったりという小学生時代はおくっているんですけどね」
岡「へえ〜〜。漫画デビューは15歳。すごいですね〜〜、あ、『仲よし手帖』というのも有名ですよね」
橋「『仲よし手帖』は雑誌の掲載の最初のものですね。連載の漫画の。等身大の自分の生活をそのまま漫画のなかに描いた作品になってますね」
岡「戦後に漫画を描くという、どういう感覚だったんですかね?」
橋「町子は戦前に漫画家としてデビューして、戦争が激しくなって福岡のほうに疎開して、そこで戦後を迎えて、夕刊フクニチが創刊されることになってそれに掲載される4コマ漫画の依頼をうけて、連載されたのがサザエさんなんですね。なので戦後の仕事は降ってわいてきたようなきっかけ。町子自身もこのサザエさんがこんなに長く続く漫画になるとは思っていなかったと」
岡「思いもしなかった、う〜〜ん」
橋「ただ福岡の地ということもあって自分が海に近い場所に住んでいたので、登場人物をすべて海にちなんだ名前にしよう、ということで」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

【原作のサザエさんの衝撃の真実をお聞きしました】
岡「その時代の漫画家さんって、今テレビでやっているのってサザエさんくらいですかね?」
橋「そうですね〜、サザエさんくらいですね〜、手塚治虫さんも今はアニメとしては毎週放送というのはやっていないので」
岡「それだけなんか魅力と、安心感なのか、やり続けるって特殊じゃないですか。熱狂するとはまた違う、、、」
橋「違うんですよね。ほんとに通常の生活のなかの出来事がテーマになっているサザエさんなので。そういうサザエさんを支持してくれるというのは、共感できるところがいっぱいあってなおかつ安心できる。で、こういう家族だったらいいなあ、という憧れもあったりして今までこうやって続いてきたのかなと思いますね」
岡「サザエさん家系図。波平、ふね、サザエ、かつお、わかめ、ますおさん、たらちゃん、たまっていう猫がいて。で、のリスケさんは、」
橋「タエコさんっていう奥さんがいて」
岡「のリスケさんは今24歳なんですよね。24から26」
橋「この設定はアニメの設定なんです。これは原画とアニメの違いというのがありまして」
岡「違うんですか?」
橋「原作というのはサザエさんが結婚する前からありまして。途中からサザエさんが結婚して家族も増えて。アニメのなかでは一つのおうちに一緒に住んでいますけど。サザエさんは磯野姓からフグタ姓になるんですけども。原作ではいったんお家を出て新婚生活を営むんです」
岡「へえ〜〜!新婚生活、一応するんですね!」
橋「そうです、そうです」
岡「マスオさんは婿養子じゃない」
橋「婿養子ではないです」
岡「でも勘違いしているひと、多いと思うんですよね〜〜」
橋「そうですね〜〜」
岡「マスオさんみたいに、婿養子みたいにっていうイメージがあったり。でもフグタですものね」
橋「そうなんです。でもいろいろ問題があって一緒に住むというかたちですね」
岡「へえ〜〜」
橋「アニメのなかでは年齢設定からは歳をとらないんですけど。原作のなかではある程度までは年齢が刻まれていて」
岡「あ、やっぱりそうですね」
橋「ただ原作のなかで、だれだれが何歳とはきちんとはしていない。そういう意味ではアニメのなかではじめてそういう年齢設定というものができた」
岡「う〜〜ん。でも目の前に最初の原画というのがね、やっぱりちょっと絵が違いますね」
橋「違います。アニメと比べるとサザエさんも八頭身美人ということになっていまして、手がすらっとしてちょっと団子鼻の感じですけども。最後のほうのサザエさんになってくるとずんぐりむっくりになってきて身長も低くなってきて、サザエさんの描き方がかわってくるんです」
岡「どんどん可愛くなっていくんですね」
橋「アニメに近いかんじになっていくんですね」
岡「最初のサザエさん、八頭身ですね、スタイルいいですね。みんな、知らないだろうな。知らなかったですからね。なんかちょっと、いや怒られるかもしれないですけど、ポパイのオリーブっていうか」
橋「あ、そうですね、実はこのサザエさんというのは、その当時のアメリカの漫画、」
岡「同じ時代ですかね」
橋「そうですね。あの原作のなかではサザエさんは波平をよぶとき『お父さん』ではなくて『パパ』って呼んでいる回が何回かあります。必ずしも日本家屋でちゃぶ台があって、というのではなく、初期の作品のなかではテーブルに座ったりソファーがあったり洋風な生活をしてたりするんです」
岡「これはいつの?」
橋「これは朝日新聞のお正月版で、特集をくんだときにその挿絵をあらたにつくったものなんですけど」
岡「一家団欒、家族団らんの絵が描かれているんですけど」
橋「昭和の良き風景というか」
岡「これがサザエさんですね、ぼくらのなかの」
橋「そうなんですね」
岡「玄関前でわかめちゃんがマットひいておままごとしてて、カツオくんは外で竹馬やったり野球やったりしてて」
橋「本当に一枚に集約されて描かれているので」
岡「全然違うんですね、最初と。のらくろの影響もうけているような」
橋「師匠の田川水泡の影響というのもやっぱりあることはありますね。でも実際は手取り足取りの指導はしなかったんです。町子はかきたいようにかいていったというのがサザエさんに繋がっていったんですね」
岡「へえ〜〜、なんかちょっと、、、、昔からみてみたいですね」←(ぱらぱらとめくっている音がしています)
橋「楽しいですよ、原画の世界は」
岡「歴史も、、、」
橋「そうなんです。歴史もわかりますし。家族が織りなすいろいろなテーマっていうのがその4コマのなかに描かれているので。フネさんがこんなふうに髪の毛をおろしているのって原作のなかでしか見られない世界ですよね」
岡「フネさんがロングヘアー(笑)」
橋「そうです(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「これ採点表ってかいてありますけど」
橋「長谷川町子がいろいろと資料を、自分が描いたものからなにから衣装ケースのようなものにいれこんでいたんですけど。私の仕事のなかでしまわれていたものをひも解いて何があるのかを整理するのが仕事なんですけど。そのなかで発見されたもののひとつがこの採点表なんです。この採点表というのはこの新聞で連載されたサザエさんを、本当におもしろいのかを採点しなおすんです。4コマ漫画っておもしろくなければ世にだしてはいけないというスタンスで町子はかいているので、面白くないという採点は絶対にないんですね。おもしろいか、凄く面白いか、と採点をする。後に『よりぬきサザエさん』という本を作り直すんですね。その資料としても使われた採点表です」
岡「自分のなかでよくできたというのを。今回の記念のよりぬきというのは?」
橋「そうです。まさにそのよりぬきサザエさん、よりぬいて素晴らしい作品をご覧いただける展覧会です、という意味あいも込めて『よりぬき長谷川町子展』というタイトルになってます」
岡「橋本さん、毎日お仕事する上で長谷川さんの凄みって感じたりするんですか?」
橋「その仕事量には驚かされますね。新聞の連載というのは毎日の連載なんですね。たとえば体調不良とか旅行に行きます、ということで休載することは何度かあったんですが、基本毎日描いているなかで、サザエさんだけでも原画が約7000点ほど残っているんですね。7000点のなかでも未収録のものも残っていますし、その仕事量といったらもうとにかく膨大なんです。で、4コマ漫画というのは白黒の世界ですけど、単行本をつくるとき表紙絵を描くんですけど、その表紙の絵というのは色彩にあふれた美しい表紙をつくっていくんですね。サザエさんというロゴも一冊一冊その表紙絵にあわせて描いていく」
岡「あ、ほんとだ、タイトルの色味とか、いろんなこと」
橋「色味もかえていますし、技法もひとつひとつ変えて、この色にはこだわりぬいて」
岡「あ、すごいカラフル!」
橋「カラフルです。いまでは出せない特殊使いの色合いが多かったので」
岡「なんか、おしゃれですね」
橋「そうなんですよ、今みても古さを感じさせない。デザイナーとしてもすぐれた才能を持っていた人だと思います」
岡「ホントだ。サザエさんの、これ単行本の表紙ってことですか?」
橋「そうです。表紙用に描かれた原画です」
岡「へえ〜〜〜、なんか可愛らしいのとか、女性らしいのとか、ね」
橋「そうなんです。え〜え〜、シルエットだけで描いたものもあれば」
岡「あ、14巻で、リンゴの中からでてくるのがありますね」
橋「あ、そうですね、これがアニメの最後にありますよね、これがヒントになっているんですけど。スイカからこう出てくる」
岡「腰ふりふりして踊っているやつですよね。あ〜〜、へえ〜〜」
橋「ホントに色彩が豊富に使わていまして。町子が描く作品っていうのはどれも美しいのが多いですね〜」
岡「サザエさんも8巻、9巻10巻くらいまでは鼻が結構大きいんですね」
橋「そうなんです(笑)。鼻がまるっとしていて」
岡「丸鼻なんですね」
橋「でもそのぶん愛嬌があって愛らしくてかわいらしい」
岡「かわいらしいですよね」
橋「表紙だけでもこうやって変遷がみられるので楽しいですね。今回はこれをすべて展覧会のなかでご紹介しているので是非その点もご覧いただきたいと思います」
岡「では最後にですね、サザエさんはじめ長谷川町子作品は長く愛されているのは何故だと思いますか?」
橋「そうですね、最初のほうにもいいましたけど、共感できる世界がそこに広がっているというのがひとつだと思います。あとはサザエさんばかりじゃなくて、『いじわるばあさん』とか『エプロンおばさん』とかあらゆる漫画を残しているんですが。『いじわるばあさん』に見られるブラックユーモア的な世界はサザエさんの世界とは両極端な世界で。一人の人間から出てくる明るい部分と暗い部分がそれこそ面白い作品になって今でも私たちが漫画の本として手にとることができるというのが今でも皆さんに親しんでもらっている理由かな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ。
サザエさんの秘密というか、当たり前に見てきているけど、実はこうだったんだっていうのをね、びっくりしましたし。
なんか可愛いんですよね、表紙とかも可愛いし。あ、やっぱりなんかサザエさんが歳をとっていってる感っていうのもしれるし。
女流作家として長く愛されているというのが、凄いことですからね。
今も70年間もたってるのに今もテレビでやってるって。安心感があるっていうか、大人から子供まで、楽しめるものを作られた、本当にすごいことだと思うし。
いろいろな作品が、ね、つくられていますから。それを見にいける展覧会が、『よりぬき長谷川町子展』っていうのが昨日からやっているので。是非。
板橋区立美術館でやっておりますので。皆さんも見に行って下さい。

*******

以上です。

次回は再来週です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

さざえさん、子供の時には見ていたのですが、いつの頃からかご無沙汰しております。
しかし、息が長い…。
サザエさんに限らず、ドラえもんも仮面ライダーも今でも続いているって凄いですよね。
ウルトラマンはちょっとお休みですけど、ゴジラもリメイクが途切れないし。
何もない時代だからこそ知恵を絞って作り上げた確固たるものがあるからなんでしょうね。
ちゃんとした思想というか、核があるから続くし、大人になって初めて気付くメッセージに気付いたりというのもあるかもしれないですね。
今はドラマでも“ワンクール(3ヶ月)”区切りが当たり前になっていますが、良いものはクール関係なく続いて欲しいですね。…まあ大人の事情があるのかわかりませんが…。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:26| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

『Growing Reed』なぜたった一人で冒険を続けるんですか?

台風10号が怪しいです。
普通の台風と逆方向の沖縄に向かっていったそれが、今度はまた戻ってくる可能性が大ということで、ちょっと心配ですね。
ところで、私のスマートフォンは気圧が測れるんですが、台風のときにはきっちりと気圧が下がり、去って行くにつれて上がってきたんですよ!それが目に見えて面白かったです。…いや、もちろん台風の被害は面白くないですが…。
とにかく被害が少しでも小さいことを祈るばかりです。


さて、突然ですがみなさんにお知らせ…というか、
以前、コメントは21時までに書き込んでくださいとお願いしたことがありますが、これ、解除します。
この頃は私もサボり気味で、ついつい週に1度のまとめレスになっておりますので、この時間制限はあっても今は意味をなさなくなっていて…。
なので、
コメントは24時間受け付けます!!
というわけで、どしどし(?)お寄せくださいね〜!!



それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:角幡唯介(かくはたゆうすけ)さん ・ 冒険作家
テーマ:なぜたった一人で冒険を続けるんですか?

<オープニング>
2010年ノンフィクション作家としてデビューを飾り、作家で冒険家の角幡さん。
自らの足でたどり着いた未知の世界で見たものを、文章で僕たちに表現してくれています。
旅を書く、というのはどういうことなのか。人はなぜ冒険そするのか。
今夜は気鋭の冒険作家にたっぷりとお話を伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「角幡さん、はじめまして」
角「はい、はじめまして」
岡「ぼく〜とちょっとでも世代は近いですよね。ちょっと上というか5つくらい上になりますけど。2010年に冒険作家としてデビューとされて。これですよね、『空白の五マイル』僕よんでます」
角「2010年、そんななります?そんなもんですかね?」
岡「もうちょっと前の気がするんですけどね。『雪男〜』もだって読んでますけど。これ7年前くらいに読んだ気がするんですけど(笑)アハハでも本当は4年前くらいなんですよね」
角「ありがとうございます」
岡「これ『空白の五マイル、チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』これはデビュー作にもかかわらず、そうそうたる賞をトリプル受賞ということで。もうガチですもんね」
角「まあ、そうですね。わりと真剣にやってますね」
岡「ガチのだって、冒険家というか探検家ですものね。早稲田大学探検部から」
角「そうですね。探検家という肩書で活動している人は日本にはほとんどいなくて僕を含めて3人くらいしかいないと思うんですよね」
岡「なんで探検家に?昔からですか?」
角「いやいや、やっぱり大学にはいって、探検部というところに入って、探検部の居心地っていうか、」
岡「良かったんですか?」
角「うん、それまでは登山とか全然やったこともないし、興味もそんなになかったと思うんですよね。ただ人と違うことがやりたいという気持ちがすごく強くて。まあ、それで大学で探検部のパンフレットとかビラを見て、おもしろそうだな、というそういうノリですよね」
岡「(笑)なんか角幡さんの作品を読んでいると、ホントに一緒に行っている気になるような、感じになるんですけど、」
角「あ、ありがとうございます」
岡「それは文才ですか?それとも経験、ホントの探検家だからですか?」
角「それは〜、ぼくにはなんともいえない、わからないですけど」
岡「ただひとつ言えるのは、ぼくら男の子からいうと、早稲田大学部の探検部って由緒正しき、いっちゃっている人たちが集まる場所っていうか(笑)、変態が集まるっていう場所じゃないですか。ガチのところですよね」
角「実際には名前負けしているというか(笑)。そんなに、あの〜」
岡「でも歴史ある、本当に大学の、なんか国を背負った、どこどこ登頂しろ、とかどこどこ探検行ってこい、みたいなのにガンガン行ってた人たちのとこ。。。」
角「まあ、イメージでいうとそうなんですけど、実際はそうでもない。あの〜〜、なんていう、名前負けしているというとアレですけど、早稲田と探検というと、なんとなくこう相性がいいんでしょうかね。マスコミに卒業生が多くて。OBがマスコミに多いんですよ。だからぼくらがやることをテレビや新聞で取り上げてもらう機会が他の大学より多かったと思うんですよね。そういうので名前が世間的には知られているけど、やっていることは、早稲田がすごいことをやっているかというと全然そんなことはなくて」
岡「でも地盤というか、これも『空白の〜』もチベットのツアンポ―峡谷に挑むっていうのも地盤はそのときからあったんですよね?」
角「そうですね。大学のときからずっと、行きたかった場所というか探検したかった場所を、卒業してからネチネチと通って、」
岡「探検の良さってなんですか?」
角「探検の良さ、むずかしいですね〜、それ一言でいうと、本かく必要がなくなっちゃうくらい難しいんですけど」
岡「でも、みんなで準備してエベレスト登頂しましょう、とかというのとはちょっと違うじゃないですか。ホントに単独で」
角「そうですね、僕の場合はそうですね。やっぱり、そこにいったらどうなっているのかわからないとか、どうやったらそこを旅できるかわからない、とか、全く未知の場所に行くときって、自分でこうやりかたとかも開発しながら、確立させながら行くわけですよね。その過程がおもしろいというのはありますよね」
岡「かっこいいですよね。憧れますよね」
角「そうですか(笑)結構大変です」
岡「アハハ、そりゃ大変ですよね。でも飛行機で行っちゃえば楽だけど、それをなんかヨットでいくことに意味があるんだとか、自分のチカラで悩んだり迷ったり、自分を試すかのような場所で、いってることに意味がある気がするんだよね、みたいなの、かっこいいじゃないですか、男としてはね」
角「そうですか、アハハハ、その過程がやっぱり楽しいですよね。今、ものすごく過程を省ける時代になってきちゃってるじゃないですか。たとえば、車を運転することひとつにしてもカーナビで行先設定して行くわけですよね。だけどそういうテクノロジーが進歩してきて過程が省けたり、いろんな産業化が進んできていることで、外部に委託して過程を省いてゴールに近づくみたいないろんなことが可能になってきているじゃないですか。でもそこをあえて自分でやることによって、一つ一つ自分の世界が出来上がっていく、みたいな感覚がすごくあって。それがまあ面白味はどこですか?と聞かれたらそこかなあ、という気がしますね」
岡「う〜〜ん」

♪♪♪♪♪♪

岡「キャンパスライフはどうだったんですか?」
角「大学のですか?」
岡「大学のときはどこに行かれたりしていたんですか?」
角「結構今探検するっていっても、どこに行っていいのかわからないんですよね。探検というからには人が行ってない場所っていうのが探検なんですけど、そういう場所って今ほとんどないわけじゃないですか。大学の4年間、ぼくの場合は6年間だったんですけど、ほとんどどこ探検したらいいのかを捜すので終わっちゃうっていうかんじですね(笑)」
岡「へえ〜〜(笑)探検家も大変ですね〜。行くところを捜す、、、」
角「僕の場合は、たまたまこの『空白の五マイル』っていうのを後に書くんですけど。そのチベットの東のはじっこのほうに深い峡谷があるんですね。19世紀のザ・探検という一つのネタだったんですよ。そこがたまたま中国の支配下に置かれることになって入域できなくなって、僕が学生の時代まで生き残っていたというか。そういう場所があるということで卒業してからもずっとひとりで探検していたんですよね。だから学生のときに行きたいな、と思って」
岡「なんのポイントにそんなに惹かれたんですか?」
角「ツアンポ―峡谷の場合は、昔の探検家が行こうとしても行けなかった場所が今でも残っているという、何か歴史的なロマンにも惹かれたかなあ〜。かつての探検家はこのものすごい峡谷のなかにナイアガラ級の滝があるっていう話があって、そこをめざしたんですね。その大滝が当時はみつからなかったわけですよ。その大滝伝説というか、実際なかったんですけど」
岡「でも本読んでると、死にかけるじゃないですか。リアルですよね」
角「え〜。もちろんもちろん」
岡「アハハハ、もうその死にかけるっていうのが凄いですよね。一人で。もう絶望じゃないですか。切り替えないともう生きていけないようなこともあるし」
角「なれるんですよね。結構ね。そういう状況っていうのは」
岡「へえ〜〜、慣れる」
角「うん。そういう状況が怖い、と思わなくなるんですよね。何回も行ってると。鈍感になっていく」
岡「それはいいことなんですか?探検家として」
角「探検家としてはいいことなんじゃないですか(笑)。それはやっぱり怖かったら行けないですからね」
岡「う〜〜ん」
角「今もそういう感覚はちょっとあって。今北極圏ばっかり行っているんですよ、ぼく。チベットと北極圏って全然違う場所じゃないですか。だけど経験としてはやっぱりチベットの探検で培われたものってやっぱり北極でも生きていて。自分はここまでならできるという感覚がひろがっていく感覚がものすごくあるんですよね」
岡「根本的なんですけど、北極、楽しいんですか?(笑)」
角「北極、楽しいですよ、めちゃくちゃ(笑)」
岡「アハハ、行ったことないんで。一面なんもなくて、へたしたらちょっと先進んだけど氷乗ったら流されて戻されるとか、そういう世界ですよね?」
角「まあそこまで氷の状態が不安定なところまで行けないですけど。おもしろいですよ、北極は。ぼくも最初行ったときは山のほうがおもしろいかな、と思ったんですよ。単調だし歩くだけという感じもあるので。でも何度も行くうちにその魅力がわかってきたというか」
岡「いやあ〜〜、どういう?北極だから北極グマとか危ない生物もいる中、ソリをひっぱっていくわけですよね?」
角「まずね、スケールが全然違うんですよね。何十日も荒野に出て旅をするんですね。その間に魚とったりウサギをとったりちょいちょいやりながら、積極的に北極の自然に関わって、旅が組み立てられていくっていうのが凄くおもしろいんですよ」
岡「あれ、北極って、この地点この地点っていうので食料を空輸でおろしてもらわなくっちゃできないんじゃなかったでしたっけ?」
角「それは、なんていうんですかね〜」
岡「昔ですか?」
角「やりかたにもよりますし、場所にもよるし。普通のひとは北極点を目指す人が多い。そうすると植村さんの時代とかは途中で物資を空輸してもらったりということが普通だったけど、今は無補給で行ったりとか多いです。ぼくは村と村を繋いで旅をしているので」
岡「生肉食べるんですか?」
角「生肉、食べますよ」
岡「植村直己さんとか有名ですよね。アザラシの、生肉食べて野菜不足を解消したとか」
角「そうです、そうです」
岡「一日どれくらい歩くんですか?」
角「このときは多くて30キロですかね。最初は10キロとかしか歩けないんですよ。30キロ結構きついですけどね」

♪♪♪♪♪♪

【角幡さんの探検スタイルをさらにお聞きしました】
岡「なんか自分は人と違うな、と思うことはないですか? 昔からあったんですか?その冒険家とか作家さんになるっていうんで」
角「ただ人と同じことをしたくない、っていうのはありましたね、昔から。今もそういう偏屈なところはあって。あの〜たとえばGPSとかは使わないでやっているんですよ」
岡「それは危険が増すということですよね」
角「危険が増すというより難しくなるという感じですよね。自分の判断がむずかしくなる、危険になるということに繋がるのかもしれないけれど。そうすることでさっき言った過程のはなしじゃないけれど、北極という場所をより理解できるという感覚があるんですよ。おもしろくなるってことですよね」
岡「う〜〜ん。おもしろくなるね、わかる気もするし、多分わかんないんだろうな〜というのもあるし。でもわかりたい!みたいなのもある感覚ですけどね。ぼくらの旅とはちょっと違う、感じがする。すごいなあ〜〜。一番過酷だったのはなんですか?これやばかったっていう」
角「肉体的に過酷だったのは2011年に行った、1600キロ歩いたという『アグルーカの行方』という本にしているんですけど。まあこの時が過酷さという意味ではこれかもしれないですね。ただヤバかったという意味では『空白の五マイル』のチベットのほうが危険という意味では大きかったですね」
岡「この『アグルーカの行方』もだって、これ読んでないんだよな、これ読もう!」
角「これが一番おもしろいと思います」
岡「自信作これですか? 空白と雪男、読んでる。(←『雪男は向こうからやってきた』)アグルーガが一番?、、、これ読みます!すぐ!」
角「ありがとうございます」
岡「またあらたな、新刊、最新刊『旅人の表現術』という本を出されましたけど。これはあれですよね、沢木耕太郎さんとか石川さんとか皆さん探検家のかたと対談したり」
角「対談したり、あと雑誌に書いた記事だとか文庫本に書いた解説だとか、集めて冒険することとか書くということをテーマにした文章を集めた本ですね」
岡「これはおもしろそうですね」
角「ぜひ読んでみてください」
岡「いろんな人と、ね、旅から見えることとか、ね、へえ〜〜、この本をまとめてみてどうでしたか?」
角「ここにまとめた文章とかってちょっと古かったりするものもあるんですよね。3、4年前のものが中心だと思うんですよ。そうすると昔、俺こんなこと考えていたんだ〜と読んでいいてちょっと恥ずかしくなったりするんですよ(笑)」
岡「アハハ、また旅を経て変わってきたりとか」
角「そうですね、また年齢的なものとか、プライベートで家族ができたりで考え方がかわってきているんですよね」
岡「簡単には死ねなくなりますよね、生きている実感つまりまくってますものね、本にね」
角「最近はその状況を楽しめるようになってきたかな、という気がしますね。5、6年前だったら、それに向かって自分のなかでも気負って焦ってるというか余裕がないのが、最近はある程度余裕をもってできるようになって。一歩間違えれば凍傷になってしまうようなときでも、余裕をもって受け止めれるという感覚。だから苦しんだけど楽しめるようになってきたという変化はありますね。前みたいに死が近くにないと生を感じれない、みたいな坊さんみたいなことを考えていたんです、昔は」
岡「(笑)あ、でもわかる気がします」←(うん、岡田くんならわかるよね、、私2002年に岡田くんのファンになったころ、岡田くんってそんな感じがしてました・笑)
角「それは確かにそうなんだけど、あの〜」
岡「ヒリヒリした感覚がないと生きている感しがしない、みたいな」
角「そうなんだけど、もうちょっと余裕をもって楽しみながらそれが出来るようになったという感じですかね。だからいまが一番おもしろいですね、やってて」

♪♪♪♪♪♪

岡「今めざしているものはなんですか?」
角「今も北極圏に行ってるんですけど。冬の北極というのは太陽が全くのぼらない極夜という状態なんです」
岡「ずっと暗いんですか?」
角「ずっと暗いんです。3ヶ月とか4ヶ月とか続くんです。そのなが〜い夜そのものを探検したいな、と思って。冬の北極圏を一冬かけて旅したいなと思って今やっているんですど」
岡「・・・・・あ、、、、」
角「どこめざすとかじゃないんですけど」
岡「ないですよね、大丈夫なんですか?夜くらいってことですよね。熱源とかは、、、?」
角「もちろんコンロとか、方角見てとか、、想像がつかないじゃないですか、その想像がつかないところがおもしろいわけですよ」
岡「正気でいられるんですかね?ずっと暗い。。。」
角「ぼくも最初、それが怖いというか正気でいられるのかな‾と思ったんですよ。でも一回試験的に歩いてみたんですよ。夜の世界を。意外と大丈夫だったんですよ。多分正気で行けると思いますね」
岡「いつ行くんですか?」
角「10月末か11月頭ですね」
岡「そうしたらそれを読めるのはぼくらいつになるのかな?」
角「だいぶ先ですね(笑)」
岡「アハハ。だいぶ先、、、だいぶ先になるんですね(笑)書くのにどれくらいかかるんですか?」
角「書くのはやっぱり帰ってきて」
岡「あ、行きながら書くというのではないんですね、」
角「もちろん日記とかはつけますよ、でも原稿におこすのは帰ってきて、最初にたぶん雑誌に書くんで、本になるのは一年ちかくになるんじゃないですかね」
岡「すぐに向き合えるんですか?日記と照らし合わせながら書いていくわけですよね。帰ってきてすぐその作業に入れるんですか?」
角「帰ってきたらすこしはボケ〜としますよね、やっぱね。でも10日か2週間くらいですかね。子供とも遊びたいですしね(笑)」
岡「そうか〜、それじゃ2018年くらいになりますか。ぼくらそれ、その暗闇のなか。いやあ〜見えないのに物語ふえますか?それ、アハハハ、どうなんですかね?」
角「いやあ〜わからないです。なにが書けるのかもわからないですし」
岡「でもご自身のなかでは、なんか大事なことないですか?何作、自分が人生に旅に行けるのって何回くらいかな、って」
角「あ〜、今ぼくちょうど40なんで、やっぱり北極でソリひいて歩くとか体力使ってやるのって後5年くらいかなあ〜と思うんですよね、体力的に。そうすると今やっておかないとできなくなるという焦りが最近でてきて、逆にモチベーションが高まってきて」
岡「じゃあすごい大事な作品に。ガンガン動けるときの」
角「書く文章力もあがってくるじゃないですか、そういう人生の一番いい時期35から45くらい。今が一番自分がいい時期にいるってことはある程度自覚しているんですよね。そういう時期に極夜の旅というのをやったので、いい本にしたいな、という思いはありますよ」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜角幡さんはガチな人ですからね〜
これはね〜、実際ホントにすごい経験をしてたりしてますし、やることが凄いですからね。
皆さん、今日聞いた方は小説読みたくなったんじゃないでしょうかね〜
行った気持ちになれるからね、空白の五マイルとか雪男とか、ぼく読んでますけど、『アグルーガ』、これ読もう。
で、次の真っ暗ななかの、極夜、楽しそうですね〜
無事に帰ってきてほしいなあ〜、ね!
凄い旅ですからね〜〜、2週間くらいだったら付き添いたいですよね〜
7カ月はないですよね〜、7カ月帰ってこないとか、さすがに凄いな〜と思っちゃいますよね。
でもそれくらいの旅が本物なんだろうし。
2週間、、1週間かな〜、だったら80キロひっぱって、どんだけ一日30キロ歩くのが大変なのか経験してみたいですけどね〜
いやあ〜すごい、憧れるんですよ、なんか男の子はやっぱりこういうの。
憧れるけどどっかであきらめちゃうんですよね。
う〜〜ん、でもホントに憧れるな、、、、
でもいつかしたい、とは言えない、アハハ、感じもある。
最新刊もね、是非みなさん、『旅人の表現術』これもたくさんの人と話している素晴らしい本なので、是非皆さんも読んでみて下さい。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

りりーさんがおっしゃっている岡田くんのそう言う時期って、角砂糖をかじっていた頃でしょうかね?ヒリヒリした感じじゃないと…って。
そして、こういう冒険に憧れながらも踏み切れない感じの行ったり来たりしている岡田くんが可愛らしいです。
ファンとしてもそんなことに首を突っこまれたら心配で寝られなくなっちゃいますよ。登山でさえ心配なのに。
格闘技だけで我慢しておいてくださいませ。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:51| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする