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2016年09月25日

『Growing Reed』なぜ作家にしてバーに立つのですか?

隙を見て更新!!

先週分です♪

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:島地勝彦さん ・ エッセイスト、バーマン
テーマ:なぜ作家にしてバーに立つのですか?

<オープニング>
80年代に雑誌『週刊プレイボーイ』の編集長に就任
雑誌業界では異例の100万部を売り上げた伝説の編集長として知られています。
現在、執筆活動の傍ら、ご自身がプロデュースするバーには、島地さんに話を聞いてほしいという大人の男女たちがこぞって集う場所になっているそうです。
今夜はそんな島地さんをお迎えして大人の楽しみについてじっくり伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして」
島「はじめまして」
岡「よろしくお願いします。かっこいいですね」
島「いえいえ」
岡「噂で、島地さん、かっこいい大人の、男のかっこよさ持っている人だっていうの、ずっと聞いていたんで」
島「いえいえ、わがままに生きてきただけで」
岡「アハハハ、わがままなんですか?」
島「わがままっていうか、自分が美しいな、おもしろいな、と思うこと以外やったことないですからね」
岡「へえ〜〜
島「集英社という会社に」
岡「うんうん、『週刊プレイボーイ』ですよね」
島「そうでございます」
岡「あれをもう100万部雑誌にまで成長させたっていう」
島「それはもうその時のスタッフが私と一丸となってね、まあ鬼のように働かせたんですよ、ほめごろしで」
岡「アハハハ、そうでしょうね。編集長として」
島「ただあの時期はみんな興奮したと思うし。私の人生、今75ですけど、41歳で編集長になって、あの時代がわたくしの人生のなかで真夏日でしたね」
岡「真夏日」
島「うん。みんなもそうだと思う、あの瞬間は」
岡「真夏日っていうのは、いっこの暑いエネルギッシュな時期というか」
島「そう、徹夜しても興奮してるって感じですかね」
岡「どうやって人を動かしていったんですか?男として」
島「それは、」
岡「当時おいくつぐらいですか?」
島「41です」
岡「41で編集長っていったら早いですよね」
島「サラリーマンの世界は才能があっても上の常務や社長がひっぱってくれないとだめなの。どんなに才能があっても。ね、まあいくらか運が良かった。私の才能を引いてくれた人がいた」
岡「ぼくらが『週刊プレイボーイ』をしっているのは。。。」
島「あなた今いくつですか?」
岡「ぼく35です」
島「35というのは、、、今の『プレイボーイ』でしょうね。私がつくっていた『プレイボーイ』は34年くらい前ですから」
岡「ちょうどぼくが1歳くらいの時ですね」
島「(笑)生れたときくらいかな」
岡「すごいなあ〜、すごい『プレイボーイ』有名にしたのも島地さんのチカラですから」
島「時代ですよ」
岡「どうやって率いていったんですか?かっこいい男としてなにを言っていったんですか?」
島「一言でいえば、この仕事に命がけでやって、本当に俺はもう才能あるなんて自分で思うくらい仕事したら、絶対女にもてるよ、といったの」
岡「(笑)やりぬいたら女にもてるよ、と(笑)」
島「そう。やっぱりね男はね、仕事に輝いている顔はね、異性はほっとかない、そういうもんですよ」
岡「う〜〜ん。島地さんは今もキラキラされていますけど、70超えていますよね?」
島「75です」
岡「75!」
島「とにかく人に会うこと。だから岡田さんは、35でしょ。40までは男の顔というのはね両親がつくった作品です。まだまだあなたのイケメンの顔は両親の作品なんです。しかし40過ぎると自分の作品になります」
岡「深い、深いなあ〜〜」
島「ね、そこからね本を読んだり人と会う。自語りするということがすごい重要。岡田さんがこれずっと連載して50歳ころまでやっていたら、もっともっといい顔になると思う。自分の顔。ね、今はまだまだ両親の作品」
岡「(笑)40から。。。40から自分の顔になる。深いなあ〜」←(前回の『an・an』“オカダのジショ”で言っていましたよね^^)
島「こういう顔になりたいなあ〜と思う顔になる」
岡「へえ〜〜〜」
島「それには本を読んで自分の時間を大切にすること。いろんな人に会うこと。私はエッセイを書き週末バーでね、伊勢丹のメンズ館の8階で小さなバーをやっているんです」
岡「サロン・ド・シマジ」
島「そうです。それでいろんな人に会う。私の本を読んだファンが全国からやってくる。その人たちと自語りして。これはすごい私にとって、若さの最大の栄養剤というかモチベーションになっているんじゃないですかね」
岡「サロンドシマジにはセレクトした男の道具みたいなのもあったり、全国から島地さんに悩み相談に来る人とか」
島「悩み相談は来ますけど、私は人生相談のコーナーがあるんです。バーでほかの人のいるところで個人的な悩みを聞くというのも失礼な感じなので、文章にして送ってくださいと。そうしたら優先的に答えますよと。私は、人生は民主主義よりも依怙贔屓(えこひいき)が文化を生むと思っているんです」
岡「あ〜〜、深いなあ〜、民主主義より依怙贔屓が文化を生む」
島「うむんです」
岡「あ〜〜」
島「いろいろこういう格言をコースターに書いて渡すわけです。これなんていいでしょう?」
岡「“浮気はばれると実刑はないが時効もない”」
島「そうです。だから絶対墓場まで持っていく秘密にしなくてはいけない」
岡「ハハハハ、ふ〜ん、死ぬまで言われるよ、と」
島「そうです。そこが大人か子供の差だね」
岡「213年の名言もありますよ。“男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる”」
島「あ〜」
岡「なかなかの名言ですね。」
島「最近ね、いろいろな人の意見きいたら、ここはこう直してくれ、と常連のお客がいうわけ」
岡「はい。なんですか?」
島「理解して別れるんじゃなくて、理解して我慢する、ってしてくれって。それが結婚でしょ」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

岡「たくさん名言を残されている。“人生は冗談の連続である””迷ったら二つとも買え“」
島「うん。これは私が商人として考えたものです。もう編集者から商人&バーマンになったでしょ。商人と編集者というのは良く似てる」
岡「へえ〜〜」
島「『週刊プレイボーイ』を100万部にした最大の要因が三つあるとしたら、一つは美しいもの。グラピアに女優を裸にしたり。それから珍しいもの、珍しいはなし。それから一番最高はおもしろい話ですよ。特集記事。この3つは商人にも共通して。あの小さなスペースに私が愛用したえらんできた美しいもの、めずらしいもの、おもしろいものを見ると、必ず売れるんです。編集者と商人はよく似てる。そっくりだと思うな。商品は違っても精神は同じだと思います」
岡「今、バーマンと」
島「わたしはね、バーテンダーという言葉がきらいなんですよ。これはアメリカの英語なんですよ」
岡「バーマンは?」
島「これは英国です。というのはねバーテンダーを日本人はバーテンという。運転手さんを運ちゃんというようなもんでしょ。ちょっと蔑視してるのよ。バーマンはバーテンみたいに省略することが不可能なのよ、短いからね。短いけど迫力がある。付加価値と名誉と勲章をあげたいと思ってる。それで、物書きで、いいですか?バーマンをやっているのは私が世界中でひとりでしょ。反対にバーマンが作家になった人はいっぱいいますよ。それこそ村上春樹さんもそうだし」
岡「あ、村上春樹さんもそうなんですか」
島「あと有名なのは、半村良さん」
岡「バーマンって、なんだろう、全部知ってなくちゃいけないし、美学がないと」
島「そうです。美学っていうか、そんなきどったもんじゃないけども、人の喜びも悲しみも知ってなきゃね。カウンターっていうのは、なんていうかな〜、男っていうのはね、墓場と酒場で裁かれるんじゃないかと思うんだよ」
岡「(笑)アハハ、かっこいい〜〜、墓場と、もう一回いいですか?墓場と酒場で裁かれる」
島「死んで、ね、どれくらい墓に生きている人が通ってくるか。私は勿論岡田さんもそうですよ、無になっていくんだなあ〜。それを私は師匠今東光大僧正っているんです。上野寛永寺の霊園に墓があるんです。自分がデザインした墓が。そこにみんなが私のファンが寄ってくれる。いつも花がきれいに飾ってある。私が今先生の魅力をみんなに伝えてみんながお線香をあげにくる」
岡「う〜〜ん。裁かれるんですね」
島「バーでも酒の飲み方でわかるんです」
岡「そうですよね。かっこいい飲み方ってなんですか?」
島「まずね、絶対ストレートでのまないこと。理由はスコットランドのバーでは絶対にストレートではのみません。あれはジョン・ウェインがいけないんだと思うけど。あれを一気に飲む姿をみたおじいさんがかっこいいと真似をする。それをみたお父さんが真似をする。代々日本人はストレートに飲むのがかっこいいと。一つにはウイスキーが高価だったということもありますわね、山口瞳さんはエッセーで“おれはウイスキーを水で割るほど貧乏してない”と。それでガンで死んじゃった。開高健さんもそうだった。スコットランドの本当の実体をしらない。だからストレートに飲むのは日本人とアメリカ人だけですよ」
岡「バーカウンターは人生の勉強机だと。これタモリさんが“圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している”。これも珍しい、タモリさんが書くのも珍しいですけど。悪魔と天使が一緒にいると。今日ぼくに会って、僕を見て、おまえにこの言葉をあげる、といったら何を?」
島「ことばをあげるのは難しいけれど、さっき言ったように、この番組をあと20年くらいやったらいい。で、なかなかあなたこの番組いいと思うな。メンバーみたけど。養老さん、僕親しいけど。今のちゃんとした一流の人に短い時間だけど会う。それでね、興味もったらその人と二人で酒を呑むとかしたほうがいいと思います。これはよそいきのはなしだから本当の話できませんよ。公共放送だし」
岡「アハハハ」

♪♪♪♪♪♪

【島地さんが生み出した格言を引き続きお聞きしました】
岡「“万年筆を知らない大人はまだ子供である”。これはホントですか?」
島「ボールペンを使うのはクロネコヤマトの伝票かくくらいかな。万年筆は12、3本しか持ってませんが、一時凝って。夏目漱石と森鴎外が愛用してつかった100年前の万年筆を手に入れて。小さいからすぐにインクがなくなるんだけど。今度私の家に遊びに来たら見せてあげますよ。それが一番かな」
岡「歴史がちゃんとあるんですね」
島「もちろんです。私はものには物語がないと、たんなる物ですよ。物語がないものは生命が入ってないと思います。漱石と鴎外が同時代で使った万年筆を持っていると、なんとなくそれでかくとその世界に入った気持ちでゾーンにはいれるというか、だから使っているのよ。女房と万年筆は人に貸すなって」
岡「意味があるんですよね、万年筆」
島「万年筆ってかいているうちに自分の筆圧とか書き癖とかがちゃんと宿るんですね」
岡「う〜〜ん。魂が宿る」
島「だから新品をかったほうがいいよね。その100年前のものは珍しく未使用だったのよ。箱入りだった。やっぱり人間と、今日あなたと私が出会うでしょ、ものと人間も出会いなんですよ。そのとき借金しても買わなきゃだめだと思いましたよ」
岡「時計はどうですか?男も、万年筆もそうだけど、時計も持っとけ、みたいなのあるじゃないですか?」
島「正直いってね、時計と車は財力が回らなかったね。あまりにもシングルモルトと葉巻をインして限界を超えているから。私の趣味、考えからいくと煙になったり灰になったりおしっこになって東京湾に流れる、このはかなさが好き。岡田さんはお酒のむの?」
岡「のみます」
島「葉巻はやんないでしょ?葉巻やったほうがいいですよ」
岡「葉巻すすめられたのは初めて(笑)でも葉巻わかんないですよね〜」
島「私は柴田錬三郎先生からおそわった。シガレットの紙巻はやめましたね、うまさが全然違う。葉巻を吸う余裕というか時間が必要ですよ」
岡「香りや時間を楽しむために」
島「温泉付きバーはみんな今葉巻ありますから、バーはみんな吸いかた知っていますから、そういうところで教わるのもいいだろうし。私は一日いまでも5本吸っています。最低でも30万かかる。葉巻代ですよ。それだからこれだけ働いているの、75歳で。これが知る悲しみですよ。知る悲しみってね、知らない悲しみより上質なんです」
岡「ほぉ〜〜、深いですね、また」
島「旨いとおもって葉巻をのんで、シングルモルトを飲んで旨いと思ったら、もう他がのめなくなる。それを知る悲しみ。女性もそうでしょ、きっと。すごい女性に会ってそれにふられたら当分、ね、知る悲しみしったから立ち上がれない」
岡「どんどん名言がでてきますけど。“ひとりの時間を楽しくできない人間は二人の時間も楽しくできない”」
島「そうです」
岡「“まずやるべきことは人と笑顔で接する。練習なのでは無く一人の時間を楽しむ術を見つける”」
島「というのはね、人生うまれて良かったなあ〜と思うくらい楽しく時間をね、おもしろい本を読んでゾーンに入った時の感動は相当なもんですよ。これを知るか知らないかは重要。それと、やっぱりね、一人でいて寂しいなんて思うのはこれ子供ですよ。それは、一人の時、私はね、本を読んだり、申し訳ないけれどテレビはあんまり見ませんけれど、オペラ聞いたり。シングルモルトのんで葉巻をすう。もちろん原稿をかくのに忙しいですから書いたあとでね、その高揚感が満ち満ちているときにその興奮は最高だね。67まで普通のサラリーマンみたいなことやってました。普通はもう日向ぼっこして年金生活している。私はじっと待ってた。そうしたら全くしらない編集者がきてこういうもの書いてください、と寄ってきた。なにが言いたいかというと、大西社長からセレクトショップとバーマンをやってくれと」
岡「伊勢丹の社長ですね」
島「これ凄い人ですよ。インタビューしたことあります?」
岡「ないですね。」
島「いつでも紹介します」
岡「あ、ほんとですか、是非」
島「ほんとにほんとに。これは素敵な男。男が男に素敵だなあ〜と思うとね、なんでも言うこと聞いてやろうと思うのよ。それが依怙贔屓」

♪♪♪♪♪♪

島「普通一毛作で終わるの。いいですか、人生は。私は68から二毛作にはいったんです。全く組織からはずれて一人で働いて。稼いだもの全部つかって。浪費することの面白さっていうかね。人生の二毛作で。二毛作でもきっと真夏日がくるんじゃないかと思ってるんだ、もう一回くらいは。たった一人の孤独で原稿をかいている。今日もここにくるまでに一本書いたんですけど、今日のはなしも原稿にしようかな〜と思ってる。というのはあなたのファンはいっぱいいるし、あなたのおチカラをお借りして」
岡「いやいや、すごいですね。じゃあ、ちょっと難しいかもしんないですけど、最後にかっこいい大人をめざす、僕も含めてですけども、すべてのリスナーの皆さんに言葉をあげるとしたら」
島「それは私の大好きな言葉で、アンリ・ド・レニエという19世紀終わりのフランスの詩人がいるんですが、その人の言葉で『まことの賢人は砂上に家を建つる人なり』って書いているんだよ。これは何を意味しているかというと、人生というのは蜃気楼だと思うよ。だから素敵な蜃気楼を見て俺は人生楽しかったなあ〜と死ねるかどうか。それは美味しい酒をのむ。イイ女に恋する。すべて。いい仕事をすることも含めて。まあ、ふっと振り返れば蜃気楼なのよ。残んない。なにもないから。むなしいんだけどその瞬間、ね、全身全霊一分でも一秒でもどれだけエンジョイしているかですよ。今日は私は岡田さんに会ってエンジョイしている。それができるかどうか。そして40からが自分の作品なんですから。そこに履歴書以上にはいっていますから。
秘密も悪いことをやったこともいいことをやったことも全部皺一本には記憶されているんじゃないですか。それが表情にあらわれ、相手に対する印象とかあると思う。私が今先生に頂いた字で『遊戯三昧』“ゆげざんまい”と読むんですよ。仏教語では。それは遊びの中にこそ真実がある、という言葉です。私のバーに来ればその本物の先生の墨で書いた字が飾ってあります。その遊戯三昧がわかるかどうかっていうのは、やっぱり最終コーナーかな。私は28か9でその字をもらったんですよ。今わからなくても将来これがわかれ、と。そうしたらお前の人生も本物になるぞと言われたの。やっとほんの少し遊戯三昧の遊戯(ゆげ)が最近少しわかってきたかな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜、なんかやっぱりかっこいい大人のかたでしたね〜
なんかぼくも格言をいえるようになりたいな、っていうね(笑)
やっぱり40からですけどね。40から、やっぱり島地さんは親にもらった顔ではなくて自分のやっぱり生き様が出るね、顔が出来るって言ってますけどね。
痺れますよね。
男はね、やっぱりこういうの聞くと何かやっぱり、いい言葉きくと痺れるんですけどね。
う〜〜ん、是非ね、ふたりでしっぽりこう飲みながら、ほんとのことをね、今日は教えてくれないって言ってましたから。
また聞きたいなあ〜と思うし。
なんかやっぱり、う〜〜ん、いい言葉は豊かですよね、生きる上でなんか人生の深さとかも感じるし。
う〜〜ん、なんか物に物語があるとかというのも、やっぱり本当の楽しみ方のひとつだと思うし。
なんかものだけじゃなくていろんなものに物語があって、ってそういうものを感じようとする人の心っていうのがね、何よりも大事だったりするのもあるし。
“遊戯三昧”とかいて“ゆげざんまい”と読む、ゆげざんまいを知るというのが人生の目標のひとつだというふうに言ってましたけど。
しりたいなあ〜、遊戯三昧。
伊勢丹メンズ館8階ですね〜、サロン・ド・シマジ。
ちょっとお話しを聞きにね、行ってみたいと思いました。

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

岡田くんが大好きな大人の男。
バーテンではなく、バーマンなのか〜。
そのあたりからして、なかなかにこだわりの強い方と思われますね。
ちょっと気難しい感じもあるのかななんて思ったりもして。
でも、岡田くんのことはなんとなく気に入っていらっしゃるご様子。
岡田くん、年上の人に可愛がられるんだよな〜(^^)。でもそれはきっと大事な才能の一つですよね。
こうやって人脈を広げていって人生を豊かにしていってほしいですね。

posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

『Growing Reed』時代を編集するとはどういう意味ですか?

本当にご無沙汰しております。
父が調子を崩してしまい、なかなか自分の時間が作れなくてどうしようもなく…。
少しずつ元に戻りつつあるのでよかったのですが…。
というわけで、りりーさんがせっかく月曜日にレポートを送ってくださっているのにアップできなくて申し訳ありませんでした。
とりあえず、先々週のものからお送りいたします。

あっ!その前に、V6が『MusicStation』のスペシャルに出ましたね。
何時からかなぁと思っていたのですが、息子が「三宅くんがEテレのパラリンピック番組を8時からやってるからそのあとじゃないか?」と。確かにそのあと、最後から二組目というタイミングで出てきましたね。
KinkiKids、TOKIOと一緒で。
岡田くん、官兵衛さんでしたね〜…光成か!
堂本剛くんにさんざん「つけひげを取れ!!」って言われて。「いや、これは自毛」と必死に言う姿がかわいかったです。
森田くんの「嫌いなんだよ」発言も相変わらず。
かっこいいところも見せてくれて久しぶりに6人の姿を見ることができてうれしかったです。
それから、三宅くんもパラリンピックの番組、よかったですね。ちょっと真面目だった(^^)

ではどうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==


それではざっくりといってみましょう♪

ゲスト:生駒芳子(いこまよしこ)さん ・ ファッションジャーナリスト
テーマ:時代を編集するとはどういう意味ですか?

<オープニング>
雑誌VOGUE, ELLEの副編集長、マリ・クレール日本版編集長を経て、2008年に独立。
エシカルファッションの第一人者として、ファッション、アート、エコロジーなどに関する執筆を手掛けながら、2011年からは伝統工芸開発プロジェクトWAOのプロデューサーとしてもご活躍中です。
今夜は生駒さんが常に貫いているという時代を編集するとはどういうことなのか、じっくりと伺っていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「生駒さん、お久しぶりですね」←(すごい優しい言いかたでした^^)
生「はい。」
岡「ハハハ、言っていいんですか、マリ・クレ時代ですね」
生「全然かまいません」
岡「マリ・クレール、雑誌のときに、ぼく、むかし」
生「そうなんですよ〜、11年前ですね」
岡「11年前か〜、」
生「マリ・クレの編集長だったときに、表紙に岡田さんに出ていただいた」
岡「そうそう、24くらいのときに、ね」
生「そう、憶えてらっしゃるかしら?」
岡「憶えてます。マリ・クレが男性表紙がなかなか無いみたいな、時」
生「初めてで。ホントに本が良くうれました。ありがとうございました(笑)」
岡「アハハハ、ホントですか!?」
生「いまだに感謝してます」
岡「いやいやこちらこそありがとうございます。生駒さん、なにかめちゃくちゃやられているみたいで。なんか話題の場所やおしゃれな場所に生駒さん、絶対にいると」
生「あ、そうですか?」
岡「言われてるみたいですよ。ファッションジャーナリストになるんですか?今は」
生「そうですね。私はずっとパリコレクションとかミラノコレクションを見て、雑誌の編集をするというのが本業だったんですけど、今はフリーでいろんなファッションの側面を見てるという。それを文章で表現したり、企画でちょっと表現したりということをしています」
岡「今どのくらいやってるんですか? 滅茶苦茶やってるっていう」
生「プロジェクトの数ですか?」
岡「うん、何を(笑)いろいろ、じゃあ、今手掛けているものでこれおもしろいよ、というものを」
生「今一番熱中しているのは、日本の伝統の工芸を再生させることなんです」
岡「それは、WAOといわれるやつですよね。みてワオってびっくりする奴ですよね(笑)」
生「一番おいしいところをついていただいたんですけど(笑)」
岡「どういうやつですか?」
生「2010年に金沢に行ったんですね。そのときはファッションコンクールの審査員長として行ったんですよ。行ったときに生駒さんのような人に伝統工芸を見てほしいと言われたんですね。強い興味はなかったんですけど、加賀友禅、加賀縫い、それから象嵌(ぞうがん)その三つのアトリエに連れていかれたんですよ。行ったら、すべて素晴らしかったんですよ。だけど全員がおっしゃったことが未来がない、販路がない。何をつくっていいのかわからない。それを言われたときに人生がシフトしちゃったんですね。ファッションだけ見てきた人間から、伝統工芸の世界がファッションに繋げられるな、と思ったんですよ。そこからちょっとWAOの活動を始めることになった」
岡「最近、ここ何年か、伝統工芸品とたくさんコラボしてたりとか、伝統工芸品が気になる、ようになったんですよ」
生「え!岡田さんが、ですか?」
岡「うん、ここ何年か、めちゃくちゃ気になって」
生「え、たとえばどういった?」
岡「いや、だから何個か持ってますよ、僕WAOの」
生「え、ほんとに!?」
岡「うん」
生「南部鉄器とか?」
岡「(笑)南部鉄器は持ってない」
生駒さんがなにかページをめくっているかんじがします
岡「持ってる、持ってる(笑)」
生「持ってる?、え!」
岡「こないだ撮影で輪島のほうに行ったので、輪島塗も滅茶苦茶見回りましたし。いいものはやっぱり高かったですけどね、アハハハ、輪島塗は」
生「あららら、、、あ、そうですか」
岡「気になる、流れを生駒さんとか作られたり、今日本中いたるところでそういう動きが出てきてると思いますね」
生「ここ2,3年すごいですね、勢いが。その当時クールジャパンの会議に出ていたんですね。日本の文化をもっともっと世界にアピールしたいなと。ファッションもそうですけど、伝統工芸からアートまで。日本は発信ベタなんですよ。いつも海外の方がきてこれいいね。と。それを逆輸入するんですよ」
岡「生駒さんの活動の軸になっている考え方みたいなのあるんですか?なんかワードみたいなもので」
生「時代ごとに変わっていくと思うんですけどね。今までの考え方とかをシフトする。それが今だと思うんですよ。途上国のひとたちに作ってもらってそれを都会で買うという。その循環。オーガニックコットン。あとインターネットがでたことで、モノづくりの裏側が見えるようになったんです。いい部分もあるけれど、労働条件の悪いところで働いているということも見えてしまう。そういうことでみんなちゃんと作られたものがほしいな、と思うようになってきた。それがエシカルファッションというものなんですけどね」
岡「エシカル、倫理的なという意味ですよね」
生「そう、ちょっと堅苦しいでしょ、でもその言葉が2000年前後くらいからロンドンから主にでてきて、今凄くひろまりつつあるんですよね」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「この考えが日本に広まった背景というのは?」
生「私は3・11の影響が大きかったと思うんですよね。自然の脅威というか、あと物があれだけ壊されて。皆さんすごいショックをうけたと思う。どうやってものとつきあっていったらいいだろうか、とか、素敵なものとどうやって出会ったらいいだろうか、とか原点にかえるようなところがあの震災ってありましたよね。ものづくりに対する考えかたも変わったと思う」
岡「だいぶ聞くようになりましたよね、エシカル、エシカルって。雑誌とかみても」
生「伊勢丹とか東急とかルミネとか大きなところでエシカルウィークとかやっているんですよ」
岡「エシカルファッションとかって、簡単にいうと人と地球に優しい、という意味がある」
生「そうです。エコって自然環境に優しいということですよね。それプラス人にも優しいから、働いている人の労働条件とかをクリアに見ていくとか。だから値段を安くするために下請けの給料を安くしがちなんですよね。だから関わっている人がそれなりに幸せになれるように、それがエシカルの考えですね」
岡「このシチズンのやつも、藤本さんとやっているんですね、また濃い〜いふたりですね。藤本さん、建築の、好きですけど(笑)これもエシカルな。人と環境に優しい時計」
生「そう、記憶するかぎり日本の大手企業さんでエシカルをテーマにしているところって無かったんですよ。なのですごいびっくりして。本腰いれてなさってるんですよ。紛争鉱物使わないと書いてあるんですよ」
岡「プライドですよね」
生「おっしゃるとおりです。持続可能なことをやってもダメなんですよ。あとシチズンはエコドライブっていう自然の光で時計が稼働していくというシステムを開発されて40年ですよ、凄い早い時代にエコにも取り組んでいらっしゃって。で今伝統工芸もとりこんで」
岡「あ、これですか、ちょっと見せてくださいよ」
生「これ藤本さんがデザインした時計です」
http://www.afpbb.com/articles/-/3091099
岡「藤本さん、ちょっとアレだからなあ〜、頭おかしい、アハハハ、いやいや知らないですよ、会ったことないんですよ、会ったこと無いけど作品みると、もういってるな、って(笑)。個人的な意見です(笑)。すみません、藤本さんには伝えた事ないし、いい意味でね。悪口になっちゃったらあれですけど。いつも作品みて、この人頭おかしいな、って思ってて」
生「もういっちゃってるんです」
岡「いっちゃってますよね(笑)だから天才なんだろうけど」
生「そう、だから時計を開発するとき全部すりガラスになっちゃって、藤本さん、針が見えないんですけど、って(笑)」
岡「すりガラスになってて、美しいですけどね」
生「しばらくサンプルでつけていたんですけど、すごいいいんですよ。西陣織なんですよ」
岡「あ!、これね!西陣織ね、ベルトの部分、ホントだ、西陣織の」
生「京都の西陣織のメーカーの方に織ってもらったんですけど。細尾さんはまた凄い方で、技術とセンスがすごい。もう一つのシリーズは漆をつかったの」
岡「え、これ漆?さわっていいですか?」
生「漆でこれもアクセサリー」
岡「これブレスレットですか?」
生「なのでシチズンさんで世界発信。私楽しい嬉しいプロジェクトになりました」
岡「日本の伝統のものを新しいものとコラボして世界に知ってもらったり、日本人にも改めて知ってもらうって、すごく。だって輪島塗もWAOですけど、ヴィトンと」
生「そう、このルイヴィトンと輪島塗は2007年に能登半島沖地震があったときにルイヴィトンさんが心配してこのモノグラムで塗りの箱をつくって限定で売って、職人さんに寄付されたの」
岡「ヴィトンが心配して。モノ作りは心があるんですね」
生「フェンディは私がコーディネートしたんです。フェンディのバッグに加賀の刺繍をつけたのを販売して。クオリティー的に日本の伝統工芸に一番注目しているのは海外のラグジュアリーブランドさんなんですよ」
岡「う〜〜ん。技術と洗練と」
生「おっしゃるとおりで、あとディテールの美とかね、細かいところまでキレイに仕上げますでしょ」

♪♪♪♪♪♪

【最先端×伝統工芸の話をさらにお聞きしました】
岡「伝統工芸を一時期10年前どうしたらいいかわからないと言われたとこから再生するために今頑張っていらっしゃると思いますが、なにが必要だと思いますか?」
生「人手不足なんですね」
岡「それ作り手のですか?」
生「後継者不足がおびただしくて。あと売上げがどの業界も10分の一になっちゃっているんですよ。有田焼にいっても着物業界に行っても。あと人手がたりない。人手不足に関していえば新しい現象としては若い女性がはいっているという」
岡「継ぎてとして」
生「うん。今2,30代の美大を出た人たちが。なにが節約が何が贅沢か。もっと高く売っていいと思う」
岡「へえ〜〜〜」
生「安く売るために塗る回数を減らしたりしたら、何かを損なうと思った。やっぱり付加価値をつけて高くうることを伝統工芸はすべきかなと。いっぱい取材しているんですね。日本は宝の山なのに、ブランドがほとんど生れていない。唯一育っているブランドがファッションの領域であるんですけどご存じか、どこかわかります?」
岡「え、どこだろう??シンキングタイムね。。。メガネとか??」
生「ちょっときょうの私のファッションにヒントがあるんですけど」
岡「。。。真珠?」
生「そう」
岡「真珠はどこが有名。。。。」
生「多分ご存じだと思う、ミキモト」
岡「あ〜〜!ミキモト!知ってる(笑)知ってるっていうかミキモトしらない、ね、僕世代のひといないと思うけど」
生「三重県出身のミキモトさん。やり方に気が付いたのが御木本幸吉さん」
岡「なんで気が付いたんだろう(笑)」
生「もっともっと日本ではブランドが生れてくるだろうなと思っている。このシチズンさんのも私にとってはその一つなんです。このバングルとクラッチと時計のセットで桐箱入りで。ちょっと高いですけど」
岡「この人か、細尾さん? あ、細尾さん、若いんですね」
生「細尾さん、30代でね」
岡「同世代かな〜、今度番組に来てもらおうかなあ〜」
生「あ。来てもらうといいですよ。最高ですよ。伝統工芸ってそのまま作り続けていると古びていっちゃうんですよ。新しい発想がないと、ピンクの南部鉄瓶とかね」
岡「伝統は守らなきゃならないものもあるし、革新的なものも足していかなくてはいけないし、両方ないとなかなか育たない」
生「そうです、そうです、伝統と革新というのがキーワードですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「生駒さん、オープニングでも言ったんですけど、時代を編集するっていうのを常に貫いているということなんですが、どういうことですか?」
生「雑誌の編集長をやっていたじゃないですか。それこそ岡田さんに出ていただいた表紙の年はラブキャンペーンというのをやっていたんですよね。編集者なので社会課題をいうのを雑誌のなかで提案していくんですよね。なのでチェックする癖があるんですよね。時代が必要とするものは何かなと考えたときに、あの時は日本人に愛が足りないと思ったんですよ。女性が韓流の男性に走っていたんですよ、2005年」
岡「ヨン様ヨン様いってた時代ですね(笑)」
生「すごい危機感覚えて、日本人の愛の」
岡「日本の男、興味ないみたいな時代でしたよね(笑)」
生「そうなの、それで変な話話題になるのはセックスレスみたいなね。だから日本人の愛のエンゲル係数を上げようと思って。それでラブキャンペーンを一年やったときに、表紙にそれならば魅力的な男性に出ていただこうと思って、岡田さんに」
岡「いえいえ(笑)」
生「ラブキャンペーンの次はプラネットキャンペーンで地球の環境を考えようというのをやったんですね。時代に必要なものってなんだろう、とそれを発信していきたいと思っている。伝統工芸も困っているじゃないですか、困っている人を助けようと思って。今はね旅ガラスなんですよ。三重県のクリエイティブディレクターやってまして」
岡「俺、今一番行きたいです、三重」
生「どちらに?」
岡「三重まわりたい」
生「岡田さん!」
岡「むかしから三重にいきたい、と思っているんだけどなかなか行く機会がないんですよね」
生「ほんとに!?三重のどこに行きたいんですかね?」
岡「どこ行こうかなあ〜〜」
生「伊勢志摩とか?」
岡「う〜ん、伊勢志摩もそうだし、熊野古道もそうだし、なんかやっぱり濃いじゃないですか。大阪の横で。行ってないな、みたいな、でも日本人行かなきゃ、みたいな、感じが、歴史が古くて、それが守られている感じもするし。大事にしている感じもするし、でも行ってないな、みたいな」
生「よくご存じですね。ぜひ来てください、もう歓迎しちゃいます」(だめ!!)
岡「おもしろいですか?三重」
生「めちゃおもしろいですね。日本人の心のふるさとみたいなね。のんびりしたところもあるし、伝統工芸もありますし。私としては常にいろいろアクション起こして産地を訪ねている状態ですね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかほんとに素敵なことをされているなあーというのも思うし。
なんか伝統工芸が日本の誇れる文化として、なんかどうしていいのかわからないというのを聞いて結構たつけど、生駒さんみたいなひとがね、ファッションを知り尽くして、今の販売とか編集を経て、こういう方をサポートしてるっていうのが凄い素敵だし。
ぼくもね、ロケとかで地方に行くと必ず伝統工芸を見て手に入れたりしたりするんですよ。
最近は和菓子と伝統工芸が大好きで。
う〜〜ん、もっといろんなものを見たいなと思うし。
ホントに若手の僕世代の革新者がたくさん出てきているらしくて、そういう人たちにもどんどん会いたいなと思ったりします。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

岡田くんと女性との会話が楽しそうだとなぜか胸がざわつく…。
我ながら大人げないと思うのですが(^^;)

工芸品、なかなか買わないですが、見ていて面白いですよね。

では、レスり〜
こちらもすっかり遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
レスり〜
posted by さすらい母 at 00:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

『Growing Reed』よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

台風10号、東北や北海道の被害の大きさに驚いております。
関東は最初上陸が危ぶまれましたが、東にずれ、結果、東北に上陸したわけですが…。
ちょっとした場所の違いで、近い場所でも被害がさほどでもなかったりするわけで、本当に無情だと思います。
被害を受けた地域の一刻も早い復旧をお祈り致します。


そんななか、仲間のはからいで『ビニールの城』を観ることが出来ました。
唐十郎さんですし、蜷川さんですし…。
ご想像の通り難解な物語でありました。
ですが、森田くんの存在感はやはり光っていましたね〜。パワーを感じました。
しかしほんと、こういう難しい作品をしっかり演じ、演出家の信用を得ているって凄いなぁとおもいます。


それから、昨日の中居くんの『ミになる図書館』を観ていたら(ニュースからの流れでいつも観ているんですよね)、田中圭くんが出ていたんです。
で、なにやら気弱な役なのにモニターで演技を確認したときに自分の腕が余りにむきむきで気持ち悪かったと。役にも合ってなくて危機感を覚えたらしい(^^;)
そもそも鍛えるきっかけは、ご存じ、岡田くん。
それを聞いて中居くんが「岡田はストイックだもんなぁ…」としみじみ。ほかの出演者も納得してました。
共演したとき(もちろん『図書館戦争』ですね)、かっこいいなぁと思って少しでも近づけるようにとトレーニングを始めたとのこと。
でも、役と合わない位に鍛えてしまったので今は腕の筋トレはやっていないそうです。
中居くんが「メイキングでトレーニング風景がうつっているそうですね」と言って、映画での堂上のアクションシーンと、メイキングでのトレーニングシーンが映されました。
トレーニングは、上半身裸の人(だれだろう?)が腕を挙げようとしているのを岡田くんが正面から押さえつけているもの。かなりきつそうでした。
圭くんの話だと、全員でお風呂に入るシーンだったので“パワーアップ”(←おそらく“パンプアップ”では?)しようとして、1時間半もやったとのことです。
…岡田准一、恐るべし!!
まあしかし、思いもかけず岡田くんの話が出たり、映像が出たりと嬉しくなってしまいました(^^)
ありがとう、中居くん、圭くん。
そのあと、圭くんは懸垂をさせられてましたが、とても軽やかにやってましたよ。



それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:橋本野乃子(はしもとののこ)さん・長谷川町子美術館学芸員
テーマ:よりぬき長谷川町子展とは、どんな展覧会ですか?

<オープニング>
1946年に新聞の連載でスタートした漫画「サザエさん」
サザエさん生誕70年の記念すべきこの年。
長谷川町子さんの生涯に焦点をあてた初の回顧展がただいま全国巡回中。
なぜこんなにもサザエさん一家は日本人に愛され続けているのでしょうか。
今夜は長谷川町子さんの生涯を良く知る学芸員の橋本さんと共に、その魅力をひも解いてみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「はじめまして。よろしくお願いします」
橋「はじめまして。よろしくお願いします」
岡「長谷川町子美術館で学芸員をされている、ののちゃんですね、いい名前ですね(笑)」(←何言ってるんだ?!by母)
橋「(笑)ありがとうございます」
岡「あの〜、長谷川町子美術館の所在地というのは、え〜とどこに、世田谷区ですね」
橋「世田谷区の桜新町の駅から歩いて7分ほどなんですが。渋谷から東急田園都市線で4つ目の駅になりますね。」
岡「長谷川町子さんって日本で最初の女性漫画家?」
橋「女流漫画家のプロの女流漫画家ということになっております」
岡「サザエさんって、ぼくらやっぱり、落ち着くって感じかな、子供のころからやっているし、見てるから、なんかなつかしいような、でもいまだに」
橋「え〜え〜、どちらがあれですかね? アニメでご覧いただいているほうですかね」
岡「アニメです、やっぱり。“おさかなくわえたどら猫♪”(←ふしをつけてちょっと歌ってくれました^^)がもうしみついている」
橋「そうですね〜、アニメのほうも放送されてから今年で47年目になっているので。もうだいたいアニメでご存じのかたが多いんですけど。ま、当館は長谷川町子美術館ということで、その原作、町子が描いた4コマ漫画のほうを展示する美術館」
岡「サザエさんは最初は4コマ漫画だったんですね」
橋「そうです、新聞に連載されたのが初めてで」
岡「それは何年ですか?」
橋「昭和21年。戦後まもなくですね」
岡「戦後の日本とともに進んでいる」
橋「そうです。それこそ戦後の昭和史そのものといわれているんですけども。戦後の経済的にもかなり苦しい生活をみな余儀なくされているなかでサザエさんに出てくる家族たちはその日その日を明るく目いっぱい精一杯楽しんでいきているというのが、その当時の漫画としても皆さんの支持を得たんだと思います」
岡「やっぱり戦後の生活というのかそういうのも」
橋「出てますね。お料理にしても皆さんご存じない闇市ですとか」
岡「アニメのほうは闇市とかあります?あんまり見た覚えがない。。。」
橋「いえいえ、アニメはもう戦後は経済復興が終わったあとの時代で世の中が豊かになった時代を想定した中での一家なので出てこないですけども、もともとの4コマの原作の初めというのは、配給制度があったり闇市があったりがそこかしこに出てくる漫画が多いですね」
岡「へえ〜〜、サザエさんの漫画を全部読めば、日本の戦後史が、」
橋「あ、わかります。それで研究なさっているかたもたくさんいらっしゃいますね」
岡「橋本さんは、学芸員って具体的にどういう仕事?」
橋「私は、簡単にいってしまえば、そこにある美術資料を整理収集し保管して、あと展覧会の準備企画をするというのが主なんですが、あの〜、うちの長谷川町子美術館はもともとは長谷川町子が自分の作品を展示するために建てたものではなかったんですね」
岡「あ、そうなんですか?」
橋「あの〜もともとは漫画で得た収益を使って、いろいろ美術品工芸品を買い集めまして、それがかなり自宅で収蔵しておくには余りあるほどになってきて、それを広く一般のかたに公開するために美術館として昭和60年1985年にオープンしたのが最初なんです」
岡「う〜〜ん、たくさんのかたに持っているものを見ていただこうと」
橋「そうなんです。だから純粋の美術館として始まったんですけど、それがやはり長谷川町子がつくったということを聞きつけた人たちは町子の作品がある美術館だろうと思っていらっしゃるので、そこに町子の作品がひとつもないことで苦情もたくさんいただいて。それで小さな町子ルームというものをつくりまして、町子の著作資料を展示する部屋を一部つくったという」
岡「やっぱり戦後を生き抜いて、初めて女流としてあがってきたかただから、そういう美術品とかもたくさんの方にみていただいて、なにかを育むとか育てるとかを意識して集められたんですかね」
橋「あ〜、とっかかりは最初ほんとに単純なことではあったんですけど。あるかたに、自分だけでこんなにいい作品を見ているのはもったいないよ、という指摘をうけて」
岡「あ、ハハハ、へえ〜〜」
橋「で、奮起して、美術館をつくろうということになったんですけど。で、町子のなかでももっともっとたくさんのかたに見ていただきたいという気持ちはでてきたんだろうと思いますね」
岡「そこに自分の作品が入って、今、ほとんど自分の作品でみていただくというのは」
橋「実はですね、今ほとんど自分の作品というわけではない」
岡「へえ〜〜」
橋「町子が姉の毬子(まりこ)と収集した作品が800点ほどありまして。通常は収蔵コレクションというかたちで年4回美術品工芸品をご覧いただく展覧会が主になっています。それで年1回長谷川町子の漫画資料、アニメも含めた展示を毎年夏に行っているかたちですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「今年、サザエさん生誕70周年、メモリアルイヤーということで、お忙しいんじゃないですか?」
橋「そうですね、今年はいろいろそういう意味では、年があけて早々から長谷川町子に関するいろいろな書籍が出版されて、いろいろな展覧会も立ち上がって、初めての巡回展ということで、『よりぬき長谷川町子展』というのがこの4月から京都をかわきりに広島、そして東京にもやってきます」
岡「きのう始まってるんですね。なんでよりぬき、よりぬき展というのをやろうと思ったんですか?」
橋「今までですね、長谷川町子の展覧会というのはほとんどやられてこなかったんです。というのは長谷川町子自身が自分の作品、収蔵作品含めて、他家に貸すこともなければ借りてきて自分のところで展示するということも一切しない。自分のところにある作品のみで美術館を運営していくというスタンスでずっとやってきまして。それがここ数年、ぽつぽつと長谷川町子展というのが地方でも開催されるようになって。大きな展覧会としてはじめての試みです」
岡「今、目の前に、『よりぬき長谷川町子展』、かわいい。留め方もちょっと」
橋「そうなんですよ、装丁がかわってまして。背表紙のところに通常はここにタイトルがはいるんですが、見開きをぱっとひらくとどこを開いてもフラットにきれいに開ける。見やすい製本を心がけてつくってあります。装丁も柿木原さんがデザインしてくださいまして」
岡「柿木原さん!この番組にもきていただいて、おもしろかったですね。かきちゃん、といっても怒られなさそうな方ですよね(笑)」→(レポはこちらに
http://take-the-a-train.seesaa.net/article/283950964.html
岡「でもすごいですよね、僕が思っているより歴史を感じる」
橋「そうですね、長谷川町子は最初漫画家になろうと思って、田川水泡の弟子入りを志願して、その時に初めて持って行ったスケッチブックから始まって資料をこの図録のなかには入れているので膨大な」
岡「残っているんですね〜〜。すげえ〜、長谷川町子さんが15歳の、可愛いですね」
橋「可愛い少女なんです。このときデビュー作がちょうど15歳。狸の面という作品で。ちょっとこちらの作品ですね」
岡「あ、狸の面。すごいな、こういうスケッチブックが残ってるんですね。」
橋「そうなんです。これを見て田川水泡はすぐに弟子入りを許したんですけども。」
岡「う〜〜ん。でも長谷川町子さん、ベールに包まれている感じもあったんですけども」
橋「そうですね〜〜、町子自身がとってもシャイな性格ということもあって一切自ら外にでることもしない。マスコミにも極力出ない。そういう状況のなかでしたので、町子の私生活というのは、ほとんど表には出てこなかったんですね」
岡「書いてありますね『町子は一日中おもしろいことを言って、うちじゅうを笑わせるのに、お客さまの前では急におとなしくなるんですよ。ふずまの陰から恥ずかしそうに挨拶する振り返って』昔のことばだからあれですけど、」
橋「そうですね〜、そういうシャイなところは昔からあったんですが。外にでると、お転婆娘で男の子とやりあったりという小学生時代はおくっているんですけどね」
岡「へえ〜〜。漫画デビューは15歳。すごいですね〜〜、あ、『仲よし手帖』というのも有名ですよね」
橋「『仲よし手帖』は雑誌の掲載の最初のものですね。連載の漫画の。等身大の自分の生活をそのまま漫画のなかに描いた作品になってますね」
岡「戦後に漫画を描くという、どういう感覚だったんですかね?」
橋「町子は戦前に漫画家としてデビューして、戦争が激しくなって福岡のほうに疎開して、そこで戦後を迎えて、夕刊フクニチが創刊されることになってそれに掲載される4コマ漫画の依頼をうけて、連載されたのがサザエさんなんですね。なので戦後の仕事は降ってわいてきたようなきっかけ。町子自身もこのサザエさんがこんなに長く続く漫画になるとは思っていなかったと」
岡「思いもしなかった、う〜〜ん」
橋「ただ福岡の地ということもあって自分が海に近い場所に住んでいたので、登場人物をすべて海にちなんだ名前にしよう、ということで」
岡「へえ〜〜〜」

♪♪♪♪♪♪

【原作のサザエさんの衝撃の真実をお聞きしました】
岡「その時代の漫画家さんって、今テレビでやっているのってサザエさんくらいですかね?」
橋「そうですね〜、サザエさんくらいですね〜、手塚治虫さんも今はアニメとしては毎週放送というのはやっていないので」
岡「それだけなんか魅力と、安心感なのか、やり続けるって特殊じゃないですか。熱狂するとはまた違う、、、」
橋「違うんですよね。ほんとに通常の生活のなかの出来事がテーマになっているサザエさんなので。そういうサザエさんを支持してくれるというのは、共感できるところがいっぱいあってなおかつ安心できる。で、こういう家族だったらいいなあ、という憧れもあったりして今までこうやって続いてきたのかなと思いますね」
岡「サザエさん家系図。波平、ふね、サザエ、かつお、わかめ、ますおさん、たらちゃん、たまっていう猫がいて。で、のリスケさんは、」
橋「タエコさんっていう奥さんがいて」
岡「のリスケさんは今24歳なんですよね。24から26」
橋「この設定はアニメの設定なんです。これは原画とアニメの違いというのがありまして」
岡「違うんですか?」
橋「原作というのはサザエさんが結婚する前からありまして。途中からサザエさんが結婚して家族も増えて。アニメのなかでは一つのおうちに一緒に住んでいますけど。サザエさんは磯野姓からフグタ姓になるんですけども。原作ではいったんお家を出て新婚生活を営むんです」
岡「へえ〜〜!新婚生活、一応するんですね!」
橋「そうです、そうです」
岡「マスオさんは婿養子じゃない」
橋「婿養子ではないです」
岡「でも勘違いしているひと、多いと思うんですよね〜〜」
橋「そうですね〜〜」
岡「マスオさんみたいに、婿養子みたいにっていうイメージがあったり。でもフグタですものね」
橋「そうなんです。でもいろいろ問題があって一緒に住むというかたちですね」
岡「へえ〜〜」
橋「アニメのなかでは年齢設定からは歳をとらないんですけど。原作のなかではある程度までは年齢が刻まれていて」
岡「あ、やっぱりそうですね」
橋「ただ原作のなかで、だれだれが何歳とはきちんとはしていない。そういう意味ではアニメのなかではじめてそういう年齢設定というものができた」
岡「う〜〜ん。でも目の前に最初の原画というのがね、やっぱりちょっと絵が違いますね」
橋「違います。アニメと比べるとサザエさんも八頭身美人ということになっていまして、手がすらっとしてちょっと団子鼻の感じですけども。最後のほうのサザエさんになってくるとずんぐりむっくりになってきて身長も低くなってきて、サザエさんの描き方がかわってくるんです」
岡「どんどん可愛くなっていくんですね」
橋「アニメに近いかんじになっていくんですね」
岡「最初のサザエさん、八頭身ですね、スタイルいいですね。みんな、知らないだろうな。知らなかったですからね。なんかちょっと、いや怒られるかもしれないですけど、ポパイのオリーブっていうか」
橋「あ、そうですね、実はこのサザエさんというのは、その当時のアメリカの漫画、」
岡「同じ時代ですかね」
橋「そうですね。あの原作のなかではサザエさんは波平をよぶとき『お父さん』ではなくて『パパ』って呼んでいる回が何回かあります。必ずしも日本家屋でちゃぶ台があって、というのではなく、初期の作品のなかではテーブルに座ったりソファーがあったり洋風な生活をしてたりするんです」
岡「これはいつの?」
橋「これは朝日新聞のお正月版で、特集をくんだときにその挿絵をあらたにつくったものなんですけど」
岡「一家団欒、家族団らんの絵が描かれているんですけど」
橋「昭和の良き風景というか」
岡「これがサザエさんですね、ぼくらのなかの」
橋「そうなんですね」
岡「玄関前でわかめちゃんがマットひいておままごとしてて、カツオくんは外で竹馬やったり野球やったりしてて」
橋「本当に一枚に集約されて描かれているので」
岡「全然違うんですね、最初と。のらくろの影響もうけているような」
橋「師匠の田川水泡の影響というのもやっぱりあることはありますね。でも実際は手取り足取りの指導はしなかったんです。町子はかきたいようにかいていったというのがサザエさんに繋がっていったんですね」
岡「へえ〜〜、なんかちょっと、、、、昔からみてみたいですね」←(ぱらぱらとめくっている音がしています)
橋「楽しいですよ、原画の世界は」
岡「歴史も、、、」
橋「そうなんです。歴史もわかりますし。家族が織りなすいろいろなテーマっていうのがその4コマのなかに描かれているので。フネさんがこんなふうに髪の毛をおろしているのって原作のなかでしか見られない世界ですよね」
岡「フネさんがロングヘアー(笑)」
橋「そうです(笑)」

♪♪♪♪♪♪

岡「これ採点表ってかいてありますけど」
橋「長谷川町子がいろいろと資料を、自分が描いたものからなにから衣装ケースのようなものにいれこんでいたんですけど。私の仕事のなかでしまわれていたものをひも解いて何があるのかを整理するのが仕事なんですけど。そのなかで発見されたもののひとつがこの採点表なんです。この採点表というのはこの新聞で連載されたサザエさんを、本当におもしろいのかを採点しなおすんです。4コマ漫画っておもしろくなければ世にだしてはいけないというスタンスで町子はかいているので、面白くないという採点は絶対にないんですね。おもしろいか、凄く面白いか、と採点をする。後に『よりぬきサザエさん』という本を作り直すんですね。その資料としても使われた採点表です」
岡「自分のなかでよくできたというのを。今回の記念のよりぬきというのは?」
橋「そうです。まさにそのよりぬきサザエさん、よりぬいて素晴らしい作品をご覧いただける展覧会です、という意味あいも込めて『よりぬき長谷川町子展』というタイトルになってます」
岡「橋本さん、毎日お仕事する上で長谷川さんの凄みって感じたりするんですか?」
橋「その仕事量には驚かされますね。新聞の連載というのは毎日の連載なんですね。たとえば体調不良とか旅行に行きます、ということで休載することは何度かあったんですが、基本毎日描いているなかで、サザエさんだけでも原画が約7000点ほど残っているんですね。7000点のなかでも未収録のものも残っていますし、その仕事量といったらもうとにかく膨大なんです。で、4コマ漫画というのは白黒の世界ですけど、単行本をつくるとき表紙絵を描くんですけど、その表紙の絵というのは色彩にあふれた美しい表紙をつくっていくんですね。サザエさんというロゴも一冊一冊その表紙絵にあわせて描いていく」
岡「あ、ほんとだ、タイトルの色味とか、いろんなこと」
橋「色味もかえていますし、技法もひとつひとつ変えて、この色にはこだわりぬいて」
岡「あ、すごいカラフル!」
橋「カラフルです。いまでは出せない特殊使いの色合いが多かったので」
岡「なんか、おしゃれですね」
橋「そうなんですよ、今みても古さを感じさせない。デザイナーとしてもすぐれた才能を持っていた人だと思います」
岡「ホントだ。サザエさんの、これ単行本の表紙ってことですか?」
橋「そうです。表紙用に描かれた原画です」
岡「へえ〜〜〜、なんか可愛らしいのとか、女性らしいのとか、ね」
橋「そうなんです。え〜え〜、シルエットだけで描いたものもあれば」
岡「あ、14巻で、リンゴの中からでてくるのがありますね」
橋「あ、そうですね、これがアニメの最後にありますよね、これがヒントになっているんですけど。スイカからこう出てくる」
岡「腰ふりふりして踊っているやつですよね。あ〜〜、へえ〜〜」
橋「ホントに色彩が豊富に使わていまして。町子が描く作品っていうのはどれも美しいのが多いですね〜」
岡「サザエさんも8巻、9巻10巻くらいまでは鼻が結構大きいんですね」
橋「そうなんです(笑)。鼻がまるっとしていて」
岡「丸鼻なんですね」
橋「でもそのぶん愛嬌があって愛らしくてかわいらしい」
岡「かわいらしいですよね」
橋「表紙だけでもこうやって変遷がみられるので楽しいですね。今回はこれをすべて展覧会のなかでご紹介しているので是非その点もご覧いただきたいと思います」
岡「では最後にですね、サザエさんはじめ長谷川町子作品は長く愛されているのは何故だと思いますか?」
橋「そうですね、最初のほうにもいいましたけど、共感できる世界がそこに広がっているというのがひとつだと思います。あとはサザエさんばかりじゃなくて、『いじわるばあさん』とか『エプロンおばさん』とかあらゆる漫画を残しているんですが。『いじわるばあさん』に見られるブラックユーモア的な世界はサザエさんの世界とは両極端な世界で。一人の人間から出てくる明るい部分と暗い部分がそれこそ面白い作品になって今でも私たちが漫画の本として手にとることができるというのが今でも皆さんに親しんでもらっている理由かな、と思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ。
サザエさんの秘密というか、当たり前に見てきているけど、実はこうだったんだっていうのをね、びっくりしましたし。
なんか可愛いんですよね、表紙とかも可愛いし。あ、やっぱりなんかサザエさんが歳をとっていってる感っていうのもしれるし。
女流作家として長く愛されているというのが、凄いことですからね。
今も70年間もたってるのに今もテレビでやってるって。安心感があるっていうか、大人から子供まで、楽しめるものを作られた、本当にすごいことだと思うし。
いろいろな作品が、ね、つくられていますから。それを見にいける展覧会が、『よりぬき長谷川町子展』っていうのが昨日からやっているので。是非。
板橋区立美術館でやっておりますので。皆さんも見に行って下さい。

*******

以上です。

次回は再来週です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

さざえさん、子供の時には見ていたのですが、いつの頃からかご無沙汰しております。
しかし、息が長い…。
サザエさんに限らず、ドラえもんも仮面ライダーも今でも続いているって凄いですよね。
ウルトラマンはちょっとお休みですけど、ゴジラもリメイクが途切れないし。
何もない時代だからこそ知恵を絞って作り上げた確固たるものがあるからなんでしょうね。
ちゃんとした思想というか、核があるから続くし、大人になって初めて気付くメッセージに気付いたりというのもあるかもしれないですね。
今はドラマでも“ワンクール(3ヶ月)”区切りが当たり前になっていますが、良いものはクール関係なく続いて欲しいですね。…まあ大人の事情があるのかわかりませんが…。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:26| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

『Growing Reed』なぜたった一人で冒険を続けるんですか?

台風10号が怪しいです。
普通の台風と逆方向の沖縄に向かっていったそれが、今度はまた戻ってくる可能性が大ということで、ちょっと心配ですね。
ところで、私のスマートフォンは気圧が測れるんですが、台風のときにはきっちりと気圧が下がり、去って行くにつれて上がってきたんですよ!それが目に見えて面白かったです。…いや、もちろん台風の被害は面白くないですが…。
とにかく被害が少しでも小さいことを祈るばかりです。


さて、突然ですがみなさんにお知らせ…というか、
以前、コメントは21時までに書き込んでくださいとお願いしたことがありますが、これ、解除します。
この頃は私もサボり気味で、ついつい週に1度のまとめレスになっておりますので、この時間制限はあっても今は意味をなさなくなっていて…。
なので、
コメントは24時間受け付けます!!
というわけで、どしどし(?)お寄せくださいね〜!!



それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:角幡唯介(かくはたゆうすけ)さん ・ 冒険作家
テーマ:なぜたった一人で冒険を続けるんですか?

<オープニング>
2010年ノンフィクション作家としてデビューを飾り、作家で冒険家の角幡さん。
自らの足でたどり着いた未知の世界で見たものを、文章で僕たちに表現してくれています。
旅を書く、というのはどういうことなのか。人はなぜ冒険そするのか。
今夜は気鋭の冒険作家にたっぷりとお話を伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「角幡さん、はじめまして」
角「はい、はじめまして」
岡「ぼく〜とちょっとでも世代は近いですよね。ちょっと上というか5つくらい上になりますけど。2010年に冒険作家としてデビューとされて。これですよね、『空白の五マイル』僕よんでます」
角「2010年、そんななります?そんなもんですかね?」
岡「もうちょっと前の気がするんですけどね。『雪男〜』もだって読んでますけど。これ7年前くらいに読んだ気がするんですけど(笑)アハハでも本当は4年前くらいなんですよね」
角「ありがとうございます」
岡「これ『空白の五マイル、チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』これはデビュー作にもかかわらず、そうそうたる賞をトリプル受賞ということで。もうガチですもんね」
角「まあ、そうですね。わりと真剣にやってますね」
岡「ガチのだって、冒険家というか探検家ですものね。早稲田大学探検部から」
角「そうですね。探検家という肩書で活動している人は日本にはほとんどいなくて僕を含めて3人くらいしかいないと思うんですよね」
岡「なんで探検家に?昔からですか?」
角「いやいや、やっぱり大学にはいって、探検部というところに入って、探検部の居心地っていうか、」
岡「良かったんですか?」
角「うん、それまでは登山とか全然やったこともないし、興味もそんなになかったと思うんですよね。ただ人と違うことがやりたいという気持ちがすごく強くて。まあ、それで大学で探検部のパンフレットとかビラを見て、おもしろそうだな、というそういうノリですよね」
岡「(笑)なんか角幡さんの作品を読んでいると、ホントに一緒に行っている気になるような、感じになるんですけど、」
角「あ、ありがとうございます」
岡「それは文才ですか?それとも経験、ホントの探検家だからですか?」
角「それは〜、ぼくにはなんともいえない、わからないですけど」
岡「ただひとつ言えるのは、ぼくら男の子からいうと、早稲田大学部の探検部って由緒正しき、いっちゃっている人たちが集まる場所っていうか(笑)、変態が集まるっていう場所じゃないですか。ガチのところですよね」
角「実際には名前負けしているというか(笑)。そんなに、あの〜」
岡「でも歴史ある、本当に大学の、なんか国を背負った、どこどこ登頂しろ、とかどこどこ探検行ってこい、みたいなのにガンガン行ってた人たちのとこ。。。」
角「まあ、イメージでいうとそうなんですけど、実際はそうでもない。あの〜〜、なんていう、名前負けしているというとアレですけど、早稲田と探検というと、なんとなくこう相性がいいんでしょうかね。マスコミに卒業生が多くて。OBがマスコミに多いんですよ。だからぼくらがやることをテレビや新聞で取り上げてもらう機会が他の大学より多かったと思うんですよね。そういうので名前が世間的には知られているけど、やっていることは、早稲田がすごいことをやっているかというと全然そんなことはなくて」
岡「でも地盤というか、これも『空白の〜』もチベットのツアンポ―峡谷に挑むっていうのも地盤はそのときからあったんですよね?」
角「そうですね。大学のときからずっと、行きたかった場所というか探検したかった場所を、卒業してからネチネチと通って、」
岡「探検の良さってなんですか?」
角「探検の良さ、むずかしいですね〜、それ一言でいうと、本かく必要がなくなっちゃうくらい難しいんですけど」
岡「でも、みんなで準備してエベレスト登頂しましょう、とかというのとはちょっと違うじゃないですか。ホントに単独で」
角「そうですね、僕の場合はそうですね。やっぱり、そこにいったらどうなっているのかわからないとか、どうやったらそこを旅できるかわからない、とか、全く未知の場所に行くときって、自分でこうやりかたとかも開発しながら、確立させながら行くわけですよね。その過程がおもしろいというのはありますよね」
岡「かっこいいですよね。憧れますよね」
角「そうですか(笑)結構大変です」
岡「アハハ、そりゃ大変ですよね。でも飛行機で行っちゃえば楽だけど、それをなんかヨットでいくことに意味があるんだとか、自分のチカラで悩んだり迷ったり、自分を試すかのような場所で、いってることに意味がある気がするんだよね、みたいなの、かっこいいじゃないですか、男としてはね」
角「そうですか、アハハハ、その過程がやっぱり楽しいですよね。今、ものすごく過程を省ける時代になってきちゃってるじゃないですか。たとえば、車を運転することひとつにしてもカーナビで行先設定して行くわけですよね。だけどそういうテクノロジーが進歩してきて過程が省けたり、いろんな産業化が進んできていることで、外部に委託して過程を省いてゴールに近づくみたいないろんなことが可能になってきているじゃないですか。でもそこをあえて自分でやることによって、一つ一つ自分の世界が出来上がっていく、みたいな感覚がすごくあって。それがまあ面白味はどこですか?と聞かれたらそこかなあ、という気がしますね」
岡「う〜〜ん」

♪♪♪♪♪♪

岡「キャンパスライフはどうだったんですか?」
角「大学のですか?」
岡「大学のときはどこに行かれたりしていたんですか?」
角「結構今探検するっていっても、どこに行っていいのかわからないんですよね。探検というからには人が行ってない場所っていうのが探検なんですけど、そういう場所って今ほとんどないわけじゃないですか。大学の4年間、ぼくの場合は6年間だったんですけど、ほとんどどこ探検したらいいのかを捜すので終わっちゃうっていうかんじですね(笑)」
岡「へえ〜〜(笑)探検家も大変ですね〜。行くところを捜す、、、」
角「僕の場合は、たまたまこの『空白の五マイル』っていうのを後に書くんですけど。そのチベットの東のはじっこのほうに深い峡谷があるんですね。19世紀のザ・探検という一つのネタだったんですよ。そこがたまたま中国の支配下に置かれることになって入域できなくなって、僕が学生の時代まで生き残っていたというか。そういう場所があるということで卒業してからもずっとひとりで探検していたんですよね。だから学生のときに行きたいな、と思って」
岡「なんのポイントにそんなに惹かれたんですか?」
角「ツアンポ―峡谷の場合は、昔の探検家が行こうとしても行けなかった場所が今でも残っているという、何か歴史的なロマンにも惹かれたかなあ〜。かつての探検家はこのものすごい峡谷のなかにナイアガラ級の滝があるっていう話があって、そこをめざしたんですね。その大滝が当時はみつからなかったわけですよ。その大滝伝説というか、実際なかったんですけど」
岡「でも本読んでると、死にかけるじゃないですか。リアルですよね」
角「え〜。もちろんもちろん」
岡「アハハハ、もうその死にかけるっていうのが凄いですよね。一人で。もう絶望じゃないですか。切り替えないともう生きていけないようなこともあるし」
角「なれるんですよね。結構ね。そういう状況っていうのは」
岡「へえ〜〜、慣れる」
角「うん。そういう状況が怖い、と思わなくなるんですよね。何回も行ってると。鈍感になっていく」
岡「それはいいことなんですか?探検家として」
角「探検家としてはいいことなんじゃないですか(笑)。それはやっぱり怖かったら行けないですからね」
岡「う〜〜ん」
角「今もそういう感覚はちょっとあって。今北極圏ばっかり行っているんですよ、ぼく。チベットと北極圏って全然違う場所じゃないですか。だけど経験としてはやっぱりチベットの探検で培われたものってやっぱり北極でも生きていて。自分はここまでならできるという感覚がひろがっていく感覚がものすごくあるんですよね」
岡「根本的なんですけど、北極、楽しいんですか?(笑)」
角「北極、楽しいですよ、めちゃくちゃ(笑)」
岡「アハハ、行ったことないんで。一面なんもなくて、へたしたらちょっと先進んだけど氷乗ったら流されて戻されるとか、そういう世界ですよね?」
角「まあそこまで氷の状態が不安定なところまで行けないですけど。おもしろいですよ、北極は。ぼくも最初行ったときは山のほうがおもしろいかな、と思ったんですよ。単調だし歩くだけという感じもあるので。でも何度も行くうちにその魅力がわかってきたというか」
岡「いやあ〜〜、どういう?北極だから北極グマとか危ない生物もいる中、ソリをひっぱっていくわけですよね?」
角「まずね、スケールが全然違うんですよね。何十日も荒野に出て旅をするんですね。その間に魚とったりウサギをとったりちょいちょいやりながら、積極的に北極の自然に関わって、旅が組み立てられていくっていうのが凄くおもしろいんですよ」
岡「あれ、北極って、この地点この地点っていうので食料を空輸でおろしてもらわなくっちゃできないんじゃなかったでしたっけ?」
角「それは、なんていうんですかね〜」
岡「昔ですか?」
角「やりかたにもよりますし、場所にもよるし。普通のひとは北極点を目指す人が多い。そうすると植村さんの時代とかは途中で物資を空輸してもらったりということが普通だったけど、今は無補給で行ったりとか多いです。ぼくは村と村を繋いで旅をしているので」
岡「生肉食べるんですか?」
角「生肉、食べますよ」
岡「植村直己さんとか有名ですよね。アザラシの、生肉食べて野菜不足を解消したとか」
角「そうです、そうです」
岡「一日どれくらい歩くんですか?」
角「このときは多くて30キロですかね。最初は10キロとかしか歩けないんですよ。30キロ結構きついですけどね」

♪♪♪♪♪♪

【角幡さんの探検スタイルをさらにお聞きしました】
岡「なんか自分は人と違うな、と思うことはないですか? 昔からあったんですか?その冒険家とか作家さんになるっていうんで」
角「ただ人と同じことをしたくない、っていうのはありましたね、昔から。今もそういう偏屈なところはあって。あの〜たとえばGPSとかは使わないでやっているんですよ」
岡「それは危険が増すということですよね」
角「危険が増すというより難しくなるという感じですよね。自分の判断がむずかしくなる、危険になるということに繋がるのかもしれないけれど。そうすることでさっき言った過程のはなしじゃないけれど、北極という場所をより理解できるという感覚があるんですよ。おもしろくなるってことですよね」
岡「う〜〜ん。おもしろくなるね、わかる気もするし、多分わかんないんだろうな〜というのもあるし。でもわかりたい!みたいなのもある感覚ですけどね。ぼくらの旅とはちょっと違う、感じがする。すごいなあ〜〜。一番過酷だったのはなんですか?これやばかったっていう」
角「肉体的に過酷だったのは2011年に行った、1600キロ歩いたという『アグルーカの行方』という本にしているんですけど。まあこの時が過酷さという意味ではこれかもしれないですね。ただヤバかったという意味では『空白の五マイル』のチベットのほうが危険という意味では大きかったですね」
岡「この『アグルーカの行方』もだって、これ読んでないんだよな、これ読もう!」
角「これが一番おもしろいと思います」
岡「自信作これですか? 空白と雪男、読んでる。(←『雪男は向こうからやってきた』)アグルーガが一番?、、、これ読みます!すぐ!」
角「ありがとうございます」
岡「またあらたな、新刊、最新刊『旅人の表現術』という本を出されましたけど。これはあれですよね、沢木耕太郎さんとか石川さんとか皆さん探検家のかたと対談したり」
角「対談したり、あと雑誌に書いた記事だとか文庫本に書いた解説だとか、集めて冒険することとか書くということをテーマにした文章を集めた本ですね」
岡「これはおもしろそうですね」
角「ぜひ読んでみてください」
岡「いろんな人と、ね、旅から見えることとか、ね、へえ〜〜、この本をまとめてみてどうでしたか?」
角「ここにまとめた文章とかってちょっと古かったりするものもあるんですよね。3、4年前のものが中心だと思うんですよ。そうすると昔、俺こんなこと考えていたんだ〜と読んでいいてちょっと恥ずかしくなったりするんですよ(笑)」
岡「アハハ、また旅を経て変わってきたりとか」
角「そうですね、また年齢的なものとか、プライベートで家族ができたりで考え方がかわってきているんですよね」
岡「簡単には死ねなくなりますよね、生きている実感つまりまくってますものね、本にね」
角「最近はその状況を楽しめるようになってきたかな、という気がしますね。5、6年前だったら、それに向かって自分のなかでも気負って焦ってるというか余裕がないのが、最近はある程度余裕をもってできるようになって。一歩間違えれば凍傷になってしまうようなときでも、余裕をもって受け止めれるという感覚。だから苦しんだけど楽しめるようになってきたという変化はありますね。前みたいに死が近くにないと生を感じれない、みたいな坊さんみたいなことを考えていたんです、昔は」
岡「(笑)あ、でもわかる気がします」←(うん、岡田くんならわかるよね、、私2002年に岡田くんのファンになったころ、岡田くんってそんな感じがしてました・笑)
角「それは確かにそうなんだけど、あの〜」
岡「ヒリヒリした感覚がないと生きている感しがしない、みたいな」
角「そうなんだけど、もうちょっと余裕をもって楽しみながらそれが出来るようになったという感じですかね。だからいまが一番おもしろいですね、やってて」

♪♪♪♪♪♪

岡「今めざしているものはなんですか?」
角「今も北極圏に行ってるんですけど。冬の北極というのは太陽が全くのぼらない極夜という状態なんです」
岡「ずっと暗いんですか?」
角「ずっと暗いんです。3ヶ月とか4ヶ月とか続くんです。そのなが〜い夜そのものを探検したいな、と思って。冬の北極圏を一冬かけて旅したいなと思って今やっているんですど」
岡「・・・・・あ、、、、」
角「どこめざすとかじゃないんですけど」
岡「ないですよね、大丈夫なんですか?夜くらいってことですよね。熱源とかは、、、?」
角「もちろんコンロとか、方角見てとか、、想像がつかないじゃないですか、その想像がつかないところがおもしろいわけですよ」
岡「正気でいられるんですかね?ずっと暗い。。。」
角「ぼくも最初、それが怖いというか正気でいられるのかな‾と思ったんですよ。でも一回試験的に歩いてみたんですよ。夜の世界を。意外と大丈夫だったんですよ。多分正気で行けると思いますね」
岡「いつ行くんですか?」
角「10月末か11月頭ですね」
岡「そうしたらそれを読めるのはぼくらいつになるのかな?」
角「だいぶ先ですね(笑)」
岡「アハハ。だいぶ先、、、だいぶ先になるんですね(笑)書くのにどれくらいかかるんですか?」
角「書くのはやっぱり帰ってきて」
岡「あ、行きながら書くというのではないんですね、」
角「もちろん日記とかはつけますよ、でも原稿におこすのは帰ってきて、最初にたぶん雑誌に書くんで、本になるのは一年ちかくになるんじゃないですかね」
岡「すぐに向き合えるんですか?日記と照らし合わせながら書いていくわけですよね。帰ってきてすぐその作業に入れるんですか?」
角「帰ってきたらすこしはボケ〜としますよね、やっぱね。でも10日か2週間くらいですかね。子供とも遊びたいですしね(笑)」
岡「そうか〜、それじゃ2018年くらいになりますか。ぼくらそれ、その暗闇のなか。いやあ〜見えないのに物語ふえますか?それ、アハハハ、どうなんですかね?」
角「いやあ〜わからないです。なにが書けるのかもわからないですし」
岡「でもご自身のなかでは、なんか大事なことないですか?何作、自分が人生に旅に行けるのって何回くらいかな、って」
角「あ〜、今ぼくちょうど40なんで、やっぱり北極でソリひいて歩くとか体力使ってやるのって後5年くらいかなあ〜と思うんですよね、体力的に。そうすると今やっておかないとできなくなるという焦りが最近でてきて、逆にモチベーションが高まってきて」
岡「じゃあすごい大事な作品に。ガンガン動けるときの」
角「書く文章力もあがってくるじゃないですか、そういう人生の一番いい時期35から45くらい。今が一番自分がいい時期にいるってことはある程度自覚しているんですよね。そういう時期に極夜の旅というのをやったので、いい本にしたいな、という思いはありますよ」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いやあ〜角幡さんはガチな人ですからね〜
これはね〜、実際ホントにすごい経験をしてたりしてますし、やることが凄いですからね。
皆さん、今日聞いた方は小説読みたくなったんじゃないでしょうかね〜
行った気持ちになれるからね、空白の五マイルとか雪男とか、ぼく読んでますけど、『アグルーガ』、これ読もう。
で、次の真っ暗ななかの、極夜、楽しそうですね〜
無事に帰ってきてほしいなあ〜、ね!
凄い旅ですからね〜〜、2週間くらいだったら付き添いたいですよね〜
7カ月はないですよね〜、7カ月帰ってこないとか、さすがに凄いな〜と思っちゃいますよね。
でもそれくらいの旅が本物なんだろうし。
2週間、、1週間かな〜、だったら80キロひっぱって、どんだけ一日30キロ歩くのが大変なのか経験してみたいですけどね〜
いやあ〜すごい、憧れるんですよ、なんか男の子はやっぱりこういうの。
憧れるけどどっかであきらめちゃうんですよね。
う〜〜ん、でもホントに憧れるな、、、、
でもいつかしたい、とは言えない、アハハ、感じもある。
最新刊もね、是非みなさん、『旅人の表現術』これもたくさんの人と話している素晴らしい本なので、是非皆さんも読んでみて下さい。

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

りりーさんがおっしゃっている岡田くんのそう言う時期って、角砂糖をかじっていた頃でしょうかね?ヒリヒリした感じじゃないと…って。
そして、こういう冒険に憧れながらも踏み切れない感じの行ったり来たりしている岡田くんが可愛らしいです。
ファンとしてもそんなことに首を突っこまれたら心配で寝られなくなっちゃいますよ。登山でさえ心配なのに。
格闘技だけで我慢しておいてくださいませ。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:51| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

『Growing Reed』未完成を作りたいとはどういうコンセプトですか?

暑いですね〜。
そして、台風。
北海道は続けざまに上陸したようですが、ご無事でしょうか。
今年は台風1号が発生するのがかなり遅かったと言いますが、しかし、ウェザーニュースが開催した“そら博”での森田さん(お天気キャスター)のお話では、地球はバランスを取るというのです。必ずつじつまを合わせるので、どどっと台風が発生して結局送風は例年と変わらなくなったりするらしい。
干ばつがあったと思ったらどっと雨が降ったり、そんなバランスの取り方もするんですって。
高校くらいの時に読んだ、地球をひとつの生命体としてみなす(と解釈しました)ガイア理論を思い出しました。ある地域にとっては極端な気候だとしても、地球全体としてはバランスが取れている、といったような説明だったと記憶してます。
そんなことを言われても、やっぱり穏便に済ませてもらいたいと思うわけですが…。


それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪

ゲスト:吉田愛(よしだあい)さん ・ 建築家
テーマ:未完成を作りたいとはどういうコンセプトですか?

<オープニング>
広島県出身
1999年には建築家谷尻誠さんと一緒にSUPPOSE DESIGN OFFICEを立ち上げ、以来17年国内外の様々な建築やデザインを手掛けていらっしゃいます。
最近注目を集める建築女子の先駆けともいえる吉田さんに、建築やデザインの楽しみについてお話しを伺います。

<音楽あけて>
岡「久しぶりですね(笑)」
吉「お久しぶりです」
岡「SUPPOSE DESIGNのね、谷尻さんといろいろ僕知っているんで、お会いしたことありますし。ここ2、3年の愛さんの活躍がもう凄いっていう」
吉「噂になってますか?(笑)」
岡「噂になってますよ。建築業界で。何か、だって、SUPPOSE、今年もまた大きな賞をいただいたということで」
吉「そうなんです。つい先日発表されたんですけど、TCDっていうショー空間のデザインに対するアワードがあるんですけど、それでBOOK AND BEDというホテルがありまして」
岡「う〜ん(笑)まさに、なんじゃそりゃというような作品といわれていますけど、これがホテルなんですね」
吉「そうです。ゲストハウス。二段ベッドで寝るようなユースホステルみたいな、30名くらいが泊まれるホテルなんですけど」
岡「へえ〜〜」
吉「本棚のなかに泊まるんです」
岡「これね、手元に写真があるんですけど。おもしろいですよね」
吉「ね、なんか普通のホテルって、ホテルの心地よさを伝えるときに、低反発のマットとか、そういう機能のことをいうじゃないですか。じゃなくて、本よみながら寝落ちしながら寝る、そういう心地良さ」
岡「本棚のなかにベッドつくったらおもしろくない?みたいな」
吉「そう、本読みながら寝落ちするのって気持ちいいよね、っていう」
岡「へえ〜〜」
吉「どうですか?本読みながら寝ません?」
岡「これどうやって説明すればいいんですか?」
吉「空間のなかに本棚の面があって、本がはいっているところがあるんですけど、一部に70センチ角くらいの穴があいていて、その中にはいると2段ベッドがある。」
岡「本棚のなかにはいると客室が中にあって。そこで本を読みながらリラックスしながら寝落ちができる、へえ〜〜」
吉「本棚のなかにはしごで入っていく姿ってちょっとシュールでおもしろくないですか?」
岡「あ、はしご!?。。。はしごではいるんだ。へえ〜〜〜。これはでもあれみたいなかんじなのかな、ビジネスホテルみたいな?」
吉「あ、カプセルホテルみたいな、ですね。カプセルホテルの密室じゃないバージョンっていいますか」
岡「へえ〜〜。すんごいオシャレな新たなカプセルホテルですよね」
吉「まあそういう感じですね。寝るっていうだけじゃなくて、そこになにか違う行為がひっついたときに何か魅力的にその場所がなるんじゃないかということで。図書館とかは本好きなひとが行くけれどそこでは寝れないじゃないですか。ごろんとしながら寝てもいい、3000円くらいならいいですよね」
岡「う〜〜ん。なんか静かな場所でゆっくり本読みたいなというときに入れる。綺麗だしね」
吉「それでバー機能とかお酒もあったりしますし」
岡「へえ〜〜。あとはこだわったところは?」
吉「あとは、本のシャンデリア」
岡「うわあ〜、ほんとだ! 本がつられてる」
吉「そこは圧倒的に本でつくろうと(笑)」
岡「本がつられてる(笑)本のシャンデリア。なんて説明すればいいんだろうね、ラジオだから」
吉「そうですよね。池袋にあるんでぜひ行っていただいて」
岡「池袋のどこ?」
吉「駅のちかく」
岡「駅近く」
吉「そこオリジナルのパジャマとかあるんですよ。パジャマを着て街に出ようみたいな企画もやっていて、今売り切れ中っていう」
岡「BOOK AND BED TOKYO」
http://bookandbedtokyo.com/
吉「今二号店を京都に設計中です」
岡「へえ〜〜」
吉「鴨川沿いの。バーのようなカプセルホテルにしようかなと思っていて」
岡「うん。。。。どういうこと?(笑)バーとカプセルホテルがくっついている?」
吉「バーでのみながら、帰るのがめんどくさいな、みたいな。そういう静かさと暗さとバーの雰囲気は寝る場所としても心地いいんじゃないかと」
岡「あ〜確かに。このまま寝ちゃいたいなって、アハハハ、眠いな〜ってありますよね」
吉「ありますよね。そんな気分で」
岡「いつくらいにできるんですか?」
吉「それは来年出来る予定です」

♪♪♪♪♪♪

岡「これいままでつくったなかで、これは気合いいれたよ、っていうのありますか?」
吉「気合いいれたって」
岡「でもほとんどあれでしょ、谷尻さんと一緒につくっているけど、ね、谷尻さんの名前がバーと出ていくときもありますけど、吉田さんがつくっている場合もあるわけじゃないですか」
吉「そうですね、わりと担当、、、」
岡「(笑)言っちゃっていいのかわかんないけど(笑)まあ、チームでね、チームでつくっていますから」
吉「そうです。今はそうなんです。前はアトリエ事務所っていうんですけど、わりと一人の建築家の名前でやることが多いんですけど」
岡「そうだよね」
吉「今はチームとしての動き方をしているので。そのなかでも私が気合いをいれてやったのが、この尾道の」
岡「あ、尾道だ〜」
吉「私たち広島出身なので」
岡「ここ行ってないんだよなあ〜」
吉「あ〜、ほんとですか、ほんと残念ですよ」
岡「アハハハ」
吉「ハハハ」
岡「これおもしろいんですよね、尾道あついっていうのがね、次の日本の建築のトップになるであろうメンバーたちが尾道あたりにガンガンつくっているという」
吉「そうです。お詳しい!」
岡「でしょ?鞆の浦とか鳴門のほうとか。次のトップランナーたちが競い合うかのようにつくっているという」
吉「そうです、情報だけはすごいですね、岡田さん」
岡「アハ、アハハハ、行ってないからね、ごめんなさい」
吉「残念ですね。是非この夏いらしてください」
岡「やばいですか?ここ。どうなってんの、これ」
吉「倉庫なんですね。それは。県がもっている古い倉庫で。そのなかに建築をつくっていて、ホテル、レストラン、バー、パン屋さん、自転車のサイクルショップ、カフェ、そういうコンテンツがはいっている、商業施設の小さいバージョンみたいな感じなんですけど。尾道の街は行かれたことありますか?」
岡「あります」
吉「あ、ほんとですか。坂道があって小さいふるいお家があって、街歩きが楽しいじゃないですか。そういう尾道の構成を建物のなかにつくっていて」
岡「やっぱりその場所から感じられるものはすごく大事にされるんですか?」
吉「そうですね。それってすごい地方の仕事じゃないですか。尾道っていう場所に観光客のかたがたくさん来てほしい。泊まってもらって長く滞在してもらってお金も落としてほしいしより魅力的な尾道の街を知ってほしいというのがあって。尾道らしい素材を使ったり、冷水とか自然の循環をつかったシステムをいれて、すべてにおいて瀬戸内ののんびりとした日常みたいな、そういったものを体感できる施設にしようと。その視察のために私インドまで行ったんですよ」
岡「え〜〜、インドまで行って」
吉「はい」
岡「自分のスタンスってなんですか?ほかと違う。今建築女子と呼ばれてるみたいんですよ。建築女子の先駆け、吉田愛」
吉「あ〜〜、ね。建築家って、すごい抵抗があるというか。」
岡「え?」
吉「建築家のイメージってどうですか?」
岡「時代を写す生活だったり、、、でもなんか、おじさんのイメージはありますよね」
吉「ですよね、」
岡「(笑)わからないけど」
吉「そうそうそう、こういうおじさんで、都市とは、とか。難しいことを言っているイメージがあって。私はそういうこ難しいことは言えないですし。一応職業としてはそうなるんですけど。でも建築だけをやっているわけではなくて、企業のコンサルみたいなこともやっている。たとえば自分たちが建築つくるとき大事にしているのは、いい違和感をつくりましょう、といっていたり。なので目的は建築だけではなくて世の中がよくなることだったり、気づきそうで気付かなかったこととか、BOOK AND BEDもそうなんですけど、本と組み合わせることですごく魅力的になって話題になって、そういうものを建築でもつくっていきたいし、そうじゃないものでもつくっていくことができるな、と思っていて。ただ建築のすごいところは、空間、場所をつくる。大きい思想みたいなものを長い間にわたって伝えることができる、ので、今ある既成の概念よりももう少し考え方を変えたりすることをいつも考えながら」

♪♪♪♪♪♪

【建築以外のプロダクトなどの考え方もお聞きしました】
岡「いい違和感ってなんですか?」
吉「すっごいいい例を今思いつかないんですね、、エヘヘへ、、なんかあるの、なんだっけ?」
岡「(笑)そうですよね、なんかありますよね。発見ってことですか?言葉かえると。あ、なんか気になる、とか、、、そういうことでもない?」
吉「なんか、たとえば、土壁はどっしりしてそうじゃないですか、」
岡「そうですね、重みがありますよね、ちょっとね」
吉「そうすると、公民館みたいなどっしりしたかんじ。でも素材感は土。伝統的で、でもモダン、シャープとか。クラシックな装いを本気でつくるとやっぱりどこかにあるもの、歴史的様式を真似したということにしかならなくて、真似というのはやっぱり本物には勝てない。そういうときに違う要素をいれてドキッとする感じがある。アートとかもそうだと思うんですよね。そういう違和感をつくりたいというのはあります」
岡「プロダクトはどうですか?どうこだわって。これも建築の材料なんですよね。建築の材料で花瓶をつくったり、ミラー、トレース。。。」
吉「それをあえて小さい操作で違うものに変換するということをやっていて。ただカットして穴をあけたりとか。建築材だけの時は日常を豊かにするという意味合いはないじゃないですか。そこにほんの少し手を加えることでその価値が変わってしまう、そのことが魅力かなと思っていて」
岡「そうね、新しい価値を作り出すってね。手間かかっていますよね」
吉「それもいい違和感かな、って思うんですよ」

♪♪♪♪♪♪

吉「未完成っていうキーワードもあるんです」
岡「未完成、なんですか?」
吉「あえて完成しない状態を作りたいなと、思っていて」
岡「なんでですか? 完成して出してくださいよ(笑)」
吉「(笑)」
岡「未完成のままクライアントに渡すっていうニュアンスではないんですよね、途中ってわけじゃないんですよね」
吉「余白があるっていうか、またそのあとここに新しい要素が追加されたり違う用途で使えたり、すべてが決められた状態ではないものに魅力を感じるんですね」
岡「う〜〜ん。たとえばぼくらが見れるもので、これ未完成っていうものどれ、どれですか?(笑)」
吉「これです」
岡「あ〜〜〜ん」
吉「どうですか?」
岡「。。。わかる気がする〜、うわあ〜,これは、どんな感じっていうか、、、」
吉「コンクリート造で2階建てなんですけど」
岡「あ、3階じゃないんですね、2階なんですね」
吉「そうなんです。でも一階の部分が2層の高さがあって。で、開口部がいくつもあるんだけどガラスがはいっていないんですね」
岡「外から雨もはいってきちゃうような。しかも中に土があるって」
吉「そして木がはえている」
岡「家の中にね」
吉「これはローコストの家だったんですね。ただお施主さんはDIYとかが趣味で。小さくて完成されたのをつくるよりは体積として大きいものを。10年後20年後におおきい空間を手にしておくことでできる器がある」
岡「(笑)でもこれよく、せぬしさん?」
吉「せしゅさんね」
岡「施主(せしゅ)さんね、よくOKしましたね」
吉「喜んでいましたよ」
岡「へえ〜〜、勇気あるわ〜、いやまあ、谷尻さん、吉田さんのところに頼むんだったら、、」
吉「でもこれ普通に上はおうちですもの」
岡「いや、まあそう、うちね」
吉「しかも立地的に裏が川なんですね。普通の一階2階レベルだとあまり眺めがよくないんだけど、上にあげると景色がよくなるから」
岡「いや、おもしろい。おもしろいですよ」
吉「空間って大きい時になんか外っぽく感じません? だからここで普通にご飯たべたらバーベキューしているような感じ。しかも家のなかでバーベキュ。日常が楽しくないですか。もうひとつおすすめの。これも未完成かな、と思うんですけど。屋根がかかっていて横半分が住宅で横半分がお庭みたいな」
岡「説明しずらいなあ〜、ネットでね。谷尻さんと吉田さんの会社をクリックしていただくと。安城の家。家型の屋根があって、それの中にはいると半分家なんだけど、半分なかでも外なんですよね」←
http://www.suppose.jp/works/2015/09/post-181.html
吉「そこにキッチンを置いているんですよね」
岡「ちょっと外っぽいところでみんな友達よんでごはん食べたりするのが好きでーすみたいな施主さんに会えば」
吉「外でする行為ってなかでするより気持ちいいですよね。でも完全に外だったら大変なこともあるから、縁側とかひさしとかを普通の住宅につくっていきたいな、といつも思っていて、いろんな手法で中のような外のような場所をつくってるんです」
岡「へえ〜〜、なんかおもしろいよね。日常的になんかずっと考えているんですか?日常から心がけていることってなんですか?」
吉「日常から、いつも気になるし。カメラを持って歩くような気持ちでいようと。そうすると見えてくるものが違う。何かに気付こうと思って生活していると本当にそういうものに気付くし出会うし切り取れるようになるし。なんかちがう解釈が生れるようになるからそういうのはいつも思っていますね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
いや、今大人気な建築家の方ですからね〜
やっぱり建築家というのは愛さんも言ってましたけど、おじさんのね、イメージもあるっちゃあったけど、こういう建築女子みたいなのがね、どんどん増えて行って、暮らしやすさとかね、ホントの生活、衣食住とか文化とかそれこそ思想とか、空港とか美術館とか、国のレベルとかいろんなこと見せるものだといわれたり、その時代をうつすものって言われてるけど、なんかほんとに、暮らしやすさとか楽しさとか発見とか、そういうものを大事にされているかんじもするから、ね、ほんとに、建築という暮らしやすさみたいなのがね吉田さんのなかでイコールになっているんだろうなっていう感じもするし。
いやもうなんかおもしろい建築、多いですからね、是非皆さん、ホームページや本覗いてみて見ていただけたらいいなあ〜と思います。

*********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました!!

こう、女性が親しげに話しているのってやっぱりちょっとうらやましいなと思ってしまうファン心…。
ま、それなら自分もそうなったら?って話ですが、なかなかね〜そうはいかんですよね(^^;)
それはそれとして、面白い発想ですよね。
注目を浴びるには普通のものを作っていてはだめなんだろうなぁ。斬新すぎてなかなか自分が取り入れるには難しいとしても、そういうのを求めている人もちゃんといて、それはそれで需要と供給が成り立つって言うところが面白いというか。
本のホテルはちょっと面白そうですよね。昔はよく寝る前にねっころがった状態で本を読んでそのまま寝るっていうのをやっていたのを思い出しました。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:39| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月12日

岡田くん、みたび侍になる

またまたご無沙汰しております。

週末、高山まで行ってきました。
父親と二人。運転は私ひとりで、片道5時間以上は初めて。でも、けっこういけるもんですね。同僚が、四国まで片道10時間運転したときいていたせいもあったかも。
さしたるトラブルもなかったのがなによりでした。


そして本日は“ペルセウス流星群”が見える日とのことですが、こちらは曇り空で星が全く見えず。
残念!!


『Growing Reed』ですが、りりーさんが書いてらっしゃいましたが、今回はレポートが出来ませんでした。
申し訳ありません。
ただ、ちょっと聞いたので…。
今回は“香道”志野流の21世家元継承者、蜂谷宗苾さんがゲストでした。
岡田くん、興味津々でしたね。
私も友人が香が好きだったので“聞香”という言葉は昔から聞いてはいましたが、お話を聞いていてもの凄く厳格な世界というのにびっくりしました。
そして、香木は自然界で自然に出来るもので人工的に作れるものではないため、自然を大事にしなければならないという話もありました。植樹などもなさっているとか、そんな話もあったかな。
そして、このかたが21世というのでもおわかりだと思いますが、もの凄い古い歴史がある世界です。戦国武将もたしなんでいたとのことで、そこで岡田くんが「石田三成はどうですか」みたいなことを尋ねていたんです。なんで急に石田三成なんだろうと思っていたら、後日理由が判明(おそらく、ですが)。
岡田くん、またまた時代劇ですね!
司馬遼太郎作『関ヶ原』の映画化作品で主演。石田三成役。
大河ドラマでは天敵みたいだった石田三成役を今度は自分が演じるって、ちょっと面白い(^^)。
どうやらまたも時代劇仕様の頭なのでしょうかね、『アメージパング』での頭髪がどうもかつらくさいとちまたで噂されておりまして(^^;)
果たして自毛はどのような状態になっておるのか。
まあそれを拝めるのは身近な人に限られるのでしょう。岡田くんがそのベールを脱ぐ頃には結局まあ元通り(せいぜい超短髪)になっているでしょうから。
岡田くんが時代劇の世界から求められるのは、あの世代できっちり時代劇の世界を演じられる希有な存在だからと言うのはわかるし、それはそれで嬉しいことなんですけど、たまには連続テレビドラマでライトアクションものでもやってもらえると嬉しいんだよな〜。
どうも“普通の現代人”役が回ってこない感じになっていますよね。あ、まあ『追憶』は現代物(ですよね?)で、刑事役なのでまあまあ普通の人なんだと思いますけど…。
って、考えたら、この後『海賊と呼ばれた男』『追憶』『関ヶ原』と続くわけですね。
全部役柄も時代も全然違うわけで、やっぱり岡田くんって凄いって思います(^^)。
でも…たまにはテレビの仕事も入れてもらってね♪
マネージャーさん、よろしくお願いします(^^)



レスり〜♪


レスり〜
posted by さすらい母 at 23:12| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

『Growing Reed』料理人も役者と同じとはどういうことですか?

ポケモンGo!なんて言ってる場合じゃなかった。
あの『ラブセン』がおわってしまう。
もうみなさんはご存じと思いますけれど…(すなふきんさんがコメントに書いてらっしゃいますね)。
もともとは1年でおわらせるものだったとのこと(←知ってました?)。それが3年に延長して提供されていたと言うんですよね。
なにか賞ももらっているらしいし、ゲームの人気順位も未だに高いようで、それなのに…。
なによりきついのは、せっせと集めた写真やボイスにアクセスできなくなってしまうこと。
こういう電子サービスの宿命でもありますが、とにかく、そのサービスがおわったらいくら何十万も課金をして手に入れていたとしても自分のものとしてもらえるものではないんですよね。
自分の宝物として残しておきたいなぁ…と思ったあなた!
それは個人として大事にとっておくだけにしてくださいね。
SNSとかブログとかにアップしてファンにお裾分け…っていうのだけはナシで。
そんなことをしたら今まで築き上げてきたV6との信頼関係が崩壊してしまいますから。
そうなった場合、こういう楽しい企画は2度となくなってしまうから。
あ〜…でもほんと、残念すぎます。
日課でしたから。
妄想の中で岡田くんやらメンバーやらとデートどころか一緒に暮らしてたし。
お願いですから、また私たちとV6との素敵な物語を作ってください。


それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:秋山能久(あきやまよしひさ)さん ・料理人
テーマ:料理人も役者と同じとはどういうことですか?

<オープニング>
日本料理界で注目を集める料理人。
アートのような日本料理で驚きの美食体験を味あわせてくれる料理人です。
日本各地を巡り、野菜を通じた地方の活性化に邁進。
さらには次世代をになう子供たちや世界にむけて和食のおいしさ、素晴らしさを発信する活動をライフワークとされています。
今日は、なぜ今世界が和食を求めているかについて、たっぷりうかがっていきたいと思います。

<音楽あけて>
岡「秋山さんが料理長を務められるお店、めっちゃくちゃ美味しいみたいですね、聞いてますよ」
秋「ありがとうございます」
岡「聞いてますよ、予約がとれないっていうのは聞いています」
秋「やはりたくさんのお客さまに来ていただける、そういうお店つくりというのは自分たちスタッフがつくりあげていかなくてはいけない部分というのがありますので、そこは徹底してやっていますね」
岡「う〜〜ん。なんか普通の感じと違うんですよね」
秋「え〜〜、オープンして12年なんですけど、フルオープンキッチンなんですよ」
岡「あ〜〜、それは見せるという、あえてですよね?」
秋「あえてです。もう僕ら舞台の上にたってる、まあ役者として演じているようなかたちでやっています」
岡「アハハ、やっぱり違うんですか?見られてるというということは見せるということになって」
秋「そうですね、見られることによって僕らのなかでプロ意識が働き、きれいな仕事を求めていくことになるんですよね」
岡「う〜〜ん。一流になると所作とか違いますもんね」
秋「大事ですよね。振舞い、所作というのは。歌舞伎じゃあないですけど、一つ一つの動きも御馳走だと思うんですよ。そのなかで五感をふるにひらいていただいて食していただく。そしてそれが記憶となって、また行きたいというお店になったら僕らとしたら本当に嬉しいことなんです」
岡「今、総料理長、(←岡田くん、そうろうりちょう、ってちょっと噛んじゃってちゃんと言いなおしました・笑)これはどういうあれなんですか?」
秋「もちろん料理を考え、料理を作り、おもてなしをして。ただ一番大事なのはスタッフ。スタッフは宝ですから、スタッフの教育、マネージメントが大事ですね。彼らのモチベーションをあげるためにどうしたらいいのかを日々考えて仕事と向き合っています」
岡「どうしてですか?」
秋「そりゃあぼくが一番テンション高くいることですね」
岡「現場で(笑)、あ、現場でもつくられてるんですね?」
秋「もちろんぼくは現場主義なんで。現場にはかならずいます」
岡「へえ〜〜、一番声だして」
秋「そうですね、うるさいですね、しつこい(笑)」
岡「特徴はなんですか?秋山さんのつくられる作品の特徴というのは?」
秋「う〜〜ん、僕は野菜料理というイメージがあるんですけど、勿論肉魚つかいますけど。料理って美しいものでなくてはならないと思っていまして。美を追求しながら、盛り付けもそうですし、食材の美しさを最大限に引き出して調理していきたいという思いがありますね」
岡「美しさとは何を大事にしてますか? 美しさ、いっぱいあるじゃないですか何を大事にしていますか?」
秋「エロテイックスです、アハハハ」
岡「エロ!エロなんだ〜、いいですね、エロって」
秋「たとえば大根を切ったときの、断面の美しさって、大根から出るそのしたたりおちるみずみずしさって、自然界のエロが見えるっていうか、アハハハ、ちょっと変ですね(笑)」
岡「アハハハ、いやいや、つきつめるとそこにいくんですね、そうかすごいなあ〜〜。もうみんな盛り上げながら、エロさを追及して」
秋「みんなと共に、ぼくが料理をこう考えたら、彼らがどういう意見をもっているのか聞きながら形にしていくという、ぼくの料理だけをすべて押し付けるということはしないようにしています」
岡「う〜〜ん。自分の料理というのは、型にはまらない和食というふうに言われているみたいですけれど」
秋「今、料理人にとっても自由というものを大事にしているというか、どうしても日本料理、その固定概念にとらわれることなく、いろんな調理法、調理器具を含めて最先端なものを扱って行きたいはと思っています」
岡「それはベースを知らないとできないことですよね」
秋「はい、基本がないとできないことですよね」
岡「ベースをいかしながらどんどんアレンジをきかせながらつくっていくと」
秋「または年に2回3回ほどフレンチだったり洋食の方々とコラボレーションすることによって、技術知識を共有していく。勉強しあえるコラボレーションにしたい」
岡「へえ〜〜、じゃあ違う国の料理とかも勉強して、」
秋「勿論勉強します、はい。この食材の下処理のしかたわからないな、と思ったらそのジャンルのシェフのところに行って、食べたり聞いたりして教えてもらっています」
岡「どうやって思いつくんですか?料理は」
秋「あの〜、ぼくの中では、いろんな目でみたり感じたりインプットしたものをどうやってアウトプットしていくかということなんですね。ですから美しいものは美しいと自然に思える自分でいたいと思っていますから、その中からすこしずつ出してきて組み立てていくというか。旬のものをどう組み立てていくのか、どういう器に盛りつけていきたいのか、最終お客様のおなかのなかにどう届けたいのか、プレゼンテーション含めてやってます」
岡「旬はやっぱり奥深いですか?」
秋「奥深いですね〜、今旬が消えつつある時代だとは思うんですけど。その旬を伝えるのは料理人であるべきだと思っていますから」
岡「旬を伝えていく、、、でもなんか伝えなきゃいけないものとかっていうのを凄く大事にされている感じが、話してて、すごいするんですけど」
秋「そうですね〜、やっぱり人から人へ伝えていく、繋げていく、ということは凄く大事なことですし。日本も震災があり、人と人とが手を組んで復興支援とか活動することによって、ぼく一つの大きな円ができると思っているんですよ。それがまさしくジャパン、日の丸、だと思っています」

♪♪♪♪♪♪

岡「料理とは何、と考えているんですか?料理とそれだけ向き合ってこられて」
秋「う〜〜ん、そうですね、一番大事にしているのはぼくは本当に人なので。人と人とが結び合うことによって、その食材や生産者のかただったりが繋がっていけるし」
岡「自分の料理ってむずかしいじゃないですか。ぼく前に西田敏行さんが、料理のうまい人は芝居がうまいんだよ、といってたのが忘れられないんですよ。子供の頃に。いろんな素材とかいろんなものを頭のなかで味が予測できる。こうやったらこうなっておもしろいなあ、とか、いろいろな想像ができて、献身的である。何をやるにしてもうまいコツなんだよね、とおっしゃっていて。まさに料理人って、ね、そういうイメージをしていかなくてはいけない」
秋「そうですね、新しい料理をうみだす苦悩とか苦しみはありますけど、苦しんだ先に光はあると思うんですね。だからぼくは常に、頭のなかは料理だらけですけど、何かに自分が怯える感じは持っているようにしているんですよ。怯えながらやっていくことによって、そこに一筋の光がみえてくるというか。それが見えたときの達成感だったりとか、喜びとかは何者にも代えがたいものですよね」
岡「う〜ん。今お店が見えるようにしてて。どういうところを見てもらいたいですか?」
秋「イキイキとスタッフが働いている姿。これはホントにうちの醍醐味だと思っていますし。自分の料理が目の前でつくられてるな、あ、違うところに行っちゃった、とか目の前で繰り広げられる動作もひとつの御馳走としてお客様にも召し上がっていただきたいと思います」
岡「今月のおすすめ、ラジオなのでちょっとこまかく(笑)」
秋「7月8月、はもですよね」
岡「はも!」
秋「はもに鮎に天然うなぎ」
岡「焼くんですか?」
秋「炭火でやきます。皮バリバリで中ふっくら」(←関西風の鰻の焼き方だそうです。蒸さない:母注)
岡「それはもうこだわりですか?炭は備長炭で、」
秋「そこで焼いている姿も見てもらいますし。鮎も生きた鮎をお見せしてから焼きます」
岡「それはもう見せていきながら、エンターテイメントということですか?」
秋「そうです。派手な立ち振る舞いはしないですけど。刺身をひく姿だったり、焼物に串をうっている姿だったりとすべてさらけ出していますから。そういう姿を見ていただきヨダレをたらしていただきたいなと」
岡「無駄のない動きですかね。そうか〜。鮎は塩焼きですか?まんま出すんですか?」
秋「今はやまももとか添えたりとか」
岡「ヤマモモ??山の桃?ふつうの桃ですか?」
秋「小さい桃があるんですよ。高知県産で」
岡「へえ〜〜」
秋「あとはスイカ」
岡「すいか」(←思ってもいなかったものだけに、小声だったけどすっとんきょうないいかたでした。なんか可愛かったです)
秋「鮎って生きた状態で匂いかぐとスイカの匂いするじゃないですか」
岡「アハハハ、知らない、え〜〜、そうなんですか」
秋「鮎もやっぱり川によって顔つきが違ったりするんですね」
岡「あ、育ってきた環境で」
秋「環境なんです、すべて。そこにスイカをカシスシロップで味付けしたものとかを添えてあげたりとか」
岡「スイカをカシスシロップで味付けする、、、、とサワー、酸っぱい?」
秋「甘酸っぱい」
岡「へえ〜〜、甘酸っぱい感じのなかを鮎が泳いでいくわけですね」
秋「そうです。泳いでいるように。2匹つけるんですけど、2匹が仲良く寄り添っている感じで盛り付けして」
岡「え〜〜、エロい!アハハハ。あとなに出しますか?ぼくが行ったら何だしてくれますか?」
秋「今の時期はハモですね。」
岡「ハモ、どうやって調理するんですか?」
秋「骨切りしている姿も客様にお見せしますので」
岡「骨切りも技術がいるんですよね?」
秋「そうです。シャリシャリって骨切り包丁使って、それを吉野葛をうってボイルしてお椀として出すんですけど。夏の代表的な煮物椀のひとつですね」
岡「へえ〜〜、それは汁物」
秋「ほっこりしますよ」

♪♪♪♪♪♪

【和食を世界に広める活動についてお聞きしました】
岡「秋山さんの活動の場所は厨房だけにとどまらない、ということで。産地、日本中かけめぐっているということですけど。これ何ですか?世界最高美食会議」
秋「これはスペインでおこなわれた料理の美食家が集まって、そこで料理人としてプレゼンテーション。僕の料理はこういうものだと伝えに行った」
岡「そういうものがあるんですね」
秋「自分の料理の哲学とかを語っていく」
岡「いやあ〜、料理人の哲学とかやっぱり相当すごいですよね、きっと。どういうこと話したんですか?ちょっとかいつまんで(笑)」
秋「僕は、まあ料理というのは僕にとって一生付き合っていくものなので。日本料理の一つの食材にしても、今まで伝えられてこなかったものを自分のフィルターを通して伝えていく。それがこう新しい発見になったりとか、惜しげもなくさらけ出していくこと、伝えていくこと、大事だと思うんですね」
岡「普通隠しちゃいそうですけどね。門外不出だとか言っちゃいそうですけどね」
秋「全く僕無いですね〜。レシピ書いてわたしちゃいますよ」
岡「それでも自信があるからですよね」
秋「料理ってレシピがあっても作る人が変われば全く料理って変わってくると思うんですよ。おにぎりにしてもそうじゃないですか。なにかこう手から気が出てると思うんですよね」
岡「深いなあ〜。世界料理学会というのはなんですか?」
秋「これは函館が発祥なんですね。函館のレストランから始まったことで。今年の5月にバトンを受けて有田のほうで」
岡「そこで総合ディレクターみたいなのをやったんですよね、どういうふうにやったんですか?」
秋「トップシェフを呼んで。その会場でその料理が食べれると。有田焼は最先端の技術を持っているので、オリジナルの器をつくってもらってそれを発表してもらって」
岡「東京でやらないんですか?」
秋「やりたいんです、実は、アハハハ」
岡「いやいや、知りたいですよね。日本の器だったりを含めてですけど、最高の料理人たちがつくってそれを食べれるというのは」
秋「最終的には東京ですね。東京で世界料理学会in 東京って形でやることが夢ですね」

♪♪♪♪♪♪

岡「まあ今、和食はユネスコ無形文化遺産に登録され、すごい注目されていますけど、海外の料理人との交流から聞こえてくる和食というのは反応はどうなんですか?」
秋「今たくさんの海外の料理人がホントに和食に注目していて。でもなかなか学べる環境がない。そこがすごく歯がゆい部分でもあって。日本料理の素晴らしさを学んでいただいて持ち帰ってそれを海外からも発信してもらいたいですね」
岡「なかなか本物の和食というのは勉強してもらえないかんじなんですか?」
秋「そうですね〜、それを受け入れる態勢がないんですね。受け皿がほんとにないんです、日本って」
岡「そうですよね〜、弟子にはいるのかってことになるわけですよね」
秋「以前うちもノルウェー人がいたんですけど、彼はホントに侍のような男で。今ノルウェーで頑張っていますけどね」
岡「う〜ん、そうやって卒業して頑張っている方も何人かいらっしゃるということで。じゃあ秋山さんが発信していきたい和食の魅力、おもしろさ」
秋「う〜〜ん。日本ってちいさい島国じゃないですか。それなのにこれだけの素晴らしい食材がありますし。地方にはまだまだ宝がいっぱい眠っていると思うんですね。地方に行ってその宝を見つけ出し、それを東京銀座という街から自分のフィルターを通して料理として発信していきたいという思いがあります」
岡「スーパー割烹として、どんなかんじに」
秋「まず食材の素晴らしさというものをお見せしたりすること。それをこういう思いでつくりました、それをお客様と近い距離でやることによって伝わると思うんですね」
岡「心が伝わる」
秋「そうですね。距離感も近いですから、うちは」
岡「まごころですね」
秋「はい、アハハハ」
岡「見てもアーティステイックで、心が伝えられたら一番ですよね、料理って。作り手の意図だったりこだわりだったり、そういうのがわかると感動が生れるじゃないですか」
秋「そうですね。だから常に人から求められるものに対して期待以上の結果を出して、食を通して喜んでもらうこと、これが自分にとっては本当に原動力になるんですよ。それほど幸せなことはないですし、その積み重ねが今の自分をつくってきているというか」
岡「なんか、出汁にうつる自分がホントの自分だ、みたいなの何かの本で読んだことがある、料理人の本で、なんだっけな、出汁をつくるのがホントの自分がうつる鏡のような、感情も出ちゃうし、お客さんにたいする思いだったりおもてなしのこころだったりすべて出ちゃうから、」
秋「すべて出ますね〜、だからイライラして仕事したくないですね。笑顔って御馳走じゃないですか。その姿をみたときに、あ、料理やっててよかった、おいしいもの作れたのかな、と思える瞬間でもあるし。そういうものをスタッフみんなで見て感じて味わっていきたいですね。最終的にその一日に花丸つけたいんですよ。そのために朝から仕事してますから」
岡「う〜〜ん。ちなみに朝はやいですよね、仕込みとか」
秋「勿論です。時間とかいうとまた問題が出てくるので、アハハハ」
岡「全部おもてなしの気持ちですか?」
秋「そうですね、常に一日逆算してやっていきますから」
岡「ものによっては熟成させなくてはいけないから何日前から仕込んでおかないと、とか。夜の7時に食べてもらうにはこの状態がベストなんだとかあるわけですよね、それにはものを知り尽くしてなければいけないし。優しさですかね?」
秋「思いやりと優しさです。これ大事です」
岡「オリンピックなどが日本にも来て。日本の料理のおもてなしも大事になってくると思いますけど」
秋「たくさんの海外の人に日本の料理の素晴らしさを伝えていくことは僕らの使命だと思ってますので。どんどん外国のかた来てもらいたいです。美味しい、楽しいと思ってもらえるようなレストランでありたいと思っていますから。そのレストランの中から何を伝えられるのかな、と。料理だけではなくてサービスを含めて日本の素晴らしさというものを伝えていきたいですね」
岡「じゃあ最後にですね、秋山さんの料理が味わえるお店をちょっと教えてもらっていいですか」
秋「銀座に店はあります。日本料理六雁(むつかり)。オープンキッチンで、すべてをさらけだした仕事をみていただき、五感をふるに開いていただいて食していただいて記憶に残していただきたいなと思っております。ぜひ皆さんおいしいものを食べに楽しみに来てください」
岡「行きたい!!!アハハハ。ありがとうございました」
秋「ありがとうございました」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんかやっぱり、人は幸せになるための方法みたいなのがね、発表されていて、人との関係性を大事にしたりしようとしたりしている人が幸せになるんです、みたいなのを最近みましたけど。
やっぱり料理もそうで、きっと食べてくれる人だったり素材のことだったり関係性をすごく大事にしていたりすると、すごく美味しいものができたりするんだろうし。
やっぱりばまごころだったり心があるということが、料理の基本なんだろうな、っていうのをすごく、あまり作らない僕が今日感じましたけど。
ぜひね、秋山さんのお店、これね、すっごく美味しいらしいんで、銀座六雁。銀座から日本の和食を世界に広める、っていう活動をされている。
幸せな気持ちになりますからね、ご飯たべるとね、食事はいいですよね。
是非みなさんも行ってみてください。

*******

以上です。

私事で申し訳ありませんが、来週のラジオレポは主人がちょうど夏休みでお休み中のためにすみませんがお休みいたします

宜しくお願いいたします。
==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました。

銀座六雁のHPです。
http://www.mutsukari.com/

こういうところ、さっと行けたらな〜って思うけれど、なかなか(^^;)
でも、内容からみて、良心的な価格のような気がします。だから人気もあるのかもしれないですよね。
岡田くんは誰と行くのかな??



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:33| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

『Growing Reed』ハンドソープボールとはどんなスポーツですか?

ポケモンGo!
いかがですか?みなさんの周りで、あるいはご自身が、やってらっしゃいますか?
私は知人2名がやっているというので画面を見せてもらいました。
ニュースを見る限り、世界中で狂想曲って感じですよね。
歩きスマホどころか、運転しながらやってて事故る…なんてシャレにならん事態までおこっているのはちょっと怖すぎます。
自分でどこかにぶつかるとか、転げ落ちるとかなら自業自得ですむけれど、人を巻き込まないでくれ。それだけ切に願うばかりです。
笑えるというか、沖縄では明け方までポケモンを追い続けて、力尽きて路上で寝てしまった人もいるらしい。
みんな、しっかりしてくれ!!
そこまで夢中にならなくても…。
どこかへ行ったときに「ここにいるかな?」と邪魔にならない、危なくないところに立ち止まって確認する程度に楽しむのはいいと思いますが…。
私も興味がないわけではないですけどね(^^)


それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:澤田智洋(さわだともひろ)さん・世界ゆるスポーツ協会代表
テーマ:ハンドソープボールとはどんなスポーツですか?

<オープニング>
いもむしラグビー、ハンドソープボール、手錠バレー、これらはすべて澤田さんが中心となって考え出されたゆるスポーツです。
一体どんな競技なんでしょうか。
年齢や性別、得意不得意に関係なくみんなが楽しめるスポーツを広めるために、日々奔走する澤田さん。
スポーツを通じて本気で世界を変えようとしている、一人の若き福祉クリエイターの思いに迫ります。

<音楽あけて>
岡「澤田さん、はじめまして。よろしくお願いします」
澤「よろしくお願いします」
岡「同世代ですよね」
澤「そうですね。81年生まれの私34歳なので、おそらく岡田さんの一つ下なのかな、と」
岡「1つした〜。なんかスポーツをやっている感じにはあまり見えない、ゆるキャラのような(笑)」
澤「そうですね、スポーツは苦手ですね」
岡「ゆるスポーツをつくっている、スポーツは苦手なんですか?」
澤「スポーツ、すごい嫌いなんですよ」
岡「(笑)嫌いまで言っちゃうんですか?」
澤「そうなんです。体育の成績が小学校のときに、5段階中2くらいとかを推移していまして。小学校のときにクラスで足が一番早かったT君というのがもてていて、いまだに彼を恨んでいるというか、20年くらい会ってないんですけど」
岡「アハハハ、そうですよね、小学生のときって運動神経のいい子がもてますからね(笑)」
澤「運動ができなかったりすると人格を否定されるというか、」
岡「アハハハ、そんなことない、、そんなに?そんなにですか?」
澤「いや、そうなんですよ。それで僕は11歳くらいのときに僕の人生はもう終わったんじゃないかと。早々と見切りをつけようかと思ったくらい(笑)」
岡「あ、スポーツがあんまりできなくて。へえ〜(笑)。普段はあれですよね、広告代理店でコピーライターとして働きながら、世界ゆるスポーツ協会の代表、そして福祉クリエイターとして活躍されているということで。福祉クリエイターってなんですか?」
澤「そうですね、勝手に名乗っているだけなんですけど」
岡「あまり聞いたことないですよね、福祉クリエイターって」
澤「私しかいないかもしれない(笑)」
岡「これ造語ですか?」
澤「福祉系の仕事っていろいろあると思うんですけど。どうしてもやっぱり大変だとか重いとか、そういうマイナスイメージが多いので。何かなるべく楽しくポップにお年寄りも障害持っている人も過ごせる、生きていける世界を作りたいという思いでそういう肩書を名乗っています」
岡「その中でのこととして、ゆるスポーツ協会っていうのがあるんですか?」
澤「まさにそうですね。ゆるスポーツという言葉も勝手にぼくが言っているだけなんですけど、定義としては年齢とか性別とか、あと障害があるとかないとかを超えてみんなが楽しめるスポーツ。ある種福祉」
岡「う〜〜ん。性別やハンディキャップがあるないに関わらず、同じ対等に戦えるという」
澤「まさにそうですね。どんなに歳とっていても、おじいちゃんでも孫に勝てるとか」
岡「これね、僕一個知っているのありました。バブルサッカー。これやってみたいな、と思っていたんですよね。大きな風船の中にはいってぶつかり合いながらサッカーするやつですよね。なんかどっかでやれたりできますよね?東京でも」
澤「東京でも何か所かでやれます」
岡「これを持ってきたのが、澤田さんだと?」
澤「そうですね、おそらくなんですけど、日本で初めて持ってきましたね。2014年に日本バブルサッカー協会をつくりました」
岡「(笑)2年前に。そうか、2年前くらいだったですかね〜。これもともとノルウェーのやつですよね?」
澤「そうです。たまたま映像をみたときにピンときて、これだったら小学校時代のT君に勝てるんじゃないか、と。足早いんですけど、弾き飛ばせばいいので」
岡「ビニールボールの上半身スポッとかぶって、ぶつかりながらサッカーやるやつですよね」
澤「これはいけると」
岡「これは結構やるんですか?澤田さん」
澤「僕自身は、そうですね、輸入した当初は結構やっていましたね。体験会とか開くと凄いいろんな人が来るんですよね。いろんな人というのは、フットサルを日ごろからやっている人から、僕みたいなスポーツやらない人たち、もう雑多な人がくるんですけど、やっぱりこれは対等に戦えると。素晴らしいなと」
岡「まあ、吹っ飛ばされても笑えますもんね(笑)」
澤「そうなんです」
岡「ふっとばされても、あたりあったとしても痛くないし、ふっとばされてる人見ても笑えるし」
澤「あと見た目が楽しいので、それ目的にSNSにアップしたりとか。バブルサッカーの優れているところは、ひとつのスポーツのなかにいろんな楽しみ方がある。勝利にこだわってもいいし、ボヨンボヨン弾けるだけでもいいし、写真を撮りにきてもいいし。それがやっぱり素晴らしいなと」

♪♪♪♪♪♪

岡「ほかにもたくさんあるんですよね。紹介してもらってもいいですか?」
澤「はい。そもそもゆるスポーツ協会という団体を去年2015年の4月に立ち上げたんですけど、その1年の間に50種目くらい新しいスポーツを開発していまして」
岡「50も。。。。。多いですね」
澤「そうなんですよ、今この瞬間にも日本のどこかでスポーツをつくっている子たちがいます」
岡「それは大人たちが考えてつくるんですか?それとも地域の子供たちと一緒に、こういうスポーツやったらおもしろいよね、ってつくっていくのか」
澤「これはですね、スポーツクリエイターっていうまた新しい職種をつくりまして。そのスポーツの作り方を伝授して、チームを組ませてやっていると。基本的に大人のクリエイターたちが考えて。クリエイターといってもいろいろ、デザイナー系もいればコピーライターもいれば、映像監督もいればといか、あらゆるクリエイターを巻き込んでやっています」
岡「わあ〜〜、ね、澤田さんはあんまりゆえないですけど、広告代理店の大きなところで(笑)勤めていらっしゃいますから。そのまわりといえば一流のクリエイターの人たちが、ゆるスポーツをみんなで、こうやったらおもしろくないか?とか」
澤「そうですね、今っていろんなインフラが整備されてみんながクリエイターになれる時代じゃないですか。そうすると、クリエイティブ業界というのがすごい混みあっていて。みんな伸び悩んでいる。で、スポーツクリエイターという職種は新しいしそんなに人がいるわけでもないので目立っていける。みなさん喜んでやられています」
岡「へえ〜〜、それじゃあおもしろい人材たちがゆるスポーツをつくっている、50個も。今全部で50ですか?」
澤「50ですね〜。でも今だいたいひと月に一気に多い時は5種目とか増えたりしていますけどね〜」
岡「じゃあ、人気があるゆるスポーツ、教えてください。今これは、いやホントに言葉悪いですけど、50もあればおもしろいのもあればくだらないのもあると思うんですうよ、言葉悪いですよ、なんだこれっていうものも生れてきていて、でもこれは相当いけるんじゃないかというものもあると思うんですよね」
澤「いやいやその通りです。いっぱいあるんですけどしいて言えばハンドソープボールですね」
岡「ハンドソープって手を洗う奴ですよね?そのボール?」
澤「これはですね、ハンドボールという既存のスポーツがもとになっているゆるスポーツなんです」
岡「うん、ハンドボールって3歩以上歩いちゃいけない」
澤「そうです、そうです。屈強な人たちが手でパスしあって手でシュートする、手でやるサッカーみたいなかんじです」
岡「すごいジャンプして投げて、ゴールに。至近距離でおもいっきり投げる奴ですよね」
澤「ああいった競技を私みたいなスポーツ苦手なひとがやれと言われたら無理なわけですよね。で、ぼくでも出来るハンドボールと考えたときにハンドソープボールというのを思いついたと。99%ハンドボールと一緒なんですけど。唯一違うのが、特製ハンドソープを使うと」
岡「そうするとツルツルなんですか?きれいになる?綺麗になるわけじゃあない」(←なんか可愛いかった^^)
澤「尋常じゃないくらい滅茶苦茶ツルツルで、試合前に2プッシュで試合をはじめて。ボールを落としたらアデイショナルソープをつけなくてはならない」
岡「アハハハ、もう一回つけなくちゃいけない(笑)」
澤「それで味方にソーパーというソープボトルを持ったプレイヤーがいまして。1ソープを申告されたら味方のソーパーのところまで走って行かなくてはいけない。そこの連携も必要になってくる」
岡「あ〜〜。アハハハ、やってみたいですけどね」
澤「めっちゃくちゃおもしろいですけどね、これは」
岡「審判しっかりしてたら相当おもしろいですね」
澤「私がするんですけど」
岡「みんなやっぱり手がつるつるで使えないから」
澤「ふんわりパスするから。運動神経関係なくなるから」
岡「じゃあもう一個おもしろいのを。(→すっごく小さい声で)聞いておきたいな」
澤「もう一個はですね、ベビーバスケですかね」
岡「なんですか、赤ちゃんバスケ」
澤「そうですね〜、これはですね、これも特殊なボールを開発しまして。激しく扱うと赤ちゃんみたいに泣いてしまうボールをつくったんですよ。赤ちゃんのエ〜ン、オギャアという声で泣きます」
岡「・・・・アハハハ、バスケしながら?ドリブルしたってエーンっていう可能性ありますよね」
澤「そのとおりです。その瞬間ないてしまうので基本ドリブルできないと。泣かしてしまったら相手ボールになってしまうので。そっとパスしないといけない。泣いたら相手ボール」
岡「思いやりがね(笑)
澤「プラス母性ですかね」
岡「アハハハハ、母性がね、優しく、赤ちゃんのように扱え!ってみんなで声かけあいながら」
澤「ただ親の自立心っていうのも求められていて親ばか過ぎてもダメなんですよ。いろんなファウルがありまして、ボールを3歩以上持って歩くと“子煩悩”というファウルで相手ボールになります。持ちすぎてるよ、子離れしてくださいと。あとは3秒以上もっていると、“過保護”というファウル。母性も必要なんですけど親の自立心も必要で。飴と鞭のバランス感というか」
岡「へえ〜〜、ちょっとでもやってみたいですけどね〜〜、」
澤「是非是非、ほんとにおもしろいんでね」
岡「ギャアギャア笑いながらできそうな感じがしますけどね」

♪♪♪♪♪♪

【あまり評判のよくなかったゆるスポーツもお聞きしました】
岡「一番あの〜不評だったやつを教えてください」
澤「アハハハ! 不評だったやつ!?」
岡「なんか、一流クリエイターが揃ったそれだしてきた?みたいなやつ」
澤「あ〜、実際やってみて不評だったやつですかね? 。。。手錠バレー、若干不評でしたね」
岡「手錠してバレーボールする」
澤「手錠も独自開発して、むれにくい、とか耐久性があるとか転倒したときはすぐに外れるリスク防止とか」
岡「アハハハちゃんと考えて」
澤「ただ手錠というものがあんまり好きじゃない人もいるので。不謹慎じゃないかというのもあって」
岡「そうね、そういうこともある、、、難しいですよね〜」
澤「トライはしていきたいですけど。委縮しないで」
岡「ほかにほかに」(←岡田くん、まるでいたずらっ子みたい・笑)
澤「失敗した奴ですか、アハハハ」
岡「一流のバンバン働いている人たちが、こんなこと考えているんだって。子供たちは夢があると思いますよ、」
澤「そうですね、凄く自由なので」
岡「なんかありますか?」
澤「いっぱいあります。寝返りボクシングというのが全然おもしろくなかった」
岡「なんですか、寝返ってボクシングするんですか?」
澤「あの〜、体育館に大きなマットひくんですよ、。でボクシング選手は1対1でポイントは寝返りながら打つんですけども。寝てるので目は閉じているんですよね。そうしたら全然敵に会わないという事態が起きたりとか(笑)」
岡「アハハハそうですね〜、終わりが見えないですよね〜」
澤「パンチが顔面にはいっちゃときに滅茶苦茶痛いらしくて全然ゆるくないじゃないかとか、で、やめようと」
岡「う〜〜ん、じゃあもう一個、いい方を」
澤「説明しづらいんですけど、スカッチュっていうのがありまして」
岡「うん?もとはスカッシュですか?壁で室内でちいっちゃいゴムボールをテニスラケットみたいなのでうちあう」
澤「はい、それのゆるばんで。画面の前にコートが写っていて、ベロを動かすと画面のラケットが動く。キスするとラケットが振れる。プレイヤーはベロを左右にふりながらキスをする、というスポーツで。これが表情筋を滅茶苦茶使って疲れるんですよ。こころなしか女性とか参加すると参加前よりもちょっと綺麗になるという」
岡「舌の筋肉と顔の筋肉をうまく使って、小顔効果も生まれると」
澤「そうです。真面目な話をするとお年寄り向けにもそれをやっていて、お年寄りには凄く良くて。咀嚼する筋肉がすごい鍛えられるんです。そうすると食べ物が喉につまって亡くなるリスクが低下出来るという狙いもあります。ふざけながらもそういう真面目なテーマも潜ませる、というのがゆるスポーツです」
岡「う〜ん、素敵ですよね。実はね、実は愛がいっぱい」
澤「そうです。ハンドソープボールも実はハンドボールの普及につなげられないかというのがきっかけなんですね」
岡「へえ〜〜」
澤「みんながハンドボールを知らず知らずに体感するので好きになって帰るので」
岡「いもむしラグビーというのもあるんですよね?」
澤「いもむしラグビーは日本のコスプレ文化とスポーツをかけあわせたスポーツで。これはポイントとしては足に障害がある人でもできると。みんないもむしウェアーを全身にまとうのでみんなが足を使えなくなるんですね」
岡「これは寝ころびながらラグビーをやるということですか?」
澤「そうですね、基本的にはほふく前進みたいな、這うという動作と転がるという動作ですすんでいくと」
岡「いろんなことをね、いろんなこと考えるんだなあ〜」
澤「アハハハ」
岡「もう一個だけもう一個だけ、うまくいかなかったもの、いやあ〜なんか、おもしろいんだけどうまくいかなった、でもいいですよ。なんかこれからくるんじゃないかというのでもいいし」
澤「ラフビー」
岡「ラグビーの?」
澤「笑うラグビー。これもボールにセンサーを仕込んで声を認知するセンサーをいれるんですよ。ボールを持っている人は一定以上の音量で笑っていなくちゃいけないんですよ、アハハハって。笑わないとブーってなっちゃうからボールを持った人だけが笑うと」
岡「え〜〜、おもしろそう」
澤「ポイントはまわりの音も拾っちゃうんですよ。なのでボールを持っていない敵味方は静かにしてなくちゃいけないんです。いうならば観客も静かにしてなくてはいけない。ボールを持った人だけが爆笑しながら爆走すると。これ企画したときは凄い面白いと思ったんですけど」
岡「おもしろそう」
澤「実際やってみると、ちょっとしんどいと。一人で笑うのはしんどいと」
岡「内気な人はできないですよね」
澤「そうなんですよ〜。明るい方は岡田さんみたいなかたはおそらく得意だと思うんですけど」
岡「、、、いや、おもしろそうですけどね、、、パスがくるまでに笑い声がつなぎあってくるというのはね、人類平和になりそうですけどね」
澤「ただボールを持ってないときは真顔なので」
岡「でもあがり症の人とか治るかもしれないですよね」
澤「なるほど。強制的に笑うから。はいはい」
岡「外に声の出し方とかもね、外にだすひとと自分のなかで出すひとと、外に出すのが慣れてくればちょっと気持ちが外に向かっていくとか、そういうのがあるかもしれない」
澤「そっか〜、あるかもしれないですね」
岡「ちょっと苦手でも変わっていくきっかけになるかもしれないですよね」
澤「それはそうかもしれないですね。今初めて気づきました」
岡「やってみたいですけどね〜」
澤「今度ぜひやりましょう。今日ボール持って来れば良かったですね」
岡「アハハハ、いや、僕ラグビーやってたんですよ」
澤「あ、えっと中、、?」
岡「中学校のときに」
澤「3年間ですか?」
岡「そうです。だからちょっと興味あるんですけどね。いもむしラグビーとラフラグビー」
澤「なんか一緒に新しい岡田さんのゆるいラグビーを一緒に考えるというのもありますけどね」
岡「じゃあ今考えましょうよ」
澤「どういうのがいいですか?」
岡「今考えましょう!」

♪♪♪♪♪♪

岡「どういうのにしましょうね〜。みんなどうやって考えてるんだろうなあ〜」
澤「いくつか考えかたありまして。名前からはいるというのが一番わかりやすいんですよ」
岡「そうっすね」←(岡田くん、なんかすごく真剣に考えているようです)
澤「ハンドソープボールなんて名前からはいってるんですよ、実は。ラフビーも名前からはいっているんです」
岡「へえ〜〜、なんだろうな、なんかかければいいんですよね」
澤「たとえばグラグララグビーとか、今適当に言ってますけど。響きはいいじゃないですか」
岡「なににしますか?グラグラな、グラグラして、っていうのも難しいなあ〜、ざるそばいっぱいもってパスします?」
澤「あ〜〜、シンプルな発想でいくと、片足でとか、あとゆるスポーツでもういっこ大事にしているのが絵映えするか、情報が多い社会なのでビジュアルの強さが大変大事になってくる。なので今の発想だと松葉づえをつくとか。名前からはいっていっても絵映えをたしていくとまた変わってきて、、、、」
岡「なににしようかなあ〜、、、後ろ向きでラグビーしましょうか」
澤「後ろ向きラグビー」
岡「後ろ向き。ボール持っても後ろにしかはしっちゃいけないし」
澤「あ、なるほど。その場合 パスはどっちに?前に?」
岡「そう、逆に。スクラムをうしろむきで組んで、背中と背中で語りあわなきゃ、男は。うしろむきなことをいったら」
澤「前向きなこと言っちゃダメみたいな、ナイスシューみたいなこと言ったらノートライみたいな」
岡「よくわからない(笑)、、、こうやってつくっていくんですね」
澤「そうです、そうです(笑)」
岡「まあ〜あの〜実際、最終的な目標とかあるんですか?」
澤「え〜とですね、いっぱい実はあるんですけど。スポーツってやっぱりすごく楽しいものなんですよね、で日本って、歯をくいしばってやるイメージがあると思うんですけど。楽しいスポーツに戻していきたい。みんなが集まってくる。そうすると今まで接点がなかった視覚障害者とプロアスリートが飲み仲間になったり疎遠だった孫とおじいちゃんがまた仲良くなったりとか、」
岡「人と人が接することがスポーツの良さだったりとか、」
澤「そうですね。普通のスポーツだと敵味方に分かれると思うんですけど、ゆるスポーツは敵味方関係なくみんながチームになるんですよ。一応勝敗は競うんだけど笑いを共有するので。目的としてはゆるスポーツをあらゆる人にしてもらって平和に繋げて行きたいという狙いはあります」
岡「2020年に東京オリンピック、パラリンピックがやってきますけど、ゆるスポーツがになう役割とか考えていますか?」
澤「そうですね。スポーツ庁というところが新設されたんですけど、日本のスポーツ好きをふやす、スポーツ人口を増やすということを一緒にやっていきたくて。日本人のなかのスポーツファンを増やしていきたいですね」
岡「ゆるスポーツ普及のほかに、あ、日本プラインドサッカー協会のコミュニケーションプランナーもやられているんですね」
澤「そうですね。ブラインドサッカーっていうのは障害者スポーツで。見えない状態で鈴の音を頼りにやるサッカー。いかにブラインドサッカーを普及させるかのお手伝いをしています」
岡「あと義足女性のファッションショー『切断ヴィーナスショー』っていうのもあるんですね。プロデューサーもされているっていう」
澤「2015年から初めて去年4回開催させていただいて、非常に今盛り上がっています。義足って前は隠すものだったけれどもデザインも今はいろいろあっておしゃれになっている。本人たちも義足をもっと見せていきたいというふうに意志を示しているので極端に見せる場所をつくろうということでファッションショーにしています」
岡「う〜〜ん。ね、そういう福祉問題だったりとか、ハンディを持っている持っていないというね、いろんなことを一つにしたり普及にチカラをいれたり、いいですね、若い、同世代のかたがやられているのが素敵だなあ〜と思って」
澤「ありがとうございます。ぼくは、結構平和ということに興味があって。僕自身が
帰国子女で13、4年くらい海外にいたんですよ。なんかやっぱりいろんな国の友達がいますし。世界中がスポーツを通じて一つになっていくみたいなことがしたいんですね。難しいんですけども、結構スポーツだとそれはできなくもないんじゃないかと仮説をたてていて。第三次世界大戦をゆるスポーツが食い止めた、みたいな、ぐらいなことを本当はしたいな、と思っていますね」
岡「ゆるスポーツならでは、できるかもしれないことですよね。普通のスポーツだと威信とかプライドとか積み重ねてきたものがぶつかりあって結果が出る、いい側面もあるし。でもゆるスポーツならでは、みんな笑いながらできるっていうのもね。ぼくもね、ラグビーやるとき呼んでください」
澤「あ、わかりました。後ろ向きラグビーをぜひ」
岡「後ろ向きラグビー(笑)試す時よんでください。ありがとうございます」
澤「ありがとうごさいます」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
ねえ〜、同世代のかたがこうやって、いろいろ遊び心もあって、でも実はちょっと優しさもあったり愛もあったり、福祉のことも考えていたりとか、真剣にやられているというのは刺激を受けますし、素敵なことだなあ〜って思いますね〜
何かやったらきっと楽しいんだと思うんですよね。みんなが笑い合いながら。
スポーツの一個の側面のみんなが勝負をかけていっしょうけんめいやって鍛えて鍛えて自分をつくって仲間をつくって、というのもいい側面だと思うし。
でもそうじゃない、仲間と一緒に楽しくやるというのもね、スポーツの楽しみかたの一つだと思いますし。
そういう意味ではみんなが笑顔になる、その場がね、楽しくなるっていうゆるスポーツを広めているというのは。
ぼくも、なんかやってみたいな、ハンドソープボール。
つるつるなね、つるつるだ〜!って言いながらやりたいですよね(笑)
なんかみんな笑顔でスポーツする、あ〜、なんかしたくなりましたね。
スポーツがしたいな〜
ラフラグビー、なんだっけ? 笑う奴だっけ。
(笑)笑うのね、ラフラグビー、どうなんだろうなあ〜(笑)
ラフラグビーはやったらしんどそうだなあ〜、5分だったらいいですけどね、3分かな、3分ハーフだったらできるかもしんない(笑)
40分ハーフだったらだいぶしんどいですよね。
う〜ん、3分やって休憩とか5分やって休憩くらいのちょっと、やってみようかな〜

*******

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました。

ゆるスポーツ。
私もこの方同様、体育は“2”だったのでよくわかります。
特に陸上系と器械体操形はからきしだめでした。
50mを10秒で走る女なので(今はもっと遅いです!!)。
そんな私でも勝てたのが“スプーン競争”だったんですよね。
安定感抜群なので(^^)、速い子が玉を落としているなか、全く落とすことなくゴールできるという。
運動神経によらないスポーツっていうのは楽しいですよね。
岡田くんが笑いながらボールを抱えて走っている姿というのはちょっと観てみたいですね。
りりーさんともメールでお話ししたんですけど、V6の番組で、こういうゆるスポーツの試合みたいなのをやってくれても面白いのではないか。なんて。



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 00:53| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

『Growing Reed』旅をすると幸せが見つかるとは本当ですか?

ず〜っとさぼりつづけておりました。
その間にやりましたね。
『FNSうたの夏まつり』
ご覧になりましたか?
相変わらずかっこいい。
そして、岡田くんはいのっちにまたまたアタックを仕掛けていましたね(^^)。
なんか楽しそうですよね。
ほんと、なかよしっくすな6人。
全員が四捨五入すると40なんですけど、みじんも感じさせないというか、ああいうふうにじゃれあっているのが違和感ないって、どういうことなんだ?!


あっ!!
全然話は飛びますし、ここに来てくださっている方においては心配ないと思うのですが、念のためというか、びっくりしたので…。
飲酒運転のことなんですが、飲んですぐに運転するって言うのは問題外の外(!)として、普通は一晩寝れば大丈夫って思いませんか?私もそう思っていましたが、
なんとっ!!
睡眠時間以外に、さらに、5時間は必要なんだそうです。そこで初めて酒気帯びの状態を脱するらしい。だから、飲んで帰って寝ただけの状態で息を吹きかけるテストをすると酒気帯び判定になってしまうみたいですよ。もちろん自覚はないはずです(宿酔いならともかく)。
お気を付けください。


それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
なんか女性ゲストが多くね?

では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:青木由香さん・台湾在住
テーマ:旅をすると幸せが見つかるとは本当ですか?

<オープニング>
美大を卒業後、世界各国を旅行し台湾に移り住んで14年。
旅のコーディネーターや執筆活動をして台湾と日本の架け橋として活躍されています。
以前ですね、番組にもお越しいただいたとき、台湾の魅力を存分に語ってくれた青木さん。←(2013.8.4のゲストさんでした。レポは
http://take-the-a-train.seesaa.net/archives/20130806-1.html
今も台湾で生活しながらタイ王国にも魅了され、このたびその熱い思いをもってタイの旅エッセーを書きあげました。
世界を駆けまわる青木さんが、今なぜタイに心惹かれているのか、夏休みを前に旅気分がかきたてられる今、魅惑のタイ王国で感じる幸せとは一体何なのか、伺っていきます。

<音楽あけて>
岡「青木さん、お久しぶりです」
青「お久しぶりです」
岡「2013年の8月にでていただいてるんで、3年ぶりくらいですかね〜」
青「そんなにたつんですね」
岡「変わらないですね」
青「いや、変わってます(笑)。子供産んでちょっとシミがふえたりして」
岡「あ、あのときは子供いらっしゃらなかったでしたっけ?」
青「まだいないですね」
岡「あ、そっか」
青「あ、妊娠してました。地味にお腹がおっきかった」
岡「うんうんうん、覚えてますよ。あんときちょうどおおきかったんですよね」
青「つわりがひどかったんですよ、あのとき。気持ち悪くなったんです」
岡「あ、実は。へえ〜〜。まだ台湾に住まれている。台湾と日本の架け橋を作った方じゃないですか」
青「そうかどうかわかんないですけど」
岡「だって台湾で、なんかとられない賞をもらったりして。テレビの賞も貰っていましたよね」
青「あのあととっているかたも出てきてるんで。あのころはノーマークだったんですね」
岡「う〜ん。今ふえましたか? あの本がめちゃくちゃ売れたからじゃないですか?」
青「売れたかもしれない、わかんない、アハハハ」
岡「売れましたよね。なんていう題名でしたっけ?奇怪ねーかな」
青「『奇怪ねー』はいはいはい。日本と台湾でけっこううけました」
岡「移住女子としてははしりですよね?」
青「そうかもしれないですね」
岡「(笑)移住女子っていうのかな、わかんないけど。移住をしたい女子たちのはしりだと思うんですけど、最近どうですか?台湾のほうは」
青「まあ、あの〜ますますLCCも飛んだりしてるし地方の空港から台北に直に飛べるようになったので。ものすごく日本人が多いです」
岡「へえ〜〜。どんどん増えて。町並みはかわりましたか?」
青「かわってますね」
岡「長く行ってないんですよね」
青「リノべブームはずっと続いているんで。今まで放置されていたような古いぼろぼろの建物がおもしろい施設になってどんどんオープンしてたりするし」
岡「あ、10年前くらいにコンサートやライブで行っていた時とは全然違う感じになってるかもしれない」
青「違いますね。おしゃれなカフェもいっぱい増えてたり」
岡「どんどん日本人客も多くて。世界中から来ているんですかね?」
青「いやあ、韓国と日本がすごい多いです」
岡「そうなんだ、へえ〜〜、そんななか、またタイがつくタイ王国に。これダジャレですか?」
青「タイの本だしました、っていうとみんなが、え、台湾でしょ?って言うんですけど、タイ王国です」
岡「5月27日に『幸せ大国タイ王国』という本をまた出されて。ガイドブックじゃなくてタイの旅行のエッセー本なんですね」
青「そうですね」
岡「これなんでタイなんですか?」
青「私もともとバックパッカーやってて最後の最終地点が台湾だったんですけど、タイはすごく行ってたんですよ。タイを拠点にして他の国に行くっていう。台湾は2回目か3回目でいきなり住んじゃったんですけど、タイのほうがすごく行っていて、タイが大好きなんです」
岡「あらためてまたタイに興味を持った?」
青「そうですね。タイに最近また子連れでも行ってみたりして。すごい昔より発展してておもしろいし。なによりも台湾と同じく親日なんですよね。すごい好きみたいで」
岡「最近のタイ、どうですか?」
青「最近のタイは変わらず渋滞は凄いんですけど、でも私が行ってた20年前くらいは電車がなかったのですごく大変だったんですけど、そういうのにスイッチできたりするんで、それはすごいいいですし。それと綺麗な創作料理風のタイ料理やさんとかできて、タイ人もすごいおしゃれですよね。ちょっと小物とか見ても、原住民のものとかも今の私たちの生活にとりいれてもいいようにアレンジされたものがいっぱいあったり。レジャーシートみたいなのをぐちゅぐちゅにして縫ったポーチとかが前衛的でかっこよかったりとか」
岡「へえ〜〜」

♪♪♪♪♪♪

岡「タイの中で今おもしろいエリアというのはどこですか?」
青「面白いエリアというのは、それ台湾でも思うんですけど、エリアというよりも何だろうな、何でもいいんですよ、ガイドブックに載っているどこかに行くまでに起こってしまうハプニングとかが楽しかったり、そのときに横みたら見える露地に迷い込んでみるとか、バンコクにいるのにわざわざ対岸にいってみると、急に田舎なんですよ。自分が知っているガイドブックからちょっと外れるのが。。。」
岡「アハハハ、へえ〜〜、トラブルを楽しむ」
青「トラブルを楽しむっていうか、迷ってもそれが大丈夫、楽しいですよね(笑)」
岡「いい思い出にいつかなる」
青「苦労はするんですよ。40分で行くところを5時間かかったりするから。でも絶対にわすれないですよね」
岡「そもそもなんでバックパッカーになったんですか?」
青「困るのが好きっていうか(笑)」
岡「(笑)困るのが好きでバックパッカーになったんですか?」
青「う〜〜ん、あ、最初、知らない世界を見てみたいとか、ちょっと写真が好きで見たこともないのを収めたいとかあったんですけど、だんだんそうじゃなくなって。全く言葉が通じないところにたいしてお金を持たずに行ったら、自分の智慧を頼るしかないじゃないですか。それでどんどんはまっていって。まだネットが無かった時代で、最後はガイドブックがないところに行ってすっきりしていたんですね(笑)」
岡「アハハハ、へえ〜〜、みんながあんまりいってないようなところですよね。情報もなく。一人で行っていたんですか?」
青「えっとね、むこうで友達と会ったりもしたし。一緒にいくんだけど、二カ月の旅だからけんかして別れて途中一人になったり」
岡「そうか〜〜。で、やっぱりタイは好きだったと。なにが好きですか?」
青「タイはすきですね。歯がたたないじゃないですか。文字もくにゃくにゃだし。中国語はちょっと想像がついたりするけど。言ってる発音もわからないし。暑いし過酷なんですよね」
岡「そうですよね。タイ、俺、もう暑かった記憶が、ものすごい、アハハ。何回か仕事で行かせてもらって何回か行っているんですよ。なんか高速道路借りれたりするじゃないですか」
青「(笑)それはしらない。高速道路借りれるんですか?」
岡「高速道路借りれるんですよ」
青「撮影とかで?」
岡「はい。だからタイで。直通なんですよね、政府に頼むと、いいよって。その間がないんです。上の人がいいっていったら下の人もいいってなるかんじ。撮影がそういう出来るって言うので映画関係の人はタイで、融通が。だから撮影に協力してくれっていって上の人がわかったって言ったら、結構全力でやってくれるっていう」
岡「タイ、なにがおもしろかったんですか?」
青「いろいろ過酷で困ったなかでの達成感も大きいし。そこでつらいところだと傷ついたり大変な思いもするんですけど、人がすごい優しい声で挨拶してくれるから、疲れがふっとんじゃう。でやっぱり町中にあるお花とか色がすごい綺麗なので」
岡「確かにタイも台湾も優しいですよね」
青「優しい所しか行かないんですよね」
岡「そうかも。中国とか厳しかったりしますけど」
青「でも意外に言葉ができて友達とかいたりすると、やっぱりすごい熱いというか、感動したりする」
岡「アジアで買い物するときの注意とかあるんですか?」
青「あ、女の人はよくやっちゃうんですけど、調味料とか買ってきちゃうじゃないですか。臭いが強烈なものがあって、むこうで食べるとおいしかったり気候にあってたりビールにあってたりするんですけど、買って帰ると家族はたまらないんですよね。いくら説明しても開けられないと、自分の旅熱も冷めると自分もちょっとだけ使って終わってしまったりするので、調味料は」
岡「買うな、と」
青「買うなというのを編集の旦那さんに言われてきたんですよ」
岡「へえ〜〜」
青「あともう一つは、キーホルダー。不動産屋さんじゃないかぎりあまり必要ないから買うなというのとか。あと女の子はアジアにいくと籠買っちゃうんですよね」
岡「あ、あの〜竹のとかね」
青「うん、籠買っちゃうんですけど、籠の使える時期ってだいだい夏ちょっと。籠とキーホルダーと調味料は買わないほうがいいよ、というのを本に書いたんです(笑)」
岡「へえ〜〜、買っちゃいそうですけどね」
青「調味料はまず買っちゃうんですけどね」
岡「買ってはいけない。スース―するもの多いですよね。タイガーバームもそうですけど」
青「多いですね。鼻につっこむやつとか」
岡「鼻につっこむ!?」
青「タイのひとがよくぼけっとしている時に、ほとんどの人が鼻にリップのようなものつっこんでいるの知りませんか?」
岡「へえ〜〜、しらないですね。においかぐやつですか?」
青「ミント系のすっとするやつ」
岡「あ、日本でも売ってますよね」
青「あとハーブのものもそうだし。タイガーバームみたいなんだけどサルが桃抱いているやつとか、(笑)」
岡「ちょっと違う奴なんですね(笑)」
青「そうですね」

♪♪♪♪♪♪

【青木さん流 旅先での注意点をお聞きしました】
岡「エッセーになんでしたんですか? エッセーじゃなかったですよね、今までは」
青「自分の目線をガイドブックみたいなのに書いていたんですけど。タイはガイドブックというほど知らないんですよ。台湾は一か所紹介するのに自分が5回10回行って間違いないところを紹介できるんですけど、タイはそれが一回行っておいしかったといっても、それは旅の気分が盛り上がっていたから、ということもあるじゃないですか。そういうところを紹介しつつも基本は全部自分が旅で感じたこととか、どういうふうにしたら旅が面白くなるのかとかの、旅に行っての目線の話」
岡「う〜〜ん。パッタイ好きなんですか? パッタイってなんでしたっけ?」
青「すごい好きなんですよ。焼きそばですよね。タイの米でできている麺で炒めた」
岡「屋台がやっぱりおいしいですか?」
青「大人になったから綺麗なお店で注文してパッタイ食べていたんですけど、なんか熱いものは熱く食べたいじゃないですか。あと調味料をガサガサ入れるのが、自分でいれるのが、やっぱり地元の人たちが日常的に食べているものが、たとえ化学調味料が多かろうが食べているものが一番しっくりおいしいんですよね」
岡「地元の人に愛されているものがやっぱり旨いですよね〜」
青「それと空気感。みんなと道ばたでお風呂の椅子みたいなのに座ってたべる、あれのほうが私はおいしいと思っていて」
岡「確かにそうなんですよね〜。屋台が一番おいしいですよね」
青「そう。ぱっと食べて」
岡「へんなものもありますけどね(笑)なんだこれ?っていうものもあったりするけど、経験としてなんかちょっと食べてみたいとか」
青「う〜ん、雰囲気も食べているって感じですよね」
岡「場所のね、雰囲気も食べて。あ〜、なんかタイも行きたくなってきたなあ〜〜」
青「行ってください」
岡「タイ女子って増えてるんですか?」
青「増えてないと思います。だから本出したかったんですけど」
岡「そうか、これからか」
青「意外と女子っぽい本ってないんですよ。結構おじさんが鉄道で南下したとか、バックパッカー的な本とかばっかりで女子っぽい本がなくて。実は凄い食べ物タイ料理はやっているし雑貨もあるのをみんな知っているのに」
岡「女性もそうですけど、男が楽しむタイ旅行っていうのは何ですか?」
青「今いったような鉄道で南下して他の国にはいっていく。タイが一番長いんですよね。マレーシアとか行くときに。それもおもしろいですし。私たちやってないんですけど、象使いになる修行とか。俺象使えるぜ、って言ったら多分もてると思います」
岡「アハハハ、もてるかなあ〜(笑)。うちのメンバーの森田くんも象使えるんですよ。修行してると思います、そこで。タイに行って来て象使いになって帰ってきましたよ、前」
青「象と一緒に暮らしたりするんですよね。」
岡「あ〜〜」
青「象使いのうちにホームステイして象使い修行するんですよ」
岡「あ、そんなところだったかなあ〜〜、すごいですよね」←(2004年5月頃の『学校へ行こう』の“剛くんを泣かせよう企画”でしたよね。剛くんホームステイちゃんとしてましたよ。確か岡田くんがナレーションしてたはず^^)
青「象使えるっていいと思います」
岡「釣り堀がすごいって?」
青「あ〜、釣り堀もおもしろいですね」
岡「なんですか、つりぼり」
青「観光客がいくところではないんですけど。現地に住んでいる知り合いに、日常的に自分が楽しんでいるところに連れてってくれ、とお願いしたら釣り堀に連れていってくれたんですよ。そこはもう巨大魚しか釣れないんですよ。軽く1メートルを超える、悪い顔をした巨大魚がいる沼みたいなところが綺麗な東屋があって、タイ風の。すごく広いので御用聞きのおじさんみたいなのが自転車で回ってきて、長くそこで粘っているとマッサージ師とか手配してくれるし、ご飯とかも持ってきてくれるし。ちょっと釣れないと悩むと先生みたいなのつけてくれてやるんですけど、あれすごくいいですよ、アハハハ」
岡「これ本のタイトル『幸せ大国、タイ王国』とありますけども。タイは幸せの国という意味なんですか?」
青「なんか私から見て、幸福度が高いと思ったんですね」
岡「あ〜〜」
青「なんか、なんだろう、すごい金持ちの人もいるんだけど、そうじゃない人もみんなニコニコしていて楽しそうだし。みんなそれぞれが幸福度が高い」
岡「結構笑顔ですよね。あと子供大好きですよね」
青「子供!大好きです!チューするんですよ、しらないうちの子供とかに。だっこして」
岡「なんかあるんですよね、愛情表現として。子供のあやしかたがすごいですよね、しらない家のひとたちも」
青「なんででしょうね、日本人が逆に、そういう感情をしまってる。しらない家の子供そんなことしたらいけないという」
岡「子供はみんなの宝だ、みたいな、ね、感じが強いんですかね」
青「でしょうね。人の子だからさわっちゃいけないなんてことが一切ないんでしょうね」
岡「う〜〜ん」

♪♪♪♪♪♪

青「タイはやっぱりマッサージですね」
岡「やっぱりね〜」
青「手先じゃなくてプロレスの技みたいなのかけてくれながらストレッチとか、身体をのばす.。すごい抱きかかえられたりおばちゃんの胸に顔をうずめられたり(笑)」
岡「本物の奴みたいなのもあるんでしょうね。ムエタイも古式ムエタイもありますから。古式マッサージでも現場にいってやると」
青「安いし」
岡「あ、安いんですか?」
青「安いですよ。2時間とか3時間やってくれて、2時間で2000円とか」
岡「2時間で!?へえ〜〜。なんかやっぱり深いんですか?マッサージも」
青「いやでもぶっちゃけ、ちょっと学んだだけでやっちゃっている人もいるので」
岡「あ〜〜、ホントは深いんですよね?」
青「多分ホントは深いんです。リンパとかを勉強してやるものだと思うんですよね」
岡「青木さんがタイで感じた幸せって何ですか?」
青「タイで感じた幸せ、やっぱりあれですよね、日本が好きな人たち、優しい人たちなので、自分の国が日本がもっと好きになる。日本を誇りに思うっていうか好きになる。単純にそういう気持ちが湧くのは幸せですよね」
岡「うん。いいなあ〜〜、旅に行きたいなあ〜〜」
青「行ってください!」
岡「旅、、いいですよね〜〜。なんか失敗とかも、失敗とかちょっとチャレンジしたりとかなんか思いで話になることを捜した方が、出会いとか、そういうものをさがしたほうがおもしろいですよね」
青「ね、それと普段使わない知恵を使って」
岡「どういうことですか?」
青「乗り物に簡単に乗れなかったり」
岡「勇気いりますよね」
青「言葉が通じなくて行きたいのになかなか行けない、すごく近いのに。そこで凄い知恵を使うのがおもしろいですよ、なんか」
岡「乗り物、すぐに乗れますか?」
青「タクシーはちょっと乗車拒否とかされるんですけど、乗れたところで、行けない、知らないって。タクシーに乗るまで苦労するんですけど」
岡「失敗やトラブルはかってでるほうですか?」
青「かってでます」
岡「一番困った、おもしろかったトラブルはなんですか?」
青「タイでですか?」
岡「そうですね、タイにしましょうか」
青「タイだったら、なんでかわからないんですけど、ここは40分のサイクリングコースだよ、というところで5時間迷って。そんなつもりじゃなかったので飲み物もちょっとしかもってないし。あまりにも田舎だったので。でも最後にたどりついたところで飲んだビールは最高でした(笑)」
岡「そういうね、失敗も楽しんで、人生に旅は必要ですか?旅で幸せは見つかりますか?」
青「絶対に必要です。見つかります」
岡「言い切りましたね。見つかりますか?」
青「みつかります」
岡「旅をしなくちゃ幸せは。。。どうですか、旅」
青「旅をするとものの見方が豊かになります」
岡「たとえば?」
青「自分たちと全然違う価値観を持った人たちの生活を垣間見たりすると、くだらないことが楽しかったり幸せだったりする人たちを見ていると、これでいいんだ、って思うんで、気も楽になる。ものをもたないでも生きていけると思います」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
ね、またなんかタイにも、どっか行きたくなったなあ〜
行きたいなあー、タイもねえ〜〜
なんかおいしい料理もたしかにたくさんあるし。
なんか、う〜〜ん、旅を楽しむなんかね、いろんなことが起こっても笑い話になる、こう本当に危ないところは行けないですけど。
なんか笑い話になることを捜すというのもね、旅の楽しみ方の一つだということもあると思いますし。
是非皆さんも『幸せ大国 タイ王国』という本もね、発売されましたんで、是非手に取って見てみて下さい。

********

以上です。

==*==*==*==*==*==*==*==

ありがとうございました。

台湾の話は覚えてます。だからつい最近かと思っていたらもう3年も経ってるなんて…!!
いや〜、なんだかんだいって、ほんと、アクティブですよね。だからこそ、楽しみも広がるのでしょうね。
なかなかここまで思い切れないというか…。しかも赤ちゃん連れですもんね。
屋台と言えば、20年以上前に香港に行ったんですが、会社の地元在住の人が案内してくれたんですよ。で、どこに行きたいかと聞かれて、テレビなんかで屋台で食べてるのをみておいしそうだなぁと思っていたから、屋台で何か食べたいと言ったら「肝炎になりたくなかったらやめたほうがいい」と止められてしまったんですよ。
当時の香港と今の台湾やタイは違うと思いますが…。
やっぱり衛生事情が違いますし、人間の耐性も違うでしょうから(^^;)

象遣いのはなし、私は思わず『24時間テレビ』のあれかと思ってしまいましたが『学校へ行こう』でやっていたのですね。
高速道路を借りたというのは『VOYAGER』のロケだったでしたかね?



レスり〜♪



レスり〜
posted by さすらい母 at 23:31| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

『Growing Reed』幸せなデザインとはどんなものですか?

櫻井くん司会の『THE MUSIC DAY』、観ました(^^)。
かっこよかったですね。
そして、やっぱり出るときに櫻井くんにちょっかいを出してましたね(^^)
しかし、それは実は櫻井くんが望んでいた、リクエストだった、という話も。
いや〜、この二人、なんなん(^^)
もういつまでもそうやっていてほしいです、この際。
曲は『バリバリBUDDY!』『Beautiful World』。
ちょっとした対比がみられてよかったなぁと思いました。
秦さんも出てらっしゃいましたね。
『Beautiful World』って、バンドでやって、演奏するのに気持ちよさそうだなあって思うんですよね。のびのびと演奏できるのではないかな。歌っていてもきっと気持ちいいんじゃないかな。それはきっと、秦さんがご自身で気持ちのいい曲を作ってらっしゃるからなのだろうと思います。
聴きながら空を見上げて深呼吸したくなる曲です。

さて、次は
7/18(月・祝) フジテレビ系列「FNSうたの夏まつり」出演決定!(11:45〜23:24)
http://www.fujitv.co.jp/FNS/index.html
とのこと。
今度は何を披露してくれるかな?
それにしても、最近の歌番組は時間が長すぎ!!
いつ出るかわからないから大変なんですけど…(^^;)

それではりりーさんからいただいた『Growing Reed』です。
今回はなんだか選挙速報に気を取られてしまったうえ、やたらと眠かったこともありすっかり失念してしまいました。
ま、女性だからいっか〜(^^;)
では、どうぞ!!

==*==*==*==*==*==*==*==

それではざっくりといってみましょう♪


ゲスト:木田隆子(きだりゅうこ)さん ・ 編集者
テーマ:幸せなデザインとはどんなものですか?

<オープニング>
雑誌『ペン』『エル・デコ』などの編集長を経て、2014年に『エル・デコ』ブランドディレクターに就任。

ミラノサローネ、メゾン・エ・オブジェなど海外見本市をはじめとした豊富な海外取材の経験をもとに、世界の最新トレンドを日本へ発信し続けています。
今夜は世界と日本の今をデザインで繋げる木田さんと一緒に僕たちを幸せにするデザインとは何なのかを伺ってみたいと思います。

<音楽あけて>
岡「木田さん、はじめまして」
木「はじめまして〜〜」
岡「なんか爽やかでいい感じのかたですね」
木「ありがとうございます(笑)」
岡「失礼ですけど、初対面で」
木「いやいやいや、私も岡田さんに一回お目にかかりたいと思っていたんですけど、こんなになんかいい機会をいただいて」
岡「今、あれですよね、『エル・デコ』日本版のブランドディレクター? ブランドディレクターというのは、長く『エル・デコ』の日本版の編集長として活躍されて」
木「そうですね、9年間くらいやっていたんですけど」
岡「すごいなあ〜」
木「雑誌社では珍しいんですけど、ブランデイングのポジションってなかなかないんですけど」
岡「あんまり聞かないですよね」
木「そうですね、雑誌をつくる人、広告、販売も含めて売る人、それからあとこれから雑誌ブランドをどうするの?っていう人、ウェブうサイトとかイベントとか、エル・デコというタイトルを活かしていく、それがブランデイングの仕事で、必要なんじゃないかとやってみようということで始めたんですね」
岡「先を見通せるチカラがないとできない仕事ですよね」
木「そうですね、見通せるチカラがあることを願いますけど」
岡「あらためて雑誌『エル・デコ』の売りってどんなところですか?」
木「やっぱり今すごくインターナショナルな時代に、すごくグローバルな時代になってきていると思うんですよね。そんななかで世界の情報がいち早く『エル・デコ』の誌面で見れる、と同時に日本の情報を外に出していくネットワークも私たち同時に持っているんです。というのは、世界中に『エル・デコ』ってあって、25か国の国と地域でネットワーキングされているので、私の同僚っていうと世界中にいるわけです」
岡「国によって販売される『エル・デコ』の雑誌って違うんですか?」
木「うん、編集の仕方は自由なんですね。みんな人間的に仲良しで、プラス、コンテンツのやりとりが盛んにおこなわれています」
岡「じゃあもう海外の最新のデザインやインテリアやものがすぐ情報としてはいってくるし、こっちも出せる」
木「そうですね。情報はもちろんインターネットやSNSとかで瞬時にははいってくるんですけど、それを出す前の情報を私たちはみんな共有しているので、仕掛けることもできるし」
岡「日本版がそのなかでめざすものってなんですか?日本版の個性」
木「そうね、私いま凄い感じているのは、日本のデザイナー、建築家、ホントに世界中からその才能を求められている存在なんです。意外と日本の人たちってそこまでって思ってないんですよ。そんなに注目されてたっけ?って」
岡「好きな人たちは数々の方々が世界にいるって知ってますけども」
木「でも実際に凄く認められているというか、求められていて。日本の独自の職人の技とか竹とかの素材とかももの凄く興味を持たれているんですね。だからいま日本人がうまくプロデュースして世界に発信することができたら、ものすごくいいコミュニケ―ションが生れるんだけど、やや口下手でそこまでうまくコントロールしきれていないので。そういうところを『エル・デコ』の流れのなかでポーンとのせてあげれたら。日本版のエル・デコは日本のデザイナー、マニファクチャー、企業、これから世界にでていこうとするグローバルに活躍しようとする人たちを応援する雑誌として機能できていくと思います」

♪♪♪♪♪♪

岡「木田さんが応援している人たちが出てくるってはなしを聞きましたけど」
木「あ〜、そうですね。ありますね」
岡「いろんなデザイナーとか建築家のね、後押し人みたいなね」
木「それはもうね、積極的にどんどんやっていきたい。そういう環境にあるから、今。押せば答えてくれる。ネットワークは世界中にあるから、賞ももっているんですよ」
岡「それって、デザイナー界ではアカデミー賞くらいの権威のあるっていわれている奴ですよね?」
木「そう、そうなの。それね、世界中のエル・デコの編集長が選ぶんだけど、日本人を受賞させたいと思うんですけど、私一人がギャアギャア言ってもとれるわけじゃない。今までにグランプリを日本人は3人受賞していて。だからこっちが思っているよりも世界の評価のほうがはるかに高いということがあるわけ」
岡「じゃあですね、今木田さんがお勧めの人物、だれですか?」
木「人物ですか、、、おもしろいな、と思っているのは、有田焼のプロジェクトというのがあって、その全体をディレクションしている日本人のデザイナーがいるんですね」
岡「そのかたはなんとおっしゃる?」
木「そのかたはね、やなぎはらてるひろさん」
岡「う〜〜ん」
木「この人、次呼んではなしをきいてあげてください」
岡「はい。有田焼、伝統の工芸品、ぼく好きですよ」
木「ね、お好きですよね? ただね、有田焼の問題はかつての生産量の五分の一くらいになっていて。これからどうしようという面もあるんですよね。新しい有田焼っていうのもあるはずでしょ?というところから始まって、全く新しい有田焼を発表したんです」
岡「へえ〜〜、てるひろさんが。てるひろさん、見てみたいなあ〜」
木「ぜひぜひ。そのてるひろさんとオランダのデザイナーがタグを組んで、一緒にディレクターをやって」
岡「あ、かっこいい人ですね。同世代かな?76年だからちょっと上ですね」
木「そう、でもね、岡田さん世代なんですよ。5歳くらい前後。いっぱいやらなきゃいけないことあるよ」
岡「あ〜、そうすね〜。でも見たいですね〜」
木「有田、行きません?一緒に」←なんですと?!…すみません、ついつい(母)
岡「行きたいですね〜」←だめ!!行っちゃだめ!!…ひとりなら赦すがね。
木「いろいろわかりますよ。佐賀県が世界の中心ってことこれからありえるよね。佐賀県オランダとか佐賀県ミラノとか、そういうふうに面白い人がいる場所が世界の中心になるという、デザインの世界ではそういうことが可能なんです」
岡「へえ〜〜、変わってきたんですね」
木「変わってきてる。全然ちがう。だから岡田さんはね、ぜひ一回有田に来るべき」
岡「アハハハ、来るべき(笑)。いや、行ってみたいです。革新者みたいなね、いっぱいいますよね、地方地方にね。あといないですかね?」
木「田根さんも応援している」
岡「あ。田根くん」
木「この番組にも出た人だよね」
岡「はい。一緒にエストニアにも行ったんですよ、ぼく。同世代ですよ」
木「田根さんもこれからバーと出てくる人だと思います。エストニアも今年オープンするんだよね。行かないの?」
岡「あの〜〜、テレビでは見ました。いや、行きたいんですよ。完成する前に見ているので、一緒に。人生とか聞きながら、素敵な方ですよね」
木「岡田さんも東京とパリに家をもって両方またにかけながら何かやるとか?」
岡「(笑)そうですね、できなくはないですね」
木「いや、そんなことが普通にできるようになってくる時代、ふつうにやりやすくなってきた時代じゃないかと思うのね」
岡「東京さ行ってあてるぞ、みたいじゃなくなってきたということですよね」
木「世界のどこであてたっていいわけじゃない?」
岡「その場所の情報を知られるということがそれぞれがメディアを持てる時代になってきているから」
木「だから事を起こした場所が主役になれる時代。だからそれがデザインの世界でどんどん行われているのかな〜という感じがしますよね」

♪♪♪♪♪♪

【今、世界に発信したい日本についてお聞きしました】
岡「木田さんは、やっぱり世界の情報を輸入しているだけではなくて輸出しているということがよくわかるんですけども。あの〜、ものとして日本の素材として、これはおもしろいよ、というものは。。」
木「いや、いっぱいあるよ」
岡「いっぱい言ってくださいよ(笑)。有田焼、でましたね。プロダクトでもいいし。今これがね、すごいのよ、みたいなの。でも僕最近目にするようになってきたんですよ」
木「なにを?」
岡「ここ何年か。日本の伝統工芸の新しいデザインとか。雑誌とかでも目にするようになったし。それ木田さんがやられているわけですよね?」
木「まあ全部やっているわけじゃないけどね。でもそれがおもしろい分野なんじゃない、とみんなが気づき始めて。岡田さんくらいの若いデザイナーとかアイディアがある人がどんどん入って面白い動きがあって。有田にもあるし京都にも。京都でも若い職人さんたちとコペンハーゲンのデザイナーとくんでなんかやっていたり」
岡「それはなにをつくったんですか?」
木「それはカフェができたの。そういうふうにあちこちで新しいことが今起こってきているから。素材は竹もあるし焼物、漆、真珠、織物、金属加工分野、日本はわりと残っているんですよ」
岡「ロケに行くと必ずみるんですよ。こないだも輪島に行って、輪島塗みたんですけど、いやあ〜〜、素敵でしたね〜〜。何百回も重ね塗りして。でもメッチャクチャ高くて(笑)。
アハハハ、本物はやっぱたけえなあ〜って」
木「(笑)でももしかしたら、そういうもうちょっとみんなが手に取りやすいのがあったらいいなあ〜と妄想に思ったことが発展して、そういうものが出てくるかもわかんない」
岡「う〜ん、そうですよね。新たなデザインとしてでてきたりね」
木「だから素朴に、殻を破ってみるところからしか新しいものは生れてこないと思う」
岡「う〜ん、。殻は破れる時代ですか?今は」
木「破れる時代だと思うよ。客観的ないい条件は全部そろっているから。今破らないと。日本は」
岡「今破るべき。へえ〜〜」
木「SNSとかインターネットで繋がっていて、日本の情報も瞬時に世界中の人が知っているとなっている時に、どんどん日本から発信していかないとみんな都合のいいように日本の情報を解釈していくだけかもしれない。岡田さんもぜひ」
岡「そうですね〜、でも生産者のひとたちはみんな出していかなくちゃいけない時代になったということですよね」
木「そうそう、だからいまそれがやりやすい時代だと思うよ」

♪♪♪♪♪♪

岡「最新版の『エル・デコ』は何を特集しているんですか?」
木「え〜とですね、7月7日売りのは北欧の特集なんですね」
岡「おっ」
木「北欧のデザインって今すごい人気。長い編集者生活をやっている中で北欧の特集って、もう本当に」
岡「死ぬほどやったんじゃないですか(笑)」
木「何回やったかわからないんだけど、」
岡「アハハハ、僕も見ますもんね。ここ20年くらいは北欧特集とか滅茶苦茶やってますよね」
木「何回もやっているうちに北欧のほうも進化してきて。何回やっても読者の反応がいいんですけど。北欧自体も新しいブランドがでてきたり、新しいデザイナーとコラボしたり。今回の特集はスウェーデンのデザイナー、この人はずっとファンが多いひとで、その人の特集もしつつミラノサローネの大特集。是非お楽しみください(笑)」
岡「いや、楽しみですよ(笑)。僕ら世代とかね、もうちょっと下の世代もそうですけど、家具とか、ライフスタイルのなんかというのにビンゴの本ですからね」
木「嬉しいです。ビンゴですか」
岡「ビンゴの本ですよ。新しいものも知れるし。デザインとかも見れるし」
木「そうね。だからいまどういう暮らしかたしたいのかなあ〜ってみんな自分が元気になれてチャージできて癒しもあるようなスタイルをみんな模索しているでしょ?」
岡「幸せのデザインって何ですか?これすごい難しい質問だと思うんですけど」
木「ね、私も人にそうやって難しい質問するんだけど、する側だからね(笑)」
岡「なんですか、幸せのデザインって」
木「デザインって運命的に人を幸せにするような位置づけで生れてきているもんだと思うんですね。だから、やっぱりよくデザインされたものを自分の生活に取り入れることで、自分の時間がスムーズに流れたり、気が整ったり、ああ気持ちいいなあ〜とそういう美しいなと思えることって癒しなんですよね」
岡「う〜〜ん、そうですよね。お気に入りのコップで水飲みたいですよね」
木「それで始まる朝って、なんでこれが、このコップがいいのかな〜って考えながらなんとなくいいなあ〜って。いいなあ〜の中身はゆっくり考えていったらいいじゃないですか、評論家じゃないんだから」
岡「フフフ、確かに。そうですね。なんとなくいいなあ〜でいいわけですよね」
木「なんかそういういい問いかけをしてくれるもの、なんじゃない、幸せのデザインって」
岡「ずっと雑誌をつくることに携ってこられたと思いますけど、どういう感じですか? ずっとつくって勧めてきたわけじゃないですか」
木「いや、なんかね、あらためてどんな感じって考えたことないけど、ただおもしろいな、って。今ここにおもしろいことが起こっているな、と自分が思ったことを雑誌として発信していくわけだから、自分がおもしろいなと思ったものがなくならないから続けてこれているんでしょうね」
岡「なくならないんですか!?」
木「なくならないですよぉ。次々とそうじゃない、こうじゃないか、というアイディアが出てくるわけでしょ」
岡「そのバイタリティーは、どうやって(笑)、自然にですか? 編集者の人ってわかんないけど、次なにやろっかな〜みたいな悩むことないですか?」
木「悩むことあるんだけど。でもそういう、ここに面白い人たちがこのゾーンにうまれてきている、植物、緑、そこにおもしろいことをやるひとがいっぱいいる。なぜおもしろいと思ったのか実際にいってみる。面白い場所に自分がいる。なにをやるにしても世界との交流のなかでいいものを見つけていきたいし、日本人と世界が結びあわされていく現場をたくさん自分でもつくっていきたいし、そういう人を応援していきたいし、日本の知られざるもの、才能を紹介していきたいなと、そういう繋いでいく役割をしたいと思いますね」

♪♪♪♪♪♪

<最後の岡田くんのまとめ>
なんか帰り際におはなしを聞いたんですけど、若いデザイナーの方々は単純にデザインをするだけじゃなくて、社会と繋がりを持てるデザインをしたいと考えている人がすごく多くなっているみたいで。そういう人を世に出したりとかね、世界に出すということを木田さんは心がけていらっしゃるんだな、とすごく感じました。
なんかデザインの形も変わってきているんですよね。きっとこの形のデザインがいいとか。見栄えじゃなくて、なんかこう社会に貢献していたり繋がっていたりみたいなね。
う〜ん、新たなデザインの形がもう始まっているんですかね。

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以上です。

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ありがとうございました。

こうやって話してみたいですよね〜。
なんか読んでいてもそわそわしてしまいます(^^;)


レスり〜♪ですが、前回のコメントの下に入れさせていただきましたm(_ _)m
気付いていただけたかな?

posted by さすらい母 at 23:16| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 岡田准一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする